午後6時、ちょうどヤマブキシティネット・ラジオの生放送が始まった。
今回のゲスト出演者はアイリスの保護者であるシャガであった。
シャガは今大会の解説を任されており、そのために、アイリスの戦いを現地で目撃することができなかった。
しかし、アイリスがベスト4に残ったということで、アイリスの戦いを解説する権利を得た。
「皆様、こんばんは。今日もヤマブキシティ・ネットのお時間です。司会を務めさせていただきますのは、みんな大好き、永遠のアイドル、くるみちゃんでーす」
ヤマブキシティネット・ラジオは大手テレビ局のヤマブキテレビ傘下の人気ラジオ番組である。
インターネット動画サイトとラジオの同時放送で毎日午後6時に放送される。
毎回、130万回の動画が再生される人気番組でもある。
「今日のゲストの紹介でーす。イッシュリーグ4連覇、通算18回のチャンピオン経験者、ドラゴン使いのシャガさんです。シャガさん、今日はよろしくお願いします」
「うむ、よろしく」
「シャガさんとはこれで7度目の共演です。リスナーたちも、もう板についてきたでしょーか?」
「毎回くるみちゃんの勢いに圧倒されているからな。今日はそうならないようにせんとな。あと、老婆心が過ぎぬよう若返ったように行こうと思う。気合入れてくぞー」
「おー!」
くるみとシャガは息を合わせた。
シャガも長くラジオに出ているので、DJのペースに合わせてペラペラとしゃべった。
「本日はみんなもご存知、U14ヤマブキ世界大会の日です。というわけで、本日はポケモン実況をシャガさんと共にお伝えしていきたいと思います」
そんなこんなで、ラジオ番組は始まった。
「くるみちゃんはポケモンのほうはどうなの?」
「いやー、若いころはトレーナー志望でしたが、いまは……って今も若いわー」
「わははははは、永遠の18歳だものな。ワシも18歳でいけんじゃね?」
「さすがに無理じゃねー? シャガさんを弟として紹介したら、おばあさん、そろそろ米寿のお祝いを考えんとなとか言われそうだよ」
「もちはやめといてな。喉に詰めたらあの世逝きやさかい。ってアホウ、ワシはまだ61じゃ!」
明るい雰囲気で番組は進行した。
「本日は、シャガさんのお孫さんも出場なさっております。そして、なんとベスト4進出の吉報が届いてます。シャガさん、お孫さんが見事ベスト4ですよ」
「ふむ、正直まさかここまでやれるとは思ってなかったんで、驚いてるよ」
「え、意外だったんですか? シャガさんのお孫さんだったら余裕って思ってましたけど」
「アイリスは気が弱い性格でな。戦いには向かんと思っていたが、ワシの節穴だったかもしれんな」
「今回、あのワタルさんに弟子入りされたということですが、何かきっかけがあったのですか?」
「あの小僧、イッシュでこっぴどい負け方したんで、喝を入れてやろうと思ってな」
「イッシュと言えば、タイトルマッチでのシロナさんとの激戦。そういえば、もうあれから1か月も経つんですね」
「そういうわけでな、あの小僧に喝を入れる目的もあって、アイリスを任せたんだが、ベスト4まで導いてくれて、正直意外に思ってるところだよ」
ラジオ番組がある程度進行すると、準決勝第1試合の様子が映像に出て来た。
「そろそろ始まるみたいですね。今回のベスト4の顔ぶれを簡単に見ておきましょう」
アンズ
アイリス
アセロラ
コゴミ
くるみが簡単にトレーナーを紹介している間に、アイリスが準決勝の舞台に姿を現した。
シャガはそのアイリスの姿を見て、目を細めた。
以前より、アイリスの目の光が強くなったように見えた。これまでは感じなかった力強さまで感じられた。
それでいて、深みがあった。力ある者の多くが単調な光を持っているものだが、アイリスにはきちんと深みがあった。
「小僧……アイリスに何を教えたんだ?」
シャガはマイクに入らないような声でそう囁いた。
「さあ、シャガさんのお孫さんのアイリスさんが登場いたしました。なんだか立派なドラゴン使いの風格を感じさせてくれますね。いかがですか、シャガさん」
「うむ、しばらく見ない間に成長を感じさせてくれる」
「アイリス選手、今回の登録ポケモンはオノノクスとサザンドラ。シャガさん、アイリスさんのポケモンには何かエピソードがあるんですか?」
「小さいころに迷子になって1週間帰って来ないことがあってな。あのときは町をあげて大慌て捜索だよ」
「まあ、一週間もですか?」
「で、一週間後にひょっこり帰って来てな」
「それはよかった。よく一週間もご無事でしたね」
「どこでどう知り合ったのか、キバゴを連れていたんだ。すっかり懐いていてな。アイリスが言うには、キバゴが魚や木の実をとってくれたって話だ。そりゃあ、命の恩人じゃないかってな」
「それはすごい絆ですね」
アイリスに続いて、アンズも準決勝の舞台にやってきた。
アンズは準決勝の舞台でも、落ち着き払っていた。大会慣れしているのがうかがえた。
「こちら、アンズ選手。登録ポケモンはクロバット、アリアドスとなっています。アンズ選手といえば、あの名トレーナーキョウ選手の娘さんです。お父さんの名戦術「イガ忍法」を引き継いで、ここまで勝ち上がってまいりました。シャガさんはアンズ選手をどう見てますか?」
「第一印象は14歳とは思えない貫禄ある戦いをするなという感じだな。キョウ君には、ワシも何度も負かされてきたが、この歳でこの実力だと、この子にも、ワシは何度も負かされそうで今から怖い」
シャガは冗談交じりで話したが、アンズの実力が子供離れしているのは核心をついていた。
「シャガさんとしては、お孫さんのアイリス選手を応援したいところだと思いますが、この対戦の注目ポイントはどの辺になるのでしょうか?」
「クロバットは速いんでね。間合いが開くと、アイリスが不利になるだろうね。距離をどう詰めるか、その辺が見どころじゃないかな」
アイリスとアンズが対峙すると、さっそく準決勝第一試合のゴングが鳴った。
アイリスはオノノクス、アンズはクロバットを繰り出した。
アイリスは緊張しているのがうかがえる表情だった。緊張しているが、闘志はメラメラと燃えていた。
アンズも強い目でアイリスをにらみつけていたが、全体的に落ち着いた様子だった。
対戦はシャガの予想通りになった。
オノノクスは、クロバットを自由に動かせたくないので、距離を詰める意識でとっしんした。
クロバットは十分な距離を取って、自由なスペースを確保したいので、超音波でけん制して、縦横に鋭い動きを見せて翻弄した。
クロバットは速い。集中していても、残像が目に留まるほどである。この残像に翻弄されて、本体を見失ってしまうと、クロバットのペースになる。
アイリスは残像は追わずに、クロバットの地点を予測しながら、オノノクスを進撃させた。
動きの予測はできる。いくらクロバットでも右に動いて、その速度のまま左には動けない。右に動いて、真逆に移動するには、一度停止する必要がある。
なので、速いポケモンでも動きは旋回的になる。旋回のベクトルを見失わなければ、位置は把握できた。しかし、集中力を欠いたら一瞬で見失う。
対高速ポケモンのもう1つの原則は、愚直に追いかけてはいけないということ。
追いかけても相手のほうが速いから捕まらない。
相手が動く位置を見越して捕まえにいかなければならない。
アイリスはそういう基礎は十分に習得しているから、緊張しながらも、落ち着いてクロバットの動きを把握し続けた。
しかし、クロバットはハエではない。飛び回って逃げ回っているだけではなく、強烈な一撃で攻撃をしてくる。
だから、逃げ回るハエを追いかけるのではなく、敵の攻撃に備えておく必要もある。
高い精度が問われる間合いの取り合いだった。
アンズのクロバットは旋回のパターンをあえて、アイリスに把握させるように、わかりやすい旋回運動を繰り返した。
アイリスはそれに騙されて、パターン的にクロバットを捉えるようになってしまった。
そこへ変化球のように不規則性を混ぜられ、ついにはクロバットの位置を見失ってしまった。
「見えなくなった」
アイリスは思わず、顔に出してしまった。
すでにベテラン並みの実力を持つアンズは一瞬のアイリスの表情変化を見逃さなかった。
クロバットの鋭いアクロバットがオノノクスに炸裂した。
オノノクスが吹き飛び転倒した。
ポケモンバトルは「ダメージ」をモンスターボールが関知すると、それが蓄積される仕組みになっている。
ポケモンのダメージが2割以上蓄積した時点で、負けとなるそういう安全なシステムになっていた。
体力ゲージが半分以上減ったのがわかった。
見失ったところに、正確にきゅうしょを狙う一撃が撃ち込まれたようであった。
続けて、クロバットの追撃。
クロバットはドリルアクロバットのコンビネーションで攻め込んできた。
アクロバット攻撃は100年以上の歴史を持つ伝統伎だが、長く研究され、さまざまなタイプが登場した。
最近、飛行タイプの名手カヒリが「ドリル・コンボ」を編み出して公式戦で披露した。
カヒリはイッシュリーグの戦いで、シロナに負けてワタルへの挑戦はならなかったが、このドリル・コンボの新手で高勝率を上げていた。
鮮烈な技が出ると、すぐにそれが真似され、アンズがさっそくそれを採用して、この舞台で披露した。
カヒリの披露したドリル・コンボの回転数は異次元だったが、アンズのタイプも十分に高い回転数で高威力、高スピードを実現していた。
アイリスは不意打ちでうろたえたが、簡単には引き下がらず、得意のドラゴンテールを絡ませた。
クロバットのドリル・コンボを弾き飛ばした。
お互いの距離が再び離れた。
アイリスは息が上がっていた。素直にアンズに対して次の感想を持った。
「強い……」
シンプルに強い。高い壁であると感じ、勝てる気がしなくなった。
自分がまだ弱きものであると感じずにはいられなかった。