アイリスは終始、アンズの動きに翻弄され、自分の得意な攻撃を繰り出すことができなかった。
自分の自慢の攻撃は当たらず、攻撃のモーションを跳ね返すような巧みなカウンターを受け、アイリスは初めて同世代のライバルが放つプレッシャーを覚えた。
アイリスは今日まで、ワタルやドラセナの稽古を受けてきたが、それはあくまでも格上を相手にするもの。
今回は自分と同じ年ごろの相手との対戦。
緊張感はまるで違っていた。
ワタルと対峙するときは負けて当然。ワタルも手加減をしてくれた。
しかし、アンズは本気で向かって来ている。ワタルと違い、負けて当然の相手ではなく、勝つべき相手。
その実戦の緊張感の中で、アイリスは今までに感じたことのなかった気持ちになっていた。
オノノクスがやられ、続くサザンドラもアンズのクロバットには通じなかった。
結果は完敗。
会場も特に盛り上がることなく、アンズがアイリスを捌き切って勝利をつかんだ。
控室で応援していたドラセナは残念がった。
ワタルは特に表情を変えずに、終始アイリスの戦いを見守っていた。
実力差を感じさせる展開だった。やはり、シード権を持つトレーナーの壁は厚かった。
しかし、ワタルは敗北を喫したアイリスの様子を見てうなずいた。
この敗北は意味のある敗北だった。
ワタルもアイリス自身もそれはよくわかっていた。
敗北が決まった後、アイリスは大きく礼をすると、大きく息を吐いて、会場を後にした。
その表情は悲しみでも悔しさでもなく、晴れやかだった。
アイリスが控室の通路に出てくると、目の前にワタルの姿を捉えた。
ワタルは無言でアイリスの帰りを待っていた。
アイリスはワタルの手前までやってくると、大きく礼をした。
「力及ばずでした」
アイリスは力のこもった声でそう言った。
「強かったか?」
ワタルが尋ねると、アイリスは顔を上げた。その顔はとても前向きだった。
「とても。こんな強いトレーナーが同い年にいるなんて驚きました」
「この戦いから何か学んだことはあるか?」
「学びました。だから、私いま、とてもワクワクしています」
アイリスはその言葉の通り、晴れやかな表情だった。
「私にはまだたくさんたくさん足りないことがあると気づきました。もっと強くなれるとわかりました。何よりも、もっと強くなりたいと思いました。いま私はポケモントレーナーとして本気になりました。見えますか、私のメラメラと燃える闘志が」
ワタルはうなずいた。アイリスの闘志は力強く燃え上がっていた。
アイリスはこれまでも、ポケモントレーナーを目指して頑張ってはいた。しかし、それはまだ本気ではなかった。アイリスの心に眠る龍はまだ目覚めていなかった。
しかし、今回の対戦で、アイリスの心の龍は目覚めた。
アイリスはそれを象徴する言葉を紡いだ。
「ワタルさん、私、ワタルさんを超えます!」
アイリスはこれまでは紡ぐことができなかったであろう言葉をはっきりと宣言した。
ワタルが目標であり、それが自分の目指すべき到達点だと認識していたから、アイリスはワタルの先を見ていなかった。
しかし、アイリスは龍の目覚めと同時に、龍の願望を見出していた。
「そして、私が世界で一番のトレーナーになります。必ずです」
アイリスは力強く宣言した。
ワタルはその言葉を聞いて、口元を緩めた。
「その道、甘くないぞ」
「はい、ですが覚悟はあります」
ワタルはうなずくと、アイリスに背中を向けた。
「楽しみに待っている。お前が挑戦者として現れる日まで、王者でいると約束する」
ワタルはそう言うと、歩き出した。
アイリスは屈託のない笑顔を浮かべると、ワタルの後を追いかけた。
いつかはその背中を超える日を求めて。
◇◇◇
アイリスとアンズの山からは、アンズが決勝戦に進出した。
もう1つの山も注目の試合となっている。
ホウエン地方出身の実力者コゴミとアローラのダークホースアセロラの対戦である。
決勝の枠を争って両者が対戦した。
アイリスは同世代のライバルたちから学ぼうと、控室に帰ってくるとモニターに集中した。
敗北によって落ち込む様子はなく、ドラセナはホッとしていた。
もしかしたら、ワタルが気の利いた言葉をかけたのかもしれない。
「アイリスちゃんになんて声をかけたの?」
「別に」
ワタルは詳細は語らなかったが、ドラセナはワタルの横顔を見て、師匠としての風格を感じ取っていた。
幼く弱いワタル、最強を夢見るワタル、懸命に努力するワタル、チャンピオンの座についたワタル、先のイッシュリーグで敗北したワタル。ドラセナは長い間、ワタルの成長を見守ってきた。
ドラセナは色々なワタルを見てきたが、今日のワタルは確かにもう1つ先に成長していた。
それは保護者として、少し寂しいことでもあった。
コゴミとアセロラの対戦は激戦になった。
ここまで、アセロラのミミッキュはパーフェクトな戦いをしてきたが、コゴミのチャーレムと対戦して初めて、化けの皮がはがされ、クシャクシャに叩きつけられた。
緩急自在のインファイトと紙一重のスウェイバックで優勢を取ると、初めてミミッキュに土をつけた。
続くシロデスナで巻き返しを狙うアセロラは、ユニークなカウンター戦術を取ってきた。
チャーレムの蹴り足を取ると、引きずり込むのではなく叩きつけてのしかかるという、シロデスナの定跡を覆す戦い方だった。
長期戦になったが、対戦時間が長くなると、コゴミのチャーレムが対応してきて、間合いを完全に見切るようになった。
やや長い激戦をコゴミが制した。
アイリスやアセロラなどの新しい力が台頭した見所のある大会だったが、決勝に残ったのは、シード権を持つ実力者のアンズとコゴミだった。
順当な結果が、ポケモントレーナーの世界の厳しさを表していた。
才能だけでは勝てない。勢いだけでは制することができない。真に実力がある者だけが栄光を掴むのがポケモンの世界だった。
心技力、すべてが高みに到達しなければ、その世界で勝ち上がることはできなかった。
アイリスは二人の対戦を見ていて、そのことを痛感した。アイリスは自分もその高みに挑戦したいという強い気持ちになっていた。
決勝戦は、もつれにもつれた。
アンズのクロバット、コゴミのチャーレム。両者は共にここまで一度も負けずに戦ってきたが、クロバットのドリルスピン・アクロバットが決まると、返すように、チャーレムがサイキック攻撃でクロバットを捉えた。
サイキックパンチは、実際に相手に拳が触れなくても、念力が触れると、その時点で炸裂する。距離感を見切るのが難しいうえに、コゴミのチャーレムはワンインチパンチでも、威力の高い打撃につなげることができた。
最後はもつれながら、0コンマ2秒早く、クロバットに瀕死判定が出た。ほぼ相打ちだったので、ビデオ判定になった。
2戦目、続けてコゴミは判定で勝利したチャーレムを出し、アンズはアリアドスを繰り出した。
アリアドスの「分身・蜘蛛の糸戦法」は父親のキョウも得意とする戦い方で、蜘蛛の糸で相手の動きを封じ込めて戦う。
分身すると、本物の糸の見分けがつかなくなる。チャーレムは突然、蜘蛛の糸に足を取られた。
分身で翻弄して背後に回っていたアリアドスが蜘蛛の糸を鞭のようにしたたかに操って、チャーレムを制した。
最終戦、コゴミは何でも使いこなせるという特性から、2戦目にはドドゼルガを繰り出した。
ドドゼルガとアリアドスの対戦。
ドドゼルガは守りを固めて、絶対零度を狙う戦法を取り、アリアドスは同様の戦法で対応した。
ドドゼルガは重く、アリアドスの戦法には優勢を取れたようで、ドドゼルガのプレッシャーがリードした。
最後は絶対零度の空打ちを狙って、アリアドスが影分身を作り出したところに、ドドゼルガが攻撃モーションを取らず、接近を選択。これが功を奏して、至近距離でアリアドスの3体の分身が窮屈になったところで、それらをまとめて押しつぶした。
分身が解けたところに速い絶対零度が決まり、決勝戦はコゴミが制することとなった。
コゴミは終始、対応力の高さを発揮して、力より巧みさを前面に出して、強敵を次々と倒した。
時代を象徴する戦いだった。
ポケモンの世界も流行り廃れがあり、ひと昔前は、高い火力でごり押しするパワータイプが時代を席巻していた。
その時代はオーキド、キクコ、シャガ、アデクなどパワー型が活躍していた。
現代になると、シロナ、ミクリ、カルネ、ダイゴなど技巧派が時代を席巻した。ワタルやカヒリなどパワー型のトップトレーナーもいるが、時代の中心は対応力で支配的に持ち込む型だった。
コゴミもその流れで世界最高峰のアマチュア大会を制した。
しかし、アイリスは自分の戦い方を信じてその道を進むと決心した。アイリスはパワー型なので、ワタルと同じ道を歩むことになる。
◇◇◇
大会後、アイリスはドラセナらとヤマブキのホテルに向かった。
ワタルはドラセナらとは別行動を取って、ヤマブキのテレビ局の前にやってきていた。
ヤマブキの中心地は夜でも活気づいている。あちこちから人々の喧騒が聞こえて来た。
ワタルはある人物と面会するために、テレビ局の前で待ち続けた。
ある人物――シャガは仕事を終えて、関係者らとテレビ局の外に出て来た。
シャガは目の前にワタルがいるのを発見した。
「シャガさん、タクシーはまもなく来ます。乗り場は西口のほうです」
「私は歩いて行きます。みなさんは先に向かってください。老体だから、余計にしっかり歩かんとな」
「そうですか。それではまた後で」
シャガは予定を変更して、関係者らと別れると、ワタルのもとに向かった。
シャガはすぐに声をかけず、無言のまま、長い階段を降りて行った。
ワタルはシャガに気づくと、片手を腰に当てた。
「どうした、ジジイの迎えとは性に合わんだろ」
「謝罪に来たんだ」
「謝罪だと?」
余計ワタルに合わないことだったので、シャガは首をかしげるしかなかった。
「アイリスを優勝に導くことができなかった」
「……」
「師匠がおれに課した試練はうまくいかなかった……申し訳ない」
ワタルは師匠として未熟であったことを認め、頭を下げた。
それを見たシャガは髭に手を振れた。
「うまくいかなかった……それがお前の答えか?」
「優勝に導けなかったのだからな」
「ふむ、結果は準決勝だったな」
「優勝に導くという約束だったが、果たせなかった」
「なるほど……」
シャガは目を閉じると、しばらくそのままでいた。周囲の喧騒がざわざわと聞こえてきた。
しばらくの間合いの後、シャガは目を開いた。
「ワタル、お前は試練を越えた」
シャガはワタルのことをたしかに「ワタル」と呼んで、そう告げた。
ワタルはしっかりとシャガの目を見据えた。
「アイリスは目覚めた。お前の龍の気に触発されたのだろう。ワシは初めてアイリスの力強い目を見たな。画面越しでも、その気の強さが伝わってきた」
「だが……」
「納得はできんだろう。納得するには、お前自身が結果を出して証明するしかない。甘えるな、答えは誰も教えてはくれん」
「……」
ワタルは息を吐いた。
たしかに、シャガはこれまで一度も答えは教えてくれなかった。しかし、ワタルはたしかにこれまでシャガから多くの教えを受け、それに対して答えを出して強くなってきた。
「ワタル、いまのお前なら勝てる。おれがそう言うのだから絶対だ。信じな」
「……」
「行くぜ。アイリスの祝賀会だ。ベスト4は立派な結果だろう」
シャガは孫を思いやる優しい表情を見せた。
「仕事はいいのか?」
「どうせ酒を飲むだけだ。どこで飲んだって同じだ。お前も飲むだろ」
「おれは飲まねえよ」
「だから、お前は小僧なんだ」
「関係ねえだろ」
二人はホテルの方向に向けて歩き出した。
ヤマブキ大会が終わると、次の大きなイベントはホウエンリーグ大会だ。チャンピオンミクリへの挑戦者を決める厳しい戦いが幕を明けることになる。
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ワタル編 前半終わり。
長いので、レックウザが出てくる後編の前に小休止。
後編開始までしばらくお待ちください。