シロナはエムリットの手がかりをつかむために、シンジ湖にやってきた。
シンジ湖はシンオウ地方が観光地として利用したいという思惑もあって、まずまず人でにぎわっている。
当然だが、彼らは観光にやってきているのであって、シロナのように真剣に神話上のポケモンを追い求めてやってくる者はいない。
それゆえに目の付け所を他の人と違う。
湖から離れた岩場を1つ1つていねいに確かめるようにシンジ湖を見て回った。
誰も人目につかないところを探しているがゆえに、人と遭遇するはずもないと思ったのだが、厄介な人物がシロナを発見した。
「あー、あんた! こんなところにまで現れるなんて!」
シロナを発見した人物はマーズだった。
マーズは数人の若い男性を後ろに従えて、シロナの前に立ちはだかった。
こんな観光地とかけ離れた場所をウロウロしているのだから、おそらくマーズがここにいる目的はシロナと同じだろう。
「あんたもエムリットを探しに来たんでしょ?」
マーズの質問から、マーズもまたエムリットを求めてここにやってきたらしい。
おそらく、アカギからその知識を得たものと思われる。
シロナは答える代わりにため息をついた。
「なにため息ついてんのよ。あんたもエムリット探しに来たんなら、私に協力しなさいよ」
「嫌です」
「なにはっきり言ってんのよ」
シロナはもう一度ため息をついた。
相手はまだ少女とはいえ、どこか意識しているところがあるのか、マーズを好意的に見ることはできなかった。
「まあでも、私のほうがきっと先にエムリットを見つけ出せると思うけどね。見なさい、私は幹部だから、部下が6人いるのよ」
マーズは得意げに後ろの部下たちを紹介した。
「ギンガ団に所属する団員はみな優秀な者ばかりよ。例えば……あんたたしかシンオウ大学卒よね」
「はい」
部下の一人が得意げに胸を張った。
「どう、見なさい。シンオウ大学卒よ。すごいでしょ。あんたはどこ大学出身よ?」
「ライモン大学考古学部」
「ぐ……」
マーズは得意げな顔を崩した。ライモン大学は世界大学ランキング3位につけている超名門だった。シンオウ大学は89位だ。
「べ、別に学歴がいいから仕事ができるとかそういうの関係ないから。ね、あんたたちもそう思うでしょ?」
「は、はい」
マーズはさっそく持論を変化させた。そのあたりは子供だと思った。
「もういいですか? 私は別の場所を探しますので、失礼します」
「待ちなさいよ」
マーズはシロナの手を掴んで制止した。
「付きまとうのはやめていただきたいのですが」
「付きまといじゃないわよ。ビジネスライクな取引よ」
マーズはそう言うと、懐からモンスターボールを取り出した。
「あんた、シロナでしょ。シンオウチャンピオンの」
「そうですが、何か?」
「そんなあんたにポケモンバトルを申し込むわ」
「……」
シロナは目を細めた。マーズの狙いがさっぱりわからなかった。
「私がチャンピオンと知って勝負を申し込むのですか? あなた、負けず嫌いな女の子と認識しています。私に勝負を申し込む理由はなんですか?」
「馬鹿ね、あんた。私が負けず嫌いなわけないでしょうが。私は大人。ビジネスマン」
マーズはそう言ったが、地の感情は明らかに負けず嫌いそのものだった。
「私もビジネスマンだから負けるとわかって勝負を申し込んだりしないわよ」
「では何が目的ですか?」
「ハンディキャップよ」
「……手加減をしろということですか?」
「手加減じゃなくてハンディ。あんた、チャンピオンなんだから当然でしょ」
「まあ、そうですね」
「私があんたを使うポケモンを指定するわ。いいわね?」
マーズはそう言うとにやりと笑った。
「あんた、コイキング。私は相棒のブニャットよ。オッケーよね?」
マーズはすでに勝利を確信したような顔をしていた。
「コイキングですか……」
「そうよ。当然のハンディでしょ」
「わかりました」
「オッケー。じゃあ、負けたほうは3日間勝ったほうの奴隷になる。オッケーよね?」
「そんな話聞いてませんが」
「馬鹿ね、条件は勝負が決まった後に出す。ビジネスの鉄則よ。あんた、学者馬鹿だから私のしたたかなビジネスパフォーマンスに翻弄されるのよ」
マーズはそう言って誇らしげに笑った。
「わかりました。いいでしょう」
シロナはマーズの陥穽にわざと踏み込んでいった。
「受けるのね。やるじゃない。なら、3日間奴隷になってもらうわよ」
「逆に私が勝ったら、あなたが私の奴隷になる。そちらも忘れないようにお願いしますよ」
「馬鹿ね、コイキングで勝てるわけないでしょ」
シンジ湖の近くには、ポケモントレーナー施設がある。
アマチュアの大会も数多く開かれるが、主にアマチュアトレーナーたちの練習場として利用されている。
そこにシンオウチャンピオンのシロナがやってきたので、練習生たちはみなシロナの対戦に注目した。
ポケモンバトルの公式戦は縦横8m、24mのフィールドの中で行われる。
練習場には、その公式戦を模したスタジアムが2つあり、シロナとマーズは向かい合った。
「シロナだ」
「おおすげえ、本物だ」
「でもなんでシロナがこんな末端の練習場に?」
シロナが対戦するということで、嫌でも人が集まった。
気が付くと、50人単位の野次馬ができた。
「いいわね、こんなたくさんの観衆の前でチャンピオンに勝つんだから」
マーズはすでに勝ったように微笑んでいる。
実際に、この勝負はシロナが圧倒的に不利だ。
コイキングは世界最弱ポケモンとして知られており、当然だが、公式戦でコイキングが使用された実績はない。
みな1勝でも嘱望するトレーナーたちに、悪ふざけでコイキングを使う者はいなかった。
シロナはそんなコイキングでマーズのブニャットと戦わなければならない。
ブニャットは安定した強力な攻めに定評があり、悪ポケモンを好むカリンの代名詞の一つでもあり、コイキングに勝てる相手ではない。
ところが……。
この不利な勝負に、シロナは勝利した。
観客からは拍手喝采。
ポケモンの個体差をトレーナーの腕の差で乗り越えてみせた。
マーズの攻撃を紙一重ではねてかわして、絶妙なタイミングでじたばた攻撃を決め、ブニャットを打ち倒した。
さすがのマーズも想定外で目を丸くすることしかできなかった。
シロナは固まっているマーズに子供っぽく笑みを浮かべて述べた。
「それでは約束通り、3日間私の奴隷になっていただきます。あなたは立派なビジネスマンなのでしょう? でしたら、約束は守ってくださいね」
「ぐ……わ、わかったわ」
マーズはしぶしぶと言った感じで奴隷契約を認めた。
とはいえ、マーズの使い道は何もない。
いや、1つだけあるとすると、アカギが経営しているギンガ団の幹部だということ。
シロナは何とかマーズを使えないかあれこれ思案した。