マーズとのポケモンバトルに勝利したシロナは3日間マーズを奴隷にできる権利を手に入れたのだが、結局行使することなくその権利を破棄した。
これまで、シロナは助手を取ってこなかった。必要性を感じなかったという単純な理由だ。
だから、マーズを連れていてもほとんど役に立たなかった。
ところが、マーズはあれこれ難癖つけて、結局シロナについてくることになった。
「ここがあんたの家? うわ、なにこの殺風景な部屋」
シロナの仕事場にまでついてきたマーズは遠慮の気持ちもなく上がり込み、あちこち詮索し始めた。
「勝手にあっちこっち触らないでいただけますか?」
「なに? 人に見られると困るもんがあるってわけ?」
「そういう意味ではなく……人としてのモラルの問題です」
「あいにく、私は人じゃなくて奴隷なので」
マーズはそう言ってにやりと笑った。
「奴隷なら、働いてもらいますよ。手始めに、確定申告用の書類を作ってもらいます」
「はあ? 私、理系の人間なんだけど。適材適所で使いなさいよ。あんた、それでも学者?」
シロナはため息をついた。結局、なんの役にも立たなかった。
「わかりました。じゃあ、静かにしておいてください」
「だからさ、もっと立派な仕事をよこしなさいって言ってんのよ」
「あなたにできる仕事はありません」
「なに、平然と馬鹿にしてんのよ。やってみないとわかんないでしょうが」
シロナは何度目かのため息をついた。
「わかりました。では、こちらの解読をお願いします。2500年前、シンジ湖に住んでいた者が残した記録です。世界で誰も解読に成功していません」
「世界初? そうそう、そういう仕事を待ってたのよ。任せなさい、私が解読してあげるわ。そうしたら、リーダーもきっと認めてくれるに違いないわ」
マーズは自信満々に言った。
マーズの行動原理はシロナと同じだった。マーズもまたアカギのために熱心に仕事をしようとした。
1時間が経過した。
得意げに仕事にとりかかったマーズだったが、気が付くと難しい顔をしていた。
「なに言ってんのか、全然わかんないわ」
マーズは資料を放り投げた。
「あんた、よくこんなもん何時間も見てられるわね」
「考古学者なら当たり前のことです」
「また遠まわしに馬鹿にした。ったく、あんたはいやらしい性格してるわね」
仕事をあきらめたマーズは自分が奴隷であることも忘れてしまったのか、ロトムタブレットを取り出していじり始めた。
いまや世界中の人が持っているロトムタブレットだが、シロナは持っていない。
「あなた、自分が奴隷だということを忘れたんですか?」
「ちょっと休憩してるだけよ」
マーズはアカギに電話をかけようとした。
「うーん……リーダーは音信不通……最近、ちっとも出てくれないのよね」
マーズは乙女のため息をついた。
「ねえ、あんたは?」
「なんですか?」
「あんたもリーダーと連絡取ってるんでしょ」
「……」
シロナはいたずらっぽく笑った。
「ええ、昨日もお話しましたよ」
シロナはマーズをからかうために嘘をついた。
アカギの連絡はすべて一方通行であり、原則アカギは誰の連絡も受け付けない。
しかし、どうしてもマーズに対してマウントを取りたかった。
本来、そのような性格ではないはずなのだが、恋のライバルとして意識しているところがあったのかもしれない。
「く……なんであんたは出てくれるのに私は出てくれないのよ」
「私は仕事もできるし、あなたみたいに子供ではないですからね」
「私が子供だっていうの?」
「さあ、あなたがそうでないというなら、そうではないんでしょう」
「……」
マーズの顔に怒りにこもるのがわかった。
しかし、いつものように何か反論してくるのかと思ったらそうではなかった。
マーズの熱気は徐々に薄れていって、沈鬱な表情になった。
「どうせ私は子供ですよ」
「……」
「でも……絶対、負けないんだから」
マーズのアカギに対する思いだけは決して揺るがなかった。
さすがに言い過ぎたと思ったシロナはマーズを慰めるように言った。
「申し訳ありません。言い過ぎました」
「……」
「もう時間も遅いですから、家まで送ります。家の場所はどこですか?」
「家なんてないわよ」
「え?」
「エムリットを見つけるまで、私の帰る場所はないのよ」
最初はまた強がっているだけなのかと思ったが、マーズの様子がいつもと違っていた。
「今までどこに住んでいたのですか?」
「ギンガ団アジトが私の家。でも、結果が出せなきゃ私の居場所はない……」
「……」
マーズには何か特別な事情があるのかもしれない。