極東の騎士と乙女   作:SIS

21 / 45
code:16 蜻蛉の刃

 

 

 時間は、少し巻き戻る。

 

 セシリアと響子がお互いに遠距離射撃の差し合いを演じていた頃、一夏と箒は互いに技量のすべてを尽くしての近接戦闘を演じていた。

 

 その戦闘は苛烈でありながら華麗であり、お互いのIS搭乗時間、特に箒のそれを考えれば空前絶後の戦いといってよかった。無論、熟練者のそれに比べれば稚拙な、遊技とすらいっていいレベルではあったが。

 

「っ!」

 

「見切った!」

 

 盾を前にモーションの初動をかくして繰り出した一夏の攻撃を、箒が長い刀の根本で受けて跳ね上げる。そのまま流れるように繰り出した大上段からの振り下ろしを、盾で受け止める一夏。直後、その背の浮遊型スラスターが反転、至近距離で箒に噴射口を向けて、最大出力で噴射。アークスラスター特有の長く尾を引く白光の噴射炎が火炎放射のように箒めがけて降り注ぐ。むろん、シールドバリアに守られた箒がその炎で傷つく事はない。だが、視界は奪われる。それに何より、ついこの前ふつうに暮らしていた者にとって、例え無害であってもほとばしる炎の壁、というものは視覚的な驚異度は十分すぎる。反射的に顔をかばうようにした箒の隙をついて、一夏の打鉄改の肩部可動式追加装甲に備わったアポジモーターが噴射。直進から緩やかに動きを換え、動きを止めた箒の背後へと回り込む。それに対して、箒は。

 

「!?」

 

 驚愕の表情を張り付けて、盾を構える一夏。その白い装甲を、箒の操るノーマルな打鉄の実体シールドが鉄槌のように穿つ。その衝撃に乗って距離をとりながら、一夏は先ほどから様々なアプローチで試みて、ことごとく失敗する攻勢の結果に舌打ちを鳴らした。基本的には、同じ事の繰り返しだ。牽制とフェイントを織り交ぜてヒット&アウェイを作りだし、隙を見いだしたら様々な角度から追撃を試み、どうにか箒のシールドバリアを削ろうとしている。そして、そのすべては失敗に終わっている。

 

 そこに、箒の追撃。襲い来る長い、長い刀の切り払いに、一度左手の盾を投げ捨て、空いた左手にマシンガンを転送。ねらいもなにもつけずに、とにかく箒めがけてばらまく。あわてたように刀を引き寄せ盾にし、逃げるように後退していく箒に対して十分な距離をとれた、と判断したところで盾が自前のPIC機能をつかって帰還。マシンガンを格納し、それをしっかりと受け止める。箒はその間、動かない。おそらく、この短期間で戦えるように仕上げるために限定的な特訓にとどめていたのだろう。格闘戦はそれなりだが、射撃戦はおそらく一夏の方に大きく分があると見える。もっとも、近接戦闘に特化しているのは一夏の方も同じなのだが。

 

 無論、一夏は自分がISに熟練している、などという思い上がりは抱いていない。だが、だからこそ、というべきか。箒がISという兵器になれていないこと、なにに戸惑いなにが出来ないのか、それを実感と共に把握できている。少なくともそのはずだ。その、過去の自分にも似ているはずの彼女の感覚を予想し、自分ならば絶対に対処できない、そんなタイミングと角度で攻めたてた。

 

 にも関わらず、そのすべては実体シールド、籠手、刀によって防がれた。水平だけでなく、角度をつけて強襲もした。フェイントにフェイントを重ね、ほぼ周囲を一周してからの奇襲も行った。剣道ではありえないそれら三次元的な攻撃は、しかし同じように防がれた。

 

 そして、それらに対する違和感。箒は、一見、一夏の攻撃をすべて手玉にとっているようでいて、しかし常に焦りと焦燥を隠せないでいる。防ぎ、反撃してきていながら、そこに余裕は何一つない。

 

「……攻撃が予測されてる。それは間違いない。けど、箒自信が予想している訳じゃ、ないのか?」

 

 つぶやきながら、盾を構えながら距離と呼吸をはかる。右手に構えた刀はあくまで軽くにぎり、いつでも対応できるように。

 

 いっそこのまま銃撃戦に持ち込むか、という考えが一瞬頭をよぎる。だがそれは即時に却下。太刀筋を読まれているのだ、もっとつたない射撃線なんて簡単に読まれてしまうだろう。ここは、あくまでもこの近接戦闘を貫き通すべきだ。

 

 考えるべきは、相手のカラクリ。恐らく、この攻防を支配しているのは箒本人にはない何かのはず。つまり、今戦うべきは箒、その人だけではない。その背後にいる何者かもまた、同時に一夏の恐るべき敵として君臨しているのだ。そして恐らくは、その者の名は。

 

「…………更識簪」

 

 箒が知り合ったという、別クラスの友人の名を思い出す。響子の話によれば、彼女には日本代表候補生としての顔と、凄腕のプログラマーという顔があるという話だった。一夏には想像も出来ない多岐にわたる知識を納めているであろう彼女……簪が、箒に何らかの助力をしている事はもはや明らかといってよい。問題は、それがどのような助力であるのかがわからない事なのだが……。

 

「……いや、待てよ」

 

 そこで、ふと思い返される事があった。

 

 ここ数週間、代表決定戦が決まってから、不思議と簪との接触が増えていたというか、顔をあわせる機会が多かったことを思い出す。最初は単に、箒を通じて交友関係をもった以上、こうして顔をあわせる機会が増えるのもごく自然なことだと思っていたが……簪が箒に助力している、という前提で考えるとそれは不自然であるはずだ。ふつうに考えれば、箒の訓練なり教習なりで会う機会が減って当然であるはず。事実、一夏はここ数週間、箒と自由時間で顔を会わせていない。

 

 ならば、何か意味があったのだ。箒の勝利の為に、簪が織斑一夏と顔を合わせなくてはいけない、何かが。

 

 だが……。

 

「……くっそ、思いつかない」

 

 自身の発想の貧困さに、思わず舌打ちをならす一夏。もし物語やマンガの主人公ならば、こういう局面において機転と観察力で何か打開策を思い浮かぶのだろう。だが、自分にはそんなまねはできそうにない。そもそも、浮かんだところで自分に出来るのは、刀を構えて切り込むぐらいであって……。

 

「……待てよ、マンガの……主人公」

 

 考える。

 

 先ほどから、箒は明らかにこちらの動きを予想している。織斑一夏の動きを、把握している。あくまでそれは、織斑一夏という一個人の全て、であるはずだ。それは簪が事前に何らかのデータを会話を通して回収していたんじゃないかという先ほどの思考が補強している。

 

 なら。

 

 ならば、織斑一夏以外の人間を相手にしたとき。箒の予測はどうなる?

 

「試してみる価値は、あるよな……!」

 

 つぶやいて、一夏は構えた長刀を光に戻した。無手になった両拳を軽く握りしめ、左右に開く。その両手に、新たな得物を呼び出す。それは。

 

「…………なに?」

 

 箒がその様子をみて、訝しげに眉をひそめる。刀を八相の構えにして守りにはいる彼女をよそに、一夏は両手に構えた武器……通常、彼が投げナイフとして使用しているカッターナイフを交差させ、軽く響く金属音をたてた。

 

 細く目を閉じる。

 

 そしてせばまった視界の外、瞼の裏の闇に、彼女の姿を思い浮かべる。この学園にきて初めて剣を交えた相手。燃えさかる敵意を冷徹な意志の力で制御する闘争機械。氷の視線を持つ、黒き猛禽の少女。そのシルエットを強く意識して、一夏は目を見開いた。

 

「…………削り倒す!」

 

 

 

 

 

 

「こ、れはっ!?」

 

 箒がうめくようにして戸惑いを漏らしながらも、腕は己の意識をはずれたかのようにして長刀を操った。長い長い刀を巧みに操り、体に引き寄せたその上を火花が散らして切削用のカッターナイフが滑った。その隙を、と箒がねらった瞬間にそのナイフと刀の接触面を支点に、一夏の体が回転。肘を覆う装甲をバンカーのように打ち出す膝蹴りが斜め上から打ち下ろされ、それを防御しきれずに受ける箒。目の前でシールドバリアシステムの干渉によるエフェクトが迸り、一瞬視界を喪失。やばい、と思った次の瞬間には、翻った二つの短刀が火花のように閃き、箒の打鉄から文字通りシールドエネルギーを削り落としていた。

 

「さっきまで、と、全然……!」

 

 叫ぶ暇もあればこそ。喉元に交差して迫ってきたナイフをかろうじて長刀で受け止め……たかと思った瞬間には、ナイフはふっと力を失って視界から消える。フェイントと判断した瞬間、箒は反射的に打鉄のスラスターを全開にした。あらゆる推進機能を背後に向けてフルスロットル。はじけた爆竹のような勢いで、箒はその場から離脱した。自分でも制御できないほどの加速に振り回される中で、思考だけはしっかりと確保する。

 

「このまま、つき合うのは不味い……!」

 

 とにかくそれだけを意識して、一定の距離を一夏からとる。最悪、この離脱にも相手が反応して追撃される事を覚悟したが、幸い一夏はこの瞬間離脱に反応しきれなかったようで反応は少し遠くにある。髪をなびかせて気がつけば崩れていた体勢を建て直し、反転して地面に直角に浮かんだ体勢を維持しつつ、箒は通信を開いた。

 

「簪、あれは……」

 

『……多分、村上響子の猿真似。恐らく、真相は知らないにしても、織斑一夏は私が彼のデータを収集、それを元に何らかの動作予想をしている事に気がついたんだと思う。それで、なじみのある他人の動きを真似てその予測を攪乱しにきた……という感じだと思う』

 

「対処できないのか?」

 

『……本当に村上響子の真似を出来てるならどうともでなる。なるけど、あれ、中途半端すぎる。織斑一夏と村上響子の行動パターンが入り交じってしっちゃかめっちゃかになってて、逆に予測ができないの……!』

 

「そうか。いや、いいんだ」

 

 どこか謝罪の意を含んだかすれ声の簪の応答に、箒はどこかさっぱりとした口調で礼を述べた。そういう淡泊な口調しか使えない自分の気性にいらだちすら感じながらも、箒は精一杯、簪に気持ちを伝える。

 

「いいんだ、簪。気にすることはない。本来これは、私が一人で乗り越えなければならない壁だったんだ」

 

『それは違う……! 私は、箒と一緒に戦うと決めた。一緒に、作戦を考えた。これは、私の戦い、敗北も勝利も、私たち二人のものじゃないと、いけないの。だって、だって私たち……』

 

「友達だから、な。それでもだ」

 

 きっぱりと、箒は断言した。

 

「一夏と戦いたいと思ったのも、勝ちたいと思ったのも、私なんだ。私の責任、私の望み。だから最後の最後に、私の我が儘を通したって、いいだろう?」

 

『勝手な言い分よ。箒が、箒が私に協力を求めたんじゃない。貴方が私が力を貸す事を許したんじゃない。なのに、そっちの都合で手を切るなんて、酷いわ』

 

「悪い。私、コミュ障なんだ」

 

 自分でもどうかと思う言い分だったが、他に箒のいいわけに出来そうな理由はなかった。通信の向こうで簪が小さく吹き出した後、ぶつり、と音声通信はノイズを伴って切断された。

 

 さあ。

 

 これからは、本当に一人だ。

 

 

 

 

 

 だが、独りではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手で構えていた刀を右手一本で持ち。空いた左手に、もう一つの亜刀を顕現させる。歪な二刀流。両手にそれぞれ、どうみても満足に扱えるはずのない長い刀をそれぞれ携えて、箒は静かに凪いだ瞳で向かい合う一夏をみた。一夏は、箒のその様子に警戒しているのか、絶好の

 

「さあ、来い、一夏。もう、予想は出来ない。純粋に。真摯に。刀で、語り合おうじゃないか」

 

「…………箒。おまえ、それはなにのつもりだ?」

 

「どういうつもりだと思う?」

 

 警戒する一夏を挑発するようにほほえむ箒。微笑むというには剣気のみなぎる物騒なものではあったが。

 

「こい、一夏。だが、そんな借り物の剣が、私に通じると思うな」

 

「…………」

 

 無言の一夏。その手にあったナイフが、量子変換の光に包まれて消え去る。代わりに、一夏の手にもっともなじんだ得物……長刀が現れる。オーソドックスな形状のそれを手に、正眼に構える一夏の姿に、箒は目を細めた。好戦的な、猛獣の目だ。

 

「それでいい。それでこそだ」

 

 二人の剣士が、しばしにらみ合う。

 

 箒は、もとより自分から踏み込むつもりがない故に。

 

 一夏は、箒の構えに得体のしれないものを感じていたから故に。

 

 静寂。

 

 そして、この場が戦場であるが故に、その静けさは決して続くことはない。流れ弾のたぐいなど、飛んできて当然の場なのだから。

 

 閃光が、両者の視線を薙いだ。

 

 それがブルー・ティアーズが追いつめられた末に偶然放った”光の斬撃”である事を二人は知らない。しかし、きっかけには十分だった。

 

 一夏が仕掛ける。全身に内蔵された小型スラスターが、背中に浮かぶアンロック式スラスターが、そのもてる推力の全てをもって白き鎧を前に押し出す。白い閃光を輝かせて、白亜の騎士は一瞬で音速に到達し、大気の壁を突き破って猛進する。その手に握った刃は、その音速の速度を得た上でさらに重力と腕力による補助を受け、閃光とかして迸る。その剣速は銃弾を遙かに越え、その破壊力は防御不可能。乾坤一擲、全身全霊の突撃を前に、箒は……。

 

「なぜ、動かない!?」

 

 加速された意識の中、箒はただ沈黙を守り、一夏の刃の元にその体をさらしている。そのあまりに無防備な様子に、一夏の脳裏に戸惑いがよぎるが、彼はそれを振り切った。

 

 汝、妄想する事なかれ。

 

 迷いは剣を鈍らせる。一夏は戸惑いを捨て、心を無にして剣を振り下ろした。罠であろうと、なんであろうと食い破る心づもりで。

 

 そして、数十倍に加速された知覚の中で。

 

 確かに、刃が箒の懐、回避も防御も不可能なまでに肉薄した瞬間。

 

 箒の目が、くわと開かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之流三代目党首の頃の話である。

 

 全国に武者修行にでていた次期党首候補であった三代目の長男は、父の敗北を知り急遽実家へと戻った。

 

 そこで彼が知ったのは、外道の法に身を落とした流浪人によって、父は卑怯な手によって神聖な決闘を汚され命を奪われたという事実だった。

 

 敵討ちを決意する長男だったが、しかし問題の流浪人は純粋な武術にも秀でており、いまだ修行中の男では正攻法でも流浪人に勝てぬ事は明らかだった。しかし、修行の完遂を待つわけにもいかない。流浪人はあちらこちらで恨みを買っており、多くの追ってが差し向けられている状態だった。流浪人の実力からすぐに討ち取られる事はないだろうが、さりとて長い間逃げ延びる事もないだろう。そして、他の誰かに流浪人が討ち取られてしまえば、篠ノ之流の名は地に落ち、挽回はできなくなる。

 

 男は考えた末、半月の間山にこもる。そこで滝に打たれ、熊ときりむすび、妖怪と刃を交えたという男は、ある一つの真理に目覚め、それを巻物に認め、家族と別れを告げた上で、流浪人に決闘を挑む。

 

 そして、その結果。男は己の命と引き替えに、奥義にて流浪人の首を取る。

 

 その奥義こそが、篠ノ之流弐の太刀が一つ、無為陽炎。

 

 敢えて敵の刃の元に身を晒し、その死が確定した刹那に発揮される人の本能……走馬燈という防衛本能を攻撃に転化し、止まった世界の中で逆撃の刃をふるう。発動は使用者の死を意味するが、その死によって絶対に敵の首を切り裂く。この刃に勝者という正義はなく、ただ敗北者があるのみ。すなわち相討ち……、全悪相殺の理である。

 

 

 

 

 

 

 閃光、否、虚無が賭ける。

 

 超音速で振り下ろされた一夏の刃、それすらも止まって見える刹那を越えた雲耀の太刀が、二つ。

 

 それぞれが逆袈裟に、打鉄改の胸元を切り裂く軌道。受ければ、シールドエネルギーが枯渇する事必死の、神速の刃。

 

 それを前にして、一夏の時もまた止まる。記憶の逆再生が始まり、過去の情景が脳裏を過ぎる。

 

 だが、この刃を受ける経験など、一夏の過去には存在するはずもない。漠然と、己の決定された敗北を見据えながら、一夏の意識はとろりと重い時間の流れの中で漂った。

 

「負ける……?」

 

 疑問。いや、確信。約束された未来。決定された、結果。

 

 その現実に。

 

 一夏の心のどこかで、スイッチが入った。知っている。この感覚を、彼は知っている。

 

 

 

 

 

 

 弱かった。幼かった。

 

 けど、そんな理由では納得できない。

 

 たくさんの人から、尊敬すべき人達から、輝く栄光を奪った、その罪は。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、おぉお……!」

 

 止まった時で、一夏の腕がぴくり、と動いた。

 

 時を支配しているのは、箒の刃。その速度に、少しだけ、少しだけ……一夏の速度が追いつく。

 

 箒の目が驚愕に見開かれる。それにかまわず、一夏は気力を振り絞った。絞り出したイメージを形にして、手足に、ISに注ぎ込む。コアがうなりをあげて、全身の装甲がPIC制御装置の過剰稼働に白く輝いた。ついに、腕が止まった世界の中で動き出す。

 

 

 

 名付けるならば。

 

 織斑流壱の太刀、蜻蛉返し。

 

 

 

 

「うおぉおおおおおおおおお…………!!」

 

「い、一夏、貴様ぁ……!!」

 

 そして。

 

 箒の信念と、一夏の意地が。

 

 時間の水平線にて、交わった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。