ぐらり、と体が傾ぐ。
そのまま脱力した体は力を失って、眼下の海へと落ちていった。
その様子を見送って。
織斑一夏は、自分がきわめて興奮状態にあった事を自覚した。
「はぁ、は、ふぅ……」
息を整えながら、刃を握り直す。だが、手はかたかたと震えていて、ISのパワーアシストがあるにも関わらず握り慣れたはずのブレードはひどく重い。それでもようやく握りなおして、一夏は先の時間を思い返した。
現実には一瞬。
それでも、あの瞬間。一夏には途方もなく長い時間に感じられた、あの刹那を。
「なんだったんだ、あれ……」
汗を拭いながらつぶやく。
一夏は、篠ノ之流の奥義を知らない。また、その知識も一般的なものに限られ、殺し合いを知る者の境地など理解できようはずもない。だが、直感で、あれがふつうではなかった事は理解している。
「境地……って、奴なのか? いや、今はそんな事よりも……」
あわててコンディションチェックの為にウィンドウを展開する。空間に展開された光の画面に表示された機体状態は、ひどいものだった。目視でも、胸部装甲をはじめとする各部に深く刻まれた刀傷があるのだ。解析の結果表示されたパラメーターも、ほとんどがレッド表示。特に、パワーアシストを補助している物理アクチュエーターはほぼ壊滅。装甲表面をそぎ落とされた結果、PIC端末も損害を受けており、機能は最大時の半分近くまで低下している。そして、シールドバリアエネルギーの総量はすでに一割を切っている。ズタボロだ。
やはり近接攻撃が主なダメージ減だったのがまずかった。全身に刻まれた刀傷、特に最後の斬り合いで胸部に深く刻まれた傷は、シールドバリアの負担を減らす為にあえて受けた傷ではなく、純粋にシールドバリアシステムの瞬間防御力を相手の攻撃力が突破してきた結果だ。あくまで瞬間的に機体を守るシールドバリアシステム、その一部が限定的に破られただけ。エネルギーへのダメージは大きいが、しかし消失した訳ではない。あくまで突破は瞬間的なもので、おそらく装甲への直接干渉で相殺可能だったダメージでありたとえるならシールドバリアの光学防御を抜けてくるブルー・ティアーズのレーザーを受けた状態に近いともいえる。無論、軽い損傷のわけでもない。装甲部ではなく、体にまとうISスーツの部分に直撃していた場合、シールドスキンがカバーしきれれば打撲、それすらも破られれば絶対防御の発動でおそらく今頃は一夏が敗者になっていたのは想像にたやすい。打鉄・白式が装甲重視で助かったという事か。
「…………やれやれ、この状態で、セシリアとやりあえってか。無茶言うぜ」
苦笑して、一夏はシステムに告げた。
「……装甲パージ。アーマーモジュール、深度3で平均化」
がしゃん、と音をたてて、打鉄・白式の装甲部分が脱落する。深度3……つまり、表面装甲から三枚目までの装甲が、ガラガラと音をたてて脱落していく。その多くは、打鉄に増設された、元は白式であった部品たち。損傷で使い物にならなくなったアポジモーターやイージス・ミストのシステムと一緒に海面へと落ちていく最中で、光になって消えていく。純白の装甲が細かくほどけながら散っていく様子は、粉雪にもにていた。
やがて装甲の排除が終わり、ISスーツに胸部、肩部、腕部、スカートに脚甲を残すのみという一般的なISに近い軽装甲へと白式は姿を変えていた。本来の打鉄に近い、しかし装甲が一枚少ない状態。最後に体にまとわりつく雪のような破片を払って、一夏は空を降りあおいだ。
蒼穹の先。
……ブルー・ティアーズに向かって。
「……コンディションは同じのようですね」
少しばかり定まらない視界に難儀しながら、セシリアは眼下の一夏の視線を受け止めた。
こちらも、一夏の打鉄・白式に負けず劣らずのボロボロ具合だった。むしろ、敗北直前であったという意味ではこちらの方が深刻だった。システムのオーバークロックによる、四機のスターライトの同時駆動。それはブルー・ティアーズの制御系統に大きな後遺症を残しており、あらゆる性能が通常時の半分以下にまで低下している。さらに酷使した自前の脳はかなりの疲労を抱えており、現在ISの搭乗者保護機能が働いているがそれでも、浮いているのがやっとだ。サポートなしでは立っているだけでも怪しいだろう。
武装の方もさんざんだ。ビットは残り二つ、展開したスターライトシリーズはMk-Ⅲは大破、Ⅱも激突の衝撃で機能に問題が発生しており、0は実戦稼働で早くも機能停止している。万全なのは1と、あとは最後に残された切り札が一つ。だがそれらも、セシリア本人の体調が最悪なのでは、性能を発揮できるかどうか。
そもそも、セシリアの中では彼女は敗北している。あの最後の瞬間、村上響子が慣性支配を見せた瞬間、彼女は負けるべきだった。だが、無意識の足掻きが思わぬ展開をみせ、偶然にもセシリアは勝利してしまった。むしろ、勝利者は、セシリアの無意識の意志……織斑一夏と戦わずして負けたくない、という意地を拾い上げ、形にしたブルー・ティアーズそのものである、ともいえる。その点で、セシリアの精神状態も万全ではない。
だが。
敗者には敗者の理があるように。
勝者には勝者の理があるのだ。
「敗者が勝利を汚してはならない。そして、勝者もまた敗北を汚してはならない……そうでしたわよね、教官」
ふわり、と手に戻ってきたMk-Ⅰを手に取る。そのグリップを可変させて、折り畳まれた遠隔機動モードのまま握りしめる。折しも不格好な棍棒のように構えたそれを見よう見まねで正眼に構え、セシリアは意識のすべてを勝利の為に切り替えた。
コンディションは最悪。
勝率なんて見えない。だけど、掴んだ物が確かにある。
「あの……刹那の感触。思い出せ、掴み直せ」
一夏は手探りで己の内面に手をのばす。あの、極限に引き延ばされた感覚を、一瞬でいい、決着の瞬間に取り出せるように。
「光の斬撃……ふふ、考えたこともなかったですわね、そういえばそんな事」
セシリアはさっきの偶然、あの瞬間の光景を強く意識しながらスターライトのふりごこちを確かめる。あの光の剣撃は、完全に偶然のもの。スターライトへの命令が混濁して暴走した結果生み出された産物にすぎない。だが、その効果は間違いない。現状で、セシリアは織斑一夏を打破する為には一振りでいい、あの斬撃が必要だ。近接戦闘は得意ではないが、やらねばならない。
ああ。
そうだとも。
すべては、己の沽券……そんな小さな物のためではなく。今、こうして歯を食いしばり血反吐を吐いてでも戦うのは、すべて。
「師匠に恥をかかせるような真似、できないもんな……!」
「情けない姿、教官に見せる訳にはいかないですものね……!」
たった一つの、意地の為。
その為に、二人はぶつかり合う。
「「…………逝けっ!!」」
音を置き去りにして、白いリングが空に広がる。急激な加速で音速の壁を砕いた打鉄・白式が、それまでとは比較にならない速度で空へと舞い上がる。機体の大幅な軽量化、そして搭乗者の意識の変化がもたらした圧倒的な高機動性。おそらくは、これこそが本来の白式に与えられた力。
だが、アポジモーターや各種制御スラスターを失った事で制動能力が大幅に落ちた今の状態では、その超加速はかえって手に余る。制御しきれない機動に重いGが全身にかかり、ガタガタと全身が軋む。今も手に掴むシールド、それに備わった補助スラスターの存在がなければ今にも自分自身の機動を手放してしまいそうだ。
「素人に渡す機体じゃねーだろ……!」
グチを漏らしながらも、手にした盾と長刀を握りしめる感触と、食いしばった歯の痛みで意識をはっきりとさせ、見上げるのは遙か上空のブルー・ティアーズ。
そちらも、一夏の突貫に併せて行動を見せていた。その名そのものでもある小型攻撃端末が、青い光を引いて空に線を描いた。
「行きなさい!」
セシリアの叫びに答えて、矢のようにビットが加速した。その先端に、レーザーの光が宿る。その輝きを目の当たりにして、一夏は覚悟をきめてブレードを握る手に力を込めた。
「ビット攻撃……! なら……」
センサーの出力を最大に切り替える。一機である今は、レーザーからISエネルギーの上昇を感知する事は不可能だが、それでも記録データから、レーザーが発射するまでの時間を予測する事は可能だ。
だから、あと必要とされるのは。今、直撃すれば敗北となる光速の一撃に、ひるまず相対する覚悟と勇気。
ビットの輝きが増す。蒼穹にあって光り輝く青い輝きを、しっかりと見開いた視界にとらえながら一夏は見た。
青い光、破壊の意志の向こう側。こちらをみつめる、狩人の視線を。蒼穹の少女は、今、一夏の心臓にねらいを定めて引き金に手をかけている。その呼吸、心臓の音を感じ取りながら、一夏はその敵意の高まり、引かれる引き金を確かに感じた。
「…………今だっ!!」
シールドを掲げて、反対側に思い切り腕を振りかぶって、ブレードを投擲。直後、二機のビットが光り輝き……一機は、レーザーを発射する直前に回転しながら飛来したブレードに両断、爆発し。もう片方のビットから放たれたレーザーは、掲げた盾によって防がれた。
「見切った!」
いける。一夏は確信する。
ビットは一つは破壊し、一つは照射を防御した。ビットは本来複数で間隙なく責め立てるのが前提であり、一つ一つの連射能力はそう高くはない。つまり、一度防いでしまえば。
「隙をさらす筈っ?!」
その瞬間、一夏が感じ取ったのは研ぎ澄まされた敵意。刃というよりも、鋭い針のようなそれが、眉間を打ち抜くようにして走った。
あの境地にいたらずとも、アドレナリンと戦闘意識で加速した視界が、セシリアを捉える。
ビットを放ち、攻撃手段を失ったはずのブルー・ティアーズ。その青い機体が、長大なレーザーライフルをまるで両手持ちの大剣のように肩にかつぐように構えていた。FCSは現在、ビット操作モードであるはず。ならば、本体のFCSを使用するレーザーライフルの手持ち運用は不可能であり、それにあんな持ち方ではねらいを付けるも……。
「……!」
違う。あれは、レーザーライフルではない。
理屈ではない、観察でもない。だがわかるのだ。あれは……あの長大な銃身もまた、”ブルー・ティアーズ”だと。
ビット操作モードである以上、通常のライフルとしての運用はできないかもしれないが、手で保持された状態でもレーザーを発射する事だけならできるはず。それを、手で振り回せば、映画よろしくレーザーソードを振り回すような形ではなるのではないか?
不味い。
最高に、不味い。
今の一夏は、とっさには動けない。出来るのは、加速の慣性にのってまっすぐ進む事だけだ。まだISの機動を完全に物にしていない一夏は、盾を振りかざし腕を振り切った今の姿勢から動けない。
セシリアの手にしたスターライトから、光が伸びる。そのどこまでも伸びる光の剣を振りかぶって、セシリアが吠えた。
「……ツァアアッ!!」
光の斬撃が伸びる。無限速のレーザーそのものが、一振りの剣と化して一夏を両断せんと振り下ろされた。
空を切り裂く、光のライン。まっすぐに自分の頭頂部めがけて振り下ろされてくるそれを引き延ばされた世界で、一夏はただ見上げていた。
負ける。
今のシールドバリアエネルギーでは、あれを食らえば、確実に。
「…………う、あ」
体は動けない。回避する事も、防御する事もできない。今の一夏に出来る事は、たった一つ。探せ。
あの光の斬撃を。ブルー・ティアーズの放つレーザーソードをしのぐ、今の一夏にできる方法を。
(探せ……俺のちっぽけな脳味噌にないなら、ISのメモリーからでも、学園のメインバンクからでも。探せ、とにかく探すんだ!)
光が、降ってくる。
光の刃が、一夏を両断せんとする。
(ISエネルギーを含んでいるといっても、レーザーはレーザーだ。BT兵装はデータからみる限りコヒーレンスな光の波長。本来、光源の一部しか利用できないコヒーレンス方式の欠点を、ISの能力で補助して、空間的にコヒーレンスな光を高強度で発生させている。つまり、あのBT兵器は只のレーザー兵器として運用するにもISが装備しなければ意味がない。なら、そのIS……慣性制御能力と量子演算という二つの要素、そのどちらかのファクターを除けば……!!)
長刀を投げはなった、空の右手。その右手が、振り下ろされる光刃に向けてのばされる。まるで刃を受け止めるように、掴むように曲げた指を光の刃に掲げて、一夏はありったけの意志をこめて叫んだ。
全慣性制御システム、最大出力。
対象、指定空域に存在する水蒸気、及び大気圧。
細かい調整はできない。ただ、意志だけを強くISコアに祈って。
「……空間レンズ、形成! 曲がれぇええええ!!」
「………………な」
スターライトを振り切った姿勢で、セシリアは呆然としていた。
確かに光りの刃は解き放たれた。この距離、あの剣速ではずすほど、セシリアは近接が苦手ではない。
だが。
織斑一夏の姿は、依然として眼下に存在していた。光の刃は、彼を切り裂かなかった。
代わりに、その遙か下。海面に連続して発生する、水蒸気爆発の連鎖。超高温のレーザーでなぶられた海面の一部が急激に沸騰し、まるで海底から間欠泉が吹き出しているかのように、海面が泡立つ。その軌跡は、奇妙に波打っていた。
理屈はわかる。あの時、セシリアはスターライトをビットモードのまま放った……それはつまり、本体のFCSシステムによる高精度射撃補正を行わなかった……正確には、それが役に立たない状態にあった。無論スターライトにもビットモード時の為のFCSは積んであるが、強引につかまれて振り回される、なんていう状態でまともに機能するはずもない。だから、あの時のスターライトのレーザーは、空間の状態が一定である事を前提に調整されていた。
だから、もしそのレーザーの軌道上の空間に急激な変化が発生すれば、いくらISによる補助を受けていてもその影響を受ける事は免れられない。今、織斑一夏が大気圧と水蒸気にISの能力で干渉し作り出した小さな空間レンズにすら、ねじ曲げられてしまったように。
だが問題は、それではない。
それではないのだ。
「あの瞬間……一撃を受ければ終わり、その状況でっ。自分自身にも制御しきれない大博打……ねじ曲げたレーザーに結局当たるかもしれなかったし、意味がなかったかもしれない。なのに、ためらう事なく踏み切った……?! あり得ない、ナンセンスですわ!」
憤りと、それ以上の恐怖をごまかすようにして叫ぶ。
セシリアは賭事はそんなに好きではない。ここしばらく無茶ばかりしたが、本来彼女にとって戦いとは、戦う前に勝っていなければならないものだ。あらゆる情報を集め、幾度も戦闘をシュミレートし、勝てる、と断言できる戦術と戦略をひっさげ、それでも負けてしまう事があるのが実戦なのだ。だがそれでも、賭事をする人の思考は理解できる。理解できるつもりだった。
だが、これは異常だ。すべてか無か。オールオアナッシング。言うのは簡単だ。だが、人はそんな簡単にすべてを切り捨てられない。たとえ敗北か勝利かの極限にあっても、すべてを失うリスクは判断を濁らせる。己を守ろうとする本能が、じゃまをする。それは、当たり前の話なのだ。それでも、人は訓練、経験によってそれを制御し、常に最前の判断を出来るようになる。だが、だがしかし。織斑一夏は、プロではない。つい数ヶ月前まではISに関わる事すらなかった、只の一学生だったのだ。いくら、敬愛する師の鍛錬を受けたとしても……否、あの師……シェリー・アビントンだからこそ、そんな訓練は受けていないはず。だから、出来るはずがないのだ。あんな、あんな修羅の判断は。
眼下の一夏は、自分が危機一髪でレーザーを回避したというのに何の変化も見られない。ただ、なすべき事をなす、かのようにして、長刀を呼び出しセシリアに向かってくる。その眼光に宿る、おそれのない意志、研ぎ澄まされた意志を感じ取って、セシリアはようやく理解した。
修羅。
この男は、生まれつきの修羅だ。
世界最強の弟だからではなく、シェリー・アビントンの弟子だかれでもなく。この、織斑一夏という男は……戦うために生まれてきた生き物なのだと。
「それでも……」
だが。
「それでも、譲れない! 私は……貴方に勝つ! 織斑、一夏ぁ!」
吠える。
理解した。敵が尋常ではない事を、いまさらながら理解した。
しかし関係ない。
そんな事は、セシリア・オルコットが戦う理由に、勝たねばならない理由に、塵一つほどの意味をもたらさない。
すべては、恩と義の為。
師の名を汚さぬ為。受け継いできた、オルコット家の名の為に。
「私は……勝つ! 放て、ブルー・ティアーーーーズゥ!!」
セシリアの意志の高ぶりに答えて、ブルー・ティアーズが輝いた。腰部に複数そなわったスラスター、そのうちの二機一対が反転する。
否、それはスラスターではない。ブルー・ティアーズ最大最後の武装をマウントした、武装ラックだ。円筒形のそれに亀裂がはいり、外装がパージされる。そしてその下から現れたのは、大型のビットが一機ずつ、合計二つ。その噴射ノズルに光が満ちて、二つのブルー・ティアーズが射出される。その動きは、他のビットと比較にならないほどに、早い。だが同時に、機械的だ。セシリア本人が操るビットとは、比較にならないほど幼稚な動きに、一夏が目を見張る。
「速度重視で機械制御……自爆型か!?」
とっさにその実態を看破する一夏。瞬間、彼自信の意識の外で手がかってに動き、構えていたシールドを飛来するミサイルめがけて射出した。盾に内蔵されているスラスターに火がともり、こちらもミサイルさながらに突進する。飛翔する、二種類の意志をこめた弾頭。その二つが空中で衝突し、直後、空を白く染め上げるほどの閃光を放った。
「ぐうっ!?」
「っ!」
広がる純白の閃光。ISセンサーのフィルターすらも焼くその閃光に、セシリアも一夏も手をかざして目をかばう。
「なんだこの光!?」
目を細めていぶかしむ一夏。ISの、対光線フィルターを貫いて視界を妨害する光など、彼には思い当たらない。
ミサイル型ブルー・ティアーズ。その本質は、ビットやレーザーキャノンがレーザーを媒体にしてISエネルギーの減衰を押さえ射程と威力を保持しているのと全く逆。ISエネルギー用のコンバーターに大量のISエネルギーを充填、半ば物質化しているそれを、射出と同時に活性化。コンバーターそのものを熔解させながらプラズマ化して、直接外界に炸裂させる……すなわち、励起ISエネルギー臨界爆発弾頭。それが、ミサイル型ブルー・ティアーズの正体。通常の物理法則下ではISエネルギーは急速に減衰、消失する為その効果範囲はきわめて狭いが、発生する爆発はあらゆるISの対熱防御システムを素通りして対象に致命的なダメージを与える。あくまで純粋な熱量攻撃であるビットやレーザーキャノンのレーザーと違い、これは運動エネルギーを伴った実体のある攻撃。その巻き起こす破壊力は、レーザーとは比較にならない。
だが無論、あたらなければ意味がない。一夏の迎撃によって、発生した励起ISエネルギー臨界爆発は、彼を巻き込むはるか手前で発生してしまい、その効果範囲に打鉄を巻き込む事はできなかった。
だが。
それはあくまで、破壊力としての臨界爆発であり。それによって発生した、強烈な閃光はISの対光学防御システムを貫き、一夏の視界を奪い去っている。
そう。
それこそが、セシリア・オルコットの狙い。織斑一夏という、超高速の戦闘演算装置から、あらゆる入力情報を奪い去り、計算式の結果を生み出させないための、最大最後の切り札。
爆発は、”目くらまし”だ。
白に染まった世界で、一夏に猛進する青い影。すでに霧散し、あらゆる破壊力をもたない白の帳を突き破って、セシリア・オルコットが突撃する。
だが、いかにして織斑一夏の打鉄を打倒する。ビットもなく、レーザーライフルもなく。切り札のミサイルも使い切り、どうやって打鉄を撃破するのか。
その答えは、その両手に光り輝く銀の銃。小さな小さな、手のひらにおさまりそうな、二つの銃身をもった玩具のような小型のそれ。
レミントン・デリンジャー。
ブルー・ティアーズというISには、イギリス代表候補生にはISエネルギーを利用した兵器しか搭載されていない。だから、その銃は、セシリア・オルコットとして、戦士として持ち込んだ、たった二発の実体弾だ。
「っ、セシリアァ!」
敵の接近と、その手に光る武器に反応した一夏が、太刀をふるう。下段からすくい上げるような逆袈裟切り。だが、視界を完全につぶされた今、ISセンサーの不明瞭な情報と直感のみで振るわれるそれは、わずかに遅く、鈍い。それを、金の髪を数本切り飛ばされつつも急降下で回避したセシリアは、そのまま一夏に抱きつくようにして飛びついた。太刀の内側、抱き合うような距離に入り込まれた一夏が刃を持て余し、その腕をそっとセシリアが押さえ込む。
黒の瞳と、碧眼の瞳。ふたつの視線がキスをするような距離で絡み合った。
互いを抱きしめあうようにして天を舞う男女二人。その間で、小さな銀の固まりが、かちりと撃鉄を起こした。
一夏が、あきれたような顔をして苦笑いを浮かべる。対するセシリアは、蠱惑的ともいえる妖艶な笑みを浮かべてそれに答えた。
「……ナイス、ファイト」
「サンキュー。グッド、ラック」
そして、小さな小さな引き金が引かれ。
ブルー・ティアーズの全慣性制御システムをすべて傾けたデリンジャーの一撃は、戦車をも穿つ一撃となって、打鉄のシールドバリアエネルギーを吹き飛ばした。
クラス代表決定戦、決着。
ISレーザー、ベクトル制御、レーザー攪乱幕、武の極地。
磨き上げられた超絶武装が吹き荒れる戦いに勝負をつけたのは、500gにも満たない小さな鉄の塊の、たった一発の弾丸だった。