極東の騎士と乙女   作:SIS

27 / 45
code:22 ストレンジ・フィアー

 

 

 

 

「とりあえず、峠は越えたわ」

 

 IS学園医務室所属にして、学園医療組織を統括する立場にある白衣の女性は、カルテを手にして振り返った。

 

「腹部の裂傷は、すでに縫合して止血も終わってる。消化器系が酷く傷つけられていたけど、内容物が殆どなかったし医療用ナノマシンの投与も行ったから感染症の心配はないわ。失血が一番の心配だけど……幸い、彼女の肉体はよく鍛えられているからね。体力はなんとかなるでしょう」

 

 モニターに、ピッピッとレントゲン写真が写し出される。そのすべてが、総毛立つような病人の状態を示していた。

 

 まるで、巨大な刃物で切りつけられたかのように割れ砕けた肋骨。すけてみえる内蔵はズタズタで、思わず自分のお腹を押さえたくなる事請け合いだ。レントゲンでこれなのだから、実物はもっとすさまじい傷口に見えるのだろう。

 

「致命傷の原因は、甲龍に装備されていた熱単分子ブレードね。それが、シールドバリアシステムの防護とシールドスキンを突き破って、搭乗者に到達した。絶対防御云々は置いておいて、それが真実ね。まあ、ISが残されたエネルギーをすべて使って、最悪でも内蔵を焼き焦がされる事だけは防いだみたい。ISコアの、エネルギー制御技術様々ね。真っ赤に焼けたチェーンソーで腹をかっさばかれたと考えれば、ぶっちゃけ軽傷のレベルよ。それでも命に関わる大事、ショック死しなかったのが不思議なくらい……」

 

 そこで、ふう、とため息をはいて女医は話を打ち切り。ついで、責めるような、問うような目を向けてくる。

 

「で? 何があったの?」

 

 

 

 

 

「緊急速報。本日午後に発生した、模擬戦における事故について」

 

「関係者は、IS学園二年生村上響子、同じく二年生ダリル・ケイシー、及びIS学園一年生凰鈴音」

 

「学園の記録によれば、両者の交戦が開始されたのは学園時間1325、訓練海域Jー4」

 

「学園時間1324に両者共に実弾模擬戦モードで戦闘訓練を管制塔に申請、管制塔はそれを受理」

 

「その後、戦闘訓練は滞りなく実施されたが、学園時間1342に戦闘中誤って両者が実験海域Hー2に乱入。それに当たって管制塔からは再三の警告が行われたが、両者ともに反応なし。これについては、両者ともに特殊な状態にあったのが原因とされる」

 

「その直後、実験海域にて試験運用中だったヘルハウンドの自律殲滅システムがブラックナイフ、甲龍を攻撃対象として認識、攻撃を開始。学園時間1343にブラックナイフ、耐久限界を超え絶対防御発動」

 

「学園時間1343、投擲され本体の制御下を離れていた甲龍搭載装備、熱単分子ブレード、コードネーム”双天牙月”がブラックナイフに直撃。緊急事態にフロートの事故防止プログラムが起動するも阻止に失敗。ブラックナイフ搭乗者、村上響子の腹部に致命傷を与える」

 

「学園時間1345、学園の緊急救命部隊が出撃、村上響子を確保、緊急搬送。現在はすでに治療が完了し、命に別状はないとのこと」

 

「ダリル・ケイシーは現在学園にて事情聴取の最中。今回の事件は前々から発生が予想されていた事態であり、再三にわたる中止を提案したにも関わらず試験を強要し続けてきた米国政府に学園側は厳重抗議を行う予定」

 

「凰鈴音については、現在医務室にて身柄を軟禁中。本人は酷い錯乱状態にあり、現在カウンセラーが対応し、落ち着き次第詳細を改めて聞き出す予定」

 

 

 

 

 

 

「よう、鈴」

 

「……一、夏」

 

 萎れた生け花のよう。

 

 それが、病室を訪れた一夏の第一印象だった。

 

 事実、病人……凰鈴音に、あの快活な輝きはなく。すっかりくたびれ果てた顔で、ベッドにぐったりと半身を起こしている姿は痛々しくさえあった。

 

 ここは、学園の病室。それも、厳重な警備に守られたある種の監獄だ。基本的には、学園に仕掛けてきた特殊部隊とかを返り討ちにした後で放り込んでおく、そんな場所。そんなところに一応は学園生徒である鈴音が放り込まれているのは、先におきた事件が原因だ。

 

 模擬戦中の事故。それだけなら交通事故だが、関わった人間が人間だった。織斑一夏の護衛もかねる学園有数の凄腕に、いろいろと疑惑の多い不自然な転入生。どちらかといいえば、鈴音がこの特別病棟に押し込められたのはむしろ学園からの好意ですらあったろう。

 

「まあ、思ってたよりは元気そうで良かった。花、いけてもいいか?」

 

「…………うん」

 

 気迫のない返事。こりゃ重傷だ、と一夏は苦笑しながら、備え付けの花瓶を手に病室の隅っこにある手荒い場にむかった。危険人物を隔離する必要のある私設なのになんだか至れり尽くせりだが、それが学園側の余裕と自信の現れなのだろう。だいたい、ここを脱走したら装甲板を生身でぶったぎる超人が追いかけてくるのだ。むしろ引きこもってた方が安全に違いないと一夏は思う。

 

 ざばざばと水を流しながら花を切り、手早く花瓶に納めて棚に飾る。そんな彼を、鈴音は感心したように見つめていた。

 

「手際がいいんだね」

 

「師匠から、この手の刃物とその使い道については徹底的に仕込まれたからな。人間、最後の最後に物をいうのは使い勝手だそうだ。小型ナイフとか、9mm拳銃とか、寸鉄とか」

 

「何か、おかしくない、それ?」

 

 くす、と笑う鈴音。疲れたような陰のある笑いだったが、笑みは笑みだ。一夏は柔らかく苦笑しながら、鈴音のほどかれた髪に手をのばした。すっと抵抗なく流れていく髪をなんとはなしにもてあそびながら、一夏は鈴音にショックを与えないように口調に気をつけながら、本題を切り出した。

 

「響子先輩にあってきた」

 

「意識が戻ったの!?」

 

 跳ね起きるようにして半身を起こす鈴音。想像以上の食いつきにちょっと戸惑いながら、一夏は安心させるように笑みを浮かべながら答える。

 

「あ、ああ。数時間前にな。まだ体調が戻った訳じゃないから数分しか面会できなかったけど、元気だったぞ。自分が不甲斐なくて許せない、とか血気立ってた」

 

「そうなんだ……」

 

 ほっとしたように肩を落としてベッドに倒れ込む鈴音。思っていた以上の反応に目を丸くしながらも、一夏は想定よりもずっと良い方向に事態が動いていてくれている事に安堵する。

 

「気にするな、ってさ。今回は自分の未熟だから、鈴は悪くないって」

 

「……気にするわよ。あの双天牙月は、私が投擲したものだったのよ? いくら、直前にヘルハウンドの攻撃端末の爆撃で視界とコントロール失っていたって……」

 

「そのあたり、伝聞でしか知らないんだが、何がどうなったんだ?」

 

「先輩と模擬戦してたら、ケイシー先輩の訓練空域に紛れこんじゃってね。知ってる? ヘルハウンドの攻撃端末の事」

 

「いや、詳しくはしらないが。誰もはなしたがらないし」

 

「あれね、ISの武装としては珍しい完全自動操縦型の攻撃端末を搭載してるのよ。普通、完全自律の為にAIを別個に武装に組み込んだところで、ISコアの管制下に置かれるっていうか、抑圧されて機能しないのは知ってるわよね。技術レベルが違いすぎて、ISコアが現状の自律判断システムを自意識と認めてくれないのよ。できて、副腕の操作補助やブルー・ティアーズの攻撃端末みたいに半オートの稚拙な動きが精一杯。で、ヘルハウンドはその問題を克服する為に、何を考えたのか他と同期のとれない……早い話が、狂ったAIを搭載したのよ。一説だと、餓死寸前の狼の思考をコピーしたって話」

 

「…………大丈夫なのかそれ」

 

「大丈夫じゃないから今回みたいな事故が起きたんじゃない。本体側から抑制できないんで最低限の敵味方の識別だけさせて放し飼いにしてるもんだから、製造時に敵として登録されたターゲット……早い話が仮想敵国家製を無条件で攻撃しちゃうのよ。現在の関係図無視して。で、中国製品の私が思いっきりねらわれて、さらにとっさに支援してくれた先輩もまとめて攻撃対象として再設定。まとめて攻撃に晒された中で、ブン投げた双天牙月が回避された後そのままコントロールを失って……って訳なの。私のミスよ。あの状況で投擲攻撃使うなんて……」

 

「どう考えてもそんな装備持ち込ませたアメリカが悪いだろ、それ。鈴は別に先輩傷つけるつもりなんてなかったんだろ?」

 

「当たり前じゃない!!」

 

「お、おう……」

 

「誰が好き好んで、一生懸命なだけの人を傷つけるもんですか……。私は、私はそんな事の為に、ここにやってきたんじゃ、ない……!」

 

「……鈴」

 

 悔し涙さえ滲む、鈴の独白。一夏は彼女に告げる言葉が見あたらなくて、ベッドの横で所在なさげに佇むだけ。

 

 しばらく時間が流れて、鈴がくしくしと顔をぬぐって一夏を見上げる。そこには、少なくとも入室した時の萎れた顔はなかった。

 

「ありがと、一夏。おかげで少し気が楽になった。先輩には、ごめんなさい、って、あといつかちゃんと仕切り直してちゃんと決着つけよう、って、伝えておいてくれる?」

 

「おやすいご用さ」

 

 鈴音が本調子でないのは明白だ。だが、一夏はあえて元気に振る舞う鈴音の為に、自らもおどけたように返して、鈴音の頭に手をおいた。そのまま、くしゃくしゃと髪の毛をかき回す。

 

「わ、ちょっ」

 

「いいじゃん、どうせ病室なんだし。髪のセットもへったくれもないだろー?」

 

「そ、そういう問題じゃないっ。他に誰かきたときにくっしゃくしゃであえっていうの!? ていうか、この後私聞き込み受けるんですけどー!?」

 

「はっはっは」

 

「笑ってごまかすなー!?」

 

「ごふぅ!?」

 

 放たれたのは見事なまでのアッパーカット。ベッドのスプリングの反動も利用して放たれた一撃は小柄な体で寝転がったままとは思えないほど鋭く重く、一夏は的確に顎を打ち上げられて悶絶する。そんな彼をふんす、と見下ろして鼻息も荒い鈴は、シーツをかぶってふてくされたようにベッドの中に潜り込んだ。

 

「いつつつ……鈴?」

 

「ちょっと寝る」

 

「そうか……わかった」

 

 もうこれ以上話をするつもりはない、というのを悟って、一夏が顎をさすりながら立ち上がる。軽くゴミを片づけて、病室から去る寸前、たった今思い出したように彼は振り返って、鈴に一言だけ告げた。

 

 聞くならば、試すならば。

 

 今だ。

 

「そうだ、鈴」

 

「んー?」

 

「二年前の屋上での事、俺、ちゃんと覚えてるから」

 

「!?」

 

 反応は劇的だった。

 

 被っていたシーツをはねとばすようにして、鈴音がベッドから体を起こす。そのまん丸に見開かれた瞳には、驚愕と焦りがあった。

 

「い、一夏?! な、なんで今いきなり、そんな話……ま、まって! そんな、いきなり!?」

 

 その反応は、明らかに”知っている”反応だった。そして、同時に。

 

「ま、まって……。私、ごめんなさい、私、今、今答えられない……」

 

「……いや、何。ただ単に、俺にとって、あの事は大事な、大事な思い出だったから。それだけ、伝えたいと思ってな。こっちもまだ、答えは返してやれないのが、残念だけど」

 

「一夏、まって!」

 

「養生しろよ? セシリア、対戦を楽しみにしてたから」

 

 背後で鈴があわててベッドから降りようとする気配を感じるが、一夏はもうそれ以上話を続けることも待つこともなく、病室のドアをぴしゃりとしめてそのままフロアを後にした。

 

 かつかつ、と無言のままに。気持ち早足で。

 

 やがて医療フロアを完全に抜けて、学園に通じる渡り廊下にさしかかったところで、彼はふと、進行方向に誰かが待ち受けている事に気がついた。

 

「一夏」

 

「……箒?」

 

 果たして、一夏を待ち受けていたのは箒だった。なんでここに、といぶかしげな顔をする一夏にかまわず、箒はかつかつと歩み寄ってきて。そのまま、彼の顔にハンカチをたたきつけた。

 

「ぶふっ!? ちょ、箒、いきなり何を……」

 

「鏡は、みたのか」

 

「え?」

 

「鏡は、みたのかと聞いている」

 

「え? あ、いや……みてないけど」

 

 そうか、とだけ呟いて、箒は一夏から視線をそらした。まるで要領を得ない幼なじみの態度に、一夏は訝しげに首を傾げる。が。

 

「酷い顔を、している。わからないのか」

 

「…………そんなに、酷いか?」

 

「ああ、酷い。人目で何があったかまるわかりの、そんな顔をしている。周りに隠しておきたいと思うなら、もう少し顔芸を身につけるんだな。私の、言えたことではないが」

 

「……全くだな。箒にいわれちゃ、おしまいだ」

 

 くしゃ、と顔にかぶさったハンカチに皺をよらせて、握りしめる一夏。そんな彼に、おそるおそる、伺うように箒が問うた。

 

「その……一夏。とれたのか? 彼女が、白か黒か……その確信が」

 

「…………ああ」

 

「そうか。……その、それで。ま、まあ、別に今無理していわなくてもいいぞ? 一夏が伝えたいと思ったその時で。別に今すぐ何か起こるなんて事はないだろうし! 黒でも白でも、どっちにしろ彼女は監視下にあるようなもので「黒だ。でも白だ」……一夏?」

 

 要領を得ない突然の答えに、箒が困惑する。

 

 そんな彼女の前で、一夏はハンカチをのけて手早くたたみ、箒に差し出す。その瞳には、いつもの清涼な活気が取り戻されていた。だが、それだけではない。同時に見て取れる、濁りのない純粋な怒り……理不尽への憎悪だ。

 

「あの”凰鈴音”は、絶対に悪い奴じゃない。そういう事ができる奴じゃ、ない。だから、俺たちが戦うべきは、もっと別のものだ」

 

「一夏……」

 

「嘘をついていたって、どんなに演技したって、決してごまかせないモノがある。涙を偽れても、悲しみを偽れても、偽れないものがある。俺は、それを感じた俺を信じる。彼女の見せた、正しさを信じる。そして、俺は絶対に許さない。正しさを踏みにじって、その痛みを想像もせず、笑いおとしめる悪意を。絶対に、絶対にだ」

 

 

 

「見えてきたぞ、箒。俺が、何のためにISに乗るのか。何のために、戦うべきなのか」

 

 

 

 ぞくり、と箒の背筋がふるえた。誇らしさに。

 

 自分の幼なじみは、きっと自分が考えていたよりも、刃を通して感じたよりも、実直で真っ直ぐに成長していた。日本刀のように、脆さを受け流す強さでもなく、西洋剣のようにただひたすら無骨に押し通すでもなく。気高く貫く、刹那の刃。

 

 その有様は、まるで、光の刃のようで。

 

「そうか。一夏がそう決めたのなら、私はじゃましないさ。どこまででも、ついていくだけだ」

 

「すまん、箒。感謝する。……セシリアと簪に報告して、ついで対策だ。どうしても、確認してもらわないといけない事ができた」

 

 怒りを決意に変えて。今度こそ、誇り高く一夏が歩み出す。その後を散歩遅れて、箒が追う。

 

「戦うぞ箒。敵がどれだけ強大で、俺たちがどんだけちっぽけであっても」

 

「ああ、わかっている。何せこの戦いは……」

 

「俺たちが」

 

「私たちが」

 

 

 

「「売られた喧嘩だ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 光輝けば。闇もまた底知れず。

 

 世界のどこかで、黒が蠢く。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。