極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:26 矛盾する存在

 

 

 

 

 

 夜天に燃える、白い炎。

 

 白式の姿となった打鉄。突如として変貌したその姿も大きな疑問ではあったが、それ以上に、”彼女”の意識を占有したのは、その炎への疑問だった。

 

 その炎を、彼女はよく知っていた。

 

 直接対峙した事こそないものの、何度となく参考映像で目にした、その炎。かつてある一人の女剣士を、言葉通りの世界最強へと押し上げた、その炎を。

 

 零落白夜。

 

 ありとあらゆるエネルギーと対消滅を発生させ、それを無効化するという驚異の能力。その力によって、かつて世界大会において担い手であった織斑千冬は、対峙したあらゆるISのシールドバリアを一刀の元に切り裂き、世界最強をもぎ取った。

 

 その、世界最強の能力を、忘れたことなどない。

 

 だからこそ。

 

 だからこそ、彼女は目の前でその炎が揺らめいている事に、動揺と疑問を隠せなかった。

 

「馬鹿な……零落白夜は、織斑千冬の単一仕様能力だったはず……」

 

 そう。単一仕様能力とは言葉通りに、特定の人物、特定のISの間でしか発生しない。そして、目の前の人物が織斑千冬ではなく、またISも暮桜ではない以上、あの白い炎が発生するはずがないのだ。

 

 また、違和感はそれだけではない。かつて織斑千冬が発動させた零落白夜は、刀身に炎を纏うというものだった。だが、今目の前で揺らめいている白い炎は、刀身どころか、白式そのものを覆い尽くさんばかりの勢いだ。その有りようは、明らかに彼女のしる零落白夜とは性質を異にしていた。

 

 ……だが。ISに詳しい者がみれば、違った意見を抱いたかもしれない。

 

 単一仕様能力は、ISコアが発動させる”能力”だ。武装ではない。あくまでも、それが武装として有用なのは副産物であって、未知の現象の発露がメインである事を考えれば、恐らくはある疑問を抱かざるを得ないだろう。

 

 しかし、”彼女”はISについてそう詳しくはなく。

 

 それでも明らかな違いに、躊躇いを抱かずにはいかなかった。

 

「いったいなにが……」

 

 どうなっている、と続けようとして。

 

 その眼前で。

 

 

 

 白式が、かき消えた。

 

 

 

「!?」

 

 咄嗟に、センサー系を全開。白式の姿を探しながら、警戒しつつ後退する。その判断は間違ってはいない。

 

 間違ってはいない。だが、その瞬間に、機体の両腕……展開式コイルガンの砲身が、ガギン、という音と共にズレ落ちた。

 

「なっ」

 

 驚愕する彼女の視線の片隅に、写り込む白い影。

 

 咄嗟に、両腕を突きつける。この両腕の砲身はあくまで飾りであり、その実体は機体全体が発生させる応用磁場にある。よって、例え武装を破壊されても、その砲撃力に陰りはない。すぐさま収束された磁場が砲身を形成し、認識にひっかかった白い影を捕らえようとするが、しかし。つぎの瞬間には、背後からの攻撃によって装甲に深い亀裂が刻まれていた。

 

 振り返る彼女の目に映る、白い火の粉。全身から吹き上げる炎をまるで桜吹雪のように靡かせながら刃を振り切った織斑一夏の姿が、次の瞬間やはり唐突に、残像すら残さずに消失する。その異常な機動を、今度は文字通りの目の前で認識した少女の思考が、驚愕に散り散りに乱れた。

 

 確かに、彼女は目の当たりにした。長刀を完全に振り切った姿勢からの、超高速による視界外への移動。それそのものはいい。見知ったデータにおいても、白式が規格外の超機動性をもったISである事は分かっている。だが、それでも、物理法則を逸脱する事は不可能だ。そう、今のように、”加速時間零秒で最高速に達する”なんて不可能だ。

 

 さらにそれだけではない。先ほどから、一切のセンサーが白式を補足できなくなっている。その理由も、そして先ほどからの違和感。残像が認識に残らない理由も、今のではっきりとした。

 

 光が。残像の原因となる可視光の反射が、あり得ないほどに低下している。本来なら、真っ黒にしか見えないであろうほどに。にも関わらず、白式を覆う白い炎の輝きは、確かにその目に写っていた。矛盾している。センサーの拾ってきた情報と、肌と目で感じる情報が、あきらかに。

 

 そう。物理法則に、今の白式は明らかに矛盾している。

 

 それこそが単一仕様能力。常識を越えたISの真の力。だが、それであっても、この違和感はこらえられない。

 

「なんだ……零落白夜は、エネルギーを相殺するんじゃなかったのか!? あれは零落白夜じゃないのか!?」

 

 押さえ切れぬ疑問が、叫びとなってこぼれる。だが、その合間にも、あり得ないほどの超加速、超減速による瞬間移動じみた機動を繰り返す白式の一撃が立て続けに機体を切り裂いていく。それに対し、もはや全身の不可視の砲身を隠すこともなく応戦するが、その全てが白式のまとう炎をゆらめかせるだけに終わる。ロックオンできず、目にも止まらず、白い炎を振りまき縦横無尽に飛び回る白式。その姿はまるで質の悪い悪夢のようだった。

 

「く……がぁああああ!!」

 

 これ以上は無理だ。そう判断した彼女は、奥の手を切った。

 

 全方位に向けての、磁場の一斉解放。不可視の力場が、彼女の周囲全てを薙払っていく。いうなれば、自分自身を爆弾に見立てての、空間攻撃だ。発動後、全身の磁場制御端末がオーバーヒートを起こし、一時的に砲撃が行えなくなると言う欠点があるが、もはや四の五のいってはいられない。とにかく、これによって白式を一時的に排除する、それしか現状を打破する手段は彼女には残されていなかった。

 

 故に。

 

 その力場をまるで紙のように突き破って接近してきた白式の前に、彼女にとれる手段は残されていなかった。

 

 斬、と。

 

 長刀の一撃に胸部装甲を割断されながら、彼女は最後に疑問を叫んだ。

 

「貴様はいったい……何者だ……?!」

 

 

 

 勝った。

 

 それだけが、最後の一撃を決めたときの一夏の全てだった。

 

 余裕も、猶予もなかった。それを示すように、全身を覆う白い炎が風に吹き散らされるように一斉にかき消え、白式の姿が露わになる。その状態も、ひどい者だった。純白の装甲は、零落白夜の連続稼働によって黒く焦げ付き、もはや装甲の体を成していない。ISエネルギーにいたっては、もはやシールドバリアの維持すら困難なほどに枯渇していた。

 

 零落白夜。その性質は、あらゆるエネルギーの対消滅である。それは、言葉通りの意味である。

 

 すなわり、ISエネルギーに限定されずとも、磁場、斥力、などなど……。そしてそれは勿論、仮初めの運動エネルギーである、遠心力、慣性にも働く。一夏は、今回はそういった機動制御に零落白夜の力を限定的に働かせ、常識を越えた超機動力を得たのだ。エネルギーを上乗せする訳ではないので最高速はかわらないが、元々白式は非常識なレベルの推力を有する超高機動機。加速の際にじゃまになる位置エネルギー、減速の障害になる加速エネルギー、その両方を零落白夜で零にした結果が、あの運動物理学を無視した機動性、という訳だ。

 

 だが、何故そんな面倒くさいことをしたのか。零落白夜の本来の力を、本来の形で発動すれば、一撃で勝負はついていた。なのにそれをしなかった理由。

 

 簡単だ。零落白夜の本質は、今の一夏には手に余る。

 

 繰り返すが、零落白夜の能力は、あらゆるエネルギーの壱零交換である。零落白夜によって発生させた白い炎は、あらゆるエネルギーを一瞬で焼き尽くし、無に帰す。

 

 そう、あらゆるエネルギーを零にするのだ。もし、零落白夜の能力が、いっさいの制限を受けずに解放されたらどうなるのか。

 

 答えは簡単だ。宇宙の凍死である。

 

 それは大げさでもなんでもない。ただの事実だ。零落白夜の、あらゆるエネルギーを零にする、という効果は、過大でも過小でもない、ただありのままの能力なのだ。

 

 だからこそ、一夏はそれを発動する気にはなれなかった。そもそも、その破滅的な能力を制限するためには、ISのエネルギーを全部傾けても、僅か数十秒しかもたないとあってはなおさらのことだ。それをすぎれば、ISコア側の安全装置が作動して、強制的に絶対防御が発動。零落白夜の発動を、強制的に遮断する事になる。

 

 だが、その能力発動の対象をきわめて限定的なもの、かつ制御が容易な、普段から制御している運動エネルギーその他に制限すれば、その制御は大幅に楽になる。そうなれば、稼働時間は数倍にも延長できる。

 

 そうして得たのが、先の超機動だ。だが、それでもやはり機体への負担は大きく、ISエネルギーもシールドバリアも枯渇寸前だ。特に最後の全方位磁場、あれは反応が遅れればシールドバリアを根こそぎ吹っ飛ばされていたに違いない。幸い、反応が間に合い、磁場そのものを打ち消すことで防御ができたが、本当にエネルギーはギリギリの領域だった。

 

 だが、それでも使った意味はあった。本来なら勝ち目のない戦いに、無理矢理勝ちの目を引き寄せる事ができるほどに。

 

「…………っ」

 

 負担は絶大。体力も限界。それでも、ぼうっとはしていられない。一夏は刀を片手に、ふらふらと浮遊するのが精一杯の様子の敵へと近づいた。

 

「勝負はついた。あきらめろ」

 

 じゃき、と相手の喉元に刀を突きつける。怯むことなく相手は眼孔でにらみつけてくるが、しかし悲しいかな、その程度の気迫で怯むほど、一夏はウブではなくなってしまった。

 

「お前、いったい何なんだ。俺たちをねらった理由はなんだ。組織だとかなんとかいってたが……」

 

「……」

 

「だんまりか。まあいいや、お前をとっつかまえて、学園に連れて行けばそれでおしまいだ。悪いけど、ちょっと痛くする……?!」

 

 その瞬間、一夏が感じたのをなんといえばいいのか。遥か彼方から、物理的距離を飛び越えてたたきつけられた、強烈な意識といえばいいのか。敵意でもなく、殺意でもなく。まるで、圧倒的に強大な何かから目をつけられてしまったような、背筋を凍らせるほどの圧力。

 

 その意志圧とでも呼ぶべき何かに一夏が我を失ったのはほんの一瞬。だが、その一瞬で全ては終わっていた。

 

 突如吹雪いた、黄金色の風。それはまるで流れるホタルの群のように幻想的な輝きを夜に照らしながら、どこにそれだけ、と言いたくなるほどの数に膨れ上がった。そしてその黄金色の風はそのままふわりと謎の敵機を取り囲むと、球場にその身を包み込む。そして瞬きよりも早く、黄金色の球体はそのまま空の彼方へととびさってしまっていた。

 

 一瞬の出来事だった。当然、別のことに気をとられていた一夏が反応できるはずもなく、そして追う事も現実的ではなかった。先ほどまでの零落白夜の発動で、エネルギーは底をつきかけている。途中で墜落するのが関の山だ。

 

「……やれやれ。最後に気を抜いたか? 全く……」

 

 額に手を当ててため息をつく一夏。自らの未熟さに呆れすら覚えている様子だった。そこで、ふと敵の残した言葉に思い当たる。

 

「……俺がいったい、何者か、ねえ。それはこっちが聞きたいよ」

 

 零落白夜の発動。戦闘中は、その詳細など些細な事と忘れ去っていたが、本来一機と一人の間にしか発動しないはずの既存の単一仕様能力の発動。それに一夏が疑問を抱かないはずもない。ましてや、発動した瞬間、誰に説明されるでもなくその本質を理解していたのも訳が分からない。

 

 何よりも不可解だったのは、あの白い炎。自らも焼き尽くす破滅の炎であるはずのそれが、驚くほど体に馴染んだあの感覚。まるで、何十年もよりそった相棒であったかのような感覚だった。そんな事はあり得ないのに。

 

「……でもきっと、聞いて分かる事でもないんだろうな。とりあえず、おいとくしかないか」

 

 疑問は残る。不安はつきない。

 

 だが、これで敵は消え去ったのも事実。事態はこれで、沈静化した。そう思い当たった彼が、海面に沈んだ少女の事に意識をやるのも、当然の流れだった。

 

「さて、と。鈴を助けなくっちゃな。絶対防御が発動してた様子はないから、無事なはずなんだけど……」

 

 軽く索敵して、高度を落とす一夏。最低限の注意はしていた。少なくとも、彼は彼女が自分に攻撃を加えた事を忘れてはいない。

 

 だから。

 

 その一撃は、一夏の意識の間隙をついた、彼女を誉めるべきなのだろう。

 

 未だ、高波が消えない海面と、暗雲が散り散りに立ちこめ、月光の遮られる夜天。その闇に紛れて、ひらめいた刃が一筋。

 

 その一撃は、もはや風前の灯火に近かったシールドバリアを一撃で割り砕き、一夏の意識を刈り取っていった。

 

 


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