極東の騎士と乙女   作:SIS

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code:28 霊長の時代の終わり

 

 

 

 

 人殺しはいけない事だという。

 

 それは、一夏も賛成だ。人と人とが肩を寄せ合って生きている人間社会。すぐ隣の人間が、無害であるという認識があってこそ日々を不安なく生きていけるのであって、その前提がなければ人間社会は成り立たない。

 

 買い物も、散歩も、学校も、会社も。見知らぬ第三者の善意を前提に存在するのだ。

 

 にも関わらず、人は簡単に人を殺める。

 

 それが悪い事だと、許されない事だと知っていいながら、利によって他人を陥れる事をよしとする者達。

 

 何故だ、と叫ぶかわりに、彼は渾身の力を込めて刃を振るった。

 

「どけぇえええーーー!!」

 

 裂帛の怒号と、風を断ち切る剣閃が走る。見るものを圧倒するそれは、ISによって単なる映像を飛び越えた驚異へと変化する。一閃をきっかけに、突如として廊下に暴風が吹き荒れ、さらに見えない力場が障害物をまとめて薙払う。

 

 その暴威に、ひるまずに立ち向かう者もいる。銃火器で武装した、中華人民共和国所属の兵士達だ。

 

 無知故か、それとも知っていてなおも立ち向かうのか。彼らは圧力の固まりとなって迫る白式に立ち向かう。

 

 アサルトライフルが火を吹き、台車に乗せられた機関銃が重い射撃音を轟かせる。歩兵用とはいえ、現代科学の粋を集めた兵器による迎撃。

 

 だが、そんなものはIS相手に何の役にもたちはしない。

 

 アサルトライフルの弾は不可思議な軌道を描いて天井や壁に突き刺さり、重機関砲の火線はぐんにゃりと曲がってあらぬところを蜂の巣にするだけに終わる。さらに一夏が視線をむけた、ただそれだけで一斉に銃が暴発やジャムをおこし、機関銃は暴発を起こして銃身が竹のように弾け飛んだ。悲鳴を上げてのけぞる兵士達が、次の瞬間胸元を押さえて一斉に倒れる。

 

 その上を、一切速度をゆるめぬまま通過する一夏。

 

 慣性制御能力を持つISに、通常装備で挑んだ結果がこれである。ISがちょっと働きかけるだけで、銃は自然な動作が出来なくなり次々と自爆し、血流をほんのちょっといじるだけで人間は昏倒する。これに対抗するには同じ慣性制御能力を用いるしかないが、現状ISコアに匹敵するCPUは少なくとも表向きには存在しない。仮に対戦者ロケットを持ち出してきたところで、発射前に信管を起動させられて自爆するだけだ。

 

 ならば、といわんばかりに、通路のあちこちがせり上がって自動砲台が出現する。地下施設にまずあり得ない防衛設備の出現に、一夏が目を細めた。

 

「過剰な防衛だな。ゴールは近いか」

 

 呟いて、一閃。それだけで、自動砲台は全て見えないハンマーに叩き潰されたかのように粉砕され、爆発した。背面のスラスターを一瞬だけ噴射し、発生させた膨大な運動エネルギーを斬撃のモーションにのせてそのまま叩きつけたのだ。実質見えないロケットの体当たりを受けたに等しい衝撃に、あくまで施設内での運用を想定した砲台ごときが耐えられるはずがなかった。

 

 一瞬も足を止めず、立ちふさがるあらゆる障害を粉砕して進む一夏。とうとう通路に従うのも面倒くさくなった彼は、そのまま足下を粉砕して直線上に最下層を目指す事にした。

 

 その場で飛び上がり、くるりと一回転。甲龍戦で見せたモーションそのままに、ISキックと名付けた跳び蹴りを繰り出す。それも、かつての打鉄の数倍の総推力を誇る白式で、だ。

 

 バンカーバスターのほうがまだ生ぬるい。圧倒的な破壊の一撃が、哀れな人工建築物の底をぶち抜いた。一瞬で最下層まで打ち抜き、むき出しのコンクリートに膝をつく白式。その上からおくれて、過剰な破壊力に液状化した建材の残骸が降り注ぎ、力場で弾かれて飛び散った。

 

 最下層は、それまでの内装と大きく違っていた。

 

 最低限の舗装もしていない、うちっぱなしのコンクリート。ところどこに打ち込まれたネジや杭に、天井から滴る水滴や皮装の破れかけたケーブル類。明らかな手抜き工事、突貫作業の様子が見て取れるようだった。

 

 そんな、明らかに人の住まう場所ではないそこの奥に、彼女はいた。

 

「…………誰?」

 

 洞窟じみた最下層の奥。並列に並べられた鉄棒で仕切られた向こう。最低限の生活施設を用意された部屋で、薄汚れたベッドの上で彼女はけだるげに膝を抱えていた。ぼろぼろの貫頭衣のような服を着せられて、満足に風呂にも入れていないのだろう薄汚れた風体で、しかししっかりとこだわりのツインテールを結んでいて。

 

 長い間、太陽の光を浴びてないのだろう。くすんで輝きを失った黒髪の下から、よどんだ瞳が胡乱気に訪問者を見上げた。

 

 その瞳が、見開かれる。微かに輝きを取り戻した彼女の瞳に、この薄暗い中にあって白く輝くシルエットが写り込んでいる。

 

 可能な限り、感情を押さえて。それでも押さえきれない歓喜をにじませて、一夏は彼女を驚かせないよう、優しく声をかけた。

 

 二年ぶりの挨拶だった。

 

「よう、鈴」

 

「…………い、ちか?」

 

「おう。織斑一夏だ。別にそっくりさんでもなんでもないぞ? 正真正銘織斑一夏だ」

 

「……あちゃー。この鳳鈴音様も耄碌したもんだわ。まさか幼なじみの幻影を見るなんて」

 

「おい、こら」

 

「だって、一夏よ? あいつにこんなとこまでやってくる甲斐性なんてある訳ないじゃない。大体なんでISなんか装備しちゃってるのよー。あれ、女の子しか装備できないんでしょ? 笑っちゃうわー」

 

「いってろ」

 

 苦笑しながら、一夏はちゃき、と手の中の長刀を構え直す。次の瞬間、長刀が翻ったかと思うと鉄格子は全て根本から寸断され、切り落とされた部分は数センチ単位のみじん切りになっていた。ガラガラガラと安全なサイズまで刻まれた鉄塊が床に散らばり、鈴音は目をまんまるに見開いてそれをなした人物を見つめていた。

 

「え?」

 

「さ、でるぞ。急いでくれ、待たせてる人がいるんだ」

 

「え、あ、う。ちょ、ちょっとまって! 一秒頂戴……あれ、これ現実?」

 

「アンダスタン?」

 

「オ、オーケー、アンダスタン。……マジで?」

 

 目を白黒させたまま何故か両手をフリーズの体勢にしているてんばった幼なじみに苦笑して、一夏はベッドから手を引いてたたせた。久しぶりに握った彼女の手は、骨と皮ばかりで、柔らかさを失い、かつて毎日中華鍋を振りかざしてできた瘤も綺麗になくなっていた。

 

「さ、急ぐぞ。歩けるか?」

 

「あ、う、うん。……ね、ね。一夏はもしかして、私を助けにきてくれたの?」

 

「当たり前だろう。他に何の用があって、中国政府の秘密基地にカチコミかけなきゃいけないんだ」

 

「それなら、その! お願い、もう一人助けてほしい子がいるの!」

 

「どんな娘だ?」

 

 チクリ、と一夏の胸に走る痛み。そう。その娘はきっと……。

 

 

「私の友達で! 私と違ってすんごい高いIS適正をもってた子がいるの! 一緒にISの適正試験を受けて友達になったんだけど、なんか私が拘束された時に政府にかけあって、それで色々やらされてるみたいで……。三ヶ月ぐらい顔をみてないんだけど、この基地にいるはずなの! お願い、彼女も助けてあげて!」

 

「……。大丈夫だ。そもそも、俺がここにきたのも、その娘にここに鈴音がつかまっているって聞いたからなんだ」

 

「え。う、嘘。本当?」

 

「ああ。ちょっと怪我をして上でまっててもらってるんだが、早く手当をしてあげたくてな。急げるか?」

 

「うん! 大丈夫!」

 

 鈴音はやつれた顔で、しかし輝くようにほほえんで、一瞬はっとしてから奥にひっこみ、まだ新しいシーツをひっかぶって戻ってくる。その慌ただしくエネルギッシュな行動に、ああ、これだよこれ、と一夏はしっくりくるものを感じていた。

 

「おっけー。じゃ、連れ出して」

 

「はいはい、お姫様。……手をはなすなよ?」

 

「うん!」

 

 そして、一夏は鈴を慎重にPIC範囲にいれて浮かび上がらせると、突破してきた通路を逆に戻るのだった。

 

 

 

 だけど、一夏は忘れたわけではなかった。

 

 IS学園入学からこっち、自分の望んだように物事が進んだ事なんて、何一つなかったという事を。

 

 だから、急いで戻ってきた作戦室で。大量の血痕と赤と黒のネックレスだけを残して彼女が消えていたときも、一夏の心は揺るがなかった。ただ、真冬の風のような冷たい何かが、心の奥を吹き抜けていった。

 

「一夏? ね、ねえ、怖い顔してどうしたの? それに、この血……」

 

「大丈夫。どうやら、鈴の友達は移動したらしい。兵士が攻撃してくるし、当然かもな」

 

 嘘はついていない。

 

 ”彼女”の死体が無い事、それそのものが彼女の生存の証拠だ。死体は動かない。気絶した司令が今も放置されているから、兵士が片づけたというのもない。そして、死体をわざわざ運んだと考えるよりも、彼女が生きていたから運んだとかんがえるほうが自然だ。そもそも、彼女自身より貴重であるはずの甲龍が置き去りにされているのも、変な話だ。

 

 誰か。一夏も知らない蚊帳の外の誰かが、彼女を助けてくれた。そう、今は思うしかない。

 

 今は、もっと優先する事情がある。彼女の願いを、無碍にする訳には行かない。

 

「鈴。これを」

 

「うん? ……待機形態のIS? 私がこれもってどうす……うわぁ!?」

 

 一夏が血の中から拾い上げた甲龍。それは、鈴の手に渡ると予想通りに、突如光を放って展開された。言葉の途中で光に包まれてあわてる鈴。

 

「な、なにこれ!? え、なんであの娘のISが私に反応してるのよ!?」

 

「鈴。急いでここからでるぞ。いつ中国軍の追っ手がくるか分からない。扱い方は分かるか?」

 

「え、あ、うん。実技試験は受けたから……。で、でもなんで?」

 

「きっと、おまえを守ってくれって頼まれたんだろうよ、そいつのご主人様から。なあ、甲龍?」

 

 問いかけに答えはない。だが、一夏は、物言わぬ甲龍が、確かにうなずいてくれたと感じ取った。そして、悲しみに満ちた慟哭も。

 

 それでも、一夏も甲龍も悲しみにくれてばかりでいられない、それだけは分かっていた。

 

「IS学園まで一気に飛ぶ。あそこに入れば、中国も手出しできないはずだ。いけるな?」

 

「うう、何が何だかよくわからないけど、やるしかないんでしょ。やってやるわよ」

 

 やる気を示すかのようにガッツポーズをする鈴。が、長い間の監禁生活で弱り切った体を考慮していなかったのか、その拍子に体勢を崩す。それを、甲龍がすかさずフォローして、無理矢理立たせた。

 

「お、おぅ?」

 

「その調子で頼む、甲龍。空にでるぞ」

 

「うん」

 

 鈴の手を引いて、司令室の天井をぶち抜いて空にでる。一夏はこの後に訪れるであろう空軍、そして中国のIS乗りとの激闘を予想し、刃を握る手に力を込めた。

 

 恐らく、未だかつて無い激闘になるだろう。エネルギーはある程度回復したが、万全とは言い難い。こちらの切り札は、単一仕様能力”零墜白夜”。だが、単一仕様能力を使えるのはこちらだけではない。少なくとも中国国家代表は間違いなくもっているはずだ。それを相手にしたとき、自分はどこまで戦えるのか。

 

 それでも、やらなければならない。己の身命にかけて。

 

 それが、一夏の”騎士の誓い(ギアス)”だ。

 

 

 

 

 

 だが。

 

 結論からいうと、一夏の覚悟は全く意味のないものだった。

 

 空にでた彼らがみたのは、成層圏から降り注ぐ複数の流星。大気圏との摩擦で真っ赤に燃えるそれらは、全てが高エネルギーを放つISだった。

 

 その墜落先を目で追って、彼らは目の当たりにする。

 

 地平線の向こう、地図によれば軍事施設があったであろう場所を焼き尽くす、紅蓮の炎を。そして、中国大陸どこからでも見上げられる、天空に羽ばたく巨大な紅蓮の蝶の姿を。

 

 彼らが、その光景の意味を知るのは、数時間後。追跡を気にしながらたどり着いたIS学園で一通りの手当を受けた後であった。

 

 

 

 そう。

 

 IS委員会による、国家の解体という一大事変を知るのには、まだ数時間の猶予があったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、後の世において歴史家は語る。

 

 この日こそが、霊長の時代、その終焉の前日嘆だったのだと。

 

 プロメテウスの与えたもうた始原の火。それが燃え尽きる日が、すぐそこまで迫っていたのだと。

 

 

 

 

 

 

 新たに篝火を灯す火種。それはまだ、深淵の安寧の中にあった。

 

 

 


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