車からおりて何十分もあるく。
そうして、やがて獣道からはずれて、草をかき分けた先に見えてくる物。
薄汚い兵舎と、とってつけたような小さなグラウンド。
それが、彼女のホームだった。
銀髪赤目、典型的なアルビノの白い肌に片目に眼帯、おまけに子供サイズの軍服という極めて目立つ格好の少女は、荷物を片手に息を吐いて、グラウンドを横切る。
軽くノックしてドアに手をかけると、一瞬息を吐いて、彼女は思い切りドアを開けはなった。
バターンと音を立てて、堂々と中に向かって主の帰還を宣言する。
「お前たち! かえっもぎゃあああ!?」
「お帰りなさいラウ隊長!」
「お変わりなく! お変わりなく!!」
「いいから離さんかお前等ー!?」
帰ってきたのは、無数の抱擁。自分より遙かに肉感的な少女達にもみくちゃにされながら、照れ隠しに「見せつけてるのかお前等ー!?」と半分本気で、ラウラ・ボーデウィッヒは押しつぶされながら叫ぶのだった。
ある、ドイツの昼下がりの出来事であった。
◆◆◆
ヨーロッパの一国、ドイツ。
かつて希代の独裁者が名を馳せたことで有名な、ビールとソーセージの国が美味しい国。また、使用されている言語の響きが独特で、しばしば引用される事があったり、等々。話題には事かかない国である。
元々知名度はそれらの事で高かったドイツだが、近年は新たに別の理由でその名を知られるつつある。
”シュヴァルツェア・ハーデ”。通称、黒兎隊。
世界で最初の、IS運用専門の特殊部隊である。
そも、何故、黒兎隊がドイツの名をあげることになったのか。
それは、ISの特殊性が理由にある。
言うまでもなく、IS、もといその中枢であるISコアの数は限られている。アメリカのような超巨大国家であっても二桁はなく、ASEANのような小国の集う連盟名義で二桁のコアが送られてもそれは所属する国家の共同財産であって好きに運用できる訳でもない。国家の防衛、研究素材、そういった理由で一個、二個と引き抜いていけば、残るのはわずか数個のISコアだけとなる。故に、チームはあっても、部隊と呼べるほどの規模の集まりはなかった。
その認識を変えたのが、ドイツだった。
かの国は、第二回世界大会においての貸し借りで、かのブリュンヒルデ、織斑千冬をアドバイザーとして自国に招いた。第二回世界大会では結果を出せず、道徳的問題からそれ以上の研究ができず、しかし能力は間違いなく一級のデザイナーズチャイルド達の教官を、彼女に依頼したのだ。その結果、彼女の指導を受けた極めて優秀なIS操縦者を手に入れたのだが、しかしやはりISコアは数個しか使い回せない。ほかの国にはない、複数の高適正パイロットを遊ばせるのはもったいないと当然国は考え、そこで彼らは逆転の発想にたどり着く。
ISコア一つに、複数のパイロットを専属であてがう。それにより、交代制で常に人的問題に左右されることなくフルスペックのISを運用する、という運用方法だった。すなわち、ISコアにパイロット、その支援者というチームではなく、ISコアと複数のパイロットとその補佐をあてがうという、より大規模な”部隊”の設立。
従来、ISコアは一人のオペレーターが専属であたるのが常識だった。それは、IS最大の力とされる単一仕様能力が一対のパイロットとコアの間にしか発生しないとされていたのもそうだが、データの蓄積によるフィードバックの問題もあった。複数が乗り回すと当然、それぞれの適正にあわせて機体を再調整する事になりし、パイロットの慣れる時間も足りない市と機体のスペックを引き出すことができない、と。ISに限らず、これは空軍でも陸軍でも大体同じで、平気運用の鉄則に近い。
だがドイツは単一仕様能力なにそれ美味しいのと言わんばかりに、特定のコアと人物の組み合わせを重視する従来の運用を無視した。さらにデザイナーズチャイルドの中から選りすぐって極めて特性の近い人間を複数用意する事で、データフィードバックの問題も克服した。むしろ、複数の人間が交代で運用してもにたようなデータがとれるおかげで、ドイツのIS開発能力は飛躍的に加速した。
そしてドイツの名をあげる決定的な契機となったのが、量産型ISの概念の登場である。性能にリミッターがかかるが、”誰がのってもかまわない”事を前提とした量産型の設計は、ドイツの運用ドクトリンと非常にかみ合っていた。自国でISを独自開発する能力のない国家は、量産型ISにこぞって飛びつき、そして運用実績がない故に、汎用の運用実績をもつドイツに助けを求めた。
そして、その結果諸外国にアグレッサー、すなわち教導部隊として出向いたのが、黒兎隊なのである。
今や、彼女たちは世界中に分散して、それぞれの国家で教導を行っている。まずは生身で指導を行い、機体が届いたらそれを使って教導、終わったら機体を別の国の仲間の元に送って、というのは、黒兎隊が共同で同じ機体を使っていたからこそのやり方である。有る意味、出張版IS学園といえなくもない。
最初はIS先進国から失笑を買った、IS運用専門の特殊部隊。しかし今や、それは世界中の新たなスタンダードとなりつつあり、他国でも同じ概念の部隊が作られつつあるのである。
そして、その黒兎隊の隊長……ラウラ・ボーデウィッヒも、出向を負えこうして自国に帰還したところなのである。
◆◆◆
「それにしてもお疲れさまでした、隊長」
「ああ……。レーゲン・アインの方はどうだ?」
「予期せぬ実戦でしたからね……。オーバーホールにAICの再調整、当分工廠からはでてこれないんじゃないでしょうか」
「そうか……その間は、ツヴィイを?」
「はい、そう聞いてます」
久方ぶりの隊長机。そこでたまっていた書類に目を通しながら、ラウラは副官とこれまでの事、これからについての話をしていた。
ラウラはつい最近まで、フィリピンに教導にでていた。愛機……コアが違う機体を使い回しているのでこの表現は適切でも名いかも知れないが……シュヴァルツェア・レーゲンとともに。だが、その矢先に想定外の事態が起きた。
中国解体戦争とも呼ばれる、あの戦い。IS委員会からの要請で現地に趣き、彼女は公式において史上初のIS同士の実戦に参加する事となった。
そして、神鳥の鉤爪に炎の蝶が引き裂かれたのを確認して、戦闘で中破した機体を本国に郵送、あとの引継作業を行ってつい先日、ドイツに帰還した形になる。
そうなると、ラウラはしばらくISに乗れない、となるはずだが、そこは黒兎隊。すでに、ラウラの搭乗を前提とした調整が行われた二番機が用意されている。
「いやしかし、無いものねだりではあるが、単一仕様能力は恐ろしいものだったよ。AICをもってしても、あらがえるものではなかった。いやはや、よい体験をしたものだ」
「死にかけてよい体験ってのはちょっと……。しかし、そうなると私たちの存在に疑問を感じてしまいますか? 我々の運用方法は、最初から単一仕様能力の発動を捨てていますから」
「適材適所、という奴だ。単一仕様能力の発動は、今も工廠に引きこもっているドイツ国家代表に任せている。我々の任務は、多様なデータの採取により、一刻も早くドイツ製第三世代”シュヴァルツェア”シリーズを完成させる事だ。そこをはき違えるな」
「はっ。申し訳有りません」
厳しい叱責の声に、びしり、と副官の少女が敬礼で返す。その、同じ銀髪赤目、眼帯の少女……同じジーンデザインから作り出された姉妹のような相手に、じとりとラウラはねちっこい視線を向ける。ちなみに、この場合ラウラより背が数段高い副官は姉だろう。
「ところで、お前。……また育ったか?」
「え? ……ああ、いや、その」
「全く! 同じジーンデザインがベースだというのに、こうなんだお前は! 豚のようにぶくぶくと膨らみおって! 不愉快な!」
「え、ちょ、隊長。さすがに豚はひどいですー。こう、せめて牛……もよくないか」
「うぎぎぎ……」
「ま、まあ。そんな事はいいですよ、うん。それよりも隊長はまたお出かけなんでしたっけ?」
「うん、まあ。IS学園に、レーゲン・ツヴァイと一緒にな。……名目上は私の学歴の為だが、実際は護衛だな」
「織斑一夏ですか」
「ああ、そうだ」
背もたれに体を預けて、天井を仰ぎ見るラウラ。ただ、椅子が彼女の体格に対して大きすぎるので、どことなく、そう、子供が足をブラブラさせて退屈げにしている……そんな感じに見えてしまう。ちなみにわざと椅子の大きいサイズを用意したのは副官はじめ部隊全員の意志である。
「世界で唯一の男性IS搭乗者、織斑千冬の弟……それだけでもやっかいだったのに、今度はISの特殊な反応、単一仕様能力の発動ときた。おまけに、出自不明の甲龍なんて爆弾までオマケについてくる有様だ。それもたった数ヶ月で。なんだアイツ、世界でも滅ぼすのか?」
「あながち出鱈目ともいえないのが怖いです……。となると、クラスメイトとして?」
「そうなるな。IS学園側もいろいろ対応はしてたらしいが、今回の中国事変関係であの国があまりにもいろいろやらかしてくれたせいで手が回らなくなったらしい。物質、人員的共に被害が甚大だそうだ。それこそ、国に助けをこうほどにな」
「その中で指名がかかったって事は、それだけラウラ隊長が信頼されているという事ですかね」
「さあな。あっちの考えなんてわからんさ」
そっけないラウラの口調だが、しかし副官はちゃんと見ている。ラウラが、小鼻をぷくっと膨らませているのを。子供によくある、うれしいときの仕草である。
隊長かわいい!と思いながらも、それを一切口にせず、副官はしれっと真顔のまま話を続けた。こちらは本当の狸である。
「でも、帰ってきてすぐにまた出向なんて……副隊長が知ったらがっかりしますね。副隊長、今は工廠のほうに積めてますし……なんとか連絡してみます?」
「ほうっておけ。……それにアイツは私の事が好かないみたいだからな。必要もないのに顔を会わせる必要もないだろう」
「……あちゃー。だから注意したのに……」
「? どうした?」
「いえ、なんでも、マム。それで、出発は明朝でしたか」
「ああ。ツヴァイの整備が完了し次第、すぐにでる。……なに、IS学園は肝いりだ、久しぶりになかなか楽しそうな任務だとは思わないか」
浮かべるのは、外見年齢にそぐわない、肉食獣の笑み。ラウラの手にした資料には、青空のような真っ青な機体の写真がでかでかと記載されている。
ブルー・ティアーズ。
「あの紅茶狂いの国に、第三世代の看板はもはや過去のものだと知らしめるよい機会だ。ブルー・ティアーズのBT兵器よりも、我がシュヴァルツェア・レーゲンのAICの方が優れた特殊兵器だという事を知らしめてくれる」
そしてそれだけではない。あの学園には、興味深い逸材がごろごろしている。噂に聞く更識姉妹に、各国の試作兵器群。国家代表候補生。護衛対象の甲龍と白式も非常に興味深いデータだ。
それらから得た情報は、必ずやドイツの国益に適うだろう。
ふふふふ、と似合いすぎてアレな悪役の笑いを浮かべるラウラに、副官はこういうのもいいねえ、などと思いながら、さらっと爆弾を落とす。
「かといって、本当は久しぶりに織斑教官に出会えるのがうれしいんですよねー」
「わわわわ悪いか!」
「いーえ、ちっとも」
やっぱりこうでないとー、主導権はこっちが握ってないとねー、などと腹黒い笑みを浮かべる副官だった。
「そんな事より、みんなでカレーヴルスト食べにいきません?」
「おお、いいな! ……そうだ、学園にいったら紅茶狂いに一つ、カレーヴルストをおごってやるのもよいかもしれん。フィッシュ&チップスなどという料理とも呼べぬものと一緒にするでないという事を教えてくれる!」
「……隊長、料理できましたっけ?」
◆◆◆
そして、IS学園へ。
「ドイツ国家代表候補生、ラウラ・ボーデウィッヒだ。階級はここでは関係ないので名乗らない。好物はカレーヴルスト。よろしく頼む」
教壇の横で口上を述べながら、さらっと見渡す。
まず、視界の端、教室の入り口には、黒髪の麗しい女性……頭痛をこらえるような仕草の織斑千冬の姿。今回の件で頭を痛めているのだろう、お労しや。
ついで、これからクラスメイトになるであろう、少女達の姿。国籍も違って髪色も様々だが、一般人出身が多いにしてはなかなか悪くない目をしている。さすが、IS学園創立以来もっともトラブルの多い年の一年生なだけはあるという事か、とラウラは納得して評価をあげた。
その中に、よく知っている顔がいくつか。特に目に付くのが、全く歓迎の意が感じられない笑顔、という器用な表情をしている金髪の巻き毛。セシリア・オルコット。
その笑顔を無視して見渡すと、ほかの注意すべき人物……篠ノ之箒、鳳鈴音の姿を確認できる。特に、篠ノ之箒。人物像を大幅に変更すべきかもしれない、というのが彼女の第一印象だ。
(IS乗りとしてはさっぱりらしいが、本人は人目でわかるレベルで普通ではない。生身での戦闘能力なら、遺伝子強化体の上軍人としての訓練を受けている私にも匹敵しかねない、気がする)
あれ、おかしいな、強いはずなんだが……とラウラは内心で首を傾げた。この段階では、ラウラはその評価が正しいが間違っている事に気がつけない。
そして、織斑一夏。
(成る程、眼力が凄まじい。伊達に、あの異常事態の中をくぐり抜けてきた訳ではないようだ)
これからの学園生活を想像しながら、さっと人物観察を終えたラウラは教壇から引く。そして彼女と入れ替わるように、彼は生徒達の前にたった。
ラウラが視線を細める。なぜなら、彼こそが今回、ラウラが派遣された最大の理由。最も、表面的な危険度が大きい注意すべき対象。
そんな視線に気がついているのかいないのか、彼はさらさらとした金髪を微風に靡かせながら、極上の笑顔でクラスメイトに笑いかけた。
「シャルル・デュノアです。フランスからやってきた……二人目の、IS適合男子です。みなさん、よろしくお願いしますね?」
トラブルの確約された学園生活が、今始まる。