極東の騎士と乙女   作:SIS

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 IS学園に突如現れた転入生二人。

 

 学園のほぼすべての生徒は、その存在に不安と嫌悪を抱いていた。何せ、先の騒動は記憶に新しい。たとえ、鈴の背後関係を知らなくとも、彼女の出現をきっかけにおきたIS学園でのセキュリティ暴走事件に、その後起きた中国事変、そしてボロボロでIS学園に帰還した織斑一夏の姿は隠しようがない。そうすれば、自然と優秀なIS学園生徒の事だ、事実に思い当たるのにそう時間はかからない。

 

 そんな事があったのに、また転入生……それも二人。あげく、片方は二人目の男子生徒、なんていう看板をひっさげているのだ。いくら平和ぼけした日本人が多くを占めていても、警戒しないはずがない。

 

 無論、転入に当たって件の男子生徒……シャルル・デュノアにおいては、何十にもチェックが行われ、本当に男性である事が確認されている。

 

 それでも、一度抱いた不安というものは消えるはずがないのだ。

 

 それに付け加え、もう一人の転入生も問題だった。銀髪赤目の女子生徒、ラウラ・ボーデウィッヒ。隠すことなく記されたそのパーソナルティは、見るものを絶句させるに十分なもの。

 

 遺伝子強化体、国際通称アドヴァンスド。受精卵の段階で遺伝子を書き換え、人為的に優れた身体能力を与えられた、”人工的に作り出された人間”。かつて第二回世界大会において多くの国が優れたIS操縦者を作りだそうとして手を出した、今は封印された禁断の技術。

 

 そして、ドイツ国家代表候補生。現在世界が躍起になって開発中の第三世代型IS……その試作型である”シュヴァルツェア・レーゲン”の搭乗を許される数少ない人間。そして、シュヴァルツェア・レーゲンには、AIC(アクティヴ・イナーシャル・キャンセラー)と呼ばれる特殊兵装が搭載されている。

 

 これでもかという厄ネタの塊である。

 

 

 

 しかし一方。その渦中であるはずの織斑一行は、少なくともその転入生の一人、ラウラ・ボーデウィッヒについては、何も心配していなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「という訳なのだ」

 

「はぁ……」

 

 IS学園、食堂の一角。なんだかんだで、織斑ご一行御用達の場所となっているその席に、新しいメンバーの姿があった。

 

 銀髪赤目の眼帯少女。話題の、ラウラ・ボーデウィッヒその人である。

 

「つまり、話をまとめると……ボーデウィッヒさんは、千冬さんに頼まれて、護衛を目的に学園にやってきた、という事ですか?」

 

「ラウラでいい、篠ノ之箒。おおむねその認識であっている」

 

 ぴちっと背をのばして受け答えするラウラ。そんな彼女に対し、織斑一味の反応はおおむね好意的だ。何せ、IS学園の防衛における最大責任者である千冬の差し金である。ある意味では初めて、IS学園が能動的に一夏の事情に助力してくれた事になる訳である。

 

「しかし、護衛といっても……一夏は、”あの娘”と戦えるぐらいの実力があるんでしょ? 今更いるの?」

 

「あの娘、というと……話にきく、鈴音さんのご友人の?」

 

「うん。私と違って、あの娘は正真正銘の天才よ? ここだけの話、中国国家代表候補生にだって入れたかもしれないんだから」

 

 すごいでしょー、と胸をはって友人を自慢する鈴。だが、話を持ちかけたセシリアは、気まずそうに曖昧な笑みを浮かべる。

 

 話題の人物……かつて、IS学園に鳳鈴音と名乗って入学してきたあの少女の行方はいまだ知れない。現場の状況を聞いた千冬も、彼女は第三者によって連れさらわれたと考えているのだが、どこの誰か、まではわからないままだ。

 

 その事は、鈴も知っている。だから、彼女が表向き明るくふるまう姿勢に、事情を知る誰もが不安を抱えている。だが、かといって指摘してどうにかなる問題でもない。少なくともこれは時間をかけて彼女自身が解決すべき問題であって、一夏達は鈴が助けを求めれば手を差し出すが、基本見守る方針で固まっていた。

 

 どことなく気まずい感じで口をつむぐ一行。だが、そういう時、部外者というのは割と打開策になるものである。

 

「ふむ。話を聞くに、織斑一夏はそこそこISで戦える、と見ていいのか?」

 

「そうですわね。少なくともそこらの国家代表候補生にやすやすと負けることはないでしょう。白式の運動性能は常軌を逸したレベルですし、単一仕様能力もあります」

 

「ふむ。だが生身での戦闘力はどうなのだ? ……そのあたり、詳しい人間はいるか?」

 

 ラウラが集まった人間の顔を見渡す。反応は芳しくない。

 

「そうだな……考えてみると、俺ってばプロの兵士と生でやりあったら瞬殺なんじゃないか?」

 

「そりゃ体格の差もあるしね……私がいえた話じゃないけど!」

 

「鳳さんはちびっこいからね。希少価値」

 

「……簪さんつったっけ。それ、自分を鏡でみていえる?」

 

「こ、こら喧嘩しない、そこっ。と、とりあえず一夏は篠ノ之流門下生だったが、無手の型はそんなに、だしなあ。確かに、訓練された兵士相手はまずいだろう」

 

「いや、そもそも前提がおかしくありませんか? 一夏さんは専用機持ちですし、そもそも生身で戦う理由が……」

 

「それいいだしたら、むしろ入院中の響子先輩が……」

 

 やんのやんの。

 

 三人そろったら姦しいとはいうが、まさにその通りである。とはいえ、話題が脱線していては話が進まない。この場のとりまとめのような立場の一夏が手を鳴らして話を止める。

 

「お前等、ちょっとまじめに話しなさい。で、ラウラさん、続きをどうぞ」

 

「あ、ああ……。まあ、そういう訳でな。いくら織斑一夏が専用機をもっていても、それを展開できない場合もあるだろうし、そもそも敵がより強力な何かを複数投入してこないとも限らないだろう? それで私が派遣されたわけだ。実際、中国事変においても、複数のトラブルを誘発させて彼を孤立させたと聞いている。私のような、軍人としての訓練を受けたものが護衛にいたほうがいいと判断したのだろう」

 

「まあその理屈がわからないわけでもないけどー。あんた自信が信用できるか否か、ってのはまた別よねー」

 

「こ、こら鈴! そんな喧嘩腰では……」

 

「いいえ、箒さん。彼女の言う事も一理あります。ねえ、簪さん」

 

「ええ。ラウラ・ボーデウィッヒのIS乗りとしての、そしてシュヴァルツェア・レーゲンの戦闘力は未知数。そもそもAICが謳い文句通りの代物だと、私は思ってない」

 

「お前等な……」

 

「やれやれ。あくまで戦闘力を引き合いに出されている、というのは、人格においては認めてもらっているととっても構わないのか?」

 

「千冬姉の推薦さ、そこはうたがっちゃいない」

 

「ふふ。持つべき物は信頼できる上司だな。よかろう。それならここで一つ……模擬戦というのはいかがだ?」

 

「「「「「はぁ?」」」」」

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

「……どう思うよー、セシの字」

 

「変な略し方はやめてくださいませんか、鈴さん」

 

 IS学園屋内訓練室。その控え室に、機体を展開したセシリアと鈴の姿があった。ほかのメンバーの姿は見えない。

 

 ぴっと引っ張ってISスーツの弛みを調整する鈴。そんな彼女の様子を眺めながら、セシリアは頬に手を当てて困ったようにぼやく。

 

「まあ、基本的には言葉通りでしょうね。裏の思惑としては、噂のドイツ製第三世代のお披露目、といったところでしょうか」

 

「んー。なんかさー、見てたらラウラって、セシリアにこう、対抗意識みたいなのバリバリだったような気がするよー」

 

「それはそうでしょう。イギリスは一番最初に第三世代型を実用化にもっていきましたし、やはり一種の”先を越された”感をどこの国も抱えているはずです。そのイギリスの機体を、実力でねじ伏せる……これほどのデモンストレーションはほかにありませんから」

 

「……なんか、負ける前提で話してない?」

 

「どう転んでも勝ち目がありませんもの」

 

 鈴の疑問に、あっさりと認めるセシリア。思わず、鈴は目を丸くする。

 

「ちょ、セシリア?」

 

「ああ、別に負けてやるつもりはこれっぽっちもありませんよ? ただ、ブルー・ティアーズは、一夏さんとの戦いであまりにも手の内をさらしすぎました。同格の機体、同格のパイロット相手にそれはちょっと致命的なハンデです。どうやっても、善戦どまりがいいところでしょうね」

 

「……いいの? 国の面子、かかってるんでしょ?」

 

「ふふ。おきになさらないで」

 

 手を口元にあてて微笑するセシリア。鈴がなおも不満そうに頬を膨らませていると、彼女はそっとその耳元に顔をよせてささやいた。

 

「それに、これは他言無用でお願いしたいのですが……実は、ブルー・ティアーズのデータから、ついに完成した第三世代が本国で用意されてるのですよ」

 

「なんと! ねえねえ、なんて機体!?」

 

「サイレント・ゼフィルスというそうです。BT兵器運用時の負荷を従来の十分の一まで押さえ、特殊な思考追従プログラムによって無意識の領域で独自にビットが起動するシステムを積んでいるそうです。強いですよ?」

 

「おー! おー! ねえ、それいつ乗るの?!」

 

「予定では二週間後、となっております。フレームはほぼ完成しているので、この模擬戦が終わったら本国にブルー・ティアーズごとコアを送って組み込んで、機体にコアがなじんでから、ですわね」

 

「そうかー。じゃあ、今日の模擬戦がブルー・ティアーズの最後の晴れ舞台だね。がんばらなくっちゃ!」

 

「ええ。……この子の最後を、負け戦にしてしまうのは口惜しいのですが……」

 

「だめよセシリア!」

 

「戦いってのはね、まず気持ちなのよ気持ち! 心で負けてたら勝てる戦も勝てないわ!」

 

「鈴さん……」

 

「だいじょーぶよ! ブルー・ティアーズがデータ取られてても、甲龍はそうじゃないでしょ! っていうか、私これが初戦闘だし! データなんてないんだから万事オッケー! これでよし!」

 

「え? 鈴さん、え、ちょっとまってください? 本当に初めてで……?!」

 

「大丈夫よ、気合いでどうにかなるなる! ね、甲龍?」

 

「いや、ちょっとまってください、鈴さん、鈴さーーん?!」

 

 

 

 訓練場では、すでに先客がまっていた。鼻息も荒く踏み込んだ鈴は、グランドの中央に佇む漆黒の機影を前に、息を飲んだ。

 

 小柄な少女の体を包み込むような漆黒の装甲。どこか艶めかしさすら感じる光沢を帯びた装甲は、きわめて高い部品精度を伺わせる。機体の右側には、巨大な砲身。左側には、バランスをとるためなのかやはり巨大な装甲がマウントされている。一方、搭乗者の体を直接覆っているのは脚部と腕だけで、稼働域はきわめて自由そうだ。

 

 一見したところ、砲撃型に見えるその姿。だが、ISは量子変換でどこからでも武装を取り出せる。外観で戦闘スタイルははかれない。

 

「やっときたか」

 

「やっときたわよ。悪かったわね」

 

「いや、構わない。で、いいのか、始めても」

 

「いいわよー。作戦タイムはじゅーぶんとらせて頂きましたから」

 

 嫌みたっぷりに胸をそらす鈴。あからさまな挑発だが、ラウラは表情筋ひとつ動かさない。

 

「ふ、そうか。では遠慮なく……」

 

 ガコン、と巨大な砲身が水平に構えられる。漆黒の銃口から覗くのは、明確な敵意だ。

 

 弾かれたように、セシリアと鈴が左右に散会する。その動き、特に鈴の反応速度にラウラは意外そうに目を見開いた。

 

「なるほど。……口ばかりではないという事か」

 

 口元に浮かぶ笑み。それは歓喜によるものではなく、猛獣が獲物を威嚇する為のそれだ。

 

「楽しめそうじゃないか。なあ、レーゲン……!!」

 


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