極東の騎士と乙女   作:SIS

5 / 45
Opning 師匠セカンド

 

 

 

Opning 師匠セカンド

 

 

 しとしとと、雨が降っている。

 

 シェリーは別に雨が嫌いでも好きでもない。山に熊撃ちでこもる事もある彼女にとって、雨あなかなかに厄介なものだがそれも自然のもつ顔のひとつだ。自然は時に驚くほど厳しく残酷である事を知っている彼女にとって、雨は雨以上の何物でもない。

 

 無論、女性として湿気やら何やらが嫌な訳ではないが、それが彼女の戦士としての意識より上に来る事はない。

 

 ただ、陰気な雰囲気だなあ、ぐらいに思う事はあった。

 

 じっと、窓から降り続ける雨をみやる。

 

 他に雑音はない。関係者立ち入り禁止、おまけに特別な目的で立てられたここは普段から人もそう多くは無い。無音のコンクリートの塊を、滴がうつ音だけが遠く近く響いている。

 

 そこに。

 

 小さく響く、蝶番の軋む音。

 

「……終わった?」

 

「ああ。お小言をたっぷりもらってきたよ」

 

 振り返った先。

 

 少し疲れたような顔の、織斑千冬の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうなったの、結果は」

 

「日本代表の肩書の取り上げと、二年間のIS搭乗禁止。それと、近日建設される予定の”学園”への赴任が決まった」

 

「……それだけ?」

 

「ああ。それだけだ」

 

 東京のとある喫茶店。物好きな店主の道楽で高層ビル屋上のペナントハウスに造られたそこは、アットホームな外見とは裏腹に政治界で一定の発言力を持つ人物しか上がれないような超スィートの階層の上にある。さらに、店主の認めた人間しか入店を許されないため、様々な人間が裏話、あるいはぶっちゃけトークの場として利用していた。

 

 そんな隠れた喫茶店の窓際の席で顔を突き合わせている女傑が二人。

 

 シェリー・アビントンと織斑千冬だ。

 

 題材は、織斑千冬への罰則について。

 

「おっかしいわねー。仮にも世界の覇者を決める世界大会、その決勝戦をボイコットした人間に対しちゃ、偉い柔らかい対応だこと。どこぞのいまだに世界の覇者をきどってる大国がちゃちゃいれてくるかと思ったのに」

 

「そのあたりはお前のおかげだろう、シェリー。あの一連の流れ、明らかに国家側が賊を見逃しているとしか思えない状況証拠の数々に、あげくは第二世代型との交戦記録。迂闊に糾弾すれば手痛いカウンターを食らうとでも思ったのだろう」

 

「第二世代型……コードネームは、アラクネだったかしら?」

 

 コーヒーを口に運びつつ、回想するシェリー。

 

 彼女自身、IS委員会による査問を受けていたが、しかしながら織斑千冬と違って大きな問題に発展する事は無かった。

 

 何せ、彼女が行ったのは”大会運営中に堂々と誘拐を起こしたテログループ”に対し”治安維持に貢献する事を義務付けられているISパイロットとしての責務”に従い、”人命救助”の為に行動した結果、どういう訳か”国の領空内で孤軍奮闘”した挙句、”盗難届の無い某国家の最新鋭機”との遭遇戦な訳である。シェリーを疑う前にまず大会運営委員がつっこまれるありさまになったのは当然の流れだった。

 

 さらに、世界ランクベスト10という揺ぎ無い戦果を得た事で満足しなかった彼女の母国イギリスが、さらなる権益取得の為に貪欲にシェリーのバックを務め委員会を突っつき上げた挙句、一連の情報を限定的に世間に公開。一気にシェリー擁護の方向に傾いた世論に、藪蛇になりかねないと判断した委員会は鉾を収めざるを得なくなる。しかしながらイギリスもそこで追求の手を緩める事は無く、最終的にIS委員会からいくつかの権利の譲渡に成功している。

 

 そんな流れの中で、交戦した第二世代型の情報もシェエリーの手元に転がり込んできた。

 

 あの機体は米国製第二世代型、コードネーム”アラクネ”。なんでも米国が威信をかけて開発していたが、完成直後に強奪され行方不明。肝心の第二回世界大会を前に最高の切り札を失う羽目になったアメリカは、最初からアラクネは存在しなかった事にして己の威信の保護を保つ。流石にこんな事がばれたら、国民からの突き上げがどうなるか、想像するまでもないから。

 

 その気持ちはわからないでもないシェリーだったが、おかげで死にかけた事を考えるとイマイチかの国に同情できないでいる。

 

「しかしまあ、私への追及がどうしようもなかったからその分貴方にとばっちりがいくかと思ったけどそうでもなかったのね。お偉い人たちって、根拠もないのに罪状をでっちあげるのだいすきだけど」

 

「それを分かっていて徹底的に委員会をやりこめたお前が言うか」

 

「ごめんなさいね。まあ、意外と軽い追及だったー、とはいうけど貴方の方こそ相当反撃したんじゃない? 肝心の国家代表、その身内についてた身辺警護が上の命令で一時的に外れてたとか、真っ黒にもほどがあるんじゃないかしら」

 

「どこからそれを知った」

 

「うちの情報部署なめないでほしいわね」

 

 肩をすくめるシェリー。それに納得のいかなさそうな視線を向ける千冬。

 

「で、それだけじゃないんでしょう? ドイツさんは何を言ってきたの?」

 

「そちらも、予想外な申し出でな。一年間でいいから、あちらの部隊の教導をしてほしいと言ってきた」

 

「あら?」

 

 意外そうに眉をしかめてみる一方で、シェリーはしかし心の内で妥当だな、と納得してもいた。

 

 ドイツは今大会において早々に敗退している。が、その敗退理由はシェリーから見る限り、機体ではなくパイロットにこそあった。おそらくはまだ禁止されていなかった遺伝子強化、ブーステッド処理をした強化人間だと推測されるパイロットはしかし、明らかに自分自身の能力を使いこなせていなかった。おそらくは、こういっては言い方が悪いが唯人にある種の天才的な能力を無理やり後付けした結果なのだろう。

 

 ならば、天然の天才である織斑千冬を指導者として宛がう事で、その本来の力を発揮するように誘導する事も可能だろう。もとより、IS適正はある種の才能だ。それをもたない人間に、高い適正を持つ者を効率よく指導する事は難しい。

 

「ま、頑張ってきたら? 試作機の製造費ぐらいは」

 

「言われるまでもない」

 

 むすりとした顔の千冬。そんな戦乙女の人間らしい反応に苦笑しながら、シェリーはカップをテーブルに戻した。漆黒の液体が、衝撃に揺れて、おかしそうに笑う美女を歪んで写した。

 

「で、だ。シェリー・アビントン。貴様の要件はなんだ?」

 

「要件」

 

「この程度の会話をするために、態々日本に残っていた訳ではあるまい。何かよほどの要件があったからこそ、こうして私と会話の場を設けたのではないのか」

 

「そうね。そろそろころ合いだとも思っていたわ」

 

「……」

 

 

 

 

 

「単刀直入に言うわ。貴女の弟……織斑一夏を、私に預けてみる気はないかしら」

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「あら。もっと驚くかと思っていたけど、そうでもないのね」

 

「……一夏の奴が誘拐されてどうしたのかは私も聞いた。それを考えれば、有り得る話だと思っていた」

 

 千冬は神妙な顔で言葉を続ける。まるで自分の罪を告白するかのように。

 

「ISに関わるという事がどういう事なのか。私は日本代表になって思い知った。だからこそ、弟だけはこんな醜い世界に関わらせたくいないと、ISから徹底的に遠ざけた。私は、弟には唯の一般人として暮らしてほしかった」

 

「それは不可能な話よ。ISはもう、この世界の一部として機能してしまっている。ISを遠ざける? それは平穏な生活とは違うわ。もはや世界の一部となったものを切り離したのが普通の生活のはずがない」

 

「………」

 

「そもそも、貴女がどういい繕った処で、織斑一夏が織斑千冬の弟である事は変わらないのよ。結局、織斑千冬の事情から、織斑一夏は逃げられない。貴女がすべきだったのは、弟を自分から遠ざける事じゃない。むしろもっと内に引き込んで、最低限自分の身を守れるだけの情報と技術を与えるべきだったのよ」

 

「……簡単にいってくれる」

 

 苦々しい表情の千冬。シェリーは彼女にそんな顔をさせてしまうのを少し心苦しくも思ったが、しかし追及をやめる事だけはしなかった。

 

「そして。貴女も気が付いているでしょう? ……織斑一夏は、貴方の弟なのよ。血縁でも戸籍でもなく、その存在そのものが」

 

 それはつまり。戦闘者としての、才能の話だ。

 

 先天的な、闘争への嗅覚といってもよい。瞬間瞬間で、必要とされる選択肢を的確に選び取る本能。人よりも獣に近い、強者としてあり続けるための素質。

 

「……ああ」

 

「貴女としては、金銭的事情を盾に彼を鍛錬から引き離して、その才能を埋もれさせるつもりだったのかもしれない。でも、それは帰って、彼に危険しかもたらさないわ。彼の本能は衰えていない。なのに、彼の能力は衰えていて、彼があける事のできる引き出しは空ばかり。だからこそ、彼は恐らくいざという時に、己の体をチップにする事を躊躇わない。……貴女の為にに、自分自身という鎖を引きちぎろうとしたように」

 

 そう。

 

 織斑一夏には才能がある。だが、それだけだ。

 

 かつて鍛えていた剣道の力は衰え失せ、姉の為にとバイトに明け暮れる生活は彼から牙を奪っていった。もし彼が唯人であったなら、そのまま羊の群れの中にまぎれて行けただろう。だが彼は織斑千冬の弟なのだ。望むと望むまいと、トラブルは彼を逃がさない。牙がない彼は、己の体でそれにぶつかっていくしかないのだ。

 

「…………だから、お前が弟を鍛えると?」

 

「ええ。これはイギリス政府も了承済みの話よ。事実上世界最強である貴女への貸し借りは、多ければ多いほどいいしね。それに、私としては別の思惑もある」

 

「思惑」

 

「そうよ。………はっきり言うとね、私、楽しみなのよ。織斑一夏という最高の器。その器を、私がどこまで満たせるか……興味があるのよ」

 

「あいつはお前の後継者にはなれんぞ。近接戦闘はそれなりだが、射撃はさっぱりだ。先天的な才能に依存している以上、矯正も見込めまい」

 

「いいのよ、それで。だって私がおしえるのは、戦い方と自分の愛し方だもの」

 

「自分の愛し方、だと?」

 

「そうよ。はっきり言うわ。……貴女、もし一夏君の為だとしたら、命を投げ出す事も躊躇わないでしょう? ………そういう人の弟が、自分を愛せるとは私、思わないの」

 

 例えば。

 

 勝利のために、苦痛や犠牲を良しとするなら。

 

 それが本能とか理性とか、そういうんじゃなく、その人にとって至極当然だとしたら。その人は、自分を愛している、そういえるのだろうか。

 

 難しい話である。自分を愛するが故に、犠牲を許容できる人もいる。傷つける事を良しとする人もいる。

 

 でも、織斑千冬は、織斑一夏はシェリーの眼にはそう映らなかった。

 

 後者は自分の事がわかっていないから故に。そして前者は、分かっていてなおもそうする。

 

「……お前は、どうなんだ」

 

「愛しているわよ。両親からもらったこの体も、22年生きてきたこの心も。だからこそ誇りにするし、最後のチップにもできる。でも貴女はそうじゃないでしょ?」

 

 千冬は、言い返せない。

 

 それを見て、意味ありげな笑みを浮かべるシェリー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。

 

 ドイツに国際便で旅立つ織斑千冬を見送る、一人の少年の姿があった。

 

 その隣に、一人の女性を付き添わせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これからね。私が今から貴方を立派な騎士(ナイト)様に鍛えてあげるわ。覚悟しなさい」

 

「それじゃ……これからよろしくお願いします、アビントンさん」

 

「うーん。その、アビントンっての、やめてくれない? なんか仰々しくて嫌だわ」

 

「え……。じゃ、じゃあ……うーん」

 

「いや、そんなに悩む事でも……」

 

「師匠?」

 

「え?」

 

「うん、これが一番しっくりくる。師匠、よろしくお願いします!」

 

「………」

 

「師匠?」

 

「はっ。そ、そう、師匠。師匠ね。オーケィ、分かったわ。それで行きましょう」

 

「はい、師匠!」

 

「(ドキドキ)」

 

 

 

 

 

 

 

 それは、運命の変革、その始まりと鳴り得るもの。

 

 天より来たりし災いの光、未だ見えず。

 

 光を砕き得る者、未だ成らず。

 

 しかし、世界は着実に、時を刻んで行く。

 

 

 

 

 

 おとぎ話を始めよう。

 

 これは、東の国からやってきた騎士と、彼に付き添う少女達の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、まずは徒歩で富士山踏破よ! 土日しかない? なら二日で踏破するのよ!」

 

「(千冬姉や篠ノ之小父さんよりスパルタだこの人っ!!?)」

 

 

 

 

 

 

 




オリジナル登場人物紹介
シェリー・アビントン
詳細:イギリス国家代表。元イギリス空軍における中尉という経歴と、元貴族という肩書をもつ。学生時代に友人と共同でシェリー&プロメテウス財団を立ち上げ、その縁で最新医療技術を応用したプリンセス・オーダーの搭乗者となった事がきっかけでIS業界にその名をとどろかせることとなる。
天才的という表現も生ぬるいほどの射撃センスを誇り、その技量は理論上でしかありえないとされるような曲芸も可能とする。その能力をもって、空軍での模擬戦は全て全勝どころか、ミサイルを使った事すらないという驚異的な記録を持つ。
第二回世界大会での戦績から、世界最強の五人の一人と数えられる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。