日本という国がある。
ちっぽけな島国だ。世界地図で、かろうじてその形を読み取れるような、大国と呼ばれる国の領土から豆粒のような、小さな国。
だが、その名前は歴史の流れの中、何度となくその顔を見せる。
ある時は未開の宝島として。ある時は世界に牙をむいた軍事国家として。ある時は、技術大国として。
そんな、不思議な国である。
その領海に浮かぶ、一つの小さな島があった。
最新のメガフロート計画を流用して建造されたその島は、正しくは巨大な軍艦とでも言うべき構造を持っていた。
頑強なフレーム。超電導推進機関に、無数の対地・空・海防衛システム。無補給で数年間の行動を可能とする膨大な貯蓄能力に、近年確立したばかりの核融合炉を複数搭載。
まさしく最新鋭の技術を惜しみなく注ぎ込んだその巨大な姿は、ある種の移動要塞であった。
しかし、それでもその存在は、島であった。
島であらねばならなかった。
その、超技術の結晶体の名はこう呼ばれる。
IS学園。
日本領海にあって、日本国ではない、世界からも独立した存在。
戦艦を領地とする、名の無い国家である。
◆◆◆
IS学園の創立は、様々な国際事情が端を発している。
第二次世界大会モンドグロッソで明らかになった、数え切れぬほどの問題。今まで暗黙の了解で守られてきた人としての禁忌が、悉く破られた事が、その発端だ。
環境汚染、人権問題、国家間の諜報戦争。
今まで水面下で繰り広げられてきたそれらの暗闘が、IS世界大会と言う文字通りの”世界の覇権”を廻った出口に殺到し、表の世界に噴出した。その余波は凄まじく、世界は一時混乱を余儀なくされた。
結果、国連とIS委員会はある決断を下す。
世界大会の緻密なルール整理とそれが完了するまでの世界大会の無期限延期。そして、ISの共同開発の場を設ける事だ。
特に後者は、あまりにも人権問題に抵触する出来事が起きすぎた第二次世界大会での教訓から、早急に必要とされた。ISは各国家の機密兵器であるが故に、それに関わるものは全て隠匿される。そして、人間、物事が明らかにならないとなれば理性や自制が緩むもの。結果、夥しい人体実験が起きる事となった。この事については、やはりISコアが国家に多くても二桁も存在せず、データの圧倒的な不足からくる必然的な結果ともいえる。
だからこそ、共同開発の場は必要だった。ISという兵器は、秘密にしたまま研究を続けるには、あまりにも高性能、規格外すぎたのだ。
その建設において、白羽の矢、もとい一方的な責任を押し付けられたのは、何を隠そう日本であった。
押し付けた側の言い分はこうだ。
ISを開発したのは、現在行方不明の篠ノ之束博士。彼女は失踪してはいるが、日本国籍である。その所業の責任は、日本にこそある。また、日本は第一回世界大会における優勝国家であり、様々な利権を有している。逆にいえば、世界のISの頂点として、責任を果たさねばならぬ、と。
言いがかりも甚だしい。おまけに、その共同開発の場において得たデータは平等に公開し、日本は出資するだけ出資して、利益を一部でも独占する事はゆるさないと、まあそんな内容の要望まで突きつけられる始末。明らかに、それまでの日本の弱腰外交と揶揄された温和政策を見越しての無茶振りであった。
だがしかし。当時、日本の政権は交代直後であり、その新しい政権は想像以上にしたたかであった。
彼らは表向きは国連の指示に従い、IS大会の会場にもしたメガフロートを転用しIS共同開発の場としてIS学園を設立した。そこまでは国連の要望どおりであったが、彼らはさらに、IS学園の正当性を示すためにそこを新しい国家、あらゆる国家に属さない中立の立場として存在させる事を国連に要請。
これに関しては、国連もそれを牛耳る者たちにとっても遺憾はなく、素直に受理された。
問題は、この後だ。
さらに日本は、IS学園が中立である事から各国家からの支援に問題が生じる事、近年頻発するテロへの対策として、徹底的な武装化を学園施設に施した。それこそ、蟻の一匹すら国の支援なしには潜り込めないようなレベルの。過剰装備だとして自衛隊に配備を許されなかった各種装備を徹底的に施した学園は、海上の絶対防衛圏と化した。さらに裏で手をまわし、IS学園と日本の間に上下関係・共同関係等のラインは存在しないが、その設備に出資した見返りとしてIS学園は緊急時に日本の防衛に協力する必要がある事や、学園で運用される教材としてのISコアは各国家から平等に派遣される事、といったある意味”当然”の正当な権利を国連との間に結ぶにこぎつける。
さらに、その教員にIS世界大会優勝者である織斑千冬と、その教育を受けた国家副代表達を派遣する。これに関しては彼女達が日本側に情報をリークするのでは、という意見もあったが、あくまで教員全体の中の一部としてであり、他国からも教員が派遣されるに当たって反対意見は封じられた。
一見、全て正当かつ当然のそれらの流れ。
だがそれは、日本という国の防衛能力や経済事情への損害を狙い、ひそかに学園に工作員を派遣して徹底的に情報を盗み出す、あるいは物理的にコア等の機材の奪取をもくろんでいた者たちにとっては最悪の展開だった。
多数のISを配備し、それ自体が鉄壁の要塞。さらにそれらを束ねるのが、事実上世界最強のIS乗りとその弟子達なのである。
日本の防衛能力という点に関しては、そもそも学園のトップが日本人である上有事へのIS学園への命令権限があり、IS学園そのものが日本近海を行動範囲にする移動可能な巨大戦艦である事を考えれば、落ちるどころか上がっているとすら言える。
経済に関しても、IS学園という巨大な消費の場の存在は、常に市場を求めている日本の経済のあり方に沿っている。IS学園そのものの消費規模はそうでもないが、それを取り巻く流れは非常に巨大かつ激流のように動き出していたからだ。
そして工作や謀略は、そもそも鉄壁の海上要塞に侵入するという時点で非現実的だ。孤立した海上施設、国家代表という最大戦力を惜しげもなく配置した人員を考えれば、情報工作も満足に機能するとは言い難い。これに関しては従来と違い、情報だけでなく現物が大きな比重を占めるISの性質をうまく逆手に取られた形となるとも言えるかもしれない。何せ、ISという機動兵器は、蓄積された情報をISコアという解析不能、分解不能の代物の中に貯め込んでしまうのだ。通常兵器ならメインコンピューターにハッキングかければいい話が、ISコア相手ではそうもいかない。いくら武装や機密のデータを欲しがったところで、ISコアにアクセスできなければ満足な情報は得られない。ならばコアごと強奪しようとすれば、世界最強が叩き切りにやってくる。事実、建造中にちょっかいをだした某国の特殊部隊が、織斑千冬直々に撃退されたという現実がある。
悪だくみをしていた連中にとっては頭を抱える展開である。
無論、これはとても詳細を省いたあくまで大雑把な説明である。この流れになるまで、なった後も多くの問題が発生したが、結局、IS学園はこの地球上で唯一完全な中立国であり、完全に平等なIS共同開発施設として稼働を開始したのである。
そんなIS学園は今、IS学園として稼働を開始してから初めて、日本の港へと向かって航行中であった。
補給ではない。食料や資材の補給なら、ヘリを使うのが常だ。態々港に寄港したりなどしない。
ならば、目的は何か。
IS学園は、ある意味世界で最も危険かつ安全な施設である。
あらゆる国家と敵対しうる要素をかけながらも、無数のISを配備し強大な単体戦闘力を誇るそれは、下手な軍事基地より遥かに安全でありもし本当に全ての国家を敵に回しても戦略兵器さえなければある程度は闘えるとすら言われている。なにせ最低30機という、世界全体のIS、その十五分の一に近い数を保有しているのだから。
言うなれば、守りに入ったIS学園は最強の存在たり得るのである。
そんなIS学園が自ら動く……それはつまり、何か”途方もなく貴重で危険な物”を運搬する、その為に他ならなかった。
例えば。
世界唯一の、ISに乗れる男性、である等。
◆◆◆
そのIS学園の異様は、すでに港からもよく見える。
海面に見えている施設部分は、まさに氷山の一角。海中にはその数十倍の規模の巨大施設が今もなお稼働中なのだ。
にも、関わらず、その見えている施設部分だけで、巨大な大学のキャンバス全部に東京ドームを思わせるドームつきだ。その周囲に立ち並ぶ、なんだか物々しい雰囲気を放つ謎の巨塔がミスマッチではあるが。
「……あれが、IS学園か」
その異様を前に、織斑一夏はごくん、と息をのんだ。
TVや雑誌、師から聞いた事でしか知ることのできない建造物が、今、目の前にある。
しかもその建造物は、正しく自分ひとりを迎える、その為だけに今、日本の港に戻ってきているのだ。未だに一夏はその現実が信じられず、眩暈がする思いだった。
とはいえぼうっとしてもいられない。
何せ彼もまた、IS学園へと向かっている最中なのだから。それも、最高級のベンツっぽい車に乗って、周囲を装甲車に囲まれて護衛されながら、だ。
それを思うとまた別の眩暈が一夏をおそった。
「大丈夫ですか、織斑君?」
そんな一夏の様子を気遣ったのだろう。運転席でハンドルを握っていた女性が、振り返って一夏のいる後部座席を覗き込んできた。
緑色に染めた髪に、背も高く自己主張の激しいボディラインのスタイル抜群の美女。なのだが、振り返った彼女の顔は柔和で親しみやすい、悪く言えば極端な童顔であまりきついイメージはない。むしろ頼りない。
彼女の名は山田真耶。今回一夏の”護送”を担当する日本の国家副代表であり、IS学園の教師である。そして、一夏の姉、織斑千冬の後輩でもある。
「あ、いえ。ちょっと圧倒されたっていうか」
「ああ、IS学園の事ですか。そうですよねー。私も未だにあれに住んでるっていう実感がないですもの。知ってます? こっからだと角度的に見えないんですけど、学園の他に歓楽街とかちょっとした町みたいなのもあるんですよ、あれ」
「ま、町ですか?」
「ええ。IS学園としての稼働が決まった時に増設されたらしいんですけど。おかげで、態々本土まで来なくていいから助かるんですよー。あ、でも本土に来れないって訳じゃなくて、週三で飛んでる運行ヘリに乗れば簡単に本土まで戻れますよー」
「へ、ヘリですか……」
何もかもが己の常識外でスケールがでかすぎる。
「……そんなものが、態々俺一人を迎えるために、動いてるわけですか……」
「一人、と言われまして。織斑君は世界でたった一人、ISを動かせる男性な訳ですから。むしろ現時点ではIS学園より貴重な存在な訳ですから、IS学園側が動かなくてどーする、私だってそーする! という訳なんです」
何が楽しいのか、にこにこしながら前に視線を戻す山田。それにはあ、とあいまいな相槌を反しながら、一夏は己の境遇を再確認した。
そう。
世界で唯一の、ISを動かした男性。
ISは基本的に、女性しか動かせない。その理由は不明。
だがISという兵器の超絶的な性能から、その事は世界の有り様に大きな変化を与えていた。
古来から、社会というのは男尊女卑に偏りがちである。その理由は男の方が力が強いから、という原始的で非文明的、というか生物としての有り様を考えれば根本的に間違っているものだが、少なくともそうなっていた。
だが、ISという圧倒的な武力の存在は、その認識を揺らがせるのには十分であった。何せ、現存する全てのISと通常兵器がぶつかり合ったら、ISの方に軍配があがるとさえいわれているのだ。その事は、従来の根拠のない男尊女卑を揺らがせるに十分であり、世界には今や女尊男卑の風潮がはやり出していた。最も、ISを全ての女性が動かせるわけではないし、ISの数だって限られている上に男性の存在がなければ社会など成り立たないのだが、そこはこれ、男尊女卑だって根拠があやふやだったのだから文句を言えたわけでもない。
が、ここにきて、ISを動かせる男性の登場である。
今までの、女性しか動かせないISという大前提がひっくり返されたのだから、世界は上に下にの大騒ぎとなった。今までかろうじてISを受け入れつつあった世界、その有り様を一変させかねないこのイレギュラーの登場に、大国もが慌てふためく有様。誰もがその存在に頭を抱え、手を出そうと考え、あるいは消えてくれないかなとか思いを巡らせる。
その渦中、ISを動かせる男性というのが、まさにこの、織斑一夏なのである。
彼がISに乗れる、という事が知れ渡ったのは、ある意味しょうもない偶然からだった。
半月ほど前、彼は高校受験のために都心部を訪れていた。その頃、丁度都心部ではIS学園入学希望者のうち、筆記をパスした者たちの実技試験が同時に実施されていた。実技試験の内容は、敢えて性能を低く調整された日本製第二世代型量産機である”打鉄”を操作し、訓練も説明もないまま教員と一対一の模擬戦をアリーナ内で行うというものだ。聞くからに無理な話ではあるが、実際のところ勝ち負けではなく、ISが兵器であるという事を鉛玉を通して伝えると同時に国家代表レベルの実力の一端を見せる事で本当にその気概があるのか、精神面を見るものである。実際にここで心折れて去っていく女子もいれば、戦闘中何かに覚醒したように顔つきが変わり、学園でも優秀な成績を残す者などが過去存在している。
そんな模擬戦だが、多数の人間にISを貸し与えるという事で運営側も強奪やテロに気を使っており、部外者は一切近づけないように普段は鉄壁の警戒ラインが引かれている。が、その日に限ってある女子生徒が無茶をやらかしたせいでアリーナの一部が破損、その修繕に追われていた事もあってほんの一瞬、その警戒ラインにほころびが生じていた。
その生じたほころびに入り込んだのが誰を隠そう織斑一夏である。
なれない都心部、なれない建物に迷った彼はどう血迷ったのかフラフラと奇跡的なタイミングで警戒ラインを突破し、あろうことか受験生控室に配備してあった打鉄のところまでたどり着いてしまう。保安上の問題で今日この場所でIS学園の試験が行われている事は隠されているために、一夏は何故ここにISがあるのか、といぶかしみながらも、ひさしぶりに目の当たりにするISに懐かしくなってつい手を触れてしまったのだ。
直後、起動するIS。異常事態に気がついて駆けつけてくる保安舞台。鳴り響くアラート。
一夏、大混乱である。
結局彼はそのまま混乱のままに身にまとってしまった打鉄で警備員をなぎ倒しての大立ち回りの後、試験会場アリーナに誘導されそこで取り押さえにきた教員と一騎打ち。そしてあろう事か辛勝ちとはいえ勝ってしまった彼はよくわからないまま、さらにそこに踏みこんできた自身の姉に粉砕(例えでもなんでもなく、彼の装着していた打鉄の外部装甲は木端微塵であった、と記録されている)されあえなく御用となる。そしてそこでようやく、ISを操る男という奇想天外な事実が明らかになり、日本全体が震える事になったのだ。
そしてここにきて、イマイチ実感のなかった当の本人も、ようやくIS学園の異様を前に状況を理解し始めていた。
「た、大変な事に、なった……」
「ええ、そう。大変な事なんですからね。っと、そろそろですかね。パスポート、用意してくれますか?」
「……パスポート? え、今ここで?」
学園に入るのになんでそんなものが、という顔をする一夏。山田は苦笑しながらも、自らもパスポートを取り出して見せた。
「IS学園はどこの国の領域でもない場所。逆に言うならば、新しくできた国家みたいなものなんです。なので当然、上陸にはパスポートの提示が必要になるんですよ」
「……成程。そういえば師匠とあっちこっちいった時も、バスの中でパスポート提示したっけな」
「ええ、大体そんな感じです」
そうこうしているうちに、車は港にたどり着いた。一夏の見ている前で巨大なIS学園がゆっくりと港に接近し、タラップを展開する。構造的には観光フェリーを思わせるタラップだが、規模が桁違いに大きい。車数台どころか、トラックが十台近く一度に入れそうなその巨大な道の中を、一台のベンツだけがわたっていくのは一種異様な光景だった。装甲車達はこちらまで来れないのか、港の方に待機している。その代わりに、IS学園側から飛んできた武装ヘリが周辺を飛びまわり、警戒を行っていた。
「………物々しいですね」
「ああ、ヘリですか? 心配なく、あの子達は無人機でもっぱら盾役ですから。このベンツも対IS仕様ですので、対物狙撃銃の一発ぐらいなら大丈夫ですよ」
「え、えと。必要なんですか、そんなの」
「はい。まだ警備体制が完全じゃなかった初期の頃に、入学生の船に向けてRPGが撃ち込まれた事もあったぐらいですからー」
その時は織斑先制が叩き落したんですけど、と続ける山田。
あっけらかんとしたその説明に、はははは、とひきつった笑顔を反す一夏。それ以外に彼に何ができただろう。
俺の人生終わってないか、と一夏は思わず天を仰いだ。しかし、車の分厚い装甲板に遮られ、空を見る事は出来なかった。
そんな少年の悲喜こもごももまとめて、IS学園の暗い入り口はまとめて飲み込み、やがてゆっくりと装甲板で入り口を閉じる。やがてエンジンを作動させると、何事もなかったかのようにその巨影は静かに港を離れ、日本を離れ、沖合へと乗り出して行った。
ちなみに余談だが。山田の話の中で千冬はIS委員会からの罰則でISを装着できなかった為、素手で投擲したナイフでRPGを迎撃している。一夏の打鉄を粉砕したり特殊部隊をなぎ倒した件についても同様だ。
つまるところ、ISを装備していなくても世界最強は世界最強なのだった。
そして。
哀れな子羊(織斑一夏)を、IS学園の頂から見下ろす人物が、二人。
「……何事もなく終わったか」
「有っちゃ困りますよ。ウチが総出で警戒してたんですから」
一人は、黒髪の戦乙女、織斑千冬。
もう一人は、蒼い髪の女子生徒。名を更識盾無という。
二人はある時のいない学園長室で、一夏の”収容”の様子を確認し、無事にそれが終わったのを見届けたところだった。
「……連中がちょっかいをかけてくるかと思ったが、違ったか」
「来てくれた方がむしろ楽だったんですけどね。今ならまだ三年の一部が理由をつけて残ってたし」
「新学年に移行まであと二週間だからな。連中も一番戦力が充実している時期に攻めてくるはずもなかったか。となると、危険なのが新学年、新入生どもが入ってきたあたりか。学園の三分の一がお荷物と化すわけだからな」
「でも私も二年になって思う存分権力ふるえますし? 全く、一位年は生徒会長になれないとか厄介な規則ですよ。こちとら国家代表ですっての」
「無理を言うな」
「まあそれもすんだ話ですし。これからですね、本番は」
「……そうだな」
頷いて、千冬は窓から舌を見下ろす。見下ろした先には、広大な海原にそびえたつIS学園の威容。
だけど、広大な海の中でその存在はあまりにもちっぽけで。そして世界から見れば、あまりにも頼りない。だが、ここが。このIS学園こそが、千冬の戦場。守るべきもの。人類の、最前線なのだ。
「予定とは違うが、これでIS学園の世界における重要性は増した。危険性もな。……これから、世界の眼はここに向かうだろう。そして、そうでなければ果たせない事もある」
「やれやれ。人使いが荒いんですから……でも、付き合いますよ」
「……ああ。覚悟しておけよ。私は少し、荒っぽいぞ」
「よく存じております、千冬教官殿」
悪戯っぽく笑みを反す盾無に、不敵な笑いで答える千冬。
他に誰も見る者のない密室でかわされた密約。そんな二人の姿を、モニターの向こう側から、織斑一夏がどこか不安そうな眼で見つめていた。
自らを取り巻く、無数の陰謀を知らないままに、彼はこうして現世のヴァルハラへと、足を踏み入れたのだった。
「来ましたわね」
だが。
彼を取り巻く者達は、深遠な陰謀に関わるものだけではない。
彼の持つ運命の重力は、周囲の人々のそれを引き込み、捻じ曲げ、吸い寄せていく。
ささやかな偶然。それによってひきつけられた必然が、今ここに。
「教官の弟子。……私にとっては、兄弟子になるのかしら」
少女は誰もいない控室で一人つぶやく。確かめるように、馴染ませるように。
「でも、貴方にとって私は、何になるのでしょうね」
明らかに日本人ではない、異郷の風貌。白い肌に長くたなびく黄金の髪、モデルのような均整のとれたスタイル。だがそれは、美術品の美しさではない。野生に潜む獣の、捕食者としての美しさに近い。
彼女の名は、セシリア・オルコット。現イギリス国家代表候補生にして、最新鋭試作機ブルー・ティアーズの装着者。そして。
「いずれにせよ。織斑一夏さん。ようこそ、我らがヴァルハラに。貴方がエインヘリヤルたる事を、私は望みますわ」
現イギリス国家代表、シェリー・アビントンの後輩である。