「ゲートとは膨大な資源を貯めた宝の山だ。だがその反面ダンジョンブレイクが起きたら甚大な被害をもたらす代物だ。
高難度ダンジョンであればあるほど攻略の難易度と得られる資源の両方がが大きくなる。
ハンターとは国に恩恵をもたらし未知の危険から国民を守るその為に、ダンジョンに潜る。
そのためには君のような素質ある若者が必要だ」
「ブレナン局長、アンタ交渉が下手だな。こう言うのは下心隠さないほうがいいぜ。
いいかカズト、S級ハンターは何年に1人運が良ければキノコみたいにポコポコ出てくる国もあるが悪けりゃ10年以上経っても1人もいないってレベルの存在だ。これは何処の国でも変わらない。
さて、今お前は日本人と言い張ってる誰でも無い日本語を喋る無国籍のガキに過ぎない。だが無国籍とは言え日本人と主張するS級の覚醒者の存在を日本が嗅ぎつけたらすぐにでも懐柔しにくるだろう。それどころかよその国もだ。
ハンターの中でも最強格の力を持つS級ハンターなんざ何処の国でも喉から手が出るほど欲しい人材だ。
S級ハンターとして覚醒したお前に日本や他の国がちょっかいかける前にアメリカ人にしておきたい。もっと言えばハンター管理局のエージェントになってもらいたいってのが局長の本音だろうな。
まぁアメリカ人にしておきたいとこに関しちゃ俺も同感だ」
「アンドレ、もうちょっとマシな言い回しは出来ないのか?
だがまぁこの男の言う通り、下心を曝け出せばそういうことだ。
スカベンジャーギルドが君の存在を日本に問い合わせた。今頃日本側は無国籍とは言えアメリカ最強のS級ハンターが気にするほどの存在かもしれないと勘繰っているはずだ。
すぐには動かないだろうが、息の掛かった人間が探りを入れるのは時間の問題と言ってもいいだろうな。
あっちが絡んできて面倒な事態になる前に君の承諾が欲しいと言うことだ。出来るならこの場でな」
言いたいことはわかる。まだGA◯TZもどきのデカくて黒い球体に触っただけだがお偉いさん、何よりトーマスさんがそう言うなら俺はS級ハンターの才能を覚醒させたのだろう。だがそれとアメリカ人帰化は別問題だ。
「でも帰化って、確か長くて一年とかかかる手続きなんじゃ?そんな簡単にいくもんじゃない気が」
「よく知ってるな。確かに普通はそうだ、長い期間と膨大な枚数の書類を書く必要がある。
だがトーマスの口添えに私や副局長の個人的なツテを使えば二、三日あればアメリカ人にになれる」
「そんな簡単に?!」
フランチェスカには日本に帰化した友達もいた。その友達曰く自分は半年くらいで済んだけど、人によっては一年以上はかかったはずなんて話を聞いたことがあった。
「驚くのも無理ありません、ですが事実です。
トーマスはアメリカ最強のハンター。本人は嫌がりますがゲート関連で政府関係者が開いたパーティには必ず出席させています。そして局長と副局長は軍人時代からの友人で前職はシークレットサービスです。それに局長はA、副局長Bランクの覚醒者です。もちろん今でもアメリカ政府に職務的にもプライベートな意味でも繋がりもあります」
「…ローラ君、隠していたつもりも無いが少なくとも君に教えたことがないのに我々の経歴を知ってるのか気になるが、私も局長も彼女の言った通り軍人上がりの元大統領護衛官だ。
現在でも政府高官と会うことが多い立場だ。その方面の友人も多い。
やろうと思えば今すぐにでも始められる」
「あまり褒められた方法ではないが、こちらが早く動けば日本から引き抜きなんて方法を取らず、外交面での摩擦が起きずにS級ハンターが手に入るとなれ彼らも首を縦に振るだろう」
ローラの経歴暴露に呆れる局長と副局長のコントをよそに俺は悩んでいた。
自分は日本人だと言う気持ちはある、だがそれはあくまで俺が言い張ってるだけでこの世界の日本に俺や俺の友人家族は誰一人として存在しない。
見捨てられたなんて言うつもりは一切無いし恨むつもりなんてもっと無い。ただ世界線が違うとは言え、生まれ育った国から存在しないと一言でバッサリと切り捨てられたのは、なんというかただただショックだった。
「カズト」
思考の沼に落ちていたからかトーマスに名前を呼ばれてビクッとなってしまう。
トーマスは俺の前でしゃがむとつけていたサングラスを胸ポケットにしまった。鮮血のように赤い瞳が俺を射抜くように見つめてくる。
「本当は時間をやりたいとは思う、だがこの状況じゃそうも言ってられない。
さっきも言ったが、俺が交渉で大事にしてるのは交渉の時に大事にしてるには程よく欲望を曝け出す事だ。だから言おう。
俺はお前が欲しい。もしお前が話していた世界にいた時のカズトホンゴウにない強さを欲してるなら、俺が強くなるための環境を用意しよう。
家も食事も服も金も武器も防具も人員も全てだ。だからお前の能力、お前の持つ可能性、お前の未来、お前自身の何もかも、”全て“を俺によこせ」
トーマスの眼差しと強欲で傲慢な言葉に心臓が大きく高鳴った。華琳達と協力して魏を発展させてきたあの毎日とは違う、自分の中だけに眠る可能性が創る未来への期待と高揚感。
俺は差し出された右手をじっと見つめる。
「俺は強くなれますか?」
「どこの誰が強くしてやると思ってるんだ?」
「…俺はゲートとか魔物とハンターなんて言われてもよくわかりません。剣や棒も多少扱えますが、弱いです」
「最初から強い奴なんかいてたまるか。
才能は与えられてもどう活かすかはそいつ次第だ」
「知識なんてコミックや小説、ネットニュースやテレビなんかで覚えただけで勉強の成績も平凡です」
「安心しろ、ウチは死人を出さない為に新人教育は徹底的にやる。
何度でも叩きのめして一流のハンターにしてやる」
「…こんな俺でも会えないけど大事な人たちに胸張って生きていけるなら、俺は心から変わりたいと願います。
ブレナン局長、俺をアメリカ人にしてください。
…そしてトーマスさん、いや、マスター。俺をスカベンジャーギルドに入れてください」
「いいだろう。スカベンジャーはお前を盛大に歓迎しよう。
ブレナン局長もいいな?」
「やれやれ、こうなっては嫌だなんて言え無いだろう。
問題児のお前と違って優秀な人材を逃したのは痛いが、十想定内だ。
”日系アメリカ人のS級ハンター“が新たに誕生したそれで今は十分だ。
Mr.カズト、君のアメリカ人帰化はすぐに取り掛かる。副局長、アダム達に日本側の動きを厳しく監視して牽制するように言っておいてくれ、リードしてるのは我々だがここからは私達と彼らの競争だ。
コナーにも今週中の予定を全てキャンセルするように伝えてくれ。
さて、カズト少しばかり気が早いが君にはトーマスに取られた分このセリフだけは言わせてもらおう。
若者よ、ようこそアメリカへ」
◾️◾️◾️
スカベンジャーギルドに戻って来た時にはもう夜になっていた。
本場のハンバーガーとポテトを美味しくいただいた後、職員用仮眠室のカプセルベットの中で、気持ちが落ち着かない所為で俺は眠れずにいた。
本音を言えば離れ離れになった華琳達を思うだけで泣きたい気持ちで一杯だったが隣近所が使用中だったこともあり、泣いてしまうと迷惑だと思い堪えることにした。
(あの世界から帰ってきたと思ったらアメリカにいて、覚醒者になってアメリカ人に帰化して。
…こんな気持ちになったのあの世界で初めて夜以来だったかも)
不安。未知の世界。異なる文化。異物同然の育まれて来た自分の価値観。知っているようで何も知らない、そんな世界に否応なく放り込まれた事を嫌でも自覚せねばならなかったあの夜に感じた荒波のように揺れる感情に非常に似ていた。それでも現代世界なのはまだ救いであったのは確かだったとは思うが。
「どうせ何考えた所でもう始まったんだ。ここまで来てぐずぐずしてたら華琳達に笑われちゃうな。
明日は能力の検証だっけ?マスターから戦士系とか言われてたから多分春蘭や霞みたいに前衛で戦うんだろうな」
管理局から戻る最中、実際に起きたダンジョン攻略時やブダンジョンレイクの制圧の動画を見せてもらった時の衝撃と恐怖が蘇る。
落ち着いたと無理矢理思い込んだはずの心の片隅で騒めいているのを自覚しながら、ベッドの中でたった一人、答えの出ない自問自答を繰り返す。
(相対したわけでもない、ただ動画で見ただけなのに震えてる。でも選択肢なんかない。
あの世界と同じだ、引き返せる道無いなら進むしか無い)
答えの出ない自問自答に少し疲れていたのかなんとなく眠れそうな気がした。目を閉じてゴロゴロしていたらいつの間にか意識は落ちて、眠りについていた。
◾️◾️◾️
はっと気がつけば満点の星空の下、水面の上に立っていた俺はここが直ぐに夢だと理解した。
夜の水平線、空を明るく照らす星の輝き、止むことのない流星の雨や箒星の群れ、俺は眼前に広がる幻想的なこの世界の輝きに魅入られていた。
トクン、トクン。心臓が小さく、だがそれでいてたしかに脈打つ。
「なるほど、これが俺の」
溢れ出た泉の様に次々と自分の覚醒者としての能力が頭の中に浮かび上がる。
「まだ何もわからないけど、あるもの全部使って強くならないと、みんなに笑われちゃうもんな」
『でも、いつか再会できると確信しています。
私達が天の国に行くのか、貴方が大陸に帰ってくるのか、わかりません。ですが、もう一度会えた時は約束通り耳飾りをつけた私とでぇとをしてください!』
蜀との最後の戦に向かう直前、デートの最中に栄華と俺が交わした約束。華琳が大陸制覇を成し遂げた時、俺が送った耳飾りをつけてまたデートをする。というものだ。
言い訳だがその後に直ぐに蜀との戦になりその道中俺が何度も消え掛かったりで頭の片隅に、………嘘だ。ガッツリ忘れていた。
「夢で夢のこと思い出すとはね。
栄華が許してくれると良いけど、バレたらめちゃくちゃ怒るんだろうな。ちゃんと謝らないと」
そんなことを事を考えて苦笑いを浮かべる俺に背後にいた“彼女は”呆れつつも咎める様に言った。
「そうでしょうね。
全く、好きだと言った女の子との約束も忘れるなんて、事情があっても許してもらえるかも、なんて軽く見られるのは腹が立つわね。
それ以上に私の事も思い出してくれないのはもっと腹が立つけど」
声を聞いた瞬間時間が止まった気がした。
「ハハッ。首、刎ねに来てくれたの?華琳」
振り向くとそこには強がりで寂しがり屋な俺が泣かせてしまった、愛したやまない少女がいた。夢であったとしても幻ではない、本物の華琳が。
「確かにそんな事も言ったわね。けどその言い方心外だわ。私が首切り大好き女みたいに聞こえるじゃない。
訂正して欲しいけれども、また貴方にあえるなら悪くないものね」
「確かに俺もそんな事言ったかも。
…欲を言えばこれが現実ならもっと良いんだけどね」
華琳は俺に背を向けた。ふと思い出す。
満点の星空と大きく美しい満月、背を向けた華琳とそれを見つめる俺。
長きに渡る大陸の戦に決着がついた夜、終戦の宴を抜け出し俺が華琳の元から去ってしまったあの時と同じだ。
「ねぇ一刀、私は今私の物語で主役をしてるわ。貴方はどう?」
「まだ始まってすらない、かな?
今はまだ何もできないけど、たとえ0からの始まりでも、陳留の時みたいにできる事を全力でやるだけだよ」
「そう、本当に警備隊を貴方に任せて良かったわ。
一刀、乱世の奸雄は楽しかったけど、貴方が見たがっていた治世の能臣もそう悪くはないわ。
早く見に来い、と言いたいところだけど、私が呑気にそれを待っていてあげるほど気が長くないのは貴方も知っているわね?」
「わかってる、なんたって華琳だもんね」
「その通りよ。
そうね、普通の約束だと貴方が守れるか不安だから競争しましょう。私と貴方でね。勝った方が負けた方の願いを聞くの、なんでもね。
この私の挑戦、私の忠実な臣下だと言うなら逃げたりしないわよね?」
「そんなこと言われたら引くに引けないじゃん。
うん、その勝負乗ったよ」
「そう。なら再開した時、私達に愛想を尽かされない様に精進なさい」
「うん、再会した時に、めちゃくちゃ、驚かせてあげるよ、だか、ら」
(あぁ、だめだ。我慢してたのに、あと少しだったのに我慢できない)
華琳の前では虚勢でもいいから格好つけていたいのに涙は止まる事なく流れ続ける。無意味だとしても情けない姿を少しでも隠したくて俺は深く俯く。
「だ、か、んむっ?!」
「ふ、んちゅ、じゅる、ん、んん」
頬に暖かい手が添えられた瞬間顔を上げられると口の中に華琳の舌が入り込んでくる。
くちゅくちゅと絡められた華琳の舌に最初こそ驚きはしたものの、応じるように舌を絡ませて息の続く限り濃厚で淫靡なディープキスを交わし合う。
「ん、ずっ、じゅじゅっ、ぇれん、んんん!ぅぁ、はぁはぁ、華琳?」
「んちゅ。一刀、私のこと愛してる?」
「あぁ、愛してる、愛してるよ華琳」
「ならあの時の言葉を訂正しなさい」
『さようなら、愛していたよ華琳』
俺は華琳を強く抱きしめた。
「何があっても、どんなことがあっても全部ブチ破って君の元へ帰る!だからまた会おう!愛してるからな!華琳!」
「私も愛してるわ、一刀」
◾️◾️◾️
「マスター!おはようございますっ!」
「お、おう!早いな」
朝起きると昨日の晩に指定されていたスカベンジャーギルド本部地下の訓練施設に走って向かう。すでにトーマスはいたようで、アロハシャツとハーフパンツ姿でもウォーミングアップを済ませていたようだ。
「昨日の晩はビクついてる様な顔をしてたが、なんかいいことでもあったか?」
「…あんまりチキン晒してると笑わわれちゃいますからね。1分1秒でも早く強くなりたいんです」
「ほぉ?その面ならなら、厳しく扱いても大丈夫そうだな、ついてこれるか?いや、殺す気でシゴいてやるから死に物狂いで食らいついてこい」
トーマスの目がサングラスの奥で金色に光る。襲いかかる威圧感に立ち向かう様に俺は強く言い放つ。
「上等っ!」