転生の戦車兵『銀鳩班』    作:タンク

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前回のあらすじ

第2回戦を控える延岡校。
そんな中。水田は市街地戦という、初めて戦う戦場でどう立ち回るべきかで悩まされていた。そんな時に加藤からフラッグ車の車長に任命される。色々と悩んだ末。水田はホリ車にまだ搭載出来る装備品の存在に気付く。

試合当日。開始直前に新装備の『双連20㎜高射機関砲』を搭載して試合に挑む水田。高射機関砲の威力は想像以上の威力を発揮した。
敵はフラッグ車であるホリ車に集中し、一度振り切ったと思われたが、今度は敵のフラッグ車がホリ車の追撃を開始。機関砲の弾が徐々に減っていく中、別の脅威が迫っていた・・・


第十一話 水田の違和感

「うわぁ・・・結構降ってきたね」

 

 加藤が空を見上げながら呟いた。

 ルノー乙型の現在位置は用水路の上流側。ここでホリ車と合流する手筈となっていた。

 用水路は徐々に水位が上がり、穏やかだった流れが濁流となってその姿を変えていた。

 

「合流場所、変えた方が良いんじゃない?」

 

「そうね・・・ここじゃマズいかもしれないし」加藤はいつになく真剣な表情でヘッドセットを手に取った。

 

 

 会場の観客たちはどしゃ降りの中、傘を差して観戦していた。大型のモニターにはフラッグ車同士のカーチェイスが映し出されている。

 こんな状況でも観戦しているのは、ホリ車の機関砲で戦う水田とそれを追い掛けるM24という、これまでの戦車道の試合では見ることが無かった光景に盛り上がっていたからだ。

 

「あのM24。何で機関砲潰さないのかしら」

 

「生身の人間がいるからでしょ。下手したら大怪我だけじゃ済まないわ」

 

 周りが盛り上がっている中、冷静に試合の分析をしている女子生徒がいた。西沢姉妹だ。宇都宮校は既に2回戦を突破し、準決勝に駒を進めている段階だった。

 試合まで暫く期間が空くので、花蓮が延岡校の試合を見たいと言って現在に至る。麻美は興味無かったそうだが、暇だからという理由で付き添いとして付いてきていた。

 

「後部に機関砲を載せるとはね。中々斬新なアイデアじゃない?」

 

「どうでも良いわ。あの戦車がフラッグ車になっている時点で負け確定みたいなもんじゃない」

 

 興味なさげにモニターを見る麻美に対して、花蓮はホリ車の動きを見逃さないように目を据えた。

 

 

「織田ぁ!もっと飛ばせないのか!追い付かれるぞ!」

 

「この雨の中でこれ以上飛ばしたらスリップしますよ!なるべく応戦してください!」

 

「残弾が無いって言ってるだろ!」

 

 どしゃ降りの中で機関砲を撃つ水田の怒号が市街地に木霊する。着ている戦闘服と履いているブーツは雨水でぐしょぐしょになっているので動きづらくなっている。そんな中で機関砲を撃ちまくっていたが、遂に弾が切れてしまった。

 

 もうこれ以上応戦することが出来ないので車内に駆け込み、濡れた手で地図を広げて現在位置を再確認する。

 このまま進めば用水路に行き当たるが、そこまで逃げ切れる状態ではなくなった。指で現在走っている場所を辿っていくと、50メートル先に左に反れるルートがあった。

 左に反れて進んでいくと、丁度市街地の中心点に突き当たる。そこから右に曲がって進んでいけば再び用水路に行き着くことが出来る。

 

「織田!ルート変更だ!50メートル先に左に曲がる道があるからそこに飛び込め!」

 

「50メートル先を左ですね?了解、掴まって!」

 

 アクセルを目一杯踏み込んで限界ギリギリまで加速する。車内で立っている水田はよろけてこけそうになった。

 

「おい!これ以上加速したらスリップするんじゃなかったのか!」

 

「そのスリップを利用するんですよ!ほら来ましたよ!」

 

 水田が指示した左折するところまであと10メートルを切った。後ろで追っているM24は後数メートルの距離まで迫っている!

 ここで急ブレーキを掛けて左側の操縦レバーを限界まで倒す。車体は左に傾いて横滑りし、車内は悲鳴が響き渡る。そんな中でも織田はニヤッと不適な笑みを浮かべている。

 横滑りの影響で履帯が今にも切れそうになる。織田は道を捉えるとすぐアクセルペダルを踏み切って加速し、車体は前へ前へ進もうとする。

 履帯は地面を捉えきれず滑っている。ここでアクセルを一旦緩めて速度を落とし、操縦レバーから伝わってくる感覚で履帯が地面を捉えたと確信すると、再び目一杯アクセルを踏み込む。すると徐々に前進し始め、角を曲がって抜け道に飛び込めた!

 

「よっしゃぁ!どうですか!私の操縦技術!」

 

 誇らしげにガッツポーズを決める織田に対して、水田はふらふらになりながらこう言った。

 

「織田ぁ!二度と人が乗っている時にするな!!」

 

 

 ホリ車に逃げられた琴葉は、すぐ地図を見返して敵がどう逃げるのか詮索した。

 敵の動き方からして、あの左折は予定外の行動だと推測した。さっき曲がった場所以外でも曲がれた場所は幾つもあった。つまり、元々曲がる予定は無かったということだ。このまま直進した場合、行き着く場所は用水路だ。

 理由は分からないが、ホリ車は用水路を目指していたということになる。琴葉は無線機を手にとって、姉の琴音に連絡した。

 

『・・・で?逃がしたと言うわけ?』

 

「いや、その・・・車体を横に滑らせながら曲がって行っちゃったから追い掛けようがなくて・・・」

 

『寝ぼけた事言ってんじゃないわよ!見つけたらすぐ連絡しなさいよ!!』

 

「で、でも・・・」

 

『でもじゃない!通信切るわよ!』

 

 スピーカーから乱暴にマイクを叩きつけるような音がしたと同時に無線が切れた。琴葉は車内無線でこう告げた。

 

「・・・次の角を左に曲がって直進して。そうすれば、ホリ車に追い付ける」

 

 誰が見ても分かる程の放心状態だった。取っ手は掴んでいるが、車体の揺れに合わせるように体が揺れている。

 しかし、他の乗員はそんな琴葉に目もくれず、自分の作業を全うしていた。

 

 

 M24を振り切ったホリ車はそのまま直進し、市街地の中心点に向かっていた。

 水田はその間にタオルで手と頭に付いた雨水をガシガシと擦りながら拭き取っていた。着ている戦闘服は水辺で泳いできたように雨水が滴り、足元に小さな水溜まりが出来ている。

 

「大分進路が逸れた・・・加藤隊長に連絡しないとな」ヘッドセットを取ってマイクを口元に近付ける。

 

「こちら、ホリ車水田。加藤隊長、どうぞ」応答を求めたがスピーカーからは雑音しか聞こえてこない。

 まさかと思い、キュウポラから頭を出して後ろを見た。そのまさかは当たっていた。通信用のアンテナが折れていたのだ。恐らく倉庫を突っ切った時に折れたのだろう。

 

「全員、そのままで良いから聞け。無線用のアンテナが折れた」

 

「えっ!?じゃあ味方と交信出来ないってことですか!?」

 

「落ち着け秋川。アンテナが折れたとなると、交信出来る範囲も狭まる。取り敢えず、加藤隊長との合流ポイントに移動するぞ」

 

 今出来ることはこれしかない。近くに味方がいないかとも考えたが、この状況ではその望みも薄いだろう。

 暫く直進していたホリ車は、敵の目を警戒して何度かルートを変更し、用水路へ向かうルートに戻ったのはそれから10分近く経ってからだった。

 近くに味方がいないかと思い、交信を試みたが返答は返ってこなかった。水田は予定通りの作戦で行動すると告げた。

 雨は更に勢い増している。測距儀を通して外を見ると、雨水でレンズが濡れていた。少し違うが、あの時と状況が似ている。67年前の、あの時と・・・

 

「まるで、67年前に戻ったような気分だな」水田の一言に伊藤は目を丸くした。

 

「67年前、ですか?」

 

「あの時の夜の事だ。こんな感じで雨が降ってただろ?」

 

「・・・そんなことありましたか?」

 

「戦死する直前だ。こんな感じだっただろ?」

 

「水田さん・・・何言ってるんです?」伊藤はきょとんとした目で水田を見た。流石の水田も、これは冗談ではないと察した。

 

「お前、覚えてないのか?インパール作戦遂行中に・・・

 

 その時だ。

 ドンッと強い衝撃が車内に伝わってきた。至近弾が爆発したのだ。外を見て後ろを確認すると、さっき振り切った筈のフラッグ車のM24が追い付いてきたのだ。

 

「敵が来たぞ。さっきのM24だ。振り切れるか?」

 

「ドリフトしても良いならいけると思いますよ?」

 

 織田が再び不適な笑みを浮かべる。水田は「またか」と思わせるように深い溜め息を吐く。

 ドリフトには懲りたばかりだが、もっと重大な問題がある。履帯に掛かる負荷が大きいのだ。横に力が掛かるので次にやったら切れる恐れがある。

 

「そのやり方だと履帯が切れるんじゃないのか?」

 

「大丈夫ですよ。雨で路面が濡れてるんで、スケートでもする感覚でいけますって」

 

 事の重大性を理解しているのか、淡々とした口調でドリフトを薦めてくる。しかし、この状況では最も有利な方法とも言える。

 角を曲がるときに減速すれば、その間に距離を詰められてしまう。ドリフトで車体を滑らせれば、減速すること無く曲がれる・・・追手は更に距離を詰めてくる。これ以上迷っている余裕は無い。

 

「・・・お前の操縦に任せる」

 

 水田は一言だけそう告げた。

 織田は頷くと、アクセルペダルを一気に踏み込んだ。エンジンが猛獣のように唸り声を上げて、速度計の針が徐々に上がっていく。

 用水路のガードレールが見えた。距離は後50メートル弱と言った所だろうか。織田の目が険しくなり、操縦レバーを握る手に汗が滲んだ。

 後10メートル!ここで右のレバーを一気に引く!金属が擦れる音が車内に響いた。車体は右に傾き、氷の上でも走っているように車体が滑っていく!

 タイミングを合わせて右のレバーを前に倒す!履帯は雨水のせいで空回りを起こしたが、地面を捉えて車体を前に押し出そうとする。一瞬マフラーがガードレールを掠めたが、織田は態勢を立て直して前進させた!

 

 

 雨音をかき消すような金属音が響き渡り、呆然と突っ立っていた琴葉がハッと我を取り戻した。

 外を見るとホリ車が先程見せたドリフトで角を曲がっていた。この場面を見た琴葉の脳裏に、嫌な予感を感じた。このまま行けば、ガードレールを飛び越えて用水路に落ちてしまう!

 

「操縦手!ブレーキ!早く!!」

 

 操縦手はブレーキペダルを思いっきり踏みつけて減速を試みた。車体は水面を走るように滑り、ガードレールに突っ込んでいく!

 

「衝撃に備え!!」琴葉の叫び声が響く。車体は勢いが付いたままガードレールに突進したが、突き破ることはなくビリヤード玉のように弾き出された。

 車体はブロック塀に衝突して更に弾かれ、車体後部がガードレールを突き破って漸く停車した。車体は用水路側に傾いている。

 

 

 凄まじい音がしたので後ろを見ると、M24の車体後部がガードレールを突き破って用水路側に傾いていた。その様子を見ていた水田は停車するように指示し、ホリ車を降りた。

 

「水田さん?何してるんです?」

 

「決まってるだろ!救助するんだ!伊藤!ワイヤーを用意しろ!織田はそのまま後退!神原は休戦旗を出せ!青い旗だ!秋川は俺と一緒に来い!」

 

 指示を出し終わると早足で駆け寄った。ガードレールとブロック塀に衝突したせいで車体は前が軽く凹み、転輪は1つが欠けていた。まだ白旗が上がっていないのは、辛うじてエンジンが動いているからだろう。

 

「おーい!聞こえるかぁ!引っ張るから動くなよぉ!」

 

 M24の乗員たちは朦朧とする意識の中で誰かの声を聞いた。乗員の保護を第一に設計されているお陰か、衝撃で気絶しているだけで怪我人はいなかった。

 ホリ車を前に付けると、水田と秋川がワイヤーで2輌を繋ぐ。シャックルが掛かった事を確認すると、秋川が前進の合図を送る。

 ワイヤーが張り、ゆっくりとM24を引いていく。履帯がスリップするが、アクセルワークで切り抜ける。

 

「水田さん!敵です!真正面!!」

 

 伊藤が叫ぶ。言われた方角を見ると、4輌組のM24が迫っていた。水田は「交戦はするな」と諭し、「救助に専念するように」と指示した。交戦する意志が無いと示せば攻撃してこないだろうと思ったのだ。

 しかし。その思いを叩き壊すように敵は攻撃を仕掛けてきた!まさかの事態に水田と秋川は急いで車内に戻る。

 

「くそっ!秋川!あのM24に通信を繋げろ!休戦旗が見えてないんだ!」

 

 秋川はヘッドセットを付けると無線機に手を掛け、周波数を変えながら交信を試みた。

 

「ダメです!繋がりません!」

 

「なら加藤隊長に繋がるか試してくれ!この用水路の上流側で待機してる筈・・・

 

 バキンッ!

 鈍い金属音が車内に響き渡った。その直後、車体が後ろに引っ張られ始めた。織田が青ざめた顔で操縦レバーを動かしている。

 

「履帯が切れました!!多分・・・両方です!!」

 

「脱出だ!!急げ!!」織田は脱出までの時間を稼ぐためにサイドブレーキを限界まで引いた。その間にも徐々に用水路に落ちていく。

 先に織田と秋川が飛び降り、次に神原と伊藤が飛び降りた。その直後、2輌の戦車は高い水柱を上げながら濁流の中に落下した。

 

「あれ?水田さんは!?」秋川が周囲を見渡す。水田の姿がない!

4人は用水路に近付いてホリ車を見る。

そこにはキュウポラから上半身を出し、濁流を凌いでいる水田の姿があった。

 今のところホリ車は車体の下半分が、M24は砲塔の下半分が水に使っている状況だった。

 

「水田さん!?何やってるんですか!!」

 

 秋川が呼び掛けるが、水田は応答しない。体にロープを巻き付けた後、ヘルメットに端を結んで叫んだ。

 

「お前ら!このロープを受け取れ!!」ヘルメットを勢い良く投げると、ロープも一緒に飛んでいく。4人がロープを掴むと、ホリ車の天板に立って再び叫ぶ。

 

「良いか!?今からM24に飛び移る!そのロープを離さないようにしっかり握っとけよ!」

 

 濁流の勢いで車体が揺れる。水田は天板の上で加速し、右足で思いっきり蹴って飛び出す!ギリギリで足がM24の天板を捉えた!滑らせて転びそうになるが、何とか立て直してキュウポラに駆け寄り、蓋を開けた。

 

「おい!大丈夫か!!」車内には虚ろな目で水田を見る車長らしき人と、砲手席に1人、装填手と思われる女子生徒が気絶していた。

 

「・・・あ、あなた・・・ホリ車の機関砲を撃ってた・・・ここで何を・・・?」

 

「良く聞け!俺は水田隼!ホリ車の車長だ!俺たちは用水路に落ちた!雨のせいか水流が早い!乗員は何人居る!?」

 

「・・・5人。操縦手と前方機銃手が前に・・・」

 

「分かった!悪いが、乗員たちを起こしてくれ!俺が入ったら動けなくなるからな!それとあんたの名前は!?」

 

「・・・はら・・・原、琴葉・・・車長」

 

 水田が呼び掛けている時。秋川たち4人はロープを掴んで様子を見ていた。すると撃ってきたM24が近づき、乗員達が降りてきた。

 

「あんたたちバカじゃないの!?お陰であんたらの仲間が彼処に落ちたのよ!!」

 

 織田がホリ車とM24を指差しながら怒鳴る。その直後、ルノー乙型が到着し、加藤が慌ただしく降りてきた。

 

「ちょっ何があったの!?」秋川が事情を説明する。

 

「フラッグ車のM24が落ちそうになって救助していたんですけど、ホリ車の履帯が切れて一緒に落ちたんです!今水田さんが向こうに!」

 

「嘘でしょ!?救助隊は呼んだの!?」

 

「まだです!」

 

 事情を理解した加藤はルノー乙型に戻って本部に救助隊の要請と、他の味方に集合するように言った。救助隊は既に出動したというが、到着まで時間が掛かるという。加藤はガードレールに手を付いて水田に向かって叫んだ。

 

「水田くん!救助隊が来るまで持ち堪えられそう!?」

 

「そんなの待ってたら流されます!!今から救助します!お前ら!今から救助者をロープで結ぶ!合図を確認したら思いっきり引け!」

 

 車内で気絶していた乗員は琴葉が起こし、事情を説明してくれた。乗員全員が砲塔内に集まると、水田が「1人ずつ救助する」と言い、自分を繋いでいたロープをほどき、救助者に巻き付けてきつく縛った。

 

「絶対ロープから手を離すなよ。良いぞ!引けぇ!!」

 

 水田の合図を聞いて4人が一気に引いて繰り寄せていく。引き寄せるとすぐに秋川と伊藤がロープをほどき、織田と神原が救助者の介護をする。

 ほどいたロープはすぐに水田の元に投げ返され、受け取った水田は次の救助者にロープを巻き付ける。確認したら合図を送って引っ張って貰う。これを繰り返し、何とか4人を救助した。

 最後の1人は車長の琴音だ。水田はロープを受け取り、琴葉と一緒に巻き付けて縛り始めた。2人同時に脱出する算段だ。

 

「よし・・・行くか」そう呟き、引いて貰うように合図を送ろうとした・・・が、何か違和感を感じた。あれだけ荒れていた水流が少し穏やかになっている。雨はまだかなりの量で降っているに、これはおかしい。

 

「水田さん!!急いでください!!鉄砲水です!!」

 

 秋川が上流側を指差しながら叫ぶ。津波が迫ってくるような威圧感だ。今から引いて貰っても間に合わない。

 

「ロープから手を離せ!巻き込まれるぞ!!」

 

「何言ってるんですか!そのまま置いていけませんよ!!」

 

 秋川たちが引こうとした瞬間。水田はロープをほどいて琴音と共にホリ車に移った。

 その直後。濁流がホリ車とM24を飲み込み、一瞬だけ姿を消した。水が引き、2輌の戦車が姿を見せたが水田と琴葉の姿は見えない。

 この時。秋川たちに過ったのは考えたくもない最悪の結果だ。水に流され、消えた。漸く到着した延岡校の生徒たちは、何が起こったのか理解するまでに時間が掛かった。

 盛岡校の生徒たちも、何も言わず用水路を眺めている。井深が加藤に近寄って声を掛ける。

 

「何が・・・あったの?」

 

「・・・水田くんがあのM24の乗員を救助してたの。後1人ってところで・・・水が・・・」

 

「あ・・・ああ・・・あああああああ!!!」

 

 突然1人の女子生徒が絶望の淵に立たされたように泣き出した。と思ったら、用水路に向かって駆け出して飛び込もうとした。そこを秋川が両脇を抱えて止めに入った。

 

「ちょっ!何やってんですか!!」

 

「離してぇ!!あのフラッグには・・・琴葉が・・・妹がぁ!!」

 

「妹!?まさか、水田さんと一緒にいた人ですか!?」泣き叫んでいたのは盛岡校の琴音だった。琴音はこくこくと頷き、ヘナヘナと座り込んでしまった。

 

「妹って。だったら何で私たちを攻撃したのよ!!あんたのせいで水田さんが・・・私たちの隊長が!!!」

 

 織田が琴音の胸ぐらを掴んで殴り掛かりそうになったので、秋川たちが止めに入り無理やり引き剥がした。何とか宥めようとするが全く聞き入れようとしない。

 

「おい!ホリ車のハッチが動いてるぞ!」

 

 盛田がホリ車を指差した。すると、ハッチが開いて水田が顔を出した!軽く咳き込みながら手を振っている。

 

「誰か・・・ロープ投げてくれ!原車長も一緒だ!早く!!」

 

 

 

 30分後。

 水田たちは会場に戻っていた。気付けば雨は止んでいたが、まだ空は雲で覆われている。

 本部の方はどちらかの勝利とするか、引き分けとして後日もう一度再試合とするかで審議している。

 両者のフラッグ車が水に浸かったせいで白旗を上げる『判定機』が故障してしまい、正確な判断が出来ないというのが理由だ。

 

 状況的に見て、あの時点で盛岡校のフラッグ車は戦闘不能に近い状態だった。対して延岡校のフラッグはまだ戦闘可能な状態だったという意見が1つ。

 あの時点でまだ両者とも戦闘可能な状態だった。両者ともほぼ同じタイミングで用水路に落下し、どちらが先に戦闘不能となったか正確に判断が出来ないので、ここは後日再試合とすべきという意見が対立している。

 

 そんな中。水田は三吉と一緒に回収されたホリ車のエンジンを見ていた。水田はまだ水が滴る戦闘服を着用したままだった。

 ホリ車は水田が救助された後で引き揚げられたのだが、エンジンを含めた重要な箇所が水に浸かってしまった。

 履帯には流された石や泥が詰まり、枝まで引っ掻けていた。砲身にも水が入ってしまい、内部はゴミだらけになっている。

 点検口を開けてエンジンを引っ張り出したところ、泥や木葉が混じった水が出てきた。これを見た三吉は一目見て顔をしかめた。

 

「あー・・・確実にエンジンに水入ってるわ。エンジンだけじゃなくて電気系統も全部やられてるだろうし、全部修理するなら1週間、いや10日・・・かな」

 

「・・・そうですか」

 

「ところで。加藤から聞いたんだけど、水に飲み込まれる直前にホリ車に戻ったんだってね。何で?」

 

「普通の戦車と違って水の侵入箇所が少ないと思ったんです。砲塔が無いんで、M24に戻るよりは安全かと。ホリ車の後部に空薬莢を捨てるためのハッチがあって助かりました」

 

「水田さん。ちょっと・・・」秋川がそっと近付いて話し掛けてきた。「加藤隊長が呼んでます。話があるって」

 

 

 秋川に連れられ、作戦会議用のテントの前まで来た。中に入ると、加藤と盛岡校の制服を着用している女子生徒が2人立っていた。その内の1人は、先程水田が助けた琴葉だった。

 

「お。来たね。こちら盛岡校隊長の原琴音さん。私と水田くんに話があるって」水田は2人を見て軽く会釈する。

 

「・・・それで、話とは?」質問すると、琴音が一歩前に出て頭を下げた。

 

「あなたたちには本当に申し訳ないことをしたわ。味方を救助していたのに攻撃してしまった・・・休戦旗の存在に気付けなかった私のミスよ。それと、あんな危険な状況だったのに・・・妹たちを助けてくれて、本当にありがとう」

 

 琴音の顔から1粒の涙が溢れ落ちた。それを見た水田は少し焦りながら言った。

 

「いや、その・・・顔を上げてください。もう終わった事ですから」そう言うと琴音は顔を上げて、加藤の方を向いてこう言った。

 

「本部が私たちの再試合を審議してるのは知ってるわよね?」

 

「ええ。それが何か?」

 

「その事何だけど、私たち盛岡校は今回の試合を辞退することにしたわ」

 

「ええ!?辞退って、そこまでしなくても」

 

「いいえ。私はそれだけのミスを犯した。こんな状況で準決勝に挑めない・・・これが罪滅ぼしになるとは思ってないわ。次の試合、頑張って」

 

 琴音はまた頭を下げ、琴葉を連れてテントを出ようとした。

 

「あまり自分を責めないでくださいよ」水田が呼び止めるように話し掛ける。

 

「自分は責める気無いですけど、あなたがその調子だと今回の一件を気にしすぎるんじゃないかと心配になります。余計なお世話でしょうけど、あなたは隊長だ。その調子でいたら他の生徒たちの士気に影響しますよ」

 

「・・・分かったわ・・・ありがとう」

 

 水田は手を差し出した。琴葉はその手を握り返し、涙を流しながらも笑顔を見せた。

 

 

【平成24年5月12日 雨

 久々に命の危険を感じた。戦場で感じる危険とはまた違う物があると初めて知った。戦場だとまだ生き残れる可能性があるが、自然が相手だとその可能性が低くなるからかもしれない。

 対戦相手の盛岡校は試合を辞退した。隊長の原琴音は、今回の事を特に気にしていた。妹を危険な目に遭わせてしまった事をかなり悔やんでいるのかもしれない。あまり気に病まないことを祈るばかりだ。

 そして今日、妙な事に気づいた。装填手の伊藤がインパール作戦の事を忘れていた。いや、覚えがないと言った方が正しいかもしれない。そんな事など無かったと言っているような素振りだった。

 そこまで気にする事では無いかもしれないが、どうも引っ掛かるので書き留めて置こうと思う。あの時の記憶は、そう簡単に忘れられるものでは無いからだ・・・】

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