転生の戦車兵『銀鳩班』    作:タンク

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前回のあらすじ

味方が3輌故障し、戦力が半減した延岡校。
対戦相手の盛岡校は戦略シミュレーションプログラム、『TSS』を用いて、動きを全て予測しているという。
戦力は半減し、こちらが立てる戦略は全て読まれるという、今までに無い絶望的な状況に加藤たちは悲観する。

しかし。水田はその絶望的状況を逆手に利用することを思い付く。
戦車を背中合わせで繋ぎ、全方位をカバーしながら反撃するという戦略で、接近してくるチャレンジャー、アヴェンジャーを撃退する事に成功する。
最後は別行動を取っていたEratzM10が敵の死角から攻撃した事でフラッグ車の撃破に成功し、延岡校の勝利となった。

準決勝から2日。
残すは決勝戦のみとなった延岡校に、招かざる客が足を運んできた。
宇都宮女学院の隊長と副隊長、西沢花蓮と麻美だった。すると花蓮が酉沢の方を見て、「やっと見つけたわ。沙樹・・・いや、ここでは『酉沢』と呼んだ方が良いかしら?」と、酉沢の名前を呼んだ。『酉沢』は西沢流の後継者だったのだ。


第拾六話 それぞれの思い 消えた記憶

 花蓮と麻美はじっと酉沢を見ていた。

 いや、正確に言えば『酉沢』では無く『西沢』という事になる。水田たちには何が何だか分からず唖然としていた。

 

「酉沢さん・・・?どういう事?」加藤が質問するが、当の本人は今の状況が理解出来ないのか言葉を詰まらせている。すると、麻美が溜め息を吐いてこう言った。

 

「『酉沢』ねぇ・・・全校に配られる出場名簿に似たような名前があるなとは思ってたけど、そんなんで誤魔化せると思ったの?わざわざ髪まで染めちゃって。お姉ちゃんの言うとおりにしてればこんな面倒な事にならなくて済んだのに」

 

「麻美。余計なことを言わないの」

 

「だってそうでしょ?宇都宮女学院の入学1週間前に私たちの前から消えた。電話しても繋がらないし・・・良い迷惑よ・・・ったく」

 

「良いじゃない。こうして再会出来たんだし・・・決勝前に会えて良かったわ。さぁ、帰りましょう」

 

 花蓮はそう言って手を差し伸べた。黙って見届けていた加藤だが、流石にこれは流せない。「ちょ、ちょっと待って!」と慌てて2人の間に割って入って止めた。

 

「帰りましょうって、勝手に連れて帰られても困るんだけど!?」

 

「別に困ることなんて無いでしょ?そもそもの話、こいつもあたしたちと同じ『西沢流』の血を受け付いてんのよ。こんな弱小校で真価が発揮出来る訳ないじゃん。まぁでも、こいつは出来損ないだし。何処に行っても同じだろうけど」

 

 花蓮が鋭い目付きで睨む。流石に言い過ぎたかとすごすごと引っ込んだ。

 

「あの子の言うことは気にしなくて良いわ。さぁ、行きましょう」

 

 花蓮が沙樹の手を握る。しかし、沙樹はその手を振り切った。

 

「嫌・・・私は戻らない!私は堅苦しいのは合わないの!だから出ていったのよ!!お姉ちゃんに何を言われても、戻る気はないの!!」

 

 花蓮はその頬をひっぱたいた。パシン!という音が喧騒を奪っていった。

 沙樹も唐突な出来事に処理が追い付いていない。

 

「我が儘言うんじゃないの!私たちがどんなに心配したか分かってるの!?あなたも私たちと同じ、西沢流の後継者!勝手な行動は慎まなければならないのよ!!」

 

 花蓮の怒号が格納庫内に響き渡っていく。「さぁ、行くわよ」。そう言って沙樹の手を取り、連れていこうとする。

 

「待て。勝手に連れてかれるのは困るんだが」

 

 花蓮と麻美が水田を見る。麻美は軽く嘲笑すると、威圧的な態度で近づいた。

 

「あのね。こいつも『西沢流』の後継者なのよ。これはあたしたち()()()()()、部外者が突っ込んで来るんじゃないわよ」

 

「流派の後継者だとかはどうでも良い。何があったのかは知らないが、そいつが自分の意思でここに来ている以上、勝手に連れていこうとするのはお門違いだろう」

 

 両者一歩も譲らない姿勢を見せたが、水田はすぐ麻美から離れて花蓮の方に近寄っていく。

 

「重要なポジションの人間が欠けるのがどれだけ困るか、分かっているだろう。そいつは立派に、車長としての責務を果たしているんだ」

 

「・・・あり得ないわ。この子は隊列から離れて、勝手に行動する癖があった。だから操縦手の籍に置いていたのに」

 

「お姉ちゃんは・・・いつもそうじゃない!」再び手を振りほどき、涙目で訴える。「私が何かしようとすれば『危険だ』とか何とか言って、私を縛り付けていた!だから離れたのよ!」

 

 感極まったのか泣き出してしまったので、伊藤が近付いて宥めた。花蓮が近付こうとしたが、水田がその前に立ちはだかった。

 

「代々受け継いできた物を守る事がどんなに大事かは良く分かる。だがな。それ以前に『個人の意見』を尊重しようと言う気は無いのか?今はこうして離れているが、いずれは戻る気でいるかもしれないだろう?」

 

 そう聞いた沙樹は顔を上げて水田を見た。(何言ってんの!?戻る気は無いのよ!!)そう心の中で叫んだが、声に出す前に花蓮は納得したように「良いでしょう」と言った。

 

「決勝戦で私たちに勝ったら、この身勝手な振る舞いを水に流すわ。どうするかはあなたの自由にすれば良い。もし負けたら、どんな理由があろうと戻って来ること。それで良いわね」

 

 沙樹が答え終わる前に花蓮は背を向けて歩き出していた。麻美が慌てて後を追ったが、足を止めて視線だけをこちらに向けた。

 

「先に言っておくけど・・・負ける気は無いわ。今回はいつも以上に真剣に挑ませて貰うわよ」

 

 冷酷かつ鋭い視線に加藤たちはたじろいだ。しかし、水田はフッと鼻で笑った。

 

「それは助かる。本気で挑んで貰わないと、こっちとしてもやりがいが無いからな」

 

 皮肉な返しをしたからか、目付きがより一層厳しくなった。それでも水田は動じなかった。2人は無言のままその場を去っていった。

 姿が見えなくなると同時に、沙樹が水田の胸ぐらを掴んで怒鳴り始めた。

 

「どういうつもり!?私は戻る気なんて無いのよ!!勝手に約束を取り付けて、お姉ちゃんを本気にさせた!あんたお姉ちゃんが本気出したらどんなにヤバイか分かってんの!?」

 

「落ち着けよ。さっき言ってたろ?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 そう言われた沙樹は、ゆっくりとその手を離した。水田は乱れた服装を直し、話続けた。

 

「規則さえちゃんと守るなら、相手が強豪だろうと本気で挑んでこようと知った事じゃない。真っ向勝負で来るならこっちもその勝負を受ければ良い。そうだろ?お前ら」

 

 視線を秋川たちに向けた。皆、「その通りです」と言っているように頷いている。

 それを見た加藤は、「よし!」と気合いを入れるように声を張り上げて言った。

 

「さて、と。訓練を始める前に、山積みになっている問題を片付けないとね」

 

 山積みの問題・・・決勝戦に向けての戦略もあるが、もっと重大な問題がある。準決勝で故障した戦車の損傷状況だ。

 

 乗員たちは第二格納庫で整備をしている三吉を尋ねた。

 準決勝から2日。整備班は故障車の修理に明け暮れている。三吉は訪ねて来た水田たちを見て、神妙な顔で現在の修理状況を伝えた。

 

 まずT25E1だが、パワーパックの予備に取り替えることで解決した。変速機とエンジンが一体化しているので、取り替えに時間は掛からなかった。

 

 そして燃料タンクに穴が空いたルノー乙型と冷却系統が損傷したカヴェナンターだが、整備班がいざエンジンルームを開けてみると、予想以上の損傷具合に驚かされたと言う。

 

 ルノー乙型はタンクに燃料ポンプ、そしてエンジンの重要な要となるシリンダーブロックに傷が入っていた。運悪く砲弾の破片が掠めてしまったらしい。

 造られたのは昭和一桁台で、現在戦車道で使われている中では一番古い戦車だ。三吉が部品屋を回って探したが、「型が古すぎる」という理由で見つからなかった。

 整備班は分解整備(オーバーホール)で何とかしようと尽力していたが、こればっかりはどうにもならなかった。

 

 カヴェナンターは試合中の段階ではエンジンとラジエーターを繋ぐホースの繋ぎ目が損傷していた。ガムテープで何重にも巻いていたので気付かなかったが、繋ぎ目に入った亀裂が大きく、「冷却水漏れでオーバーヒートしなかったのが信じられない」と言う程だった。

 更に調べた所。エンジンのバルブ関係が付いているシリンダーヘッドにも損傷箇所があり、マフラーに繋がっている部品のエキゾースト・マニホールドに傷が付いていた。

 こちらも部品を交換すれば済む話だが、「生産数が少ない」という理由で部品が出回っていなかった。

 何か別の方法でと試行錯誤していたが、やはり部品を交換する以外に手は無かった。

 以上の理由を踏まえ、三吉が出した結論は、「別の戦車に置き換える」、それしか無いと言う。それを聞いた織田が首を傾げた。

 

「置き換えるって、調達出来るんですか?こう言うのは何ですけど、戦車道科の予算ってかなり少ないんじゃ」

 

「あぁ、その件なんだけどね。皆がこうして決勝まで勝ち上がってくれたから、学校側も予算増やしてくれたのよ。高いのは無理だけど、それなりの物なら調達出来るわ」

 

 そう言うと、奥の作業台からカタログを引っ張り出してきた。世界各国の重・中・軽戦車だけでなく、試作車から量産型まで様々なタイプが載っている。

 加藤と西沢がカタログに目をやっていると、周りがカタログ見たさに集まり始めた。それを横目に、水田が三吉に近付いた。

 

「三吉整備班長。ちょっと頼みたい事があるんですが」そう言うと、点検のためにジャッキで上げられているホリ車を指差した。

 

「ホリ車の車体を改造してくれませんか?」

 

 突拍子もない申し出に、三吉は戸惑いを見せた。車体を改造するとは、一体どういうつもりなのか。

 

「改造って、どうするつもり?」

 

「戦闘室を後部に移して、エンジンを中心部に移してください。それと、車体前面の装甲を傾斜させてください」

 

 水田が要求した車体の形状は、過去にネットで見たホリⅠ型そのものだった。

 三吉は内容を聞いてすぐ理解したが、ある懸念を口にした。

 

「出来なくは無いけど、そんな改造したら貴重な火力を大幅に減らすことになるわよ?」

 

 現在。水田たちが搭乗しているホリⅡ型の主な装備は、105㎜の主砲。37㎜の副砲。そして車体後部に取り付けた2連装の機関砲が1基となっている。

 車体形状をホリⅠ型として、車体前面の装甲を傾斜させた場合。まず前面に取り付けてある副砲が無くなる。そして戦闘室を後方に移す際に機関砲も退かす事になる。

 残るのは105㎜の戦車砲1門のみ。固定式戦闘室を持つホリ車にとっては、この大幅な火力削減は致命的とも言える。

 

「分かってます。ですが、ホリ車そのものの性能を活かすにはそれが良いんです」

 

 水田は三吉に、火力を減らしてまで改造する理由を説明した。

 ホリⅡ型の車体形状は多砲塔型である。

 副砲があることで攻撃手段が多いこと、主砲の装填中でも攻撃出来ることが利点であった。

 しかし。副砲は『対歩兵用火器』としては充分な能力を発揮するが、『対戦車用火器』としては火力不足が顕著に目立ち始めていた。

 更に主砲弾の搭載スペースを圧迫し、主砲弾の携行弾数が少ないという問題もあった。

 勝ち上がって行く度に満足に活躍出来る場面が減っていき、いつの間にか『無用の長物』と化していた。

 もう1つの狙いとして、副砲を撤去すれば秋川が通信手として専業化出来るという目論みもあった。

 

 そしてこの現世では、2回戦からエンジン部の上に機関砲を2連装で増設している。

 始めの内は後方からの驚異に対抗出来る手段が出来たと安心していたが、いざ運用してみると重量が増えた事による加速性能、最高速度の低下し、機動面に難が出てきていた。

 水田が射撃を担当していたのだが、運用している最中に車長としての責務を満足に果たせないと言うことも気掛かりだった。指揮に遅れが出れば、戦況が不利になりかねない。

 載せた後に気付かされる事もあるんだと、改めて痛感させられた。

 

 車体前面を傾斜させる理由については、装甲前面が垂直になっているので、前面が貫通されやすい傾向にあったからだ。傾斜を付ければ、防御力の向上が望める。

 相手は大口径砲を持つ戦車ばかりだ。傾斜装甲がどれ程の効果を発揮するかは、過去の大戦が証明している。

 火力を減らすのは痛いが、主砲弾の携行数を増やすこと、乗員の負担軽減。防御力の向上、エンジンを最大限活かすためにはやむを得ないと考えていた。

 これは秋川たちとしっかり話し合って決めた事。始めは多少の反発もあったが、それでも最終的には全員が了承した。

 

「成る程ねぇ。乗員の専業化と防御力の向上か・・・改造するのは良いけど、時間掛かると思うよ?」

 

「構いません。だって旧日本軍の戦車は人気が無い、ですもんね」

 

 

 その日の放課後。時刻は午後6時を回った。

 誰も居なくなった格納庫に、加藤の姿があった。その目線の先には、エンジン部のハッチが全開で開けられているルノー乙型の悲しき姿があった。

 側に置かれているエンジンスタンドには、下ろされて分解してある壊れたエンジンが置かれている。

 昭和5年から現在に至るまでの82年間。約7.8tの車体を動かし続けた4気筒水冷式の心臓部は分解され、最早自力で回る事は叶わない。

 

「何してるんです?」後ろから声を掛けられ、驚いて振り返ると水田の姿があった。「帰ろうと思ったら格納庫に入っていく所が見えたんで」

 

 そう言うとルノー乙型に近付き、サッと敬礼した。その光景を見て首を傾げている加藤に、水田はフッと笑った。

 

「戦車に向かって敬礼するのは、変ですかね。今まで一緒だった仲間に対しては、こうするのが1番かと思いまして。じゃあ、これで」

 

 加藤に一礼すると、出口に向かって歩き出した。「・・・何でだと思う?」足を止めて、再び加藤の方を向く。

 

「何で・・・とは?」

 

「私がこの戦車に乗り続けていたこと。武装も貧弱で、装甲も対して無いのに、何で乗り換えなかったのか」

 

 言われてみれば、加藤は原田や他のメンバーからも「乗り換えた方がいい」と警告されていた。にも関わらず、乗り換えることなく準決勝まで進んだ。

 特に気にしていなかったが、何か理由があったのは気になる。

 

「予算の都合上で、と思っていましたけど・・・違うんですか?」

 

「アハハッ やっぱそう思ってたかぁ・・・まぁ無理もないよね」

 

 加藤は感慨深そうにルノー乙型を見てこう言った。

 

「この戦車と同じやつにね・・・私のひいお祖父ちゃんが乗ってたの。お祖父ちゃんにお父さんも戦車乗りでさ。私もお父さんたちみたいな戦車乗りになりたいって思って戦車道始めたんだ」

 

「戦車乗りの家系だった・・・という事ですか?」

 

「そう。ひいお祖父ちゃんが兵士だった時にこの戦車に乗ってたって聞いてたから、この学校に進学して初めて実物を見た時は驚いたわ。周りがどういう言おうと、この戦車に乗りたい。その一心だったわ」

 

 そう言われた水田は、改めてルノー乙型を見た。

 加藤にとって特別な存在だったと言うことが伝わって来るような気がした。

 いつの間にか加藤は目に涙を溜めて、落とさないように上を向いている。

 

「これに乗っているとさ、ひいお祖父ちゃんが側にいるような気がして・・・何か、どんなにヤバい状況でも、すごく冷静で居られたんだよね」

 

 軽く鼻をすすり、一筋の涙を落とした。「ああ・・・この戦車で、勝ちたかったなぁ」

 

 その様子を見た水田は、ルノー乙型のエンジンの部品が置いてある所から、ピストンを一本取って加藤に見せた。

 

「パーツが見つからない以上、この戦車が息を吹き返す事は無いでしょう。もしかしたら一生このままかもしれません。でも、例え動けなくても、この戦車の思いを携えて戦う事は出来る筈です」

 

 涙を溜める加藤に対し、水田は軽く微笑んでピストンを渡した。

 

「まぁ・・・これを戦車と思って、は無理がありますよね」照れ臭そうに頭を掻く水田に、加藤は涙を拭いてニコッと笑顔を見せた。

 

「ありがとう!水田くんに言われた通りにしてみるね!」その笑顔を見た水田は内心ホッとした。と同時に、何かふと思い返す事があった。

 戦車を前にして、何かを語り合ったような・・・そんな気がした。インパール作戦の当日に・・・当日・・・とうじつ・・・?

 

 

 同時刻。栃木。西沢邸。

 居間では西沢の2人が向かい合って座っていた。友幸とテーブルを挟んで、花蓮が座っている。

 

「全寮制で後1時間で門限だというのに、こうして訪ねてきたと言うことは、沙樹の事だな?」友幸が口を開くと、花蓮が軽い溜め息を吐いた。

 

「『戻る気は無い』と怒鳴られ、男子の戦車道履修生の水田に邪魔されました。『個人の意見を尊重する気は無いのか』と諭されて、何も言えませんでした」

 

「個人の意見・・・か」

 

 

 去年の12月。

 友幸と沙樹は互いに意見をぶつけ合っていた。

 花蓮と麻美がいる宇都宮校に行かせようとする友幸と、行きたくないと拒否する沙樹。どちらも譲る気は無く、延々と言い合っていた。

 友幸はそれが我が孫のためになる事だと思っていたので、何としてでも3姉妹同じ高校に行かせようと説得したが、沙樹はそれを受け入れなかった。

「姉の言いなりになって動くのは性に合わない。だから別の高校に行く」、沙樹はそう言い放った。

 それを聞いた友幸は物凄い剣幕で怒鳴り、反対した。それでも沙樹の思いは変わらなかったようだ。

 

 沙樹は言われるがままに宇都宮校を受験し、今年の1月に合格通知を貰った。その2週間後。いつ受けたのか、延岡校の合格通知が届いた。

 それを見た友幸は、他校を受験したのは事後なので敢えてそこには触れず、「宇都宮に行くように」と言い聞かせたが沙樹は後者を選んだ。

 宇都宮校の入学1週間前に、居間に延岡校の入寮届けと『私は私の戦車道をやる』という書き置きだけを残して姿を消した。

 その時の友幸に怒りという感情は無く、沙樹が本気で出ていったんだと、自分でも恐ろしい程冷静になっていた。

 今更連れ戻そうとしても無駄に終わる。そうまでしてやりたい事なら、そう考えて入寮届けにサインした。

 

 その後は沙樹に仕送りをしたり、寮費を支払ったりと自由にさせた。勝手な事をしたとは言え、勘当することは出来なかった。

 開会式の会場で見掛けた時は声を掛けようか迷ったが、既に別の戦車道を歩んでいる沙樹にどう言えば良いか分からず、何も言えず仕舞いとなっていた。

 この事を花蓮と麻美は知らない。聞かれても「元気にやっている」と曖昧な返事をして誤魔化していた。

 麻美はともかく、花蓮なら絶対に連れ戻すと言い出すだろうと思っていたからだ。

 思っていた通り、花蓮は沙樹を連れ戻すために延岡校に行った。後は聞いた通りである。

 

「お祖父様。何故、沙樹を自由にさせているんですか。他校への入学をあれだけ反対されていたのに」

 

 花蓮の冷たい目が友幸に刺さる。尋問でもされているような気分だ。

 

「3人の孫が同じ高校に行けば安心だと思っていた。だが・・・そんな私の我が儘で、沙樹を苦しめた」

 

「お祖父様。決して、それは我が儘なんかではありません。私たち3姉妹は、離れ離れになってはいけないのです。沙樹には私たちが勝ったらどんな理由があろうと戻って来るように言ってあります。もう、心配される事はありません」

 

 軽く一礼すると、足早に居間を出ていった。

 足音が遠退いていくのを感じながら、友幸は後ろに振り返った。そこには仏壇があり、2枚の遺影が置かれている。花蓮たちの両親だ。

 仏壇の前に正座し、線香を立てて語り掛けた。

 

「お前たちが居なくなってしまった分、しっかりさせなければと厳しく育ててしまった・・・私は、罪深い人間だ・・・」

 

 項垂れる友幸の体をさするように、線香の細い煙が流れていく。あの日と同じ匂いが鼻についた。

 

 

【平成24年 6月29日 晴れのち曇り

 今日は色々あった。酉沢が実はあの西沢姉妹の末っ子で、訳アリでこの学校に来ていたと言うことには驚かされた。

 考えすぎかもしれないが、西沢花蓮の立ち振舞い。ただ妹の身を案じていたというだけでは無いように思える。『過保護』、というのか。何となくそんな気がしてならない。

 さて。話は変わるが、2輌の戦車が引退する事になった。準決勝で受けた損傷が深刻で、部品を交換しなければ直らないという。

 その部品は手に入りにくいようで、修理がいつ終わるのか分からない。短い付き合いとは言え、今まで一緒に戦ってきた仲間が引退するのは、何とも言えない物悲しさを感じる】

 

 自室でいつも通りに日記帳を書いていた水田は、ペンを置いて軽く背伸びをした。

 時計に目をやると、長針が午後11時を指そうとしている。そろそろ寝るかと思い、ベットに視線を向けた。が、また日記帳に視線を戻し、再びペンを手に取ってこう書き加えた。

 

【追伸

 最近、前世の記憶が妙に曖昧になっている。インパール作戦実行の前日辺りから、その先の記憶が抜けているような・・・正確に言えば、『前世で書いた日記と同じ事』が起きている。

 まさかそんな事が・・・と言いたい所だが、現実に起きている事だ。信じたくなくても、信じるしかなさそうだ】

 

 書き終わると、例の日記帳を手に取ってパラパラと捲っていく。昭和19年3月8日の日付が書かれたページの後は、見慣れてしまった白紙のページが続く。

 そろそろ昭和20年4月20日の日付が見える筈。そう思いながら捲っていくが、いつの間にか最後まで捲り終わっていた。

 

(あれ?見落としたか?)そう思い、もう一度パラパラとページを捲っていった。

 何度捲り返しても、昭和20年4月19日と20日に書いたページは出てこない。

 

(何でだ?今度はページが消えた?いや・・・記憶ははっきりしている。確か・・・ホリ車に乗っていて、車外に出た所を・・・いや違う。外に出ていたら爆撃が・・・いや違う。確か敵のコマンド部隊の襲撃が・・・

 

 記憶が、消えた。

 何度思い返しても、あったか分からない断片的な記憶しか出てこない。

 思い出せない。あの時の記憶が無い。前世の自分は死んだ。だからこうして現世に転生している。記憶もほぼそのまま受け継いでだ。記憶が消える等、あり得ないこと・・・

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