転生の戦車兵『銀鳩班』    作:タンク

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前回のあらすじ

決勝戦を控えた延岡校に、西沢姉妹の花蓮と麻美が訪ねてきた。花蓮は酉沢を見て、「沙樹」と名前を呼んだ。酉沢は西沢流の跡取りの1人だったのだ。
花蓮は沙樹を連れ戻そうと説得するが、沙樹はそれを拒否した。水田は「今抜けられては困る」花蓮を説得し、沙樹を庇った。
説得された花蓮は、「勝てばその身勝手な振る舞いを水に流す」と言い残してその場を去った。

問題はまだ山積みであり、故障したルノー乙型とカヴェナンターは部品が見つからず、三吉からは「修理不能だから、別の戦車に置き換えるしかない」と通告される。それに合わせ、水田もホリ車の改造を頼み、戦力の半分が改められる事となった。
これで何も気にせず、決勝に挑める。そう思ったのだが・・・

その日の夜。
日記を書いていた水田は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに気付いた。
そう。前世で書いた日記と同じ事が起きているのだ。前世の日記を開き、戦死する直前に書いたページを探した。しかし。そのぺージは消えていた。
同時に水田自身。戦死した時の記憶が曖昧になり・・・


第十七話 新戦力と共に

・・・名前を付けようと思ってるんですよ』

 

『名前?こいつにか?』

 

『共に戦う仲間だからこそ、名前があっても良いんじゃないかと思ったんですけど・・・変ですか?』

 

『それは構わないが、何で車体番号なんだ?もう『チハ』という名前が付いてるだろ』

 

『そうですけど。その『チハ』って言う呼び名って、日本の戦車の区分を指してるだけじゃないですか。しかも同じ名前の車輌は数多くありますし、車体番号なら個性が出せるじゃないですか』

 

『ああー、成る程な・・・

 

 

 

『ピピピッピピピッピピピ・・・

 

 朝の6時半。

 セットしていた時刻に、目覚まし時計のの電子ベルが鳴り出す。同時に、机に突っ伏していた水田が跳ねるように飛び起きた。

 辺りを見渡す。窓に目をやると、カーテン越しに朝日が差し込んでいた。

 前世の記憶を辿っているうちに寝てしまったらしい。机には白紙で広げられた日記が置かれている。

 その上で寝たからか、見開いているページはシワだらけになっていた。

 

(・・・夢?いや、あの会話には覚えがある。確か、秋川が・・・いや、中島が話し掛けて来たんだ)

 

 昭和19年3月7日。

 インパール作戦決行の前日。

 乗機であるチハ車の側で煙草を吸っていた引田の元に、中島が近寄って来て「この戦車の車体番号はいくつですか?」と尋ねて来た。

 その理由を聞くと、「これから一緒に戦う仲間だし、親近感を上げたいから名前を付けたい」と言ってきたのだ。

 既に『チハ』という名前が付いていたのだが、『チ』は『中戦車』を指し、『ハ』は作られた順番を指しているだけだし、同じ名前の車両でも車体番号ならバラバラで個性が出しやすいから言う理由だった。

 

(車体番号の語呂合わせで名前を作ろうとしたんだっけ。車体番号は確か・・・)

 

 忘れてしまった。元々数字の羅列を覚えるのはそこまで得意じゃない。

 色んな数字を思い浮かべ、語呂合わせをしてみたが思い当たる名前は出てこない。そうこうしていると登校の時間が迫って来たので、慌ててリビングに向かった。

 

 リビングには先に起きていた秋川が朝食を作り、食べ始めている所だった。

 水田も席についてトーストを口に頬張った。秋川がその様子を見て不思議そうに首を傾げた。

 

「珍しいですね。いつもはほぼ同じタイミングで起きるのに」

 

「ああ。昨日ちょっと寝るのが遅くなってな」

 

 トーストを口に突っ込み、コーヒーで流し込もうとした時。水田はふと思った。

 秋川なら、何か覚えているかもしれない。あの時に名前を付けようと言い出した本人なのだ。何かしら覚えているだろう。

 トーストをコーヒーで流し込み、秋川にこう言った。

 

「秋川。前世でチハ車に名前を付けようと言い出したのを覚えているか?」

 

「チハ車に名前?ああ!覚えてます!確かインパール作戦決行の前日の時ですよね?」

 

 目を輝かせながら声を上げた。それを聞いて少しホッとした。

 2回戦の時。伊藤に戦死する前日の事を話したが、全く覚えていないような素振りだった。秋川は覚えているようで安心した。

 

「そうだ。お前ならその時の名前を覚えているんじゃないかと思ったんだが」

 

「名前ですか。えーっと・・・」顎を手に乗せて考え込んだ。「『56』で『ゴロウ』、いや違うな。『26』で『ジロウ』・・・だったっけ?」

 

 数字を色々と思い浮かべて見るものの、互いに一致する数字は出てこなかった。

 時計に目をやると登校時間が迫っていたので、2人は慌てて身支度を整えて学校へ走っていった。

 

 

【平成24年7月1日 晴れ

 今日は朝からやけに暑い。夏本番に近づいているとはいえ、『晴れ』という天気をここまで呪ったのは久しぶりだ。

 あれから色んな名前を語呂合わせで考えてみたが、思い当たる名前、数字は一向に思い付かなかった。

 今になって思ってみれば、チハ車の総生産数はチハ改を含めると2000輌以上ある。

 そんな中から語呂が良い車体番号を持つ戦車と出会うなど、奇跡と言っても過言ではないように思えてきた。

 だが、その時の記憶ははっきりているし、秋川も覚えているので間違い無いだろう。

 その内思い出すかもしれないし、今は記憶の隅に置いておく事にしよう】

 

 HRを終えた1年生たちは、いつも通りに格納庫に足を運んだ。今日は新しい戦車が来ると聞いているので自然と早足になっている。

 格納庫前に来ると、そこには灰色に塗装された軽戦車と、オリーブドラブに塗装された戦車が止まっていた。

 

「お!みんな来たね!どうよ!この新しい戦車!格好いいでしょ!」

 

 加藤が明るい声で水田たちを迎え入れた。

 側にいた三吉の話では昨日の夜7時に届いたそうで、朝早くから点検をして待っていたそうだ。

 届いた戦車はドイツの軽戦車『VK16.92 レオパルト』、イギリスの重巡航戦車『センチュリオン Mk.Ⅰ』という。

 

 ドイツの軽戦車。『VK16.02 レオパルト』。

 第二次世界大戦時に試作された偵察用軽戦車である。

 1941年。Ⅱ号戦車系列の16t級偵察用軽戦車として開発が始まった。その車体形状はⅡ号戦車と比べて大きく異なる形をしている。

 車体前面を傾斜させて避弾経始を重視した構造で、その見掛けや足周りはパンターに似ている。

 重量は約21.9t。軽戦車なのにⅢ号戦車並みの重量だが、550馬力のエンジンと幅広の履帯により、整地であれば約60㎞で走行できると期待されていた。

 武装は60口径5㎝Kwk39/1を1門と、同軸機関銃に7.92㎜のMG42を搭載していた。この主砲はⅢ号戦車と同じ物である。

 1943年4月より量産が予定されていたが中止となり、その後。8輪重装甲車『プーマ』が生産される事になり、レオパルトの砲塔はプーマに流用される事になった。

 加藤はこのレオパルトとカヴェナンターの代役として選び、決勝戦では偵察任務に回るという。

 

 そしてもう1輌。

 イギリスのA41『センチュリオン Mk.Ⅰ』。イギリス独自の区分で『重巡航戦車』と呼ぶ。

 この戦車の区分は、高い機動力を持つ『巡航戦車』と、厚い装甲に高火力を持つ『歩兵戦車』の長所を兼ね備えた戦車で、ドイツの中戦車、重戦車に対抗すべく開発された。

 イギリスは主に巡航戦車と歩兵戦車として区分けしていたが、どちらも一長一短の性能が否め無かった。

 巡航戦車は高い機動力を持つ変わりに装甲と火力が貧弱で、歩兵戦車は厚い装甲と高火力を持つ変わりに機動力が劣悪だった。

 ドイツや旧ソ連は装甲、火力、機動力をバランスよく備えた戦車が多かったにも関わらず、イギリスはどちらかの長所に性能が偏りがちだった。

 

 当時、イギリスでティーガーに対抗出来たのは58.3口径17ポンド砲だったが、小さい巡航戦車に乗せることは不可能だった。

 そんな中で17ポンド砲を搭載した巡航戦車、『チャレンジャー』が開発されたが、装甲が薄い割にシルエットが目立つという欠点があり、前線で戦うには不安が拭いきれなかった。

 

 そこで、両者の長所を兼ね備えた『重巡航戦車』の開発が始まったのだ。

 開発開始は1943年10月。国内における鉄道輸送や、工兵架橋での渡河(とか)を考慮した上で、最大限の車幅を確保して設計。これにより砲塔を支えるターレット・リングが大直径となったため17ポンド砲の搭載が可能になり、1945年に試作車6輌が完成した。

 重量は約52t。ティーガーⅠに並ぶ程の重量であった。

 車体前面の装甲は76㎜(カヴェナンターは40㎜)に強化され、機動力は約34㎞となった(歩兵戦車『チャーチル』は整地で約20㎞・不整地で約13㎞だった)。

 同年4月に正式に『センチュリオン』と命名されて軍に引き渡されたが、ベルギーへ輸送中にドイツが降伏。本格的な戦闘を経験することは無く終戦を迎えた。

 その後もこのセンチュリオンは改良されながら生産が続けられ、戦後第二世代主力戦車『チーフテン』が作られるまでの20年。Mk.13まで改修が重ねられた。

 世界各国でもセンチュリオンは改修され、中には『オリファント』という、最早センチュリオンとは別格となった車両も出る程であった。

 

 これを選んだ沙樹は、「宇都宮校に対抗するにはこの戦車しかない」と言っている。

 宇都宮校の戦車に対抗するため、強靭な装甲と高い火力を持つ戦車を選んだのだという。

 生徒たちが新しい戦車に関心が向けていると、加藤が声を上げた。

 

「えー、車長は格納庫の奥に集まって。作戦会議を始めるわよ」

 

 そう言われ、各車輌の車長たちが加藤の周りに集まった。机の上に決勝戦のステージを示した地図を広げ、延岡校のスタート地点にミニカーを7台並べた。

 

「今回のステージは今までの倍の広さがあるわ。主なエリアはこの2つ。森林エリアと市街地エリアよ。2回戦で市街地エリアは経験したと思うけど、今回は広さが桁違い。だからバラけた行動はしない方が無難かも・・・

 

 加藤が説明している間。

 水田の頭の中には2日前の事が過っていた。前世の記憶を辿ろうと色々と思考を巡らせていたが、インパール作戦遂行中の記憶は全く出てこなかった。

 それどころか、戦死する前日と当日の記憶が突然消えた。

 前世の記憶を覚えている事は稀なケースだと言うが、今まではっきり覚えていたものが突然消える等、あり得る話なのだろうか?

 

「あり得ます。と言うより、それが普通だと思いますよ」

 

 耳元で声がした。一瞬ビクッと肩を揺らし、視線だけを動かして声の主を探す。

 右を向いたとき。そこには『ミヨコ』が立っていた。こうして近くで見ると意外に小柄だった。顔も幼く見え、小学生のように思えた。

 

「随分と姿を見せなかったな・・・今まで何してたんだ?」周りに聞こえない程度の声量で話し掛ける。

 

「そんな事より、思い出せましたか?」

 

「思い出す?何をだ?」

 

「あなたが()()()()()ですよ」

 

「忘れた記憶・・・だと?」水田は眉間に皺を寄せて『ミヨコ』を見た。

 

「俺が忘れた記憶とはなんだ?インパール作戦遂行中の時か?」

 

「いいえ」

 

「じゃあ戦死した時の記憶か?」

 

「いいえ・・・ああ、それに関しては否定しかねます」

 

「何?どういう事だ?」

 

「あなたはまだ()()()()()()()()()()()()からです」

 

 耳を疑った。

 死んでいない?死んでいないのなら、こうして転生しているのは何故だ?

 

「何を言っているんだ?俺はあの時死んだ。だからこうして現世にいるんじゃないのか?」

 

 そう聞き返すと、『ミヨコ』は水田を見上げてこう言った。

 

「あなたが死んでいるかどうかは分かりません」とだけ答え、こう続けた。

 

「最後に・・・信じられないでしょうけど。私が生まれて戦線に出始めた時から2、3年程あなたと一緒でした。あなたに思い出して欲しいのは、その時の記憶です」

 

「お前と一緒になったことなど無いが?」

 

「いいえ。確かです。ただ・・・()()()()姿()()()()()()()()から、分からないかもしれません」

 

 そう言い残すと、『ミヨコ』はスーッと姿を消した。水田は数十秒の間、呆然と『ミヨコ』が立っていた場所を見ていた。

 

(会っている?俺と・・・あいつが?)

 

 

 昼休みに入り、水田たちは同じ席で集まって昼食を取っていた。

 初めの内は男子がいるという異様な光景に、その場にいた誰もが視線を向けてきていたが、もうすっかり慣れてしまったのだろう。興味本位で視線を向けてくる者は誰もいない。

 秋川たちは次の試合に関する話をしていたが、水田は上の空だった。『ミヨコ』に言われたことが忘れられない。

 自分が死んだという()()に対し、曖昧な返事をしたこと。そして、戦場で会っているということ。それも約3年は行動を共にしているらしい。

 

 記憶にない。今のところ、それが答えだ。

 戦死した時の記憶が消え、忘れてしまったのであろう記憶も出てこない。色々な事が起こりすぎて、頭が回らないのかもしれない。 

 だが、『ミヨコ』の言葉には納得できないところがある。 

 あんなに傷付いた少女と戦場で3年を共にする?

 兵士でも無い一般人を、それもまだ幼い少女を『この世の地獄』と言っても過言ではない場所に連れていく?あり得ない。

 もし会っていたとしても、そんな事はしない。着いていくと言われても、「来るな」と言い聞かせたはずだ。

 だが・・・『ミヨコ』は、「それは確かな事」と言った。雰囲気的に見ても、冗談を言っているようには思えなかった。

 

・・・田さん。水田さん」

 

 ハッと我に帰ると、秋川たちが視線を向けていた。「どうかしました?」秋川が質問する。

 

「い、いや・・・ちょっと昔の事を思い出しててな。それより、どうかしたか?」

 

「え、えっと・・・ホリ車の改造ってどれくらいで済むのかと思いまして」

 

「ああ、三吉班長に頼んだ件か。時間が掛かると言ってたから・・・まだ途中の段階なんじゃないか?後で行ってみるか」

 

 

 昼食を済ませた5人は第二格納庫に足を運んだ。

 中では三吉を中心に慌ただしく作業が進められていた。

 その奥に、ジャッキで上げられているホリ車がいた。車体中央部にあった戦闘室は取り払われ、左右の隅にマフラーが1本ずつ取り付けられていた。

 車体前面は装甲と副砲が取り払われ、操縦席と通信手が就く席、そして変速機本体が丸見えだった。

 

「お?ホリ車の様子が気になって来たのかな?」三吉が5人に気付いて近づいてきた。顔は油や汗で真っ黒に汚れている。

 

「何とかここまで出来たけど、こっから先は部品が届かないとどうにも出来ないわ・・・」

 

 三吉はホリ車の改造工程を説明してくれた。

 まずは中央部に置かれていた戦闘室と後部に設置された対空砲を取り払い、エンジンを中央に動かした。

 その際にエンジンと変速機を繋ぐドライブ・シャフトの長さを縮め、マフラーを中央部の左右に取り付けた。

 エンジンが中央に来るので、操縦手と通信手がエンジンから発せられた熱に晒される懸念があったが、断熱材を取り入れたり熱を上手く外に逃がすよう設計し直したという。

 残るは後部に設置する戦闘室と車体前面に設置する125㎜の傾斜装甲だが、これが中々見つからないらしい。

 普通の戦車を駆逐戦車に簡単に改造出来るキットがあるというが、その工場に問い合わせても返事が無いという。

 

「あなたたちも訓練しないといけないでしょ?だから早く返事が欲しいんだけど・・・後2週間待って返事が無かったら元に戻すしか無いかな、と思ってるんだけど」

 

 それを聞いた水田は、それはそれでやむを得ないかと感じていた。試合に間に合わなければ無意味に終わってしまう。今はそのキットが見つかることを祈るしか出来ない。

 

「お。いたいた。水田くん。来て貰える?」加藤が呼びに来た。気付けば昼休みは終わっていたので、5人は急いで第二格納庫を後にした。

 

 

 加藤に呼ばれた水田は、再び車長たちの会議に参加すべく第一格納庫の奥に走った。

 広げられている地図には、各車の動きを色ペンで記してある。ホリ車は深緑の線で記され、狙撃に適した場所。発見された際の退避ルート等が記されている。

 

「・・・さて。午前中の会議の続きなんだけど、フラッグをどの車両に任せるか、なんだけど。どの車両が良いと思う?」加藤が真剣な面持ちで車長たちの顔を見る。

 

 水田は色々と考え事をしていたので、会議の内容を殆ど覚えていなかった。この内容にはちゃんと参加しなければと意識を改めた。

 この質問に、車長たちは互いに顔を合わせたり地図に視線を向けたりしている。

 一番機動力があり偵察に適しているのは新たに加わったレオパルトで、加藤はカヴェナンターの変わりに偵察任務を担う事としていた。

 無論。偵察というのだから敵に見つからないよう行動するつもりでいる。

 しかし。万が一発見された場合、即座に狙われ、撃破される可能性は高い。フラッグ車であれば尚更である。

 

「またホリ車にすれば良いのでは」という意見もあったが、今回は2回戦の時とステージが違う。

 また。決勝の相手もこれまでの試合を見てきたなら、どの車両がどういう動きをするかは大体予想しているはず。となると、「ホリ車が主に後方支援に徹するために前線より後方に陣取る」と読んでいる可能性は否定できない。

 水田自身。安全に後方支援に徹するためにもフラッグ車は別の車両に任せたいと思っていた。

 周りが悩んでいる中、水田は誰に任せるべきか決めていた。

 

「加藤隊長。ここはセンチュリオンMk.Ⅰの西沢車長に任せてはどうですか?」

 

 その一言に周りの視線が一斉に水田に集中した。特に沙樹の視線は鋭かった。加藤が首を傾げながら言った。

 

「西沢さんに?また何で?」

 

「何となくではありますが・・・この中で戦車道の歴が長いのは彼女でしょう。試合本番になって予想外の事態に陥ったとしても、より良い答えをすぐ導き出せるのは彼女しかいないと思ったので」

 

 沙樹に視線を向ける。

 睨んできているが、「そんな事は無い」と否定してこないところを見ると図星のようだ。

 最近知った事だが、戦車道履修生の大半は中学生に上がった時から始めると聞く。

 中には小学生の時から始める事もあるというが、その年から戦車道を始めるのは非常に稀なことだそう。

 実際の戦闘より安全と言うが、絶対ではない。子供から「やりたい」とせがまれたとしても親は「危険だから、中学生になってから」と言い聞かせるという。

 

 スポーツの習い事とは訳が違うので、危険な事はやらせたくないと言うのは無理もない。

 だが、沙樹の場合は違う。将来は『西沢流』を継ぐ跡取りの1人。『戦車道における経験』はこの中で一番長いだろうと水田は考えていた。

 時と場合によっては、技術より経験が活きることがある。

 実際。水田たちホリ車の乗員が戦車道で初出場にも関わらず、加藤たちと共に前線で戦えているのも『戦車に乗っていた経験があったから』で、素人であれば共に前線に出るのは出来なかっただろう。

 

 水田の提案に対し、車長たちの意見は分かれた。

 1年生には荷が重い。西沢流の後継者なら出来なくはないのでは?と様々な意見が出たが、加藤は沙樹を見た。

 

「あの・・・勝手に色々言っちゃってるけど。西沢さんはそれで良いかな?」

 

「・・・考えさせてください」この会議で沙樹が発言したのはその一言だけだった。

 

 

 午後6時半。

 水田は1人教室に残って地図を見返していた。ホリ車の動きを改めて再確認するためだ。

 

「えーっと・・・?γ(ガンマ)ー172を砲撃拠点として、そこから見えるガンマー157から161に現れた戦車を狙撃・・・

 

 今回のステージの区分けは、『α(アルファ)』、『β(ベータ)』、『γ(ガンマ)』となっている。

 ステージの区分けは市街地がα、開豁地がβ、森林エリアがγとなっている。

 この3つのステージの中で、一番広いのはαで、βが一番狭い。γの場合は森林と呼べるほどの規模ではなく、どちらかと言えばβに近い。

 森林エリアがあるのはステージの約1/3程度で、残りはホリ車が陣取る高台や障害物が少ない場所ばかりである。

 スタート地点は延岡校がγの南側。宇都宮校がγの北側となっている。距離は離れているが、真っ直ぐ進軍した場合。約40分でγの中心部に到達する計算となる。

 ホリ車が陣地を構える172なら、中心部に来た敵を迎撃する事が出来る。

 1人。シンとした教室でぶつぶつ呟きながら地図に線を引いていく。

 

「ねぇ」声を掛けられてバッと見上げると、そこには腕組みをして立っている沙樹の姿があった。集中していたので入ってくる気配を全く感じなかった。

 

「会議の時の()()。どういうつもりなの?」

 

()()、って何の事だ?」

 

「惚けないで!」バンッ!と勢いに任せて机を叩く。「私にフラッグを任せるって言ったのはあんたでしょ!!」

 

「あぁ。アレか」

 

「『アレか』じゃないわよ!何で私がフラッグ車の車長を担わなければならないのよ!!」

 

「何でと言われてもな・・・俺はお前が一番良いだろうと思って言っただけだが?」

 

「私が西沢流の後継者の1人だからでしょ?言っとくけど、私には指揮を取る力は無いのよ!!私は西沢姉妹の中で、一番・・・一番・・・」

 

「出来損ない、か?」水田が言うと、沙樹は黙って拳を握り締めた。目に涙を溜めて、ポトリと落ちた。

 

「そうよ・・・私は一番成長が遅かった。お姉ちゃんたちの足元にも及ばない・・・私は!お姉ちゃんたちみたいに優秀じゃないし、あんたみたいに強くないのよ!!」

 

 悔し涙を流す沙樹に対し、水田は黙って地図を畳始めた。畳終わると席を立ち、こう告げた。

 

「自分で出来損ないだと思っているようだが、それは間違いだろう」

 

「・・・は?」

 

「あの2人はお前がここでどれだけ成長したか分かっていない。あいつらが知っているのは『今』のお前じゃなくて『過去』のお前だ。それなのに、出来損ない呼ばわりされる理由が何処にある」

 

「・・・・・」

 

「優秀な指揮を取り、敵を多く撃破することだけが強さじゃない。生き残ることも立派な強さだ。お前は、ここに来るまでやられたりしたか?」沙樹は首を横に振った。

 

「じゃあそれで良いじゃないか。お前は弱くないし、出来損ないでもない。苦手な事があるなら、互いにカバーし合えば良い。この試合で一番大事なのは、流派の肩書きよりも『戦って生き残る事』。俺はそう思っている」

 

 地図を片手に席を離れ、出口に向かって歩き出す。「それと言っておくが、俺は強い人間じゃない。ずっと昔の事だが・・・守るべきものを守れなかった」

 

 そう言い残すと、教室を後にした。

 

 

 翌日。

 1年生たちは朝のHRを終えて、いつも通りに格納庫へ向かう。

 水田たちは今日もM3に乗って訓練をするんだろう。そう思いながら向かっていると「水田くーん!!みんなぁー!!」と格納庫から三吉が叫びながら走ってきた。

 

「遂に来たよ!!例のキットが!!」

 

 それを聞いた水田たちは顔を見合せ、第二格納庫へ走り出した。

 中を覗くと、そこには見慣れない部品がクレーンで吊り下げられていた。

 それは、ホリⅠ型の車体をそのまま型どったような見た目をしている。念願の改造キットが届いたのだ。

 

「びっくりしたでしょ?昨日見つかったって連絡くれてたらしいんだけど、バタバタしてて気付かなくて。でもこれで、漸く作業に取りかかれるわ!」

 

 三吉はそう言うとホリ車の方へ向かい、改造キットの取り付け作業を始めた。

 

 その後。原田に呼ばれて第一格納庫前に集合し、訓練内容の伝達が行われた。一通りの伝達が済むと、加藤は間を置いてこう告げた。

 

「えー。みんなも分かってると思うけど、フラッグ車だったルノー乙型は再起不能となってしまったので、フラッグ車を新しく任命することにしたわ。そして、そのフラッグ車は・・・」

 

 少し間を置いて、沙樹の方に視線を向けた。「西沢車長が指揮を執るセンチュリオンMk.Ⅰに任命しました!」

 

 ザワッと空気が慌ただしくなった。

 まさか、と思ったのだろう。だがそんな空気もほんの一瞬。すぐ拍手の音が辺りを包んでいった。

 決勝戦まで、残り14日。

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