転生の戦車兵『銀鳩班』    作:タンク

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前回のあらすじ

消えた記憶を辿る水田は、前世であったとある記憶を思い出す。
インパール作戦決行の前日。乗機であったチハ車に名前を付けたのだ。
秋川に聞いたところ、「名前を付けたことは覚えているが、何て名付けたかは覚えてない」とのことだった。
車体番号の語呂合わせで名付けた事までは覚えている。だが、どんな名前を付けたかは思い出せないままだった。

それから数日経った時。
決勝戦に向けての作戦会議中に突然現れた『ミヨコ』は、水田に対し「無くした記憶は思い出せたか」と訪ねてきた。
水田は「インパール作戦中の時か」、「戦死した時か」と聞き返すと、「あなたは死んでいない()()()()()()」と言った。更に「あなたと2、3年程行動を共にした」と続け、再び姿を消した。
水田には記憶に無いことなのだが・・・


第十八話 読まれた作戦

【平成24年7月7日 晴れのち曇り

 今日。待ちに待ったホリ車の改造が終了した。担当してくれた三吉班長たちには頭が上がらない。

 訓練は明日から。色々と仕様が変わっているので、慣れるまでが大変だ。特に織田と秋川はエンジンの熱に晒されないか心配である。

 さて、あれから5日。

 消えた記憶と、忘れてしまった記憶は一向に戻らない。そしてミヨコに言われた言葉がいまだに信じられずにいる。

 あいつは、「あなたは死んでいない可能性がある」と言った。一体どういう事なのだろうか?

 死んでいないのなら、自分がこうして現世に転生しているのは何故か?まさか、この現世で自分が見てきたもの、経験してきたものが、『幻』とでも言うのだろうか】

 

 

 午後10時半。

 いつも通り日記を付け終わった水田は、三吉が渡してくれたホリⅠ型の仕様書を開いた。

 ホリⅠ型の前面。左右側面。背面。上面が描かれ、右側面の部分は断面図となっていて、各装備品の名称が記されている。

 前から操縦手、通信手席。機関室。戦闘室となり、更に主砲の可動域や砲弾の搭載位置が細かく銘記されている。

 

(えーっと・・・『操縦手と無線手とのやり取りは車内無線を用いること。インカムのチャンネルを切り替えると車内と外部交信に切り替えることが可能』・・・か)

 

 ホリⅡ型だと戦闘室が中央にあったので車内無線を使わなくても声が通っていが、ホリⅠ型は戦闘室が離れているので、車内無線を使わないと指示の受け取りや発信が出来ない。

 その為、ホリⅠ型からは車内無線を駆使しなければ前部2名の乗員と連絡が取れないのだ。

 

(『砲手席の照準器は、Ⅱ型より倍率が高い物を搭載』・・・戦闘室が後方に来たからか)

 

 改造に際して行った作業は、戦闘室と機関室の位置をずらしただけではない。

 照準器も戦闘室の位置変更に合わせて倍率が高い物に換え、調整し直している。戦闘室の位置が後部にズレたので、その分の距離に誤差が生じてしまうからだ。

 照準器の倍率は三吉が選び、射撃試験での誤差がほぼゼロとお墨付きを貰っている。

 実際に撃ってみなければ分からないが、腕が良い三吉が言うのだから間違い無いだろう。

 

(主兵装は105㎜砲が1門のみ、改めてみると少ないな・・・その変わりと言うのは何だが、『発煙筒』の携行が出来るから、それで何とかするしかないか)

 

 決勝戦からは発煙筒の携行が許されている。1輌に付き5本までだが、敵の目眩ましには一役買ってくれるはずだ。

 

(・・・こんなものか)

 

 仕様書を閉じてベットに寝転ぶ。

 戦術や作戦、色々と思い浮かべていたが、体を起こして本棚に手を伸ばした。

 前世で書いていた日記帳・・・ページをパラパラと捲っていく。

 1944年3月7日を最後に、白紙のページが続いていく。そのまま最後まで白紙のまま。

 それだけを確認すると、日記帳を閉じて本棚に戻し、再び寝転んだ。

 何度見ても同じだ。戦死する前日と直前に書いたページは消えている。それに合わせるように、その時の記憶が消えた。

 思い出そうとしても、曖昧な記憶しか出てこない。

 その時。ふとさっき書いた日記の内容が過った。『自分が見ているものは、幻とでも言うのだろうか』・・・と。

 インパール作戦より前の戦闘の記憶はしっかりと残っていた。車長になって間もなかった頃に参加したビルマ作戦も覚えている。

 

(『幻』、か。そんなものがこの世にあるとは思えないが・・・もしあるというのなら、戦争そのものが幻であって欲しかったな)

 

 

 翌日。

 水田たちはホリⅠ型の性能試験を行っていた。

 走行試験から始まり、次々と試験をクリアしていった。

 戦闘室の位置がずれたので射撃時に影響が出ないか心配していたが、神原は何の問題も無さそうに的に命中させていった。

 インカムも問題なく作動し、織田と秋川との連絡も問題なく行えた。懸念していた2人が熱に晒されないかと言う問題は起きなかった。三吉の改造は、お見事の一言に尽きる。

 

 

 一通り試験を終えて格納庫に戻ると、加藤が戦車道科の履修生たちに集合の合図を出した。第一格納庫前に集合すると、加藤が壇上に上がった。

 

「決勝まで1週間を切るところまで来たわ。ここまで来たからには、みんなで優勝を目指すわよ!」

 

 

 7月14日。決勝戦前日。午後6時。

 シンとした格納庫に水田と加藤の姿があった。

 2人はホリ車の前に立ち、加藤がホリ車に視線を向けたまま口を開く。

 

「明日はいよいよ決勝だね。ホリ車の調子はどう?」

 

「問題ありません。武装を減らしたのは痛いですけど」

 

「そう。それは良かった」

 

「・・・・・」水田はその顔を見て、何処か不安そうに感じているように見えた。

 笑顔だが、ひきつっているような・・・無理やり作っているように見えるのだ。

 

「緊張してます?」探るように聞くと、加藤は手を震わせた。

 

「分かる、よね。西沢さんに『お姉ちゃんを本気にさせた』って言われた時から、ずっとね」

 

「それは・・・申し訳ありません」

 

「謝ること無いよ。私が勝手に怖がってるだけだし・・・」それを聞いて、水田はこう言った。

 

「相手も同じだと思いますよ」

 

「・・・え?」

 

「ほぼ無名とも言って良い弱小校が決勝まで勝ち上がってくるのは想定外だった筈です。()()()()()()と言うより、()()()()()()()()()()()()()()()()()と言う焦りでしょう」

 

 そう言うと、フッと笑っていった。「もし、自分の推測通りなら勝てます。いや、勝ちますよ」

 

 

 翌日。早朝6時。

 延岡校の学園艦は茨城の港に入港した。会場までの戦車の移動は、トレーラーを使って輸送される事になっている。

 その移動中。水田は日記帳を開いて簡潔に文章を書いていた。

 

【平成24年7月15日 晴れ

 いよいよ決勝だ。織田たちはホリⅠ型の扱いに慣れたようだし、問題なく試合を行えるだろう。我々に、二度目の敗北は無い】

 

 

 午前7時。

 会場に到着するとトレーラーから戦車を降ろし、各自準備に取り掛かった。

 ホリ車も準備に入り、水田はヘルメットを被ってインカムのスイッチを入れる。

 

「あー。あー。マイクテスト。マイクテスト。織田、秋川。聞こえたら応答しろ」

 

・・・こちら織田。異常なし』

 

『こちら秋川。無線機は正常に作動。異常ありません』

 

 インカムの接続を確認すると、各機器類に異常が無いか、報告を待つ。その間にエンジンが始動し、主砲が上下左右に振れる。

 

『こちら織田。エンジン始動。アイドリング異常なし。変速機、可動問題なし。各計器類、異常無し。水温、油圧、バッテリー電圧、正常値へ。エンジン吹かします』

 

 織田が合図すると、エンジンが力強く回り出す。良い音だ。今度は神原が操作ハンドルを操作しながら言った。

 

「主砲、可動に支障無し。照準器、操作ハンドル、異常なし」

 

 弾薬の積込作業をしていた伊藤が乗り込んでくる。「主砲弾。積込完了しました」

 

「ご苦労。織田。スタート地点に移動。着いたら試合開始の合図を待て」

 

 

 スタート地点に着くと、腕時計の文字盤に視線を向ける。文字盤は午前7時45分を指している。試合開始は15分後だ。

 その間。水田は織田たちに「休め」と指示し、地図を広げた。

 初動は加藤が乗るレオパルトが偵察のために先行し、味方がその後を追うように北の方角へ進む。

 鬼嶽が指揮を執るErzatsM10は例によって単独行動を取るつもりでいるらしい。

 ホリ車は後方支援のために本隊とはぐれ、γー172に先行して陣地を構える。前線で戦闘を行う味方の報告を受けて攻撃するという手筈となっている。

 

 移動ルートの再確認をしていると、いつの間にか開始5分前になっていた。

 地図を畳み、ぺリスコープ越しに外を見る。車長用のキュウポラと比べて、視認範囲が狭まったような感じだ。

 

『水田さん。加藤隊長から全車に向けて通信です』秋川から報告を受けると、インカムのチャンネルを車内から外部交信に切り替えた。

 

『みんな・・・頑張ろう!』通信はそれだけだった。加藤なり、精一杯の激励だったのだろう。

 今度は会場に向けて、アナウンスが流れ始める。

 

『これより。延岡女子高等学校と、宇都宮女学院の決勝戦を行います!』ファンファーレが終わると、信号弾が空高く打ち上げられた。

 

『試合、開始!!』合図を受けて、全車が一斉に動き出す。

 レオパルトが先行し、本隊がその後に続いていく。ホリ車は隊列を離れ、γー172に向かっていった。

 

 

 合図を受けて動き出した宇都宮校は、地響きを轟かせながら進軍していく。

 戦車はアメリカとドイツの中、重戦車がメインだ。まず、偵察班として1輌の中戦車が先行し、本隊はその後を追うように続いていく。

 

『隊長。我々は隊列を離れます』花蓮のインカムに報告が入る。今回は中戦車と重戦車ではない区分の戦車を導入している。

 元々入れる気は無かったのだが、やむ無く導入したと言った具合だ。

 

『はぁ・・・役に立つの?あの戦車』麻美が溜め息を吐く。彼女は花蓮が搭乗している戦車の操縦手を務めている。

 

「役に立つかは分からないわ。でも、『対ホリ車』には充分役立ちそうだけどね」

 

 花蓮は地図を広げ、1つのエリアを見た。γー172だ。

 

 

 試合開始から50分。

 ホリ車は予定通り、γー172に陣地を構えていた。構えた場所は切り立つ崖の上。その崖に出っ張った所があり、ホリ車はそこに構えていた。

 水田が双眼鏡を持ってホリ車から降りて見下す。連絡が取れるようにインカムの配線を伸ばしている。

 

「神原、聞こえるか?砲身を-2°下げて待機だ」

 

『了解・・・待機します』静かに言った。

 

 水田は双眼鏡を通してエリアを見渡した。下に広がるのは小さな森と開けた土地。隠れられる場所は少ない。

 

(さて、織田が機嫌を損ねる前に、早いとこ敵を見つけたい所だが・・・)

 

 視線をずらしていくと、東から別の戦車隊が回り込んでいる所が見えた。進行方向は味方の本隊が進んでいる方向だ。

 数は4輌。この角度から見て分かるのは、黒く塗装された車体。車体前面は傾斜装甲。足周りが挟み込み式転輪。車体側面にスカートが付いているという事だ。

 

(・・・パンターか?ErzatsM10の元になったという)

 

 Ⅴ号戦車。通称『パンター』。

 ドイツにてⅢ号戦車、Ⅳ号戦車に変わって中核を担った45t級の中戦車である。

 1941年。独ソ戦が勃発した時。ドイツ軍はⅢ号、Ⅳ号に代わる戦車の開発を進めていたが、旧ソ連軍が投入したTー34に衝撃を受けた。

 Tー34を調査した所、これまでの設計の戦車では太刀打ちできない事が判明した。

 この点を踏まえ、開発陣は傾斜装甲を取り入れた戦車の開発を開始。『VK30.02』と呼称された。

 1942年に30~35t級の戦車として設計がほぼ完了していたが、後に装甲厚が引き上げらて45t級となり、当時で言う重戦車クラスの中戦車となった。

 

 1943年7月。パンターは『クルクスの戦い(ドイツ軍は城塞(ツィタデレ)作戦と呼んだ)』が初戦となったが、重量過多による問題が災いした。

 変速機と言ったギア関係の故障が頻発し、自動消火装置が上手く作動せずに2輌が焼損するなど問題は多く、稼働率は低かった。

 しかし一方でTー34の主砲弾を弾いたり、遠距離で一方的に攻撃出来るなど旧ソ連軍を驚愕させた。

 旧ソ連軍はクルクスの戦いで損傷して放置された31輌のパンターを調査した。

 自走砲の砲撃で撃破されたのは22輌だったが、正面装甲を貫通された車両は無く、Tー34の攻撃で撃破されたのは1輌のみだったという報告がある。

 

 

 水田はパンターの同行を追った。

 4輌のパンターは最も多く生産された『G型』だと判明。D型、A型の問題を改修した完成形と言っても良い。

 パンターは味方の後ろを取るよう背後に回り込み、慎重に後を追っている。

 このままだとまずいと察した水田は、神原に一番後方を走っているパンターを狙うように言った。

 先頭を狙った方が良いようにも思えるが、先頭を撃破した場合、敵に逃げる時間を与えてしまうことになる。先に敵の退路を潰し、その後に先頭を撃破するのが確実なのだ

 

 水田が味方と連絡にするためにスイッチを切り替え、神原が照準を合わせる。その直後!

 ホリ車の真後ろで轟音が轟き、土煙が舞い上がった!東の方向だ!

 

「狙われてるぞ!!織田!下がれ・・・あ!?」インカムの配線が切れてしまっていた。さっきの衝撃の影響だろうか。

 急いでホリ車に戻ると、操縦席のハッチを開けて怒鳴った。

 

「後退だ!急げ!!」

 

「言われなくても!!」バックギアに入れてホリ車を全速力で後退させる。

 今度は目の前に着弾したが、何とか避けてそのまま安全圏まで下がった。

 一段落付いた所で、水田は秋川のインカムを取った。味方にこの事を知らせなければならない!

 

「こちらホリ車!本隊応答せよ!本隊応答せよ!後方よりパンターが接近中!パンターが接近中!!」

 

 

 スタートと同時に偵察のために先行していたレオパルトは、敵の進行方向と思われる場所にあった茂みに身を潜め、加藤が双眼鏡を持って上半身を出す。

 作戦立案時に敵が鉢合わせになると予想した地点だ。

 その近くに丁度林のように木が軽く密集している場所があり、隠れるには最適だった。

 

「よーし・・・見つけるわよぉ~」加藤は張り切っている。偵察という任務は初めてだが、ちょっとだけ楽しみだった。

 敵の場所を報告し、味方に知らせる。昔見たスパイものの映画を体験しているように感じていた。

 

「戦車の数、見間違わないでよ」

 

「大丈夫だって。ちゃんと・・・お?」戦車が走っている音だ。北の方角からだ。

 視線を向けると、何輌か戦車が走ってきている所が見えた。オリーブドラブに塗装された戦車が7輌。内1輌は他の6輌と形状が異なっている。その後ろを重戦車らしき陰が3輌程、後に続いて進軍していた。

 

「おうおう・・・来たねぇ・・・戦車道において一番恐れられている戦車群が」

 

最も恐れられている戦車群』。この異名は全校共通の認識と言って良い。

 先頭に立たせているのはアメリカが作った重戦車、M26『パーシング』だ。このパーシングを上から見て楔型に配置し、その後ろに重戦車を3輌配置している。

 他校の戦車道科の生徒はこの陣形を『戦車の槍(タンク・アロー)』と呼んでいる。

 どんな防御陣形を取っても容易に突破されるので、この名前が付いたのだ。

 

「タンク・アローかぁ・・・中々の威圧感ね。しかも・・・あの先頭の中心にいるやつ、初めて見るやつね。何か・・・パーシングの改良型みたいな?」

 

「・・・あれはスーパー・パーシングよ。試作車を現地で改良したやつね」

 

 アメリカの重戦車、M26『パーシング』。

 ドイツのティーガーに対抗するために開発された戦車で、延岡校で運用しているT25E1と機構は殆ど変わらない。

 M4シャーマンの後継機として設計されていたが、「M4でも対抗出来る」という理由で開発は送れていた。

 しかし。当時アメリカで主流だった76.2㎜砲ではパンターの正面装甲すら貫通出来ない事が判明。

 これを受けてアメリカの兵器局は、90㎜砲を搭載した戦車の開発を進めることを決定した。

 

 前線の連合軍の兵士たちの間ではストレスに晒され続けたことによる『タイガー恐怖症』が蔓延していた。

 更に「ドイツの戦車に歯が立たない」という情報が全土に渡ってしまった。

 兵士の士気に影響しかねない状況を無視出来なくなった兵器局は先行量産型である『T26E3』20輌をヨーロッパ戦線に派遣することを決定。

 このT26E3が後にM26『パーシング』として制式に採用されることとなった。

 

 ティーガーやⅣ号戦車を撃破するなど戦果を上げたが、ティーガーⅡ相手では勝てないという問題が出てきたため、T26E1の試作1号車に長砲身90㎜砲T15に換装したパーシングが1輌だけ作られた。

 これがT26E1ー1『スーパー・パーシング』となる。この戦車もヨーロッパ戦線に送られ、ティーガー(形式不明)を撃破すると言った戦果を上げた。

 この際、車体前面と砲塔の防盾にボイラー鋼板とパンターから切り出した装甲を車体前面と防盾に取り付けられるといった現地改造が施された。今加藤たちが見ているのが、その現地改造型だ。

 

「増加装甲かぁ・・・VK45.02で貫通出来ないかなぁ」

 

「どうかしら。正面から撃てば・・・って、早く報告しないと」原田に突っ込まれ、「忘れる所だった」と言いながらインカムを手に取った。

 

「こちら加藤。γー176にて敵の戦車群を発見。パーシングが6。スーパー・パーシングが1。後は形式が分かんないけど、重戦車が3輌くっついてるわ。気を付けてね」

 

 味方への報告が済むと、原田が戦車群の同行を目で追いながら言った。

 

「・・・ねぇ。今通りすぎて行った戦車何輌?」

 

「丁度10輌だけど?何か変?」

 

「忘れたの?決勝戦では最大で20輌出場出来る。あたしたちはこれ以上増やせないから7輌のままだけど、相手はフルで出場させてる。今通りすぎて行った戦車群、半分しかいなかったじゃない」

 

「そ、そう言えばそうね・・・後のやつ何処に行ったんだろ?」

 

『こちら水田!本隊応答せよ!!繰り返す!!本隊応答せよ!!』水田の声だ。声に混ざって何かが落ちているような音がする。加藤がインカムを取り、スピーカーを耳に押し当てた。

 

「こちら加藤。何かあったの?」

 

『γー172でパンターG型4輌を発見!!本隊の後ろを付けるように進軍しています!!』

 

「分かった!すぐ知らせるわ。ところで、そっちは大丈夫なの?」

 

『大丈夫じゃ無いですよ!!何処からか狙い撃ちにされてます!!』

 

 

『狙い撃ち!?反撃出来てるの!?』

 

「出来てませんよ!!崖下に居ることは確かですが、弾幕が厚くて位置が特定出来ません!!」

 

 水田はぺリスコープ越しに外を見る。

 目の前で土埃が舞い上がり、視界を遮る。構えていた位置から下がったものの、大まかな位置を把握しているのか際どい所に着弾する。

 

「水田さーん!1発でも撃ち返しましょうよ!」伊藤が肩を掴んで揺すってくる。

 

「バカ!只でさえ際どい所に着弾してるんだぞ!!今撃ち返したら完全に位置を特定される!!落ち着け!!」

 

 何とか宥めるものの、水田も内心ヒヤヒヤだ。何とかして反撃する手段を見付けなくては・・・

 

 

 本隊は加藤から受け取った情報を頼りに、慎重に北上していた。

 本隊の指揮を執る井深は、ハッチから上半身を出して進行方向を見ていた。

 VK45.02(P)を先頭に、センチュリオンがその左側。その後ろにVK30.01(P)とT25E1が付いてきている。井深がインカムのスイッチを入れてセンチュリオンを繋ぐ。

 

「西沢さん・・・で良いんだよね?えっと、前に出て大丈夫なの?」

 

「センチュリオンはティーガーを相手にするために生まれた戦車です。正面を向けていれば問題ありません」

 

「そう。なら良いんだけど・・・」井深が気にしていたのはそこでは無い。

 戦車の性能云々よりも、「姉妹同士で戦うことになって大丈夫なのか」と聞くつもりだった。でも、言えなかった。

 

 

『こちら狩人(ヤークト)1(ワン)。ホリ車をγー172にて発見。崖下からではありますが、攻撃を続けています。内1輌はホリ車の後ろを取るために回り込んでいます。後10分程で撃破出来ると思います』

 

「分かったわ。引き続き攻撃を続行。攻撃を緩めたらだめよ」

 

 報告を受けた花蓮は地図に目を落とした。

 この大会に出場したホリ車を撃破するために編成した専門チーム、『狩人(ヤークト)』はホリ車を見付けたらしい。

 このまま撃破してくれれば、敵は後方支援を得られなくなる。敵の遠距離狙撃が無ければ、残りを殲滅するのに時間は掛からない。

 

『こちら黒豹(ブラックパンサー)1(ワン)。敵の本隊と思われる戦車群発見。先頭にVK45.02とセンチュリオンMk.Ⅰ。その後ろにT25E1とVK30.01がくっついてます。残りの4輌が後を追ってますが、今のところ気付かれていないようです。10分程で鉢合わせになるかと』

 

 偵察に出たパンターからの報告だ。宇都宮校の中戦車班は『黒豹(ブラック・パンサー)』と呼んでいる。

 パンターを黒く塗装していることからそう名付けられ、偵察や接近戦、追撃を主目的としている。

 

「分かった。合流して後を追いなさい。狙撃は警戒しなくても良いわ」

 

『了解』

 

 

・・・パンター4輌が!?」

 

『水田くんが見つけて報告してくれたんだけど、援護出来ないって言ってるの!私たち下手に出られないし・・・鬼嶽に援護出来ないか頼んでみるから!!』

 

 通信を受け取った井深はその場で停車するよう指示した。

 敵が狙っているのは挟み撃ち。このまま進めば相手の思う壺になってしまう。

 パンターの方が機動力は高い。つまり、先に到着するのは後ろから迫っているパンターの可能性が高いと読んだ。

 

「加藤隊長からのパンターが後方より接近していると報告を受けたわ。敵は私たちを挟み撃ちにするつもりだと思うから、先にパンターを叩くわ。私たちに一番最初に到達するのは機動力のある方だからね」

 

 こう指示をしたものの、最適かは分からない。だが、今は迷っている場合ではない。

 その場で反転し、パンターと鉢合わせるために来た道を引き返そうとする。が、センチュリオンだけはその場に留まっている。

 

「西沢さん?戻るわよ?」井深が呼び掛ける。

 

『戻らない方が良いかもしれません』そう言うと、冷静にこう続けた。『敵が来てますよ。真正面から』

 

 井深は双眼鏡を取り出して言われた方向に視線を向けた。報告にあったパーシングとスーパー・パーシングが目と鼻の先にいるではないか!

 

『姉はパンターとの挟み撃ちタイミングを合わせるために近道を使うんです。パンターもそのタイミングを合わせるために、速度を落として接近するんですよ』

 

「近道って・・・そんなの何処にも・・・っ!」

 

 思い出した。このエリアに最短で着けるルートが。

 北側には大きな川がある。その川が敵が進軍する予想ルートと被っていた。

 作戦立案の段階で、「流れが速いから敵は迂回してくる」と読んでいたのだ。

 

『重量のある戦車を上流側に配置して流れを塞き止める。すると下流側の流れは穏やかになるから、軽い戦車でも流されずに川を渡れる、と言う事ですよ』

 

「あなた、こう来ると分かっていたの!?」

 

『いいえ・・・想定外でした。だって・・・自分で考えて却下された方法ですよ』

 

 声が震えている。自分で考えた物を取り上げらたような気分なのだろう。

 

『井深!パンターだ!!』盛田の声だ。後ろを振り返ると黒い物体が猛スピードで突っ込んでくる!

 

「みんな!近くの森に逃げるわよ!」今はこれしか出来ない。

 期待していた後方支援を得られない以上、今は逃げるが勝ちだ。4輌は西にの方角に進路を変更し、全速力でその場から離れていった。

 

 

 その様子を見た花蓮は目でその動向を追いながらこう告げた。

 

「全車一斉攻撃。敵を殲滅しなさい」


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