転生の戦車兵『銀鳩班』    作:タンク

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前回のあらすじ

『インパール作戦』を遂行する戦車第14連隊。日本最後の砲戦車『ホリⅡ型』に搭乗する引田神准尉率いる『引田班』は、たった1班だけで作戦を遂行していた。
1945年4月20日。深夜に奇襲攻撃を受けて反撃を開始する。順調に撃破していったが、敵は新型重戦車を用いて攻撃を始める。流石のホリⅡ型でも防御力は足りず、徐々に追い詰められて最後には乗員全員が戦死した。現地時間午前2時14分の事だった。

月日は流れ、戦後66年の平成23年12月11日。
別府市立『鶴ヶ原中学校』に『戦車オタク』、『軍事マニア』と陰で囁かれている1人の男子生徒がいた。名前は『水田隼』。彼には前世で引田神として生きた記憶を受け継いでいる。


第二話 再会

・・・・・ 平和だ

 

 戦場で死の世界に片足を突っ込んだ環境下と比べれば、今の日本は平和そのものだった。

 空襲の恐怖も無く、敵が攻めてくるという緊張感も無い。『水田隼』として転生してから15年、()()()()()()()()()()を除けば何の不自由もなく過ごしてきた。

 

 輪廻転生・・・まさかこの身をもって体験することになるとは、考えてみなかった。

 人は死ぬと天国に行くか、地獄に行くか、新しい命となってこの世に生まれ変わるかだと言われてきた。生まれ変わる時に前世の記憶は失われるのだが、ごく稀に前世の記憶が残ったまま転生する事もあるらしい。

 水田の場合、前世で『引田神』として生きた記憶が()()()()()()残っている。生まれた場所、初めて陸軍に入隊した時、インパール作戦の遂行中に戦死した時・・・

 

「自分には前世の記憶がある」と分かったのは10歳の時だった。

 母から「夜泣きが酷かったのよ」と良く言われていたのだが、その『夜泣き』には思い当たる節があった。

 今も時々戦場での記憶が夢に出てくることがある。インパール作戦遂行中・・・敵からの奇襲攻撃を受けてから、自分が戦死するまでの約10分間が、自分の身に起きているように感じるのだ。

 5、6歳の時はこの夢に魘されて不眠になることが多かったが、今はすっかり慣れてしまった。

 次ぐ次ぐ人間は不思議なものだと思う。どんなに辛い事でも、毎日同じ事を繰り返していればいずれ慣れる。この年になるまで夢の中で自分が死ぬ瞬間を何度見てきたことか。

 親に「俺には前世の記憶が残っているんだ」と説明したところで、信じて貰える訳がない。前世の記憶を持ったまま転生した以上、慣れるしかなかった。兄弟はいない。前世の時も一人っ子だった。

 

 中学校の入学式の最中。「戦車第14連隊は、その後どうなったのか」とふと思った。それが気になって仕方がなく、小遣いを全て軍事書籍に費やした。

 同級生と会話する事は殆ど無く、学校で過ごす休み時間の大半は書籍を読み漁っていた。それが原因で同級生から『軍事マニア』、『戦車オタク』と囁かれるようになったが、水田にはそんな渾名を気にする暇は無かった。インパールがどうなったのかを知りたい。その一心だった。

 

 

 

 鶴ヶ原中学校は45分間の昼休みに入っていた。グラウンドに出て遊ぶ生徒。教室で友人とお喋りをする生徒。図書室で読書をする生徒等、過ごし方は皆それぞれだ。

 水田は教室で例の本を精読していた。戦車第14連隊の歴史を一字一句、全て銘記するように。

 

(・・・『インパール作戦は陸軍将兵が16万人戦死した事から、『史上最悪の作戦』と呼ばれている。戦車第14連隊は20日分の食料しかなかった事から戦闘の続行は困難になり、密林の中を敗走・・・雨季の山岳路は、『白骨街道』と呼ばれた』・・・か)

 

 水田は本を閉じて席を立ち、窓辺に寄りかかった。冬らしい曇り空で、今にも雪が降りそうだった。

 

(俺が見てきた歴史とは違う。戦車第14連隊がインドのビルマ方面にいたこと。チハ車、チハ改、ホニⅠ、鹵獲したアメリカのM3軽戦車が配備されていたことは合っている。だが、俺が指揮を取っていたホリ車の情報が無いし、俺たちを撃破した新型重戦車がビルマ方面に配備されていたという情報も無い・・・何故だ?)

 

 水田は書籍だけでなく、インターネットを使って色々と調べていた。

 ホリ車の詳細については、『5式中戦車・チリ車』の車体を流用して製作されていたが終戦までに完成しておらず、配備もされていなかったという。調べて出てきた画像は『ホリⅠ型』の木製モックアップだった。

 ホリ車に対抗するために配備されたと思われる新型重戦車は『M26・パーシング』だと判明した。ドイツのティーガーに対抗すべく開発された戦車で主砲口径は90㎜。ホリⅡ型のキュウポラを吹っ飛ばす事など容易だろう。

 パーシングは制式化する前にロールアウト済みだった試作車の『T26E3』20輌が第3機甲師団に配備され、ヨーロッパ戦線に投入されたという話だったが、ビルマ方面に配備されていたという情報は無く、日本に上陸したが戦闘することは1度も無かった。

 水田はこの『記憶のズレ』が気になっていた。「ただの記憶違い」と言ってしまえばそれまでだが、本当にただの記憶違いなのか、歴史という時の流れに埋もれているのか。詳細は未だ不明のままだ。

 教室にチャイムの音色が流れる。グランドから大急ぎで帰って来た生徒を横目に、水田は自分の席に戻った。

 

 

【平成23年12月11日。曇り。

 歴史の授業で戦争の事を学んだ。昭和20年8月6日、広島に1発。同月9日、長崎に原爆が投下された。同月15日。日本はポツダム宣言を受託し、太平洋戦争は終わった。

 そして戦車第14連隊の歴史を見つけた。思っていた通り、連隊はほぼ壊滅していた。

 ビルマの攻略は失敗し、日本軍は密林の中を敗走していたという。補給も殆ど無かったのだから、無理もないだろう。将兵16万人が戦死し、我々もその一部だというのは何とも言えない不思議な気分だ】

 

 休み時間中に書いた日記を回想しながら、1階の隅にある教室に向かっていた。ドアの前に立って2回ノックし、「失礼します」と言って引戸を開けた。

 両側には天井に届きそうな程に背が高く、ガラスの引戸とスチールで作られた本棚。その先に机を挟んで椅子が1脚ずつ向かい合うように置かれている。その1脚に白髪混じりで顔の皺が少し目立つ女性が座っていた。担任の片崎だ。水田は椅子の右側に立ち、一礼をして座る。

 

「水田くん。何で呼ばれたのか、分かるよね?」

 

 片崎が問い掛け、水田は頷く。放課後に進路指導室に呼び出された理由は分かっている。まだ進路が決まっていないからだ。

 もうすぐ受験シーズンだというのに、水田はまだどの高校を受けるかを決めていなかった。目の前に置かれている志望用紙の第1、第2志望の欄は白紙のままだ。

 

「水田くん。そろそろ本気で進路を決めないと、この先大変な事になるわよ」

 

 始まった。長々と説教を受けるのは流石に堪える。体感的に数時間座らされている気分になるから苦手だ。座るより立っている方が気が楽だと感じている。

 片崎の話に対してただ相槌をしながら頷く。進路を決めなければならないのは分かっているが、やりたいことが見つからない。

 7年も戦車に乗ってきた。旧日本軍時代の戦車の知識に関しては人並み以上だろう。だがこの時代では全く役に立ちそうにない。今の自分に戦車以外に何が出来るのかと、頭の片隅で考えていた。

 

 

 

 話の最後に「冬休み前に志望用紙を提出すること」と指示され、漸く解放された。午後5時前だというのに、空は薄暗くなっていた。

 校門を抜けて横断歩道を渡り、別府市シンボルでもある別府公園を抜ける。

 

 戦前から公園として整備されていたが、戦後に公園の一部が進駐していた米軍のキャンプ地となり、南北戦争の戦場のように岩が多かった事から『キャンプ・チッカマウガ』と名付けられた。米軍が撤退したあとは陸上自衛隊の駐屯地になり、再び公園に戻った。

 中心点の近くには進駐していた米軍がクリスマスを祝うために植えたヒノキがあり、立派な大木に育っている。

 このヒノキはキャンプ地の名前から取って『チッカマウガ・ツリー』と名付けられている。

 

 公園を抜けて更に5分、別府駅の改札口の前に着いた。駅の中は電車通学をしている他校の学生やサラリーマンで溢れている。

 自販機で暖かい缶コーヒーを買ってベンチに腰を下ろし、プルタブを引こうと指に力を入れる。

 

「あの・・・すみません」

 

 突然声を掛けられて見上げると、同い年ぐらいの男子生徒が立っていた。学ランに付いているボタンには『中』と掘られているので、恐らく他校の生徒だろう。

 

「隣良いですか?他のベンチ、埋まってしまっていて」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる。この時間帯はかなりの人でごった返すので、ベンチはすぐに埋まる。「どうぞ」、そう言うと水田の左側に腰を下ろし、缶コーヒーを飲み始めた。

 水田も缶コーヒーを口に入れる。冷えきった身体に、暖かいコーヒーが染み渡る。軽く息を吐くと、隣に座った学生が「あの」、と囁くように話し掛けてきた。

 

「・・・何か?」

 

「自分の勘違いだったら申し訳無いんですが・・・前世の記憶とか残ってませんか?例えば陸軍の時とか」

 

 一瞬思考が止まった。

「こいつ何言ってんだ?」という呆れではなく、「何で知っているんだ?」という驚きだった。

 

「あ、あの。もしかして」

 

「い、いや。そんなわけ無いだろ」

 

 慌てて荷物を纏めて立ち上がる。

 

「中島一等兵です。引田准尉」

 

 後ろから聞き慣れた名前と階級が聞こえた。

 足が止まり、水田は顔だけを学生に向けた。その名前と階級を知っているのは『引田班』の班員と、本人と、自分だけだ。

 

「中島、一等兵・・・だと?」

 

「そうです。中島です。戦車第14連隊の『引田班』の新米で、ホリⅡ型の副砲砲手だった、中島三雄です」

 

 周りの喧騒が遠ざかっていくのが分かる。信じられない事だったが、この学生が言っている事は1つも間違っていない。水田は66年ぶりに再会した『中島一等兵』を見つめた。

 

 

 

 2人は近くのカフェに入り、入り口から1番離れている席に座った。これから他人には聞かせられない話をするのだ。人気があまりない席が望ましい。

 水田は目の前に座った学生をまじまじと見つめた。『前世の中島』と名乗っているが、疑いが完全に晴れたわけではない。

 

「あの・・・いくら自分の顔を見ても前世の時と違うのは仕方ないですよ」

 

「それは、そうか」

 

(名前だけじゃない。ホリ車のことも、俺のことも淡々と答えた。これ以上疑うこともないか)

 

 水田は頼んだホットコーヒーを口に運んだ。

 かつての部下だった中島は、『秋川(あきかわ)(みのる)』と名乗った。見た目はすっかり変わっているが、雰囲気や微笑んだ時の表情は前世の中島に似ている。

 

「・・・秋川、と言ったか?何で俺が『引田』だと分かった?」

 

 質問をすると、秋川は水田の鞄から少しだけ見えている日記帳を指差した。

 

「その日の始まりか終わりには必ず書いてましたから」

 

「日記帳だけで分かったのか?」

 

「ええまぁ。後はチラッと軍事書籍が見えたんで、もしかしたらと思いまして」

 

(そう言えばこいつは観察が得意だったな。あの夜にパーシングを見つけたのも中島・・・じゃなくて秋川だった)

 

 その観察眼で転生した水田を『引田』と見抜くとは、お見事以外に言葉が見付からない。

 

「お前も前世の記憶を持ったまま、転生したのか?」

 

「ええ。驚きましたよ。あの時の記憶がそのまま残っているんですから」

 

 秋川は苦笑した。その表情を見れば、どれだけ苦労してきたか大体理解出来る。

 秋川も10歳になった時に前世の記憶があると気付いたらしく、親にその事を話したが信じて貰えなかったそうだ。2つ上の姉がいるそうだが、ただ馬鹿にされて終わったという話だ。今はその記憶と向き合い、上手くやっているという。

 互いに生い立ちを話していると、いつの間にか受験の話になっていた。秋川もどの高校を受けるかは決まっていないと話した。

 

「お前も悩んでいるのか」

 

「ええ。やりたいことはあるんですけどね」

 

「やりたいこと?何だ?」

 

「えっと・・・戦車道です」

 

 少し照れ臭そうに答えた。

 水田は『戦車道』という言葉を頭の中から引っ張り出した。本屋の雑誌コーナーで見掛けた記憶がある。

 

「確か『女子の嗜みとして受け継がれた伝統ある武芸』だったな」

 

「ええ。初めて見た時は驚きました。戦時中の戦車が色々な戦術を駆使して戦うんですから。それも乗員が全員女子だという事に更に衝撃を受けました」

 

「参加したいのか」

 

「ええ。でも女子しか出れないって担任に言われた挙げ句、クラスメイトから笑い者にされましたよ。『男が参加出来るわけ無いだろう』って」

 

 秋川はカップに視線を向ける。水田からは俯いているように見えるので表情は分からないが、その様子からしてきっと悲しい顔をしているのだろう。

 

「ずっと憧れていました。あの時と・・・戦場にいた時と比べたらどんなに楽しいんだろうって」

 

 その言葉には水田も納得した。

 兵士にとって戦車は頼れる相棒であり、厄介な敵でもあった。戦場で見る戦車は、時に怪物にも見えたものだ。それが今は戦車同士で戦っても死傷者は出ないのだ。66年前と言っても戦場を経験した身からすれば驚くのも無理はない。

 水田自身『戦車道』という武芸があることを知り、興味を持った事はあった。だが『女子しか参加出来ない』と知ってからは距離を置いてしまっていた。

 

「男子が戦車道に参加するなんて、夢物語みたいな物何ですかね」

 

「そんな事はない。一昔前は柔道や弓道と言った武道も、どんなスポーツも大概は『男がやる』ものだった。それが今は男女関係無く、やりたいと思えばやれるんだ。戦車道だって、いつかは男子でも出来る時代が来るだろ」

 

 水田は残りのコーヒーを飲み干して大きく息を吐く。

 

「そうですね。もしかしたら男子でも戦車道が出来る学校があるかもしれませんし・・・諦めずに探してみます」

 

「女子高が男子を募集することは無いと思うぞ」、と言い掛けたがすぐに咳払いをして誤魔化した。

 

「あ。そろそろ行かないと」

 

 秋川が腕時計を見て慌てて荷物を纏め始めた。いつの間にか午後6時を回り、外は真っ暗になっている。水田が「ここは俺が」と言ったが、「いえ。自分が誘ったんでここは自分が払います」と言ったので、そのお言葉に甘えさせて貰うことにした。

 別れ際に秋川が、「携帯番号を交換しましょう」と言い出し、互いの携帯番号を交換しあった。ちゃんと交換出来ているか確認した後、秋川は一礼をして背を向けた。

 

「秋川」

 

 呼び止めるとすぐに目線を向けた。

 

「俺はもうお前の上官じゃないし、同い年の同期なんだ。わざわざ敬語を使わなくても良いぞ」

 

「いえ、ため口で話すのはおこがましいというか・・・癖みたいになってますので。じゃあこれで」

 

 秋川は再び背を向けて颯爽とその場を去り、水田はその姿を見送った。

 

(癖・・・か。俺が日記を書くのも癖みたいなものだな。さて、帰るか・・・)

 

 出口に視線を向けた時、1人の少女が水田をじっと見詰めていた。

 日本陸軍の軍服を着用し、日の丸が描かれた鉢巻きをヘルメットに巻いて被っている。顔は泥なのか煤なのか、頬の当たりが若干黒く汚れている。この現代では見掛けない格好だ。

 右側頭部と左足を怪我しているのか、巻いている包帯には血が滲んでいた。こんなに目立つ格好をしているにも関わらず、通り過ぎる人たちは見向きもしない。

 この少女は恐らく水田にしか見えていない。初めて見たのは10歳ぐらいの時。気がつけば目の前に立ち、無表情で水田を見詰めている。

 一度だけ話し掛けてみたが、少女は何も答えなかった。『空想の友人(イマジナリー・フレンド)』かと思った事もあったが、児童期の間に消えてしまうものだと最近知った。この年になれば消えてしまうものらしいが、15歳になった今も少女は時々現れる。その表情は無表情にも見えて悲しそうにも見える。

 初めはその格好と表情が不気味に見えていたので視線を反らしたりしていたが、今は目を合わせても何とも思わなくなった。暫く見詰めていると、向こうから離れていくからだ。

 暫く見詰めていると、少女は水田に背を向けて人混みの中へ消えていった。水田もその人混みに紛れて自分の家に向かった。

 

 

 

 

 1週間後。

 水田は秋川に呼び出されて別府公園の西口に来ていた。駅だと人が多いので互いに見つけるのに時間が掛かるからと言う秋川の提案だ。遠目で見つけると、秋川は何故か笑顔で手を降り振りめた。

 

「どうしたんだ?今日はやけに機嫌が良さそうだが」

 

「水田さん!ありました!男子でも戦車道が出来る女子高が!!」

 

 やけに高いテンションの秋川と、『男子でも戦車道が出来る女子高がある』と言う情報に、水田はどう反応すれば良いか分からなかった。

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