転生の戦車兵『銀鳩班』    作:タンク

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前回のあらすじ

γー172にて砲撃陣地を構えていたホリ車は、敵戦車のヤークト・ティーガーに邪魔をされて砲撃できない状況に陥っていた。
崖上から見ていた水田は、残された履帯跡から1輌こっちに登ってきていると察し、ホリ車を茂みに擬装させて待ち伏せた。登ってきたところを撃破し、その後は崖下の残りを殲滅した。

γー176で戦闘していた本隊は森林エリアに逃げ込み、木を盾にして反撃していたが、ジリジリと迫る敵チームに苦戦を強いられていた。
ホリ車の援護無しに戦線を維持することが難しくなり始めていた。敵が森林エリアの一歩手前まで来た時、ホリ車の狙撃でパーシングを撃破。
更に、敵のパンター群に紛れていたErsatzM10の奇襲攻撃により、敵の戦線は崩壊を見せ始めた。

このまま行ければ、敵を追い詰めることが出来る。本隊が前進を始めた時、強力な一撃が森林エリアに轟いた。
この一撃でVK45.02(P)が撃破。T25E1が履帯を切られ、自走不能に追い込まれた。その一撃を加えたのは、ドイツの試作超重戦車だった!


第二十話 激戦の果てに・・・

 突如現れた灰色の重戦車は、主砲の砲口を味方本隊に向けている。味方の攻撃を受けても掠り傷にしかならない。

 その戦車は全国にある戦車道科の戦車の中で、『無敵』と呼ばれる存在である。

 ドイツ。試作超重戦車『Eー100』。名前に付けられた『E』は、『Eシリーズ』を指す。

 Eシリーズとは『Entnicklungstypen(エントヴィックルングストゥーペ)=開発タイプ』の略語であり、戦車を重量ごとに標準化し、部品を共通化させることで生産性を高めるという狙いがあった。

 駆逐戦車。中戦車。重戦車。超重戦車の区分がEシリーズとして計画され、『Eー100』はその中の超重戦車だった。

 

 超重戦車という区分故に、現在でも破格と言える武装・装甲で計画された。

128㎜kwk44L/55(128㎜戦車砲)が搭載が初期案として計画されたが、最終案では150㎜kwk44L/38(150㎜戦車砲)か170㎜kwkL44(170㎜戦車砲)が主砲として選定された。170㎜戦車砲の搭載した場合、駆逐戦車のように固定式戦闘室にする予定だったという。

 防御面では以降の数値で計画されていた。

 車体前面200㎜。車体側面120㎜。後面155㎜。車体側面にスカートが付けられ、避弾経始を考慮した曲面で55㎜。砲塔前面220㎜。側面と後面が210㎜となっている。

 

 機動面では試作車両にV12型ガソリンエンジン『HL230P30(700馬力)』を搭載する予定だったが、量産型にはHL230P30を改良した『HL234エンジン(800馬力)』か、過給器付きの新型エンジンを搭載する予定だったとされる。

 あくまで計画段階の数値ではあるが、HL234エンジンを搭載した場合、約40㎞で走行出来ると言われていた。

 同時期に開発が進められていたⅧ号戦車『マウス』は整地で約20㎞だったので、単純計算で約2倍の速度で走れたと言うことになる。

 重量はマウスが約188tに対し、Eー100は約140t。超重戦車という区分ではあるが、マウスよりも重量を抑えた造りとなっていた。

 

 1943年よりアドラー製作所に開発指令が下され、製作が進められていたが、1944年に開発中止と命令が下された。

 戦況悪化の影響で、超重戦車を造れる資源が無かったのだ。その後はアドラー製作所の工員3名がヘンシェル社の工場で細々と製作を続け、車体が完成した辺りでドイツが降伏した。

 Eシリーズの中で製作が進められていたのはEー100だけで、この他に『Eー10(駆逐戦車)』、『Eー25(駆逐戦車)』、『Eー50(中戦車)』、『Eー75(重戦車)』の設計が進められていたが、どの車両も製作の段階までは行かなかった。

 その後は連合軍が接収したという情報を最後に行方は分からず、スクラップにされたという説が有力視されている。

 

 これもまた、花蓮の作戦であった。

 40㎞で走れると言っても、坂道や不整地で追従出来る程の機動力は無いので、遅れても良いから敵を発見した場所に来るよう言っておいたのだ。

 タイミングが合えば、敵が油断した所に強力な一撃をお見舞いすることが出来る。この状況がまさに絶好のタイミングだった。

 

「Eー100。良くやったわ。そのまま前進し、敵を一掃しなさい」

 

 花蓮の指示を受け、灰色の巨体が本隊の前衛に進んでいく。敵からの攻撃を弾きながら進む様は、まさに無敵と言えよう。

 

 

「撃つって何言ってんの!?相手は200㎜以上の装甲を持つ怪物よ!?」

 

『今はこれしか方法がありません。タイミングを外さないためにも、こちらの指示に従ってください』

 

 加藤は水田からの意図が読めずにいた。Eー100が現れ、VK45.02(P)が撃破。T25E1は履帯を切られ行動不能となってしまった。

 更にEー100はこちらの攻撃を全て弾き返してしまう。絶望の縁に立たされた本隊に、水田から連絡が入った。「こちらから一発撃つ。指示を受けたら退避せよ」、と。

 

「囮になる気!?距離があるにしても凄まじい威力よ!?」

 

『兎に角、指示に従ってください』

 

 その通信を最後に切れてしまった。何度か呼び掛けたが応答することは無かった。

 

 

「神原、射撃用意。目標はEー100の車体前面だ。俺の合図で撃発しろ」

 

 水田の指示に誰も反応しない。「ん?どうした?」

 

「何を考えているんですか?105㎜砲と言っても、この距離じゃ貫通力が下がります。それに・・・この角度だと貫通どころか弾かれますよ」

 

 神原が睨むように水田を見た。

 目標は約2~3㎞先。105㎜砲と言えど、この距離では砲弾の勢いが落ちてしまう。狙っている車体前面は装甲が一番厚い部位だ。当たったとしても弾かれるのは明白だ。

 

「良い。最初からそれが狙いだ」

 

「ですが・・・」

 

「味方の撤退を援護するためにやるんだ!急いで射撃準備に掛かれ!!」

 

 水田の怒号に神原はたじろいだ。援護するためにしても、車体前面を狙ってどうするつもりなのだろうか。

 水田は無駄なことはしない。何かしら意図があるのは分かるのだが、その意図が読めない事に不安を感じていた。一体、何を狙っているのだろうか・・・

 照準器を覗いて狙いを付けようとしていると、横から水田の指示が飛んできた。

 

「射撃用意!目標、Eー100車体前面!砲身、俯角-3°!射角、右に4°!」

 

 言われるがままに照準を調整する。

 ホリ車の主砲は左右10°ずつ振れる仕組みとなっているので、車体ごと旋回させる必要はない。

 ハンドルの操作が終わると、撃発ペダルに足を置く。準備は整った。

 

「撃てぇ!!」

 

 撃発ペダルを踏み込む。衝撃と轟音が車内に響き、砲弾が撃ち出されて飛んで行く。

 砲弾はEー100の車体に当たり、弾かれた。その様子を見ていた水田は、何故かニッと口角を上げた。

 

 

(今のは・・・ホリ車の射撃?。何処を狙ったのか知らないけど、弾かれたみたいね)

 

 花蓮は車長用キューポラに付けられたぺリスコープ越しに外を見ていた。

 金属が当たって弾かれる独特な音が聞こえてきたので、砲弾が戦車に当たって跳弾したのだろう。

 

「た、隊長!木が!!木が倒れてきます!!」砲手が叫ぶ。花蓮もぺリスコープを覗いた時には既に、木が倒れてきていた!

 

「麻美!全速後退!!」

 

「間に合わないわよ!!」

 

 麻美の言うとおりだった。側にいた宇都宮校の戦車は退避行動を取ろうとしたものの、成す統べなく倒木に巻き込まれてしまった。

 

 

「今です!!退避行動を!!」

 

 水田の指示に合わせ、延岡校の戦車5輌がその場から撤退していった。敵は倒木から抜け出すために車体を揺らしているが、あの様子だと時間が掛かりそうだ。

 T25E1はそのまま置いていくしか無かった。履帯修理を手伝いたかったが、今は退避を優先するしか無い。

 車長の村橋は「こっちは大丈夫。目の前に敵がいるから動向を随時報告する」と言った。味方の撤退を確認すると、織田に指示を出した。

 

「よし。本隊と合流するぞ。織田。180°旋回」

 

 ホリ車の車体がゆっくりを動き出す。神原は、水田が狙っていたものが何だったのか、漸く理解出来た。

 狙っていたのはEー100ではなく、その先にあった木だ。跳弾で幹に傷を入れ、倒れてくるのを待てば敵は巻き込まれるという寸法だ。

 敵が隊列を組んで突っ込もうとしていたので、上手い具合に巻き込めることが出来たが、もしタイミングが合わなければただ無駄撃ちしただけになっていた。

 水田を見ると、ホッとした顔をしていた。賭けに勝った。そんな心境なのだろう。

 

 

 30分後。

 本隊とホリ車はβー016で合流し、そのまま北上していた。このまま進むと、市街地エリアに着く。

 

 それから10分後。

 本隊が小高い丘を登り切って停車すると、その下に市街地が見えた。集合住宅らしい建物が5棟。その他は一軒家がポツポツと建っている。

 本隊はその場で停車し、各車の車長がハッチから上半身を出して見下ろす。γで決着を付けられると思ったが、相手の抵抗は予想以上だった。今更ながら、手強い相手だと改めて実感していた。

 

『こちら村橋。敵が動き出しました』村橋からの通信を受け、車長たちはインカムを手に取ってスピーカーを耳に押し当てる。

 

『こっちには見向きをしないでそっちに向かいました。目標は市街地エリアだと思います。こっちは心配しないでください。後15分くらいで自走出来そうなので、修理が終わったら急いで合流します』

 

 村橋の連絡が終わると、加藤は大きく息を吐いて言った。

 

「10分くらい休憩しようか。市街地に入ったら、休む暇なんて無いだろうし」

 

 その提案に反対する者は居なかった。

 逃走を開始して既に40分が経過している。今動き出したとなると、追い付くにはかなりの時間を要する筈だ。

 とは言え、油断は出来ない。加藤が周囲の警戒をし、戦車も目立たない場所に停めた。

 休憩とは言ったものの、とてもリラックス出来る心境ではなかった。休まなければとは思うが、延岡校の中で貴重な戦力だった重戦車がやられてしまった。

 残された戦力を減らさないようにしなければならない。その事が気掛かりで仕方なかった。

 

 休憩を始めて5分。

 水田は車外に出てホリ車に寄り掛かっていた。こう言う時は車内にいた方が安全なのだが、外の空気を吸っていないと落ち着かなかった。

 

「ねぇ。ちょっと話ししない?」話し掛けてきたのは沙樹だった。思わぬ誘いに、水田は目を丸くした。

 

「話?俺とか?」

 

「あんたと話しでもすれば、気が紛れるかもって思っただけよ」

 

 沙樹はそのまま水田の横に回ると、水筒に口を付けた。

 

「・・・あんた。昔『守れるものを守れなかった』って言ってたよね。それって何なの?」

 

 守れなかったもの・・・そう聞かれ、色々な事を思い浮かべた。進駐していたビルマ方面や、日本という故郷・・・そんな中で、特に守れなかったと実感しているのは・・・

 

「『仲間』だ」

 

「仲間?どういうこと?」

 

「もうかなり昔の事だ。一緒だった仲間とバラバラになってしまったんだ。大勢居たんだが・・・みんな()()()しまった」

 

「・・・()()()ってどういうこと?喧嘩して離れ離れになったって事?」

 

「喧嘩か・・・まぁ、そんなとこだ。今思い返してみると、非常に馬鹿げた喧嘩だった・・・あの一件で、大勢の仲間が散っていったからな」

 

「ふーん・・・良く分かんないけど、あんたも色々あったのね」

 

「ところで、お前の方は姉と何があったんだ?あの時の様子からして、かなり揉めていたようだが」

 

 沙樹は少し俯き、唇を噛み締めた。それを見て、聞くべきではなかったような気がしたので「いや、何でもない」と誤魔化し、ホリ車に戻ろうと足を動かした。

 

()()()()()だったのよ」ピタッと足が止まる。その言葉の意味を考えながら、ゆっくりと振り返った。

 

「母親代わり?」

 

「そう。だって、私たち姉妹に両親なんていない・・・昔事故にあって、2人とも・・・ね」

 

 

 γー102。

 倒木に巻き込まれた後。どうにか脱出した宇都宮校は、敵を追って北上していた。

 予想だにしなかった事態に大分時間を取られてしまった。その遅れを取り戻すため、アクセル全開で進軍している。残ったのは鈍重な戦車ばかり。遅れを取り戻すのは容易ではない。

 花蓮は地図に視線を落とし、敵が市街地に侵入した場合の行動を予想していた。待ち伏せするか、それとも真正面から突っ込んでくるか。予想はいくらでも立てられる。

 車体が揺れ、ペンを落としてしまった。拾おうとした時、一緒に小さな紙がヒラヒラと落ちた。その紙を拾い、じっと見つめた。

 ずっと大事にしてきた写真だ。軽く色褪せ、細かい皺がいくつも付いている。いつ撮ったか覚えていないが、西沢家の家族写真だ。

 幼かった頃の西沢3姉妹。その横に立つ両親。そして祖父の友幸と祖母の7人を写している。

 

 

 花蓮が8歳の時だった。

 雨が降りだしそうな薄暗い天気の日だった。その日は戦車道の訓練が長引き、家に帰った時には午後6時を回っていた。

 玄関で靴を脱いでいると、祖母が血相を変えて駆け寄り、「お父さんとお母さんが事故に遭って、病院に運ばれた」と言われた。

 両親で買い物に出ていた帰りに、対向車と正面衝突。相手はトラックで、花蓮たちの両親が乗った車は弾き出されて田んぼに突っ込んだという。

 祖母と麻美、沙樹の4人で病院に駆け込んだ時には既に亡くなっていた。2人の遺体の側で、必死に涙を堪える友幸の背中は今も鮮明に覚えている。

 その後の事は良く覚えていない。麻美と沙樹が泣く声。友幸と医師が話している声がぼんやりと記憶の片隅にあるだけだ。

 葬式を終えた後。花蓮はある決心をした。麻美と沙樹を立派な戦車乗りに育てる。そして3姉妹揃って、戦車道をやっていく。いまだにどのチームも成し遂げられていない10連勝を達成すると。

 友幸は花蓮の決心に同意し、『姉』として、跡取りとして、厳しく育て上げた。その甲斐あってか、花蓮は全国トップチームの隊長になって勝利を重ねていった。

 このまま行けば、10連勝という快挙を成し遂げられる。そう思っていた矢先、沙樹が消えた。

 延岡にいると聞いたとき、すぐ迎えに行かなければと思った。だが、沙樹は拒み、水田に邪魔をされた・・・

 ペンを握る力が強くなっていく。

 勝って、沙樹を連れ戻さなくては・・・その思いが募っていくのを感じた。

 

 

 沙樹から姉である花蓮の事を聞いた水田は、複雑な心境と同時に何処か納得していた。

 冷静そうな花蓮が、感情を露にしてまで沙樹を連れ戻そうとしたこと。過保護のように感じたのは、そう言うことなのだろう。

 

「私・・・お姉ちゃんを尊敬していた。お姉ちゃんみたいな戦車乗りになりたいって思ってたのよ。でもある時思ったの。自分の実力が何処まで通用するのかって。お姉ちゃんの側にいたら分からないと思ったから出ていったの」

 

「・・・そう言うことだったか。てっきり姉妹同士でいざこざがあったからと思っていたが」

 

「まさか・・・そんなわけないじゃん」

 

 フッと鼻で笑うその横顔は、何処と無く悲しそうに思えた。後悔から来るものでは無い。姉妹同士、心が通じ合えないもどかしさだろう。

 

「みんな。そろそろ移動するわよ。一旦市街地に入って、落ち着けそうな所で作戦を立て直しましょ」

 

 加藤の指示に、水田と沙樹は急いで自分の乗機に足を運んだ。

 

 

 

 本隊は市街地に侵入し、南よりのαー098で停車し、車長だけがレオパルトの前に集合した。

 ここは市街地エリアの出入口と言える場所で、敵が侵入してくるなら恐らくここからだろう。

 問題はここからだ。敵には強力なEー100がいる。本隊の前衛に構えて突っ込んでくるのは確実だろう。フラッグ車は中間か、後方から攻め上がる形を取るだろう。

 そしてこの市街地は、2車線以上の大通りが非常に少ない。殆どが1車線。狭い通りばかりなのだ。

 地図上ではどのルートも殆どが戦車1輌通れる程度の幅しかない。囲まれたら終わりだ。

 鬼嶽も「今回ばかりは単独行動を控える立ち回りをする」と言っている。囲まれた時のリスクを考えての事だろう。

 どういう作戦で立ち回るか頭を悩ませていると、水田がボソッと呟いた。

 

「加藤隊長。要点だけに絞れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになりますよね?」

 

「簡単に言えばそう言うことになるけど、それがどうかしたの?」

 

「・・・個人的にはあまり好ましいやり方では無いんですが、やむを得ない状況です。聞いてくれますか?」

 

 

 γー176を出発して1時間後。

 花蓮たちは漸く市街地エリアに到着した。Eー100を先頭に、フラッグ車のティーガーⅡを中央、スーパー・パーシングとパーシング、パンター郡を後方に構えさせた。こうすれば、後ろを取られてもフラッグ車を守りきることが出来る。

 

「このまま市街地に突入しなさい。連中の攻撃力じゃ、Eー100の正面を貫く事は出来ない。反撃されても怖じ気づかずに突っ込むのよ」

 

 花蓮の指示に合わせ、戦車郡が一気に突っ込んでいく。少しずつ市街地に近づいていくと、敵からと思われる砲撃が隊列に牙を向けてきた。市街地に入れないためだろう。

 Eー100を先頭にしていたことが功を奏し、後方にいる戦車に攻撃は全く当たらなかった。

 市街地に近づくに連れ、反撃が薄れていった。諦めて奥に逃げ込んだようで、手前まで来ると反撃は無くなった。減速することなく、そのままの勢いで市街地に侵入していく。

 すると、突然視界が真っ白になった!発煙筒を投げ入られたのだ!

 

「っ!?発煙筒!?このタイミングで!?」麻美が動揺していたが、花蓮は全く動じていない。

 

「気にしなくて良いわ。このまま前進して・・」ゴンッと車体が何かに当たった。後方の味方がぶつかってきたのだろう。

 

「下手くそ!!もっと慎重に進みなさいよ!!」

 

 麻美が悪態を付きながらアクセルを目一杯踏み込んだ。この区画から早く抜け出したかったのだ。

 敵は手持ちの発煙筒を全て投げ入れたようで、中々抜け出せない。暫く走っていると、漸く視界が開けた。が、その景色に花蓮たちは愕然とした。

 前にいたはずのEー100がいない。後ろから来ていたはずのパーシングとパンターもだ。

 

『こちらパーシング2!煙を抜けた辺りで敵が攻撃してきました!!隊長たちは今何処にいますか!?』

 

 別車両の車長から通信が来た。敵なんていない。目の前にある景色は、何もない普通の道だけ。狐に包まれたような気分だ。

 

(どういうこと?何処かで別れた・・・と言うこと?・・・まさか、あの時!?)

 

 そう。発煙筒の煙に覆われていた時、何かにぶつけられた。その時に進路が変わってしまったのだ。

 ぶつかってきたのは敵の戦車だろう。あのエリアで大量に発煙筒をばら蒔いたのは、視界を完全に消すため。

 1メートル先も見れないほど視界が狭まっていたのだ。何処を進んでいたのかも、進路が変わってしまった事にも気付けなかった。まだ味方は近くにいるはず。急いで戻らなければ。

 

「隊長!正面に敵のフラッグ車です!!」

 

 砲手が照準器を見ながら報告してきた。センチュリオンは車体後部を晒し、逃げるように前進していった。

 

「弱小校のくせにあんなのに乗って!!行くわよ!!」麻美がアクセル全開で突っ込んでいく。

 

「待って!これは罠よ!!」

 

 花蓮が制止を促したが、麻美は聞き入れない。他の乗員も目の前しか見ていなかった。

 センチュリオンはどんどん奥に逃げていく。すると、今度は後ろから攻撃が飛んできた。真後ろに着弾し、破片が飛び散る。花蓮が確認すると、ホリ車が後を追ってきている!狙いは挟み撃ちか!?

 

「砲塔180°旋回!!ホリ車が追撃してくるわよ!」

 

「だ、駄目です!道が狭いので旋回させたら主砲が壁に接触します!!」

 

 花蓮の中に、絶望感がふつふつと沸き上がっていた。ここで負けるのか・・・と思っていると、道が開けてきた。希望が見えてきたと思ったが、その希望は儚く散っていった。

 行き止まりだ。正方形の空間で、周りは背の高い建物で覆われている。ホリ車は逃げられないように出入口で止まり、主砲を向けていた。

 

「・・・どういうつもり?何であいつは攻撃してこないのよ」

 

 麻美が不気味がるのも無理はない。敵にとって有利な状況にも関わらず、攻撃されない。どちらもただ構えているだけで、攻撃の意志が見られない。

 この狭い空間の中に、不気味な程静かな空気が流れていった。

 

 

 沙樹は停車しているティーガーⅡを見た。

 近くで見ると、その迫力は段違い。主砲の威圧感が伝わってきていた。

 

 作戦会議中。水田がとある提案をしてきた。「フラッグ車以外の戦車を釘付けにするために、加藤隊長たちに囮になって貰いたい」と。そして「敵フラッグ車を引き付けるために、センチュリオンを囮に使う」と続けた。

 この試合形式は『フラッグ戦』。敵の数が残っていても、フラッグ車を先に撃破すれば勝利というルールだ。わざわざ周りの敵を殲滅した後にフラッグ車を狙う様なことをする必要はない。

 流石に無謀とも言える作戦だったが、誰も反対しなかった。勝ちに行くならこの方法しかないと思ったのだろう。

 水田たちも加藤たちと一緒に行動するつもりだったが、沙樹が「万が一の時に援護してほしい」と誘って現在に至る。

 

 

 沙樹と組むと聞いた水田は、極力手を出さないと沙樹に言っていた。花蓮に沙樹の実力を分からせるために、邪魔をしないようにと思ったのだ。

 

『水田くん!!こちら加藤!これ以上敵の進軍を食い止められない!!早く決着を付けて!!』

 

 加藤の切羽詰まった声を聞き、水田は「了解」と一言だけ返答した。この戦いは、絶対に邪魔出来ない。

 センチュリオンとティーガーⅡの間に、言葉では言い表せない空気が漂っている。

 

 麻美はこの状況にただ不気味がっているが、花蓮は理解していた。あのセンチュリオンに乗っているのは沙樹。自分が指揮を執る戦車で、立ち向かってこようという魂胆だ。

 確かに、沙樹はあの頃に比べて成長している。だがその周りにいる乗員はまだ慣れていない。なら、仕留めるのは簡単だ。

 

 沙樹は大きく息を吐いた。大丈夫。焦らなければ、勝機はある。落ち着いて指示を出せば良い。

 

「前進!!」指示を受けて、センチュリオンが一気に加速する。「機動面ではこっちが有利よ!攻撃を受け流して、一気に後ろを・・・

 

 バキンッ!と鈍い音が響いた。同時に車体が大きく左に反れてしまった。

 

「左の履帯が切られました!!」

 

「右旋回!同時に砲塔も回して!!」砲手が目一杯ハンドルを回したが、旋回が終わる直前で右の履帯が切られ、砲塔に一発砲弾を受けてしまった!

 

「ターレット・リング破損!旋回不能です!」

 

「右の履帯も切られました!!」

 

 センチュリオンは完全に手詰まりの状態になってしまった。左右の履帯を切られ、ターレット・リングは破損。敵を狙うことも、自走も出来ない。

 

 

「敵戦車、完全に止まりました。留目を刺します」砲手がエンジンに砲口を向ける。

 

「待ちなさい。先にホリ車を撃破しなさい。センチュリオンはあの態勢から動けない。ほっといても問題ないわ。ここまで来てホリ車の一撃で逆転なんてあり得ないからね」

 

 花蓮の指示に従い、ティーガーⅡの車体がゆっくりと旋回する。それを見た神原が撃発ペダルに足を掛けたが、水田はそれを止めた。

 

「神原。センチュリオンの車体を掠れるか?」

 

 そう言われて位置を確認する。

 ここからだとティーガーⅡの車体が邪魔をしているが、前をこっちに向ければ右の側面が狙える。

 

「出来ますけど・・・どうするんですか?」

 

「出来るなら良い。狙えるタイミングで撃て」指示を出し終わるとインカムを取って先に繋ぐ。

 

「西沢車長!車体を旋回させるから、砲手に構えておくよう言っておいてくれ!」

 

『は!?ちょっと急にそんなこと言われても・・・』

 

「水田さん!ティーガーⅡの主砲がこっちを向いてます!!」

 

 織田が叫ぶと同時に、ティーガーⅡの砲口が火を吹く。それを見た神原が撃発ペダルを踏み込み、砲弾がセンチュリオンに向かって飛んで行く。

 砲弾はセンチュリオンの右車体後部に当たって跳弾し、車体が少し傾いた!砲口はティーガーⅡのエンジンを捉える!!

 

「撃てぇー!!」

 

 沙樹の叫び声とセンチュリオンの射撃音。跳弾の音、爆発音が響いた。それから数秒の間があり、沙樹はハッチを開けて外を見る。

 そこには、機関室から黒い煙を上げて白旗を掲げるティーガーⅡと、車体前面の傾斜装甲に傷が入っているホリ車の姿があった。

 

『宇都宮女子学園フラッグ車、戦闘不能!延岡女子高等学校の勝利!!』

 

 アナウンスが勝敗を報告する。それを聞いた水田が外に出て、沙樹の方を見て、軽く頷いた。「やったな」、そう言っているように。

 

 

 午後5時。

 戦車の回収が終わり、観客席もまばらになっていった。

 ほぼ無名と言っても過言では無かった延岡校の逆転勝利に、観客はどよめき、加藤たちは何年ぶりかの全国大会優勝に泣いて喜んだ。

 一方、沙樹は宇都宮校の陣営にいた。花蓮と麻美に向き合うように立つ沙樹。誰も喋らなかったが、沙樹の方から話し始めた。

 

「その、私は・・・私はただ自分の実力が知りたかっただけなの。身勝手な行為を許してとは言わない・・・勝手に出ていってごめんなさい」

 

 深々と頭を下げる沙樹に対して、花蓮はこう言った。

 

「沙樹はいつもそうよね・・・自分でやりたいことや知りたい事が出来たら、それを突き詰めようとする。誰に止められても、絶対にやめようとしない・・・それが、あなたなんだもんね」

 

 そう言うと、すっと手を差し出して続けた。

 

「あなたの実力。私も知りたくなったわ。次の試合、絶対に負けないから」

 

 そう言いながら麻美に視線を送る。麻美は溜め息を吐き、むすっとした顔で手を差し出す。

 

「私だって!今度は絶対に負けない!あいつにも、絶対に!!」

 

 

 延岡校の陣営で、水田はホリ車を眺めていた。()()からずっと一緒に戦ってくれた戦友に労いの言葉を掛ける。

 

「ご苦労だったな・・・ここまで、本当に良く頑張ってくれた。ゆっくり休んでくれ」

 

「水田さん。表彰式やるそうですよ」秋川が呼びに来た。「分かった。今行く」

 

 そう言って駆け寄り、表彰台に向かって歩き始めた。

 

「織田たちはどうした?」

 

「先に行ってます。後は水田さんだけですよ」

 

「そうか・・・ん?」足が止まった。目の前に『ミヨコ』が立ち塞ぐように立っているのだ。

 

「水田さん。この子、知り合いですか?」

 

「は?お前、この子が見えるのか?」

 

「見えるのかって、どういうことです?て言うか傷だらけじゃないですか!手当てしてあげないと」

 

 訳が分からない。今まで自分にしか見えていなかった『ミヨコ』が、秋川にも見えている。

 どう説明するか迷っていると、『ミヨコ』が何かを取り出した。それは、機関銃だった!

 

「逃げろ!!」秋川を連れて逃げると、銃声と共に弾丸が飛んで来る!

 2人は側にあった建物の裏に隠れ、彼女の動向を確認する。機関銃を構えながら近付いていた。何か反撃出来るものを探さなければ・・・

 

「水田さん・・・それ!」秋川が水田の右手を指差す。水田が手を上げると、いつの間にか拳銃を持っていた。

 旧日本軍が使用していた『南部14年式拳銃』。奇しくも前世で持っていた物と同じだった。

 弾倉を引き抜いて覗く。残弾は8発。これなら何とか出来そうだ。

 

「秋川、お前は逃げろ!」

 

「そんな!置いていけませんよ!」

 

「良いから行け!!早く!!」水田の覇気に押され、秋川は逃げていった。それを見送ると、拳銃のボルトを引いて初弾を装填し、拳銃を構えて物陰から飛び出した!

 ・・・いない。追っていた筈なのに、姿が見えない。

 

「すみません。でも、こうするしか無いんです」

 

 銃声が後ろから聞こえ、身体が倒れていくのを感じた。意識が遠退いていく。前世で敵に撃たれた時と・・・おな・・・じ?

 

 

 

 

 

「う・・・あ?」

 

 目を開くと、真っ白な世界が視界に入ってきた。ここが・・・死の世界というものなのだろうか。

 ゆっくりと身体を起こす。何処までも続く、終わりの見えない真っ白な世界。土も無ければ空もない。真っ白な世界だからか、目がチカチカする。

 

「・・・漸く起きましたね」

 

 声がする方に振り返る。誰かが立っている。その後ろ姿は、『ミヨコ』だった。

 

「お前・・・どういうつもりだ!何故俺を殺した!何故、何故お前もここにいる!?お前は・・・一体何者なんだ!!」

 

「・・・本当は思い出して貰いたかったんですが・・・仕方ありませんね。あの時の衝撃で、思い出せないんでしょうね」

 

 彼女は振り返ると、水田を見てこう言った。

 

「私の名前は、チハ、345号車。車体番号の語呂合わせで『345(ミヨコ)』という名前は、あなたから貰ったんですよ?」

 

「チハ・・・345号車・・・?」

 

 その時。脳裏の片隅で、ずっと閉ざされていた記憶の引き出しが開いた。前世のあの時。何があったのか、その全てを思い出した・・・

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