延岡校の前に立ちはだかるEー100を前に、水田の機転で離脱することに成功する。
敵味方共に市街地に向かい、そこで決着を付けることになった。
水田たちの策略で敵フラッグ車を孤立させ、センチュリオンとホリ車が最後の戦いに挑み、チームワークでティーガーⅡを撃破。延岡校の勝利で幕切れとなった。
試合が終わり、水田は最後まで共に戦ったホリ車に労いの言葉を掛け、秋川と共に表彰台に向かった。
その最中。ミヨコが立ち塞がるように立っていた。すると秋川が「知り合いですか?」と尋ねてきた。
今まで水田以外に見えていなかったのに、秋川にも見えるようになっていた。何故こうなったのか考えていると、突然ミヨコが2人に向かって機関銃を乱射してきた。
物陰に隠れていると、いつの間にか水田の手には護身用の拳銃が握られていた。これで対抗することを決断し、秋川を逃がした。
水田は銃を構えて物陰から飛び出した。しかし、背後に回られ、ミヨコに撃たれ、そのまま意識を失った・・・
気付いた時。真っ白な世界に居た。
側にはミヨコが立っていた。水田はミヨコに質問をぶつけると、彼女はこう答えた。
「私の名前は、チハ、345号車だ」と・・・
1944年(昭和19年)3月8日。
あの日。いつも通り日記を付けた後、作戦決行前の出撃準備を進めていた。乗機であるチハ345号車に燃料、弾薬を搭載し、後のことは整備班長の芦沢軍曹に任せていた。
乗員は車長の引田准尉。操縦手の大室軍曹。砲手兼装填手の酒井伍長。前方機銃手兼通信手の中島一等兵の4人。
芦沢軍曹は整備兵の一員だったが、乗機のチハ車を整備してくれていた事もあり、引田班と親交が厚かった。整備兵でありながら射撃が得意で、狙撃兵としても十分活躍出来る腕を持っていた。
準備が整い、出撃の命令が下されようとした時。遠くで爆発が起きた。弾薬集積所の側だった。
「敵コマンドの襲撃だ!」と言う司令官の叫び声を聞き、引田は「各自武器を携行して警戒しろ!」と指示した。
戦車兵には護身用として拳銃を携行していた。大体は『94式拳銃』だったが、引田は「使い慣れているから」という理由で『南部14年式拳銃』を携行していた。
敵の狙いは恐らく兵器の破壊。そう考えて戦車兵たちは乗機の側から離れないよう固まっていた。
その時。中島の足元に手榴弾が転がってきた。引田は咄嗟に中島を突き飛ばし、手榴弾から遠ざけた。
その直後。手榴弾が爆発した。爆風で飛ばされ、何処かに頭を打って・・・その先の記憶が無い。
インパール作戦遂行中の記憶、そしてあの日記帳に1年近くの空白があったのは、
「漸く思い出したんですね。あなたが無くした記憶。全てを」
「・・・ああ」
モヤモヤしていた頭の中がスッキリしたような気分だが、同時に幾つか疑問が出てきた。
何故、試作砲戦車『ホリ車』に乗っていたのか。ミヨコに撃たれる直前、自身の護身用拳銃を持っていたのか。そして、
「あの時も言ったはずです。あなたはまだ、
ミヨコが考えている事を見透かしたように言った。
「確かに、そう言ってたな。だが、
そう尋ねると、ミヨコはすっと手鏡を出して言った。「これを見てください」
言われるがままに手鏡を受け取り、自分の顔を見た。その顔を見て、息を飲んだ。
そこに写るのは
軍服を着用し、戦車帽を被っている。軍靴を履き、
肩に掛けているのは革製の
「なっ!?俺は・・・引田神としての俺は死んだんじゃ無かったのか!?」
「私もそう思っていました。ですが、あなたは
「・・・いや。何故だ?」
「今のあなたは・・・いえ、正確に言えばあなたの魂は、生と死の狭間にいるんです。この世界が、その生と死の狭間なんです」
「生と死の・・・狭間?」
「つまり、あなたは
死んでいない?どういうことだ?頭の中でぐるぐると色んな考えが浮かび、混乱してきた。それを見ていたミヨコはこう続けた。
「あなたが『水田隼』として生きてきた15年は
ミヨコの言葉が信じられなかったが、、現にこうして起きている。『引田神として生きた記憶』をそのまま受け継いでいた事、護身用の拳銃を握っていた事。
この全ての出来事を、
「俺がホリ車に乗っていたのは?」
「こうぼやいていたじゃないですか。『米軍を相手にするには、野砲を載せた砲戦車を配備しないと勝てない』、と。恐らく、そのぼやきが夢に反映されたんじゃないでしょうか」
色々な事が起こりすぎて理解が追い付かない。確かに、そうぼやいたのは覚えている。それまでも夢に反映されていたとは・・・
だが。彼女は。あのチハ車が人の姿で目の前にいるのは何故なのか。もしかしたら、ただそう名乗っているだけかもしれない。
『物にも心はある』と聞いたことがあるが、こうして人の姿で喋ったりするなど聞いたことがない。
「お前・・・自分を『チハ車』だと名乗っているが、何故そう言いきれる?お前の姿は、普通の人間・・・日本軍の格好をした少女にしか見えないぞ」
この指摘に対し、ミヨコは鉄帽を脱いで見せた。頭には包帯が巻かれ、血が滲んでいる。
「これを見て、思い出せませんか?」
「思い出す?何を・・・」
ふと、ある記憶が甦ってきた。1943年(昭和18年)の事だ。
英印軍がアキャブ(現シットウェー・ミャンマー、ラカイン州の町)を目指していた事で起きた『第一次アキャブ戦』に参加していた時、引田班が搭乗していたチハ車の砲塔に被弾した。
砲塔の右側面に傷が入ったが、貫通されなかったので戦闘は続行可能と判断。そのままアキャブ戦を乗りきった。
後にインパール作戦が発令されると聞き、芦沢に修理を頼めないか尋ねたが、「補給がままならないので難しい」と返答を貰った。
傷の具合から見て貫通されていなかったので、このまま作戦に参加する事にしたのだ。
改めてミヨコの頭を見る。傷が入っている箇所は、右側頭部。チハ345号車と同じ箇所に付いている。
それだけではない。ミヨコが被っていた鉄帽には鉢巻きが巻かれている。
チハ車の砲塔の天板には、手すりのように通信アンテナが付けられ、『鉢巻きアンテナ』と呼称されていた。鉄帽に鉢巻きを巻いているのは、恐らくその名残。
そして撃った時に使用していたのは機関銃。チハ車の車載機関銃の名残と考えれば合点がいく。
その姿からチハ車らしさは無いが、良く見るとチハ車と同じ部分が幾つかあることに気付いた。だとすると、彼女は本当にチハ345号車ということになる。これ以上疑いようが無かった。
「初めて自分の名前を貰った時、とても嬉しかった。中島一等兵の提案で、あなたが『ミヨコ』という名前を付けてくれた。その時決めたんです。この身を犠牲にしても、あなたを守ると」
「・・・その姿は、何なんだ?人間で言う魂みたいなものか?」
「私にも分からないんです。引田准尉が倒れた時。何とかして助けなければと思って・・・気付けばこの姿になり、あなたの夢の中にいた。初めは言葉の発し方が分からなくて、何も話せなかったんです。漸く喋れるようになったのが、あなたが特急に乗って宮崎に向かっている時でした」
(・・・延岡校に入学試験を受けに行った、あの時か)
「もっと早く気付かせるべきだったんですが、あなたには記憶が無かった。私が真実を話したところで、信じる事は出来ないでしょう?それに、あなたを元の世界に戻す方法も分からなかった・・・だから時々会って、記憶を思い出せたか聞く事しか出来なかったんです」
「俺を撃ったのは・・・夢の中から覚ますためと言うことか?」
「そう・・・あなたは実体の無い魂・・・夢の中のあなたを撃てば、目覚めると思ったんです。事故に遇う夢を見てると、ハッと目覚める事があるでしょう?」
「確かにあるな・・・じゃあ、目覚めてもこの狭間に居ると言うことは、
「そう言うことになります」
「もし、このまま元の世界に帰らなかったら?」
「戦死と言うことになります」
ミヨコの言葉が重くのし掛かった。『戦死』・・・いずれその時が来るであろうと思っていたが、まさか爆風で飛ばされてこうなるとは思ってもみなかった。
幸か不幸か、戦車の外でこんな事になるとは・・・その時、ハッと重要な事を思い出した。
部下たちは・・・大室。酒井。芦沢。中島はどうなったのか。
「あいつらはどうなったんだ?大室たちは無事なのか?」
「分かりません。あの時、気付いた時にはあなたの夢の中に居ましたから、連隊がどうなったのかも・・・」
「じゃあ、全員戦死している可能性もある・・・と言うことか」
驚きはしない。最前線で戦死する事は、決して珍しい事ではないのだ。
あの奇襲攻撃を受けて生き残れたとしても、インパール作戦では生き残れるか分からない。
夢の中で見た歴史の通りなら、将兵16万人が戦死した史上最悪の作戦と語り継がれている。もしその通りなら、全滅していてもおかしくない。
引田は改めて、自分の状況を整理した。
今、自分の魂は生と死の狭間にある。このまま元の世界に戻れば生き返れると言うことだろう。
自分の身体がどうなっているかは分からない。手や足が無くなっている可能性だってある。
戦況は悪化している。戻ったところで、自分に何が出来るのか・・・
人が人を撃ち、殺めていく世界で生きてきた。もうあんな思いをしなくて済むなら、このまま逝ってしまった方が楽な気もする。その考えを見透かしているのか、ミヨコはこう言った。
「お辛い気持ちは察します。ですが、私はあなたを元の世界に連れて帰るために来たんです。私にとって、あなたは戦友であり、名付け親。そんな大切な人を、このまま死なせたくないんです。考え直してください」
ミヨコが説得すると、引田はこう話し掛けた。
「俺は、夢の中で『未来の日本』を生きた。日本は戦争に負けた。だが国民はそこから立ち上がり、復興していった。いつから始まったのか分からないが、戦中の戦車を使う武芸、『戦車道』が流行していた。乗っているのは女学生だけ・・・俺の中では考えられない歴史の流れがあった。元の世界だと、俺が見てきたように歴史は進むと思うか?」
「それは、何とも言えません」
「そうだよな。たとえ神でも、歴史を作ることは出来ないだろう。歴史を作るのは、現世で生きる人間。神はその流れを見ることしか出来ない・・・現世で生きる人間も、寿命を全うするまではその歴史の流れを見ることが出来る」
そう言うと、上に視線を向けて続けた。「俺は・・・日本がどうなっていくのか、この目で見てみたい。これは、夢の中で未来の日本を見た俺にしか出来ないことだ。お前も、そう思わないか?」
ミヨコに視線を向ける。彼女は微笑み、こう言った。
「そうですね。私も気になります」
ミヨコはすっと目の前を指差した。光が強い場所が見える。
「あの中に入れば、元の世界に帰れます。ただ、どの時間軸に戻れるかは分かりません。もしかしたら、戦闘の真っ最中の可能性もあります」
「構わない。もしそうなったとしたら、最後まで生き延びてやる」
引田はミヨコに連れられ、光の中に入って行った。これで、元の世界へ・・・
・・・・・・喧騒が聞こえてくる・・・医薬品の臭いが鼻をつく。
ゆっくりを目を開くと、天井が見えた。ここは、何処かの建物の中か?
「せ、先生!引田准尉殿が目覚めました!!」
女性の声?先生?ここは・・・病院か?頭を動かす。白衣を着た年配の男性が近寄ってくる。
「引田准尉殿。具合はどうですか?」
「ここは・・・どこです?ラングーンの病院ですか?」
「いいえ。福岡です。あなたはラングーンから運ばれて、1年以上眠っていたんですよ」
看護婦が説明する。福岡?本土に戻っていたのか・・・
ゆっくりと身体を起こして周りを見る。ベットが並び、包帯を巻いている怪我人が横たわっている。
自分の身体を見る。手や足は失っていない。あんな襲撃があったのに、運が良かった。
突然ハッとする。1年以上眠っていた?今は・・・今日は何月何日だ?
「今は・・・今日の日付は?」
「昭和20年8月14日です」看護婦がカレンダーを見ながら言った。
「自分が眠っている間・・・日本はどうなったんですか!?」
「8月6日と9日に、新型爆弾が投下されたと聞きました。広島と長崎に投下されて・・・焼け野原にされたと・・・」
それを聞いて、夢の中の記憶を探る。8月6日と9日・・・広島と長崎・・・原爆が投下された日だ。
今のところ、夢の中で見た通りに歴史が進んでいるらしい。このまま歴史通りに進めば、明日は・・・
「あの。これ」
看護婦が何かを差し出した。革製の
「あなたの名前が書かれていたので預かってました。では」
看護婦は軽く頭を下げ、別の患者の元へ向かった。日記帳を開くと、『昭和19年3月8日』を最後に、白紙のページが続いていた。
日記帳に挟まっていた鉛筆を手に取り、最後に書いた次のページの上に走らせた。
『昭和20年8月14日 曇り
俺は今日。永い眠りから覚めた。どういうわけか、夢の中で経験したことははっきりと覚えている。
このまま歴史通りに進めば、明日はラジオから玉音放送が流れ、終戦を迎えるはずだ』
(・・・そうだ。ミヨコは?あいつは何処に行った?)
周囲を見渡したが、ミヨコの姿は無かった。
そうだ。あいつは今、インパールにいる・・・もう二度と、会うことは出来ないのだ。
『・・・堪え難きを、堪え。忍び難きを、忍び。以て万世の為に、太平を開かんと欲す(堪え難く、また忍び難い思いを堪え、永遠に続く未来の為に平和な世を切り開こうと思う)・・・』
1945年(昭和20年)8月15日。正午。ラジオから玉音放送が流れた。
呆然とその場に立ち尽くす者。泣き崩れる者。涙を堪える者・・・
引田は冷静にその光景を見ていた。夢の中で見た歴史の教科書に載っていた写真と同じ光景だった。
日本は負けた。戦況は既にひっくり返せないほど悪化していたのだ。こうなることは目に見えていた。だが、それでも戦わなければならなかった。
この国を守るために命を捨てる覚悟で戦わなければならなかった。
例えこちらから仕掛け無かったとしても、この国が戦火に巻き込まれるのは時間の問題だったのだ・・・
『昭和20年8月15日 晴れ
今日。夢の中で見た見た通り、終戦を迎えた。
今となって改めて感じることは、『戦争に綺麗も汚いも無い』と言うことだ。
戦争は武芸とは違う。どんな兵器を使おうが関係無い。結果が全てなのだ。戦争に規則や法律は通用しない。最初から存在しないのと同じなのだ。
勝った方が全てを掌握し、負けた方はそれに従うしかない。これが戦争と言うものなのだ。
変な話だが。このタイミングで戦争が始まり、終わったことにほっとしている。
この時代は日本に限らず、世界は色んな分野で未発達な技術が多い。俺が夢の中で見た未来の世界だったら、この頃とは比べ物にならない程に技術は発達していた。
そんな中で戦争が起こったら、この国どころか世界が終わっている。
もう二度と世界が戦わなくて済むように、このまま平和な世界が続いてくれることを、心から願うばかりである』
1945年(昭和20年)8月18日。
引田は除隊した。
所属していた部隊は無くなり、残務処理も無かったのですぐ家に帰れた。
幸いな事に、別府は空襲の被害をあまり受けていなかった。家に帰り着いた時。母が大泣きしながら引田を抱き、父はその後ろで涙を堪えていた。引田は両親に向かって、「ただいま帰還しました」と告げた。
港には復員船が入港し、世界中で戦った兵士たちが故郷に帰ってきた。
ビルマからも帰還してきたと聞いた引田は港に足を運び、引田班の班員や知り合いがいないか探していたが、見つからなかった。
気付けば復員船も来なくなり、引田班の生き残りは引田だけとなった。
大切な部下を守らなければならない立場だったのに、自分だけ生き残った・・・罪悪感だけが引田の心の中に残った。
『昭和27年6月15日。
終戦から6年半が経とうとしている。
別府市民にとって憩いの場だった別府公園は、占領軍のキャンプ地となっている。名前は『キャンプ・チッカマウガ』。夢の中で見た通りだった。
最近の新聞は朝鮮戦争の事ばかりを記事にしている。この戦争に駐留していた占領軍が全て派遣されたと記事に書いてあった。つまり、今の日本は無防備の状態と言うことだ。
終戦直後。武装解除となった日本は所有していた兵器を全て処分し、占領軍は兵器を作るための機械を全て破壊したと聞いている。
今の日本には、自国の力で自分を守ることはおろか、その身を守るための武器すら作れない状況だ。
日本に近い国でに戦争が起こっていると言うのに、この国が巻き込まれないのは、余程運が良いのだろう。その運も、どれだけ続くのか』
引田は実家の農業を手伝い、何とか生計を立てていた。終戦となった今、再び戦車に乗ることは無い。
今年で34歳。未だに独身である。何とか落ち着いてきたので、両親からはお見合いを勧めれている所だった。
そろそろ家庭を持たなければと思っていたが、それよりも悩んでいることがあった。
自分が本当にやりたいことは何なのか、と言うことだ。
今は両親の農業を手伝っている。だが、それは
このまま農業を手伝うのも良い。ただ、心の底からやりたいと思えることではない。この6年半。それが悩みの種だった。
その日。引田は港に来ていた。遠い異国の地で眠っている連隊の仲間や、ミヨコの事を考えていた。元引田班も、一緒に・・・
「引田准尉!?」聞き慣れた声がした。声がする方に顔を向けると、そこにはかつての部下が立っていた。目を見開き、口をぽっかりと開けて引田を見ている。
「中島・・・?お前、まさか中島か!?」
引田は目の前に立つ男性を指差した。あの頃と体型や格好が少し変わっていたが、中島に違いなかった。
2人は駆け寄り、手を取り合った。
「お前、生きていたのか!」
「引田准尉も!ご存命で何よりです!!」
「そうだ、あいつらは?大室と酒井、芦沢は?」引田の質問に、中島は少し言葉を詰まらせた。この反応を見て、聞かなくても理解出来た。
「あの時・・・引田准尉が気を失ってから色々ありまして。話すと長くなりますけど、大丈夫ですか?」
引田はコクッと頷き、中島は話し始めた。あの時、何があったのかを。
中島は引田に助けられた後、少し気を失っていた。目覚めた時には、戦闘は終わっていた。
幸いにも主要兵器の破壊は免れ、襲撃してきたコマンド部隊を撃退することに成功した。
しかし。その際に乗機だったチハ車は損傷。引田班の大室と酒井、整備兵の芦沢は襲撃の時に流れ弾に当たって戦死してしまった。
中島は何とか生き残れたが、乗機は損傷。引田班は全滅状態。作戦には参加出来ないと思っていたが、司令官から「別の車両の通信手をやれ」と指示された。
乗機だったチハ345号車は修理する余裕は無かったので、敵に鹵獲されないよう偽装を施して放置していった。
引田は衛生兵に連れられ、大室たちの遺体と共にラングーンまで下がっていった。
同年4月20日。
連隊がテグノパールの目前まで進行していた時、伝令が届いた。その内容は、中島の転属命令だった。
何故このタイミングなのかと思いながら、中島は本土にある戦車連隊に異動となった。
配置転換となった部隊は、宮崎に駐屯していた『戦車第十八連隊』。『独立戦車第五旅団』の隷下にあった連隊で、地元に近い場所だった。
1945年(昭和20年)2月。
本土決戦に備えることになったと聞き、第十八連隊もその決戦に備えることになった。沖縄にアメリカ軍が上陸されると、本土に上陸される恐れがあったからだ。
同年4月。アメリカ軍が沖縄に上陸し、現地に駐留していた戦車部隊が防衛戦に参加したが、同年6月には壊滅状態となった。
アメリカ軍は九州方面から進軍してくると言われていたので、いよいよ年貢の納め時だと思っていたのだが、同年8月15日に終戦を迎えた。
その後は武装解除や残務処理に追われ、同年8月29日に除隊。故郷の大分に戻ったという。
「あの時、引田准尉が助けてくれなければ。自分はあそこで死んでいました。本当に、感謝しかありません」
「感謝されるようなことはしていない。気を失ってしまったとは言え、1年以上も眠っていた・・・戦死した仲間たちに申し訳が立たん」
「そんなに落ち込まないでください。大室曹長たちも、引田准尉が生きていたことを喜んでいると思いますよ」
「・・・ところで、お前は今何をしてるんだ?」
「『警察予備隊』に入隊しています。福岡で訓練していたんですけど、休暇中で大分に戻ってたんです」
「警察予備隊?」
それを聞いて、夢の中の記憶の中を探る。うっすらと記憶の片隅にあったが、そんな組織があった事を思い出した。
最近の新聞でも、小さくではあったが記事に載っていたはず。確か、2年前ぐらい前に隊員を募集していた。
『警察予備隊』。
1950年(昭和25年)8月10日に設置された組織である。
1950年(昭和25年)6月25日に勃発した朝鮮戦争において、アメリカ軍は日本駐留部隊の派遣を開始した。
同年7月には全部隊が移動したことで、日本に防衛兵力、治安維持兵力が存在しない状態となった。
同年7月8日。GHQの元帥は当時の首相に対し、日本警察力の増強に関する書簡を提示した。
書簡には『事変、暴動等に備える治安警察隊』として、隊員数75000名の規模での創設が要望された。
名称の最初に『警察』とあるように、警察力を補うためとして設けられ、国家地方警察(国警)が隊員募集や駐屯地の設営。部隊編成と言った、立ち上げ業務の殆どを担当した。
活動内容は『警察の任務範囲内に限られるもの』とされたが、実質的には対反乱作戦(ゲリラやテロリストを鎮圧する事)を遂行するための準軍事組織であり、警察とは独立した組織だった。
装備品はアメリカ軍のもので、ジープと言った非装甲の車両。カービン銃や機関銃、バズーカ砲と言った火器類を供与して貰い、1950年(昭和25)8月25日~1952年(昭和27年)9月30日まで、各管区の警察学校にて訓練を実施していた。
中島は2年前の8月13日から開始された警察予備隊の隊員募集を見て応募し、今は福岡管区警察学校(現・九州管区警察学校)で訓練を行っているという。
今年の6月23日から戦車や榴弾砲と言った重装備での訓練を開始するという事だった。その訓練の前に、親に顔を見せようと思って戻ってきたという。
そんな話をしていると、中島がこう言ってきた。
「引田准尉。久し振りに会って、こんなことを言うのは何ですけど・・・警察予備隊で、教官をやりませんか?」
「教官?何故だ?」
「戦車の操縦訓練をするのに教官が足りないという話を聞いたんです。引田准尉は戦車兵としての歴が一番長いですし、適職だと思いますよ」
「・・・教官、か」
思ってもみない話だった。また戦車に乗れる。だが、今度は何を目的に戦車に乗るのか・・・
もう一度、戦車に乗りたいを思うことはあった。今の自分にはそれしか出来ることがないとさえ思った。だが、戦争は終わった。もう、戦う理由は何処にもない。
「中島。軍人としての俺は死んだ。例え教官だとしても、その誘いは断る」
引田は背を向け、その場を後にしようと足を動かした。
「待ってください。何か、勘違いしてませんか?」
足を止め、顔だけを中島に向ける。「勘違い?」
「警察予備隊は、軍とは違います。武器を持っているのは事実ですが、それは他国の武力行使からこの国を守るためです。今までは他国に進駐したりしましたが、この国はもうそんな事はしません。する理由が無いんですよ」
中島は引田に近寄って話を続ける。
「世間ではまた戦争を起こす気だと思って、反対意見が9割・・・いえ、ほぼ10割を占めています。ですが、今この国は無防備な状態です。占領しようと思えば、簡単に占領されてしまうんですよ。戦火に巻き込まれない保証は何処にも無い。そうでしょう?」
中島の言うとおりだ。
今は戦火に巻き込まれていない。だが、この先の未来。巻き込まれないという保証は何処にもないのだ。
「・・・少し待ってくれないか?」
その場で決められることではなかった。
この国を守るための組織・・・中島の言う通り、この国が他国に進駐する理由は何処にもない。
だが、自分にこの国を守るという責務を背負う資格があるのか、そこに迷いがあったのだ。
「分かりました。じゃあ、これを。実家の住所です」
中島から住所が書かれた紙切れを貰い、引田は再び歩きだした。
「引田准尉!」振り返ると、中島は敬礼してこちらを見ていた。「待ってます」引田は軽く頭を下げてその場を後にした。
午後8時。
引田は家族と夕食を食べていた。
かつての部下に会ったという話をしていた時、「警察予備隊に入隊しないかと誘われた」と話した。
両親は警察予備隊という言葉を知っていたのか、互いに黙って目を合わせた。
「・・・いや。何でもない。忘れて」引田はそう言って話を終わらせようとしたが、父が口を開いてこう言ってきた。
「お前はどう思っているんだ?」
この言葉に、少し戸惑いを見せた。どう思っているのか・・・沈黙の後、出した答えは、
「迷ってる。今はそれしか言えない」
「じゃあ、やれ」父の思いがけない言葉に「は?」とすっとんきょうな声を出してしまった。
「な、何で?」
「分からないか?これは、お前にとって人生の転機だ。お前が農業を手伝ってくれるのは助かっている。だが、それは他にやりたいことがないからだろう?」
コクッと頷く。すると父は、肩を持って話続けた。
「お前は、お前がやりたいことをやれ。悪いこと以外なら、俺たちは何も言わん。その警察予備隊というのは、この国を守るための組織だろう?だったらやれ。この国を戦火から守るためにやるんだ。今は理解されないだろうが、それは名誉な事だ。そして、お前にしか出来ない事だろう?」
母に視線を向ける。何も言わず、ただ微笑んでくれた。なら、後は・・・
翌日。
引田は紙切れの情報を頼りに、中島の実家を訪ねた。居間に通してもらい、引田は中島にこう話した。
「昨日の件の事なんだが・・・