担任から「進路希望用紙を提出すること」と言われた帰り、水田は通学路の駅構内で「前世の中島一等兵」と名乗る男子学生に声を掛けられる。彼は『秋川』と名乗り、前世で戦車第14連隊の『引田班』の兵士として生きた事を話した。
話を聞いていく内に、秋川は「戦車道に出場したい」という思いを語った。『女子の嗜み』として親しまれている戦車道、男子が参加出来るのかと水田は思っていた。
再会から1週間後。水田は再び再会した時、秋川から「男子でも戦車道が出来る女子高があった」と告げられる。
彼らは公園近くのファミレスに足を運び、水田は手渡された学校紹介のパンフレットを眺めながら呟いた。
「男子でも入れる女子高があるとは思ってなかったが・・・こんな近くにあったとはな」
秋川が見つけてきたのは宮崎県にある『
全校生徒数は現在500名程。その内戦車道科の生徒は45名。戦車は6輌と、分かっている情報はここまでだった。
入学出来る男子の人数も気になるが、特に気になったのは男子の入学を許可している理由だった。
「ところで、何でこの女子高は男子の入学を許可したんだ?共学に変わった訳でも無さそうだが」
水田が訪ねると、秋川がスマホの画面を見せながら説明する。
映し出されているのは、延岡女子高等学校のホームページの一番下の部分だ。そこには【来年度に入学する新入生の男子のみ、戦車道の出場を許可します】、と小さく書かれていた。
「この学校、戦車道科を受ける生徒が少ないそうです。そこに少子高齢化の影響を受けて更に受験生は減少。今年の卒業生を除けば、来年度の戦車道科の履修生は30名程になってしまうとか」
秋川が調べた限りでは、ここ数年は全国大会に出ても初戦敗退か良くて二回戦敗退と敗北率だけで見れば全国1位という状態だった。
ネットの掲示板には『最弱の戦車道科』、『全国の弱小校第1位』と、屈辱的な烙印を押されているが、水田にとってそんな事は問題ではない。烙印よりも気になったのは、受け入れる男子の人数の少なさだった。
「人数確保のため・・・か。それにしても、『2名』とはえらい中途半端な人数だな。戦車の区分にもよると思うが、運用する上では5人。最低でも4人は必要になるだろ」
「私たちからすれば少なく感じますけど、向こう側からすればこれでも多いらしいですよ」
(共学になった訳じゃないし、男子が正式に戦車道に出場出来ると決まった訳じゃないからか)
人数の少なさに対して納得出来る反面、微妙な心境だった。
戦車1輌を運用出来る人数を確保しているならともかく、2名で運用出来る戦車は限られる。もし女子と混合させるとすれば、どんな事になるかは大体想像は出来る。
「この女子高の事情は大体分かったが、『戦車道協会』はこの事を承認しているんだろ?」
「えぇ。来年度に入学する男子2名のみですけど、『特例』として出場を認めているそうです」
「そうか。だったら気にする必要は無いが・・・問題は、チームとして成立するかどうかだが」
秋川はその言葉に頷いた。
協会側が許可しているにしても、突然男子と共に戦車道をやると言われて「はい。分かりました」とすぐに納得出来る訳がないだろう。
やってみたいと思える事に挑戦出来るのは有難いが、向こうからすれば耳を疑いたくなるような話だ。互いの信頼を築けるか、水田にとって、それが『問題』だった。だがまず受からない事には何も始まらない。
「ところで、試験の内容は?」
「えーっと・・・あ、これです」
秋川がパンフレットのページをめくり、試験項目が記されている箇所を指差した。
【試験日・平成24年1月29日】
【試験内容・筆記試験(国語・数学・英語)・面接】
【※尚、男子の受験生は戦車の操縦試験を実施します(使用戦車・M3軽戦車)。受験される生徒には資料と戦車の操縦シミュレーターを供与いたします。担任を通じてご連絡下さい】
「・・・何で男子の受験生は操縦試験を受けなければならないんだ?」
「適性検査ですかね。幼少期から戦車に乗る人もいるそうですけど」
「幼少期から乗るのか・・・凄い時代になったものだな。だが、シミュレーターを供与すると書いてあるし、今から練習すれば十分間に合うだろ」
「そうですね。明日担任に頼んでみます」
2人はドリンクを飲み干して席を立ち、レジに向かって歩き始めた。
【平成23年。12月20日。
昨日、親に例の女子高を受験したいと話したが、反対された。「よりによって女子高を受けるなんて」と母に呆れられたが、下心がある訳ではない。
長時間に及ぶ説得の甲斐あってか、「落ちたら別の高校を受ける」という条件付きで認めて貰えた。秋川も説得に成功したそうで、受験勉強とシミュレーターを使っての操縦訓練に励むと言っていた】
冷たい風が頬や耳に当たってピリピリしてきた。立ち漕ぎで自転車を漕いでも、身体は中々暖まらない。
目的地は、海沿いに建っているデパートだ。
昨日の22時頃。【説得に成功しました】という連絡を受けた後、今度は別件でメールが届いた。
用件を聞くと、【引田班の班員を見つけたかもしれません】という文面が返ってきた。
まさかと思ったが、引田だけでなく中島もこうして現世に転生している。元々オカルト系は信じない方だが、自分も同じ体験をしている身なので真っ向から否定する事は出来なかった。
凍えそうになりながらデパートに入り、3階のゲームセンターに向かった。エスカレーターを駆け上がったからか、凍えた身体が漸く暖まった。ゲームセンターの入り口に近づくと、秋川が気付いて手を振った。早足で近付いて周りに聞こえない声で耳打ちをする。
「元班員がいると言うのは・・・ここか?」
「とにかく、入りましょう」
秋田を先頭に、水田もその後を追った。
耳を塞ぎたくなる程にけたたましく鳴り響く電子音を発する機械の間を通り抜けて、秋川はアーケード版のレーシングゲーム機の前で足を止めた。
黒色のベースボールキャップを被り、少々荒っぽくハンドルを回している女児の姿があった。後ろ姿だけだが、年齢的には水田たちと同じように見える。
「恐らく、前世の『大室曹長』ではないかと」
「大室?あいつが?」
見間違いではないのかと疑いたくなるのも無理は無い。今目の前にいるのは男児ではなく女児だ。
「自分もまさかと思いましたが、あの操縦技術は間違いなく大室曹長ですよ」
そう言ってスクリーンを指差した。女児が操作しているレースカーは荒い挙動をしているが、CPUのレースカーを次々と追い抜き、あっという間に1位になって2位をどんどん引き離していく。レースゲームには詳しくないが、機械の見た目からして難易度は高そうだ。
「あの運転技術は確かに大室のようにも見えるが・・・それだけじゃないんだろ?」
「前世の大室曹長は操縦に集中したい時は必ず何か咥えていました。爪楊枝とか、火を付けていない煙草とか」
秋川に言われ、記憶の中から前世の大室を思い出した。戦闘以外で戦車を操縦をするときは大体煙草を咥えていた。理由を訪ねると、「戦車を降りたらすぐ吸えるから」と言っていた。
視線を戻すと、ガムを噛んでいるのか時々風船を作って膨らませている。
レースが終わり、コンティニュー画面に変わる。結果に満足したのか、ゲーム機を離れてゲームセンターを出た。
「あ、あの。ちょっと良いですか」
呼び止めると、女児睨むように秋川の顔を見た。
「何?私になんか用?」
「い、いえ・・・突然すみません。聞きたいことがありまして。前世の記憶とか無いかなって。例えば陸軍の時とか」
水田にした同じ質問を投げ掛ける。女児の目が一瞬見開き、早足でその場を去ろうとした。
「中島一等兵です。大室曹長」
秋川が名乗ると、女児は足を止めて秋川を見た。水田が初めて秋川に会った時と同じ反応をしている。
「・・・中島?あんたが?」
「そうです。それと、我々の班長もここに」
秋川が視線を水田に向ける。
「久しぶり、というべきか。引田准尉だ。今は水田だがな」
女児がキャップを取って水田と秋川を見る。信じられない、そう言っているようだった。
場所をフードコートに変えて、
秋川が大室と見抜いた女児は、『
織田は秋川とすっかり打ち解けたのか、席に座ってからずっと喋りっぱなしだった。
2人の会話を聞いている水田は、今目の前にいる織田が前世の大室とまだ信じられずにいた。雰囲気も喋り方も、前世の時と180°変わっている。唯一大室と分かる情報は、『ホリ車の操縦手であった』ことだけだ。
「そろそろ行かないと。この後用事あるから」
織田が席を立って荷物を纏め始めたので、水田と秋川が電話番号を交換して別れた。
翌日。水田と秋川の姿は図書館にあった。昨日、織田との別れ際に「図書館で芦沢曹長みたいな子を見かけた」と聞いてここに来たのだ。
中に入って辺りを見渡すと、2人の視線が1人の女児に集中した。黒髪のストレートでセミロング。オーバル型のセミフレームの眼鏡を掛け、服装は他校の制服を着用している。
昨日出会った織田と同様、何もかも変わっていたが、あの物静かな雰囲気は前世の芦沢に似ている。手元には半分ほど読み進めている小説がある。
芦沢は小説を読むのが趣味だったのか、休憩中は読書しかしていなかった。互いに目を合わせて頷き合い、そっと近付いて目の前に座った。
「あの、ちょっと良いですか?」
秋川が話し掛けたが彼女は何とも言わず、目線は小説から離れない。何度も呼び掛けたが応答が無かったので、水田が囁くように言った。
「今から話すのはただの独り言だと思ってくれ。俺たちはかつての仲間を探している。前世で戦車第14連隊のホリⅡ型に搭乗してビルマ方面で戦った、『引田班』の班員を」
女児の肩が少し動いたが目線は小説から離れない。それでも構わず話を続ける。
「俺は引田で、隣にいるのは中島だ。昨日は大室にもあった。今は名前も見た目も変わっているが、前世の記憶は今も残っている。そこで質問なのだが、君は前世の芦沢曹長じゃないか?」
水田の『独り言』に、彼女は何も答えない。やはり「思い違いか」と思い、2人は席を立った。その時、後ろから小さい声が2人を呼び止めた。
「・・・あの、本当に引田准尉ですか?」
女児に視線を向けると、読み進めていた小説を閉じて眼鏡を直した。
『
「酒井・・・ですか」
「ああ。今もまだ所在が分かっていない・・・というより分かる訳がないか。転生して、こうして再会出来ているだけでも奇跡と言って良いぐらいだからな」
「あの・・・その事なんですが」
神原がその続きを言おうとした時、3人の場所に陰が出来た。見上げると、積み上げられた分厚い歴史書が蛍光灯の光を遮っていた。
「ねぇ神原さん。言ってた歴史書ってこれで合ってる・・・あら、どちら様?」
セミロングの茶髪を緩くカールさせた女児が3人を見下ろしていた。服装は神原と同じ制服を着用しているので、同級生だろう。
「あー・・・神原の親友か。失礼、俺たちは・・・」
「彼らは引田准尉と中島一等兵よ。前世のね」
神原が水田の自己紹介を遮って2人を紹介した。急にその名前で紹介されたので水田と秋川は動揺してしまった。
「神原さん!?何で・・・」その名前で紹介するんですか、と良い掛けた秋川を水田が止めて、神原の目を見た。
「神原、まさかこの子は・・・酒井伍長か?」
質問に対して神原はコクッと頷いて返答する。女児は目を丸くして2人を見つめた。
「ウソ・・・本当に引田さんと中島さん・・・ですか?また会えるなんてビックリしましたぁ」
このおおらかな感じは間違いなく酒井だった。
2人の目の前に座った女児は、『
2人は小さい頃から幼馴染として接していたが、小学校高学年になる時に伊藤から「前世の記憶がある」と告白された。
話を聞いていく内に元引田班の酒田だと知り、神原は「自分は元引田班の芦沢だ」と告白した。同じ秘密を抱えるもの同士、今日まで一緒に過ごしてきたという話だった。
神原から生い立ちを聞き終わった時にはすっかり遅くなってしまった。別れ際に携帯の番号を交換し、それぞれの家路についた。
2日後。
元『引田班』の5人は、秋川の誘いでファミレスに集まっていた。織田、伊藤、秋川は約66年振りの再会に話を弾ませ、神原は小説を開いている。水田はそんな4人を静かに見つめていた。
水田として転生して15年。こうして元班員と再会することが出来ている。自分が前世の記憶を持って転生するだけでも不思議なのに、前世の記憶を持った班員全員と再会するなど奇跡と言って良い。何もかも変わっているが、水田は前世の班員たちの姿を重ねて見ていた。
「えっと、そろそろ話しますね。何で班員全員を、こうして集めたのかを」
秋川が深呼吸をして、織田、神原、伊藤の顔を見ながら言った。
「一緒に、この元引田班で戦車道をやりませんか?」
3人は目を丸くして秋川を見た。集められて何を言われるのかと思ったら、戦車道をやろう言われて驚いているのだろう。
秋川が例の女子高のパンフレットを出して、戦車道科のページを開いて説明する。
「来年度に入学する男子2名だけを特例として参加を認めているそうなんです。私と水田さんはここを受けるつもりです。皆さんもまだ進路が決まってないって言ってたので、あくまで提案ですけど・・・」
「私はやらないよ」
秋川が言い終わる前に織田が口を挟んだ。他の2人も首を縦に振らない。織田は厳しい目で秋川を見つめる。
「あんた、私たちが前世で何をしてきたのか覚えてないの?いくら戦争だったからと言っても、してきたことは決して許されることじゃない。だから決めたの。もう二度と戦時中の戦車には乗らないって」
織田の話が終わると、神原が小説を閉じて眼鏡を直す。
「私は・・・元々教師になりたかった。その夢を叶えるために必死に勉強してきた・・・でも戦争が始まったせいでその夢は叶えられなかった・・・今もその夢は変わらない。前世からの夢を叶えるためにも、戦車道に使う時間は無い」
水田が伊藤を見る。「お前はどうなんだ?」と、目線で質問する。
「私は実家の旅館を継がないといけないから、高校は家から近いところにって決めているの。ごめんね」
伊藤の話が終わると、織田が秋川に視線を向ける。
「て言うか、何であんたはまだ戦時中の戦車に乗ろうって思えるの?」
「それは・・・戦場にいた時に比べたら、どんなに楽しいんだろうって。だって、戦時中の戦車に乗って試合をするなんて面白そうじゃないですか」
「・・・戦歴が浅いからそんな事が言えるのよ。私たちは戦場で地獄を見てきた。もう・・・あんな事は経験したくないし、それを思い出しそうな物に乗ることも嫌なの。あんただって、私たちと同じ立場だったら同じ事を思う筈よ」
秋川は何も言えなかった。織田が言うように、自分は経験が浅い。もし色んな戦場を経験した身だったら、「また戦車に乗りたい」と思わなかったかもしれない。そんな秋川の肩を水田がポンと叩く。
「みんなそれぞれの思いがある。やりたくないことを無理にやらせても辛いだけだ。今日は用事があるからこれで失礼する」
自分で頼んだ分の代金をテーブルに置くと、荷物を纏めて出口に向かって歩きだそうとする。
「待ってください」織田が呼び止める。
「何だ?」
「あなたは・・・水田さんは戦車道をするつもりですか?」
「ああ。そのつもりだが」
「何故ですか?あなたは私たち以上に地獄を見てきた筈、それなのに・・・何でまだ戦車に乗ろうって思えるんですか!?」
織田はまた戦車に乗ろうという水田の考えに疑問を持っていた。水田の戦歴はこの5人の中では一番長い。様々な戦場を経験し、生き地獄を何度も見てきた筈だ。それなのに、まだ戦車に乗ろうと思えるのは何故なのか。
「織田。確かに俺は戦歴が長い。色んな戦場に赴いて、この世の地獄を何度も見てきた。それでも、俺にはこれしかないと思ったんだ。今は他にやりたいこと何て無い。秋川と2人きりになったとしても、意志は変わらない」
水田は再び背を向ける。
「それに・・・戦争は66年前に終わった。。決して許されることじゃないかもしれないが、もう過去の事だ。忘れる事が出来なくても、糧にして前に進むことは出来る。戦車兵として生きた7年の経験を生かすつもりだ」
水田はそれ以上何も言わず、そのまま店を出た。外の風はとても冷たく、雪がちらつき始めていた。
平成24年1月29日。
時刻は朝の6時過ぎ。特急に乗って宮崎まで向かっているところだった。
今日は延岡女子高等学校の入試の日だ。その隣では、秋川がうつらうつらしながら資料を開いている。内容は殆ど頭の中に入っていないだろう。
「秋川。着いたら起こすから少し寝ていろ」
「い・・・いえ。大丈夫・・・です」
「どう見ても大丈夫じゃないだろ。試験に影響しないためにも寝とけ」
「わ、分かりまし・・・た」
目を瞑ると、そのまま寝入ってしまった。昨夜は全く寝れなかったのだろう。水田は背伸びをして窓の外を見た。まだ暗く、自分の顔が反射している。
ボーッと見ていると、水田にしか見えない例の少女の顔が写った。「またか」と思いながらその顔を眺めた。
「私の名前は、『ミヨコ』です。引田車長」
今まで何も話さなかった少女が喋った。驚いてバッと振り返ると、少女の姿は既に消えていた。『ミヨコ』、水田はその名前を記憶の中から引き出そうとしたが、思い出せなかった。何処かで聞いたような名前が、頭の中から離れなかった・・・