宮崎の延岡女子高等学校へ入学試験を受けに向かった水田と秋川。
他の受験生の三原と安藤と険悪な空気になりつつも試験を受ける2人。M3軽戦車を使用しての操縦試験を受けている最中、『的』として停車しているパンターから攻撃を食らう。
この事に三原と安藤は抗議したが、水田は「これも試験の1つだ」と一喝する。
少しトラブルがありつつも、無事に試験を終えて1週間後。水田は担任の片崎から封筒を手渡される。その中身は、延岡女子高等学校からの合格通知だった。
午前6時。
セットしておいた目覚まし時計が鳴り出す。側で寝ていた水田はベルの音が聞こえるとすぐに目を覚まし、ベットから下りる。部屋の扉を開けると、隣の部屋から秋川が出てきた。
「あ、おはようございます。水田さん」
「ああ。おはよう」
挨拶を交わしながら台所に向かう。水田はトースターに食パンを2枚入れて、秋川はヤカンに水を入れてお湯を沸かす。
15分後。コーヒーを入れたマグカップと、バターを塗った暖かいトースターが用意された。
彼らは学校近くにあるアパートで暮している。間取りは3DKで、玄関から入るとすぐリビングがあり、奥に部屋が1つずつ分かれている。
入寮を希望したが空きが無いと言われ、2人でシェア出来るアパートを探してここに住んでいる。今日は学校生活の1日目だ。
「・・・ここって、本当に艦の上なんですよね」
秋川がマグカップを片手に外を見る。どこの町にもありそうな住宅街が広がっているが、ここは艦の上に造られている。
戦車道科がある高校は、『学園艦』と呼ばれる艦を保有している。見た目は第二次世界大戦期に使用された空母に似ているが、飛行甲板に当たる部分には街が造られている。
住んでいる人数は規模によってバラバラだが、この学園艦には生徒を含めて約2万人が暮らしている。
学校や住宅だけでなく、コンビニ、ホームセンターと言った商業施設もあり、水道、ガス、電気と言ったライフラインも整っている。
この艦が就役している目的は、『人材の育成、生徒の自主独立心を養うため』だそうだ。
朝食を済ませると、クローゼットから制服を取り出す。黒色のブレザーに緑色のネクタイだ。着替え終わると、戦車の起動輪をモチーフにしているのか、歯車の真ん中に戦車の『戦』が書かれているバッチを取り出した。『戦車道科の証』として渡されたものだ。
肩掛けの鞄を持って、2人は学園に足を向ける。景色だけを見れば、都会で言うところの下町のような印象だった。
10分後。
学園の校門に着いた。他の生徒も登校しているので、視線が集まってくる。
「何か、視線が痛いですね」秋川が苦笑いを浮かべる。
「気にすることはない。俺たちはちゃんと試験に通ってここにいるんだ。それに、ほぼ毎日この光景を見ていたら向こうもいずれ慣れるさ」
下駄箱でスリッパに履き替えて、3階にある戦車道科の教室に向かう。この階には普通科の教室が2つあり、戦車道科の教室は一番奥だ。
水田が引戸を引いて中に入る。中には机が9つあり、4つ埋まっている。今年の新入生は9人らしい。2人は後ろ側の席に座り、荷物を机の中に入れていく。
「ふーん。あんたたちが噂の男子の履修生ってわけ?」
ショートヘアで茶髪の女子生徒が腕組みをしながら2人を見ている。
「特例として出場認められているらしいけど、大丈夫なの?戦車道の経験無いんでしょ?」
「まあ、そうだな」水田が返答する。
「そんな状態で良く受かったわね。これから苦労するわよ。戦車の乗り方を零から学ばないといけないんだから」
その直後、引戸が開いて生徒が3人入ってきた。その3人を見て、水田と秋川は自分の目を疑った。そこにいたのは織田、神原、伊藤だったのだ。
「ええ!?ちょっ、何で!?」
秋川が驚きのあまり声を上げる。その声に反応して、3人が近づいてきた。
「どういう風の吹き回しだ?戦車道はやらないと聞いていたが」
水田が質問すると織田が照れ臭そうに返答した。
「ええ。最初はそのつもりだったんですけど、水田さんの思いを聞いて調べたら興味沸いちゃって・・・やってみようって思ったんですよ。神原も伊藤も、同じ気持ちです」
秋川の勧誘は無駄にならなかった。またこうして5人揃うことが出来たのだから。水田は席を立ち、織田の前に立った。
「そうか。それなら、改めて宜しく頼む」
水田が手を差し出すと、織田は笑みを浮かべながらその手を握り返した。
昼休みが終わり、戦車道科の新入生9人は、戦車道の実技をするために格納庫の前に集合していた。
戦車道の実技は学年別ではなく、履修生全員が同じ授業を受ける。授業と言っても、その内の半分は実戦訓練のような物と聞いている。
2年生、3年生も来る筈なのだが、昼休みが終わっても姿を見せない。
「集合する場所、間違えましたかね?」秋川が言う。
「まさか。確かに言われたでしょ?『戦車道科第一格納庫に集合しろ』って。ここってその第一格納庫でしょ?」
織田が上を見上げながら指を指す。壁面には掠れた文字で、『戦車道・第一』と書かれている。水田はその文字を見ると、格納庫の扉に手を掛けた。
「・・・何してるんですか」神原が声を掛ける。
「『入るな』とは言われてないからな。どんな戦車があるのか確認しておきたいんだ」
重量感のある重い扉を引いて、中を見渡した。中は薄暗く、少しひんやりとしている。側にあった照明のスイッチを入れる。
様々な形をした戦車が6輌並び、側にドラム缶や一斗缶が転がっている。戦車の砲口にはカバーが掛けられ、砲塔には校章と漢数字が書かれている。3輌が灰色で塗装され、残りの3輌はオリーブドラブで塗装されている。
「あらら。先に見ちゃったか。まあ良いけどね」
声がする方に振り向くと、女子生徒が10人程こちらを見ている。その内の2人は水田と秋川が合ったことのある人物だった。
入試の際に案内役を任されていたという加藤と、戦車の操縦試験の時に説明していた原田だ。
「あなたたちが今年の新入生だよね。私はこの戦車道科の隊長を任された3年の
「勝手に紹介しないで」原田は不満そうに腕組みをする。
「私たちの戦車はどう?私の聞いたところでは安物取り揃えただけみたいだけど」
加藤の自虐ネタに笑う生徒はいない。むしろどう反応すれば良いか分からない。
「ここにある戦車って安い物なんですか?」水田が質問する。
「殆ど試作で終わったやつなんだよねぇ。見ての通りだけど、見たことない形してる戦車多いでしょ?後は単純に人気の無いやつ。この学園の戦車道科の経費、削減に削減されてるから」
淡々と自虐を語る加藤に、水田は「こんな人が隊長で大丈夫なのか」と内心不安になった。
「お!というか君たちはあの時の受験生じゃん!確か水田くんと秋川くんだよね!受かったんだ!」
加藤は水田と秋川に気付くと目を輝かせた。2人が戸惑っていると近寄って肩を叩き、「君たちには期待してるよ」とボソッと耳打ちした。
「さてと、じゃあ早速どの戦車に乗るか決めて貰おうかな。原田。今空いてる戦車は?」
「今空いてるって言ったら『カヴェナンター』しかないわよ」
原田が1輌の戦車に視線を向けた。オリーブドラブの塗装に、細かい傷が目立っている。
イギリスの巡航戦車『Mk.Ⅴ カヴェナンター』。巡航戦車とはイギリス独自の戦車区分で、装甲が薄い変わりに高い機動力を持ち、敵陣を突破する目的で造られた。
水冷式のエンジンが後方にあり、ラジエーターが前にあるという特異なレイアウトで、冷却水の通り道が車内にあった。
それが原因で稼働中の車内温度は常に40℃を越えていたことから、『エンジンより先に乗員がオーバーヒートする悪魔のメカニズム』と酷評される始末だった。
「あっちゃあ、戦車1輌足りないか・・・どうしよう」
「その戦車は譲りますよ。もし取り寄せることが出来るなら、日本の戦車が良いんですが」
水田の一言を聞いて、周りの生徒視線が集中した。元引田班以外の生徒たちが愕然とした表情をしている。
「・・・何か変なこと言ったか?」
「あんな弱い戦車に乗りたいなんて、よっぽどの物好きかバカね」
教室で水田に話し掛けた女子生徒が呟く。
「ちょっと。弱いってどういうこと?」織田が突っ掛かる。
「そのままの意味よ。火力も機動力も防御力も無い。こんな三拍子揃った戦車で試合に出たら即効で返り討ちよ」
「はいはい。喧嘩はそこまで」加藤が2人の間に割って入る。
「日本の戦車ねぇ。探して見るけど、出回って無いかもしれないわ。こう言っちゃなんだけど、人気無い戦車第一位だから・・・この子の言う三拍子にドンピシャだし」
旧日本軍の戦車は弱い。分かりきっていた事だった。
島国だったからか、軍事予算を海と空に集中して振り分けていたので、陸に関しては二の次になっていた。
元々『対戦車戦』は考慮されておらず、『歩兵支援』と言った立ち位置だったことや、進駐していたアジア諸国のインフラ整備が整っていなかったことが戦車開発に影響を及ぼしていた。
本格的に対戦車能力を考慮した戦車の開発が始まったのは1942年。75㎜砲を搭載した『4式中戦車 チト』、『5式中戦車 チリ』の開発が始まったが、新機軸の搭載を考えていたので開発は難航した。
この2輌が開発出来るまでの繋ぎとして『3式中戦車 チヌ』が開発されたものの、前線に輸送するための手段が無く、内地で訓練中に終戦を迎えた。
空は零戦。海は大和・・・陸に関してはこれと言って目立つものはない。
この現代でも旧日本軍の戦車は弱いと言われているようだ。間違っていないが、例え弱くても『戦車』として戦ってきたことは紛れもない事実だ。
「分かりました。探して無ければ、他の国の戦車に乗ります」
「了解。ちょっと時間掛かるかもしれないけど、それまでは訓練用で使ってるM3に乗って貰おうかな」
水田たちはM3に乗って、訓練用のコースを走っていた。加藤から「訓練で使用するコースを走って来るように」と言われた。慣熟訓練というやつだろう。生い茂る森林、道という道はない。
「はあ・・・せめて、『ホリ車』があればなぁ」秋川が呟く。
試作車は1~4輌程度しか作られない。記憶が正しければあのホリ車は試作第1号車だった。そんな戦車を手に入れることなど、雲を掴むような話だろう。
「引田准尉」突然呼ばれた水田はビクッと肩を揺らした。あの声は『ミヨコ』だ。
辺りを見渡すと、左側に立ってこちらを見ている。視線を合わせると、背を向けて歩き始めた。誘導しているように見える。
「織田、ちょっと止まれ」
「え?どうかしました?」
織田の返答を待たず、水田はM3を下りて後を追った。背の高い草を掻き分けながら追い掛けて行ったが、途中で見失ってしまった。
(ついてこいって言っているような気がしたんだが・・・見当違いか)
秋川たちの声が聞こえてくる。かなり遠くまで来たらしい。元来た道を引き換えそうと振り返った時、一瞬何かが横切った。
その方向に視線を向けると、草木に囲まれた1輌の戦車がひっそりと佇んでいる。
「水田さーん!何処ですかぁ!」
秋川の声だ。水田は手を振って呼び寄せる。その周りに集まった秋川たちは息を飲んだ。目の前に佇んでいる戦車は、前世で乗っていたホリ車だった。
「水田さん!これ!」
織田が戦闘室の側面を指差した。そこには白いペンキで絵が描かれている。水田たちはその絵に見覚えがあった。
戦死する前日。中島が唐突に「絵を描いても良いですか」と頼んできた。引田はそれを許可し、中島はくちばしの先に木の実を咥えて羽ばたく鳥を描いた。
理由と聞かれた時、「戦争が終わって、平和な日常が来ることを願ってオリーブを咥えた『銀鳩』を描いた」と答えた。風の噂で、「銀鳩は平和の象徴」と聞いたことがあったそうだ。
大室は「虎が良かった」と不満を口にしたが、戦場で描かれた銀鳩はとても輝いて見えた。
それを見た引田は、「今日から『引田班』改め、『銀鳩班』と名乗ろうか」、そう言って笑いあった。
水田たちはこのホリ車が何故ここにあるのか不思議でならなかった。あの戦場で撃破されて、敵に鹵獲されたものだとばかり思っていた。
「・・・中に入ってみる。まだあの時のホリ車かどうか分からないからな」
水田はそう言って車内に入った。
中はあの時のままだ。敵の攻撃で飛ばされたキュウポラ。戦闘中に故障してしまった主砲の鎖栓。蜂の巣にされた戦闘室の側面・・・あの時受けた戦傷が残っている。
全員車内で戦死したので人骨が残っているのではと思っていたが、そう言った跡は全く残っていない。
一歩踏み出そうとすると、何かが足に当たった。そこには革製の手提げの鞄が落ちていた。開いて中を見ると、何冊かノートのような物が入っていたので、その内の1冊を取り出して中身を見た。
【昭和13年3月19日
今日から陸軍での生活が始まる。戦車の操縦訓練は、自分が思っている以上に過酷だろう・・・
その文字を見てすぐに理解した。前世の引田が書いた日記帳だ。もう疑いようがない。これはあの時、戦場で乗っていたホリ車だ。
「秋川。加藤隊長にクレーンを寄越して欲しいと連絡してくれ」
午後7時。
原田が回収されたホリ車を見ていた。バインダーを片手に車体を見渡している。
「美優。まだ見てんの?」
加藤が缶コーヒーを2本持って近寄ってきた。
「もう終わるから。それより・・・この戦車どこから来たんだろ」
「
原田はバインダーに挟んだ資料を手渡した。この学園の戦車道科で使用された戦車を記録したものだ。発足当時からの古い資料も含まれている。
「この戦車に関する情報が無いの。いつ来て、誰が乗って、どの試合に出たのか。その情報がね」
加藤は言われるがままに資料を見る。原田が言う通りホリ車の情報は全く無い。
「うっそぉ・・・記入ミス?」
「そうかも。雰囲気的にそんなに古くなさそうだし、この数年間の間に学園に来たって感じね。それに、この弾痕や傷が妙に生々しいって言うか・・・いかにも『戦地帰り』って感じがするのよ」
「『戦地帰り』ねぇ・・・話変わるけど、これ何処の国の戦車?ヤークトティーガーっぽいからドイツとか?」
「日本よ」
「え!?日本!?これが!?」
加藤が驚愕するのも無理はない。これまで見てきた日本の戦車の中で、大口径砲を搭載した戦車は見たことがなかったのだ。
「そんなに驚かないでよ。これは『試製5式砲戦車 ホリ』。架空とかじゃなくて、ちゃんと計画されたものだから。整備班からは凄い戦車だって言われたけど」
「へぇ。早く修理終わんないかな」
「どうだろ。試作車で新機構だらけって言われたから時間掛かると思うよ」
同時刻。
水田は自分の部屋で日記帳を読み返していた。昭和19年の3月に入った所だ。
【昭和19年3月8日 曇り
今日、インパール作戦が発令された。目的はインパールの奪還・・・これだけの兵力で、どこまで敵と戦えるのか。こんなことを言えるのはこの日記帳の中だけだ。口に出せば大目玉を食らうことになる。
もう少し兵力を増強するべき、そんな事を進言したところで、このまま作戦を遂行することになるのだろう。陸の兵力は、元々多くないのだ】
(インパール作戦が発令された日か。確かこの数週間後にあの戦場に留まることになったはず・・・ん?)
水田は次のページを開いて目を見開いた。何も書かれていない。白紙だ。次のページも、その次のページも白紙だ。
文字が書かれたページが出てきたのは数十ページ後、昭和20年の4月19日と4月20日だ。
(何でこの日付だけなんだ?見落としたか?)
何度も他のページを開いたが白紙のままだ。
ホリ車との再会。作戦遂行中の間が抜けている日記帳。これが一体何を意味するのか、水田の中で謎は深まっていった。