新しい学園生活が始まった。
水田と秋川は、戦車道科の教室で、織田、神原、伊藤の3人に再開した。「戦車道はやらない」と言っていた3人だったが、調べてみて興味を持ったらしい。
こうして再開を果たした5人は、搭乗する戦車が無いという問題に直面する。日本の戦車は人気が無く、あまり出回っていないという話だった。
やむ無く訓練用のM3でコースを走っていた所、水田は『ミヨコ』の姿を目撃し、その後を追った。その先で彼ら5人は、戦闘室の側面に白い鳥が描かれた砲戦車を発見する。それは、水田たちが前世で搭乗していたあの『ホリ車』だった。
【平成24年4月9日 晴れ
ホリ車を見つけて1週間が経った。我々はM3軽戦車を使って訓練に励んでいるが、他のメンバーはホリ車の修理が早く終わらないかと首を長くしている。
この学園で整備を担当しているのは別の科目である『工業科』が担当していると聞いている。加藤隊長の話では、「見たこと無い機構を搭載しているからか修理に手こずっている」という話だ。試作車で情報も散財している戦車だ。時間が掛かるのはやむを得ないと理解している】
その日の午後8時。
アパートで水田と秋川はテレビを見ながら食事をしていた。テレビから流れる音声を聞き流しながら、ホリ車が何故あの場所にいたのかを話している。
「どう思います?」
「どう、とは?」
「ホリ車の事です。我々が最後に戦闘をしたのはインドですよ?それなのに、あの戦車は日本に戻っていた・・・あの傷の状態からしても、67年前の物とは思えません」
水田は湯呑みを手に取って秋川の目を見た。
「何が言いたいんだ?」
「まさかと思っているんですが・・・あのホリ車も、我々と同じように
水田は一瞬むせた。『人』ならともかく、『戦車』が転生するなど聞いたことがない。普通なら「誰かが放置した」と考えるものだ。
しかし、長い間放置されていた割には状態が良く、多少の錆や汚れはあったが前世でも見慣れた箇所だけでそれ以外は全く変わりなかった。戦闘室の側面に付いていた弾痕や傷もまだ新しく見えた。
秋川が言うように、あのホリ車も『
あり得ないと分かっているが、旧日本陸軍の戦車兵が5人も転生しているというあり得ない事態に遭遇しているからか、その意見を否定することは出来なかった。
1週間後。
整備班から「ホリ車の修理が終わった」と連絡を聞いて、戦車道の授業の前に水田たちは『戦車道科・第二格納庫』の前に集まった。格納庫の前に、頬に作動油が付いている生徒が立っていた。
「お。あなたたちがレストアを頼んだ生徒だね。私は整備班長を任されている3年の
自己紹介を済ませると、格納庫の扉に付いているパネルのボタンを押した。重厚感ある扉がゆっくりと開いていき、修理されて新品同様になったホリ車が姿を見せた。塗り直された車体が光に反射して輝いている。
戦闘室の側面に回ると、秋川が前世で描いた白いペンキの銀鳩が描かれていた。三吉は「大事そうに見ていたから描いた」と答えた。
「水田くん。ちょっと良いかな」振り返ると加藤と原田が立っていた。何か大事な用でもあるのかと思い、水田は2人に続いた。
2人に連れられ、第一格納庫の中に案内された。戦車の前に4人集められている。水田は車長に任命されている生徒だと理解した。
「よし。これで車長は全員揃ったね」加藤が話を始める。
「ホリ車の修理が終わったから、テストを兼ねて今から戦闘訓練を実施するよ。ルールは最後まで生き残った班の勝ちということで」
唐突に戦闘訓練を実施すると言われ、戸惑いの声が上がる。
「あー、みんなの言いたいことは分かる。でも大会まで後1ヶ月切ってるし、新入生の実力も確かめたいからさ」
「私たちは問題ないですけど、水田の班は大丈夫なんですか?これまで何度かあった戦闘訓練に参加してないし、急に言われても困ると思いますけど」
口を挟んだのはカヴェナンターの車長に任命された1年の『
他の生徒たちも酉沢の意見に同意するように頷いているが、水田は平然とした表情で言った。
「加藤隊長の言うとおり、今は時間が無い。俺たちも
「よし。決まりね。じゃあ各自、この地図に記した座標に向かって着いたら合図して。そしたら試合開始よ」
水田の班はホリ車に乗って予定のポイントに着いた。この学園の戦車道科の訓練用エリアは大きく3つに分かれている。
市街地をモチーフにした『エリア・
水田は確認が済むと、無線で「到着した」と報告する。数分後、加藤から新たに指示が出された。
「全員配置に着いたみたいね。じゃあ改めてルールを説明するわよ。この試合は、最後まで生き残った班の勝ち。生き残った班の車長は、試合が終わったら報告すること。じゃあ出場する戦車を言うわね」
加藤が戦車の名前を言っていく。
出場する戦車は5輌。日本の砲戦車『ホリⅡ型』。イギリスの巡航戦車『カヴェナンター』。アメリカの試作中戦車『T25E1』。ドイツの試作中戦車『VK30.01(P)』。ドイツの試作重戦車『VK45.02(P) タイプ180』だ。
加藤と原田はこの試合には参加せず、各エリアに設置したカメラを通して様子を見るという。
「試合時間は一応2時間を予定してるけど、状況次第では延長するかも知れないから宜しくね。何か質問は?」
「1つだけあります」水田の声だ。
「この砲弾は本物ですか?もしそうなら、乗員を死傷させる恐れがありますが」
「そこは心配しないで。戦車の装甲はカーボンコーティングが施されるから概ね安全は保証されてる。砲弾も実弾とは少し構造が違う『安全弾』って言うものだから、当たっても乗員は無事よ。他に質問は?」
「ありません」
「よし!じゃあ始めようか!」
加藤が空に向けて信号拳銃を構えてトリガーを引く。放たれた信号弾は空高く打ち上がり、花火のように散った。
各エリアに散った戦車が一斉に動き始める。しかし、ホリ車はまだその場に留まっていた。
「水田さん?合図来ましたよ?」側にいる伊藤が囁くように言った。
「ちょっと待て。今確認している」
水田は開いた地図にペンを立てて道を辿っている。どの場所にこの戦車を待機させるのが適正かと精査しているのだ。
「あのー。そろそろ動かないとまずいと思いますけどー」
織田が少し苛立っている。待たされるのは嫌いらしい。
「・・・よし。取り敢えずこれで行くか。エリアΔー3に迎え。そこで敵を叩く」
前進の合図を貰った織田は生き生きとした表情になった。側で見ている秋川は苦笑いを浮かべた。
エリアΔー3。
ここは小高い山があり、エリアβの中間地点まで見渡すことが出来る。ここを選んだのは砲戦車としての性能を最大限活かすためだ。
前世ではダッグインで敵を迎え撃っていたが、機動力のある戦車が来ると対応が難しくなる。そこでこの場所を砲撃陣地として利用し、狙撃で撃破していく作戦に出たのだ。
「あーあ。暇になるなぁ。もう」織田はこの場所に着くなり愚痴を溢し始めた。
「織田さん。気持ちは分かりますけど、仕方ないですよ」秋川が宥める。
「分かってるけど・・・私じっとするの苦手なの知ってるでしょ!早く操縦したいのよ!!」
織田の愚痴をよそに、水田と神原は周囲の確認をしていた。下は森林のエリアが続いているが、その間を縫うように1本道が見える。
「水田さん。見えました」神原が報告する。水田が言われた方向に測距儀を向けると、2輌の戦車が接近戦をしているところが見えた。
「あれは、何だ?外国の戦車はよく分からん・・・」
「ドイツの『VK30.01(P)』と『VK45.02(P)』ですよ」
ドイツ陸軍で造られた試作中戦車『VK30.01(P)』、重戦車『VK45.02(P)』。この2輌は見た目は違えど同じ会社で造られ、機動面に関しては同じ機構を持っている。
この戦車の設計者であるポルシェ博士は、エンジンで発電した電気でモーターを駆動させる『ガス・エレクトリック方式』を持つ戦車の開発を始めた。
まず最初に開発したのが『VK30.01(P)』。空冷式のガソリンエンジンを2基搭載し、火力は強力な88㎜砲の搭載が計画されていた。砲塔が未搭載のまま開発は中止となり、後に『ポルシェティーガー』と呼ばれる『VK45.01(P)』の開発に受け継がれることになる。
ポルシェティーガーの発展型として計画されたのが『VK45.02(P) タイプ180』である。基本形状はよりリファインされ、足回りを強化し、火力は71口径88㎜戦車砲を搭載していた。
VK45.02(P)はこのタイプ180とは別に、流体変速機を搭載した『タイプ181』の開発も平行して進められていたが、戦況悪化に伴い未完成のまま開発は中止となった。
どちらも電動駆動というだけあって、機動力は高めのようだ。今見ている位置からでも、両者ともきびきびとした走りをしている。
「どっちから撃破します?」神原が質問する。
「そうだな・・・逃がしたら厄介な中戦車の方からいくか。あの道に飛び出した所を狙え。タイミングは任せる」
神原が撃発ペダルに足を置く。ホリ車は手元にトリガーの類いはなく、撃発は足元にあるペダルを踏み込んで行う。
照準を道に合わせて敵が飛び出すタイミングを計る。目標が飛び出すと、神原はすかさずペダルを思いっきり踏み込んで砲弾を撃ち出す。砲弾は見事に目標の機関部に命中し、砲塔の天板に白旗を掲げた。
「命中確認!次の目標を捕捉!距離約70メートル。射角右3度。撃て!!」
水田の号令に合わせて照準を変えて、再びペダルを踏み込む。車内に凄まじい轟音と衝撃が走る。
ホリ車には半自動装填装置が付いている。砲弾を『装填架』にセットすると、砲撃で砲身が下がって戻る時に砲弾を再装填するという仕組みになっている。この全ての動作は砲身が下がって戻る約1秒~2秒で完了する。
この時に砲身の後ろに付いている鎖栓が自動で開閉するため、装填手は砲弾を装填架にセットするだけで済む。
水田がVK45.02(P)の動向を確認する。砲弾は最初の目標と同じように機関部に命中したようだ。天板から白旗を掲げている。
「流石だ。腕は落ちていないようだな」水田が褒めると、神原は一言だけ「どうも」と返した。
「織田、エンジン始動。エリアΔー5に移動だ」
他の戦車と違って砲塔の無い戦車は戦闘に支障を来す場面が多いが、同じ場所で撃ち続ければ居場所が知られる。多少のリスクはやむを得ない。
移動の指示が出されて織田は明るい顔になった。エンジンを始動し、ギアを入れたその瞬間!真後ろで爆発が起こった!水田が外を見ると、カヴェナンターがこちらに主砲を向けていた!
「敵に後ろを取られた!織田飛ばせ!!」
「飛ばせって何処へ!?」
「何処でも良い!敵を振り切らないと!」行き先を任された織田はニヤッと笑った。
「了解・・・飛ばしますよ!!」
織田は張り切ってアクセルを踏み込む。エンジンの唸り声が響き渡り、車体が大きく揺れる。
「前世の時とまるで違いますよ!アクセル踏み込んだら一気にエンジンの回転が上がる!」
ホリ車はその図体に対して軽快に走り出した。エンジンは水冷式のV12気筒ガソリンエンジンで、変速機はオートマチック車とほぼ同じ自動変速機を搭載している。重量があるので加速はやや悪いが、速度が乗れば約40kmで走行することが出来る。
「何よあの戦車!あんな図体で日本の戦車のくせに40km以上で走るなんて!」
酉沢は目の前で機敏に動くホリ車に驚愕していた。
図体の大きさだけならドイツのティーガーⅠ並みだが、機動力はそれ以上にある。
「あいつを逃がさないで!さっさと仕留めて、残りを探すのよ!」
2輌の戦車は山を降りて森林に入った。木々を避けながら高速で走っている。
「水田さん!攻撃はどうするんですか!?」秋川が揺られながら質問する。
「落ち着け。織田、そのまま逃走を続けろ。あいつをエリアβに誘い出す!」
ホリ車がそのまま逃走を続けていると、真横から攻撃が入った。水田が確認すると、M26に似たシルエットの戦車が砲口を向けている。
「あー・・・神原。M26に似た戦車がいるが分かるか?」
「恐らく『T25E1』かと。M26の前に造られた試作車ですよ」
アメリカの試作中戦車『T25E1』。M4シャーマンの後継機として計画された試作車だ。対戦車能力向上のために90㎜砲を搭載し、砲塔と車体の装甲を強化している。
機動面ではエンジンと変速機が一体化した『パワー・パック方式』を採用していたので、機動輪が後ろに付いていた。
30輌ほど生産されたが「M4の主砲でも対抗出来る」という持論が推し進められていたこともあり、採用されることは無かった。
水田は測距儀を横に向けてT25E1を確認する。続けて撃ってくるかと警戒したが、その場から動き始めた。どうするのかと動向を見ていると、ホリ車の側面を目掛けて突っ込んでくる!
「突進攻撃するつもりだ!織田!合図したらブレーキだ!」
T25E1がホリ車を捉えたらしい。更に速度を上げて突っ込んでくる!
「今だ!!」織田が号令と同時に目一杯ブレーキを掛ける!車体が前のめりになりながら減速し、T25E1は前をギリギリを通過した。
カヴェナンターも急ブレーキを掛けたようで、車体を横に向けて停車している。
「逃げるぞ!早く出せ!!」エンジンが再び唸り、重い車体を動かす。
後ろを見ると、カヴェナンターが体勢を立て直して再び接近し始めた。T25E1は突進攻撃に失敗したと同時に体勢を立て直し、カヴェナンターの後ろについて攻撃してきた。漁夫の利でも狙うつもりなのだろうか。
3輌はそのまま森を抜けてエリアβに入った。
後ろについた2輌の戦車は攻撃をホリ車に集中していた。ホリ車を厄介な相手と認識したのだろう。
「織田。合図したら思いっきりブレーキを掛けろ。神原、秋川。合図したら攻撃しろ。外すなよ」
水田は頭を出して2輌の距離を見た。カヴェナンターが約20メートル、T25E1が約25メートル後方にいる。この作戦はタイミングが重要だ。
2輌の狙いが徐々に正確になり、近付いてくる。水田は後ろについた2輌をギリギリまで引き付けようとしていた。戦闘機が後ろにつかれた時に回避する技術の応用だ。距離が更に縮まる。「今だ!」と心の中で叫ぶ!
「ブレーキ!!」織田は怒号を聞いてブレーキペダルを踏み込み、サイドブレーキのレバーを限界まで引いた。急ブレーキに驚いた2輌はホリ車を避けて前に飛び出す!
「主砲!副砲!一斉射!!」神原はT25E1に、秋川はカヴェナンターに照準を合わせてトリガーを引く!
エンジンを撃ち抜かれた2輌は速度を落としていき、遂にエンストで止まった。
水田はハッチを開けて2輌の戦車を見る。砲塔の天板に白旗を掲げ、機関部からは黒い煙を上げている。撃破を確認すると、ヘルメットに付いているインカムのスイッチを入れる。
「こちら水田。戦況報告です。重戦車1。中戦車2。巡航戦車1の撃破を確認。戦闘終了。これより帰還します」
通信して数秒後。加藤からの返信が来た。
『お!水田くんの班が勝ったのね!えっと・・・砲戦車だっけ?それで勝っちゃうなんてびっくりしたわ』
「ところで、撃破した戦車はどうするんです?」
「ああ。それは心配しないで。整備班が回収に回ってるから、あなたたちは先に格納庫に戻って良いわよ」
「了解しました」水田は通信を切ると、織田に帰投命令を出した。
【平成24年4月11日。晴れ
ホリ車の修理が終わり、初めての・・・いや、67年ぶりの実戦に参加した。現代の技術の恩恵か、元より多少性能が向上しているようだ。
他の乗員たちの腕は落ちていない。これなら試合に出ても、支障はないだろう。だが学校指定の制服で指揮を取るのはやりずらいように感じた。明日、加藤隊長に戦闘服の着用を申請してみようと思う】
その日の日記を書き終わった水田は、ベットに寝転がって背を伸ばした。その視線の先には、棚に置かれている前世で書いた日記帳があった。
起き上がって日記帳を手に取り、パラパラとページを捲っていく。いくら見直しても、白紙のページには何も書かれていない。
どのくらい書いていなかったのか確かめたところ、1年近くの空白があることが分かった。どんなに忙しくても時間を見つけて書いていたし、その日に書けなかった時は次の日に持ち越して2日分書いたりしていた。日記に空白の期間があるということに、水田は納得出来ずにいた。
(日記を書き忘れる何てあり得ない。この『空白の期間』は何なんだ?)
「確かに。あなたは毎日、日記を書く人でした」
入り口から聞き慣れた声が聞こえた。『ミヨコ』だ。暗いからか、頭と足の傷が痛々しく見えた。
「・・・答えないだろうが、お前に聞きたい。何で俺の過去を知っている?それと、お前は何者なんだ?」
物心ついた時から、現れる度にこの質問をしてきた。これまでも聞いてきたが、『ミヨコ』が答えた事は1度もない。暫くは「どうせ聞いても答えないだろう」と思っていたのでこの質問もしなくなっていた。こうしてまた聞いたのは、日記帳にある『空白の期間』に関して何か知っているのではと思ったからだ。
「・・・何も、覚えていないんですね」
その一言だけ言い残し、『ミヨコ』は煙のように消えていった。気のせいか、いつもより悲しそうな顔をしているように見えた。