陰陽師奇譚   作:雛罌粟初秋

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散歩という体で見回りをしていた柊馬とゴン。
妖気を感じ駆け付けると一つ目の妖怪に襲われそうになっている青年がいた。

彩希との特訓のかいがあってか、柊馬はゴンとの連携で妖怪を封印する事に成功し青年を無事、救出出来た。
青年は柊馬に深く感謝した。

柊馬と別れた青年が立っていると両手が鎌になっている細身の妖怪が姿を表した。
しかし、その妖怪は縄の様な物で拘束され引き千切られ絶命した。そして、青年は「申し訳ありません。今は貴方に構っている暇はないんです」と呟いた。

御機嫌よう、雛罌粟初秋でございます。
毎度の事ながら三叉神経痛が辛いのですが、頑張って私のペースで執筆致します。


第伍話「格差」

6月14日 17時42分 華島市内・F地区

 

「さぁて、行くぞ。柊馬」

 

「うん。ゴンも準備はいいね?」

 

「はい。いつでも大丈夫です!!」

 

 太陽が沈み切っていない時間帯に柊馬、彩希、ゴンは植物の妖怪たちと遭遇した。植物の妖怪たちはどれも頭には花が咲いており、両手は蔓状になっており、両足は根になっていた。その中で頭に咲いている花が真っ赤なのが、頭領だろう。

 彩希の掛け声で柊馬は勾玉を刀に変化させ、ゴンも構え戦闘態勢に入った。彩希自身も仕込み杖を構えた。全員が構え終えるとそれが開戦の合図となり、植物の妖怪たちは一斉に動き出した。

 数では柊馬たちが圧倒的に劣っていたが連携力で補い善戦していた。ゴンが『鏡面迷宮』を使用し植物の妖怪たちを同士討ちさせたり、彩希が動きの読めぬ仕込み杖を使用したりして、慌てふためき混乱しているところを柊馬の刀が一閃し、植物の妖怪たちを封印していった。その光景に植物の妖怪たちの頭領は顔を真っ青にしていた。こうも容易く倒されていくとは思ってもいなかったのである。

 植物の妖怪たちが全滅しそうになった時、頭領の声が響き渡った。

 

「待て!!」

 

 その声に残った植物の妖怪たちは勿論の事ながら、柊馬たちも動きを止めた。すると、頭領が柊馬に向かってゆっくりと近づいて来た。敵意を感じず柊馬は切っ先を地面へと向けた。

 頭領が柊馬の目の前に立っている。非常に申し訳なさそうな表情をし、身体が僅かに震えていた。

 

「ま、参った。虫が良すぎるかも知れねぇが、これからは……心を入れ替え人の為に生きる。だから、見逃してもらえねぇか?」

 

 命乞いだった。頭領は土下座をし地面に頭を擦り付け声を震わせながら言った。柊馬が反応に困り周りを見ると他の植物の妖怪たちも同じく土下座をしていた。

 

「六条さん、この場合はどうすればいいの?」

 

 どう答えていいのか分からなかった柊馬は彩希に助け船を求めた。すると、彩希は腕を組んで口を開いた。

 

「君がしたい様にすればいいのさ」

 

 そして、腕を組んでいた右手だけを上げ掌を上にしながら柊馬の方に向け続けた。

 

「生殺与奪は君の自由さ」

 

 彩希の言葉に柊馬は右手を顎に当て考えていた。その場を沈黙が支配していた。

 やがて、答えが出たのか柊馬は優しそうな口調で頭領に話しかけた。

 

「顔を上げてくれる?妖怪さん」

 

 その言葉に頭領は黙って、恐る恐ると頭を上げた。

 

「さっきの言葉は嘘じゃないよね?ちゃんと守れる?」

 

 その口調はまるで親が子を諭す様な感じで、柊馬は頭領に確認した。

 

「勿論だ。男に二言はねぇ……」

 

「なら、決まりだね。人の為に生きてね」

 

 頭領の真剣な表情、真剣な口調に納得したのか、柊馬は頷き優しく微笑んで口を開いた。

 

「ありがとよ。兄ちゃん、姉ちゃん。行くぞ、お前たち。引き上げだ」

 

 頭領は柊馬と彩希、そしてゴンに頭を下げ仲間である植物の妖怪たちを引き連れ、去り始めていた。しかし、植物の妖怪たちの撤退は柊馬たちの視界から消える前に止まった。

 

「……」

 

 植物の妖怪たちの撤退が止まったのは、とある青年が立っており道を阻んでいたのである。その青年は醜悪な物を見た、と言わんばかりの嫌悪の表情が浮かべていた。

 

「貴方は!?」

 

 柊馬はその青年に見覚えがあった。先日自身が助けた、バーテンダー風の装いをした青年だった。今日も同じ格好をしているが、以前と変わっているのは穏やかな表情ではなく嫌悪の表情を浮かべている点だった。意外な人物の登場と、表情の変わり様に柊馬は驚いた。

 

「兄ちゃん、誰だ?そこをどいてくれねぇか?」

 

 頭領は青年にそう言うと、青年は無言で宙に左手を翳した。すると青年の身の丈程ある宝石が散りばめられた黄金に輝く大弓が出現し、左手で握った。そして、細身で華奢な印象を受ける青年が引けるとは思えない大弓を頭上で弦を引くと矢が出現しそれを放った。矢は空中で無数に分裂し頭領以外の植物の妖怪たちを射抜いた。射抜かれた植物の妖怪たちは断末魔を上げる暇もなく何も残らず霧散した。

 青年は大弓を正面で構え直し照準を頭領に定め、ゆっくり弓の弦を引き不敵な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「私が誰か?貴方たち妖怪や悪霊の皆さんは、よくご存知かと。妖白華(ようはくか)、と言えばご理解頂けるかと」

 

「ま、まさ……くぅぁ!?」

 

 放たれた矢は頭領の頭を捉え、頭を弾き飛ばした。弾き飛ばされた頭は柊馬たちの目の前に転がり霧散した。残された胴体も霞状になりゆっくりと消え去り始めていた。しかし、待っていられなかったのか妖白華と名乗った青年は、消え始めている胴体に近づき大弓で薙ぎ払い消し去った。

 

「なッ……」

 

「何故ですか!?妖怪とは言え、命には変わりない!!しかも、心を入れ替えると言ったのに!!何故、そう簡単に殺せるんですかッ!?」

 

 妖白華の行いに彩希は言葉を失い、柊馬は普段の大人しい性格とは考えられないくらい憤っていた。

 

「妖怪は悪。悪は滅ぼさなければならない。ただ、それだけの事をしただけですよ」

 

 柊馬とは対照的に妖白華は淡々と答えた。命を奪い去った後とは思えないくらいに意に介していない様子だった。「さて……」と呟くと妖白華は冷ややかな視線を柊馬に向けた。

 

「貴方は「命に変わりない」と仰った。幼い時に蟻を無邪気に潰したり、夏場に血を吸う蚊を殺した事がないんですよね?命の尊さを唱えている以上……そうですよね、金森柊馬さん?」

 

「それとこれは────」

 

「「命」に、変わりはありませんよね?」

 

 柊馬の言葉を遮り妖白華は語気を強くして柊馬を睨めつけた。

 

「ひッ……!!」

 

「ご、ゴン!?」

 

 ゴンは短い悲鳴を上げて刀になっている勾玉の中に帰ってしまった。その光景に柊馬は驚いていた。今まで自分より強く大きい妖怪を何体か封印してきた。その過程の中でゴンが怖気づく事は一度もなかった。だからこそ、妖白華という華奢な男に睨まれて怖気づいてしまう事に驚いていたのだ。

 

(妖白華────この男が。こうして居合わせただけでも、息が苦しい。目を合わせたら、その視線に射殺されそうだ)

 

 一方で彩希は柊馬と妖白華がやり取りをしている間に、彼の事を冷静に分析していた。分析している時、背中にひんやりとした汗がゆっくりと垂れるのを感じた。それは断じて暑さのせいではない。

 

「屁理屈は結構です。ゴン、出てきて力を貸して。この人にお灸をすえるよ」

 

 柊馬は妖白華に対する憤りを言葉に込めゴンに呼びかけた。しかし、待てども虚しく時が過ぎる一方でゴンが出てくる事はなかった。

 

「……ゴン?」

 

「この男に威圧され、ゴンは出てこれないのだろう。力は私が貸すよ、本音を言えば……私も逃げ出したいところさ」

 

 ゴンが出てこない事に焦る柊馬に対して、彩希が仕込み杖で左手の掌をポンポンと叩きながら自嘲気味に力を貸すと言った。

 そのやり取りを見ていた妖白華が目を閉じニヤリと笑みを浮かべて口を開いた。

 

「流石は六条家の優秀な跡取りです。霊媒師は安泰でしょう、六条彩希さん?貴女が継げればの話ですが」

 

「ご存知だとは、光栄の至りだよ」

 

 彩希が嬉しそうな語気、表情をしていたが次の瞬間には真顔になった。

 

「安倍家次期当主、陰陽師・安倍命(あべのみこと)

 

 そして、語気もいつもより冷たく静かだった。

 安倍命という妖白華の本名を知り柊馬は固唾を呑み、ゆっくりと口を開いた。

 

「この人が本物の陰陽師……」

 

 自分とは違う正当な陰陽師の後継者。安倍という名字を聞いて安倍晴明の子孫である事を疑いもしなかった。背中に汗が噴き出す感覚と喉が徐々に渇いていく感じがした。

 命は目をゆっくりと開け大弓を正面で構え狙いを柊馬に定め弦をゆっくりと引き矢が形成され始めた。

 

「妖怪は悪。妖怪に手を貸した者も悪。悪は滅しなければならない」

 

 そう冷たすぎる殺意の言葉を添え、弦を手放した。矢の軌道は柊馬の頭を正確に捉えていた。後は矢が刺さり柊馬が地面に倒れ伏すだけだった。

 柊馬は何も出来ずにいた。身体が言う事を聞かなかったのである。目をギュッと瞑り死の時を待っていた。しかし、その時は一向に来なくキーン、と甲高い金属音が、肉に突き刺さる音の代わりに響いた。ゆっくりと目を開くと音の正体が分かった。命が放った矢を彩希の鞭状に変化した仕込み杖が打ち落としたのである。

 

「くぅ……痺れる。その華奢な身体で、よくもまあ高威力の矢を放てるものだ。柊馬、お灸をすえるんじゃなかったのかな?」

 

「う、うん……」

 

「君が怯えるのもよく分かる、相手は今まで君が封印してきた妖怪よりも遥かに強い。だからこそ、打ち勝てば自信にも繋がる。壁は高いほど登り甲斐があるっていうものだろう?」

 

「激励ですか、悪くありません。士気の低下を防ぎ寧ろ上げさせる。ですが、それが本当に効果があるのか……私の矢で見定めて頂きます」

 

 そう言うと命は再び弦を引き始めた。対して彩希は耳を貸せと、柊馬に合図した。

 

「相手の矢なんて気にするな、私が全て打ち落としてやるとも。君はただ相手の懐に入り刀を振るえ」

 

「うん、やってみるよ」

 

 柊馬がそう言うと刀を構えた。それを見た命はフッ、と軽く笑みを浮かべると形成された矢を柊馬の頭を目掛けて放った。矢は彩希の言葉通り金属音を立て地面に落ちた。

 矢が落ちた。それと同時に柊馬は走り命との間合いを縮めていた。間合いを詰められても命は焦る素振りを見せる事なく弦を引き矢を二本形成した。そして、弦を手放す。一矢は頭を、もう一矢は腹を狙っていた。

 迫りくる矢に構わず柊馬は走った。彩希は柊馬に迫りくる矢を、鞭状に変化させている仕込み杖を下から上へと振り上げる事で矢を落としていった。

 刀を振れる間合いに入った。柊馬は無言で刀を振り下ろした。しかし、手応えを感じるどころか風を感じた。風の壁が柊馬の一閃を阻んでいた。

 

(攻撃が当たらない!?だけど……相手の攻撃を打ち落とせて────)

 

「打ち落とせている、と勘違いなされていませんか?私が敢えて打ち落としやすい矢を放っている事に気が付きませんか?」

 

「なッ────!?」

 

 柊馬の思考に割り込んできたのは命の衝撃的過ぎる言葉だった。その言葉は柊馬を驚かせるには充分過ぎる威力だった。彩希も後ろで悔しそうに拳を握っていた。

 

「次は当てますのでお覚悟を……」

 

 命は大弓を頭上に翳し、目を閉じ二人が聞いた事がない言語を発しながら弦をゆっくりと引いていた。

 

「何をする気なんだ……」

 

「柊馬!!こっちに来るんだ、何があっても良い様に守りを固めるんだ」

 

 彩希の鬼気迫る表情と語気で柊馬は頷き彩希の傍に立った。

 空気が異様に震えていた。弦を引ききっても、命は一生懸命に口を動かし二人が聞きなれない言語を発していた。その直後だった、異質な矢がゆっくりと形成された。異質だと感じたのは矢を中心とし周囲に緑色の曲線、蜷局を巻いた蛇の様なものが纏っていたからである。

 目を開くと同時に弦を手放し異質な矢を放った。矢は曲線を描きながら二人に迫った。

 

「打ち落としてやるともさ」

 

 彩希がそう言うと仕込み杖を振るい矢を打ち落とそうした。その行為に命はただ相手を見下す様な笑みを浮かべているだけだった。

 仕込み杖と矢が触れた瞬間────金属音ではなく突風が吹き荒れる音がした。そして、肉が裂ける音と共に二人が宙に放り出され地面へと落下した。柊馬と彩希の身体の至る所に突風よって出来た切傷があった。

 

「がッ……!!」

 

「ぐぅぅ……。一体どういう仕掛けなのかね?陰陽師が陰陽五行以外の属性は持ってはいない筈だよ」

 

 彩希はよろよろと立ち上がりながら命に疑問を投げかけた。陰陽師は木・火・土・金・水、以外の属性は持てず使えない。今の攻撃は身をもって体験した彩希なら分かるが風属性だった。魔術師ではない限り使えない、当然の疑問だった。

 その疑問に命は得意げな笑みを浮かべて口を開いた。

 

「えぇ、仰る通り。どういう仕掛けなのか一言で申すならば、式神。とでも申せばご理解頂けますか?」

 

 命の答えに彩希は風属性を付与させる式神か、と心の中で納得しつつも悔しそうな表情を浮かべた。陰陽師、霊媒師と異なる存在だが後継者という点では同じ。圧倒的な格の差を見せつけられたからである。

 じりじりと命が近づいて来た。それは死へのカウントダウンだった。柊馬は身体を起こすのがやっとで、彩希はその場に立っているので精一杯だった。死がそこまで迫った時だった。

 

「何やってんだ!!喧嘩はやめろ!!」 

 

 柊馬にとって聞き覚えのある声が聞こえたと思うと、その声の主が柊馬と彩希に迫っている死との間に割り込んだ。

 

「煌志!?」

 

 その声の主を見ると柊馬は声を上げた。声の主は柊馬の親友である煌志だった。煌志は全身をわなわな、と震わせていた。

 

「てめぇ、柊馬と六条さんに怪我をさせやがって……。骨の1、2本覚悟してもらおうか……」

 

 死を齎す命に対して煌志は指をポキ、バキと鳴らしながら迫った。

 

「やめ給え、煌志」

 

 彩希の制止を無視して煌志は歩みを進め、ついには相手の間合いに入り殴る体勢になった。

 命は動じる事なく大弓を消して背中を見せた。

 

「────。陰陽師が人間に危害を加える訳にはいけませんね。さようなら、これに懲りたのなら考えを改めなさい」

 

 冷たい口調でそう言うと命は悠々と去っていった。

 

「ちッ、行きやがったか。大丈夫か?」

 

 煌志は舌打ちをしながら柊馬の下に行き手を差し伸べた。

 

「う、うん。何とか……。六条さんは?」

 

 柊馬は煌志の手を取り立ち上がり頷いた。そして、彩希の方に向き彼女を気にかけた。

 言葉に反応せず彩希はとある一点をまじまじと見つめていた。それは命が立っていた場所である。

 

(あの男が居た場所に赤い点、アレは血痕か?あの男に傷を負わせてないはずだが……)

 

 彩希が見つめていたのは、命が立っていた場所にある血痕と思しき赤い点である。赤い点を血痕だと仮定して、彩希が思っている様に命には傷を負わせてはいない。柊馬の攻撃は風の壁によって弾かれていた。謎が深まる一方で彩希は眉を顰めた。

 

「六条さん!大丈夫!?」

 

 反応がない彩希に対して柊馬は声を大にして彼女の肩を揺すぶった。 

 

「あ、あぁ……大丈夫だ。それよりも怪我の手当てを私の家でしていくといい。煌志も危ないところにありがとう。良かったら来るかい?」

 

「その……なんつーか、ありがたい誘いだけど極道の家はまだ……怖ぇから、遠慮する。柊馬の事を宜しく頼む、六条さん」

 

 目線を少し外し煌志は頭を掻きながら言った。しかし言い終えると、しっかりと彩希に向き直り頭を下げた。それを見た彼女は柔らかく微笑み「あぁ、任されたとも」と返事をした。彩希の返事を聞いた煌志は頭を上げてその場を後にした。

 煌志が去ったのを確認すると彩希は肩を竦めて口を開いた。

 

「安倍命は怖くなくて私の家を怖がるのかい?彼は……」

 

「どうなんだろう?でも、いい奴でしょ。煌志は」

 

「それについては同意する」

 

 

 

6月14日 18時32分 六条宅

 

 命によって傷を負わされた身体を庇いつつ人目につかない様に気を付けながら、柊馬と彩希は何とか彼女の家に帰れた。出迎えた組員たちは二人の傷ついた身体を見て驚いたが構わず客間に通せ、と言い放った。

 客間に入れば彩希は柊馬に楽な姿勢でいる様に言った。傷ついた身体である。正座など堅苦しい姿勢では傷に障る。彼女の優しい配慮だった。そんな彼女は適当に座り手をポンポン、と鳴らし口を開いた。

 

「憲明、居るかな?」

 

 彩希は自身の懐刀である憲明を呼んだ。ほどなくして足音が聞こえ戸を叩く音がした。入室許可を出すと「失礼します」の声と共に戸を開き彼が入って来た。

 

「ここ……に……って、どうしたんですか、その怪我!?」

 

 開口一番がそれだった。全身切傷だらけの二人を見れば誰もが同じ事を言うだろう。

 

「説明は後だ。急いで手当ての準備を頼む」

 

「はい」

 

 彩希の言葉に憲明は頷くと急いで救急箱を取りに行った。バタバタと廊下を走る音がしたので、彼は慌てていると柊馬は思った。

 しばらくすると、憲明は救急箱を持ち組員の一人を引き連れて入って来た。そして、彼は組員に指示を出し柊馬の手当てする様にさせた。彼自身は彩希の手当てをしていた。

 憲明と組員の手当ては手際が良く行われ柊馬と彩希が苦しむ事なく終わった。組員は頭を下げ退室した。

 

「お二人の手当てはこれで完了です。どうですか?」

 

「ありがとうございます、九条さん」

 

「完璧だとも。感謝するよ」

 

 柊馬と彩希の二人が感謝の言葉をかけると憲明は軽く頭を下げた。頭を上げた時には最初にあった心配そうな表情はなく、怒りを必死に抑えている表情をしていた。

 

「で……彩希さんに怪我をさせたのは、どこのどいつですか?」

 

 語気もいつもより低く冷静さを見せつつも憤怒の感情が見え隠れしていた。

 

「安倍命って言えば君も分かるだろう?」

 

 彩希の口から安倍命、という名を聞いた瞬間に憲明は眉をピクッと動かし握り拳を作って口を開いた。

 

松尾神社(まつおじんじゃ)に住んでいる陰陽師。超絶な力を持っており、ついた異名が妖白華」

 

「妖白華?」

 

 憲明の言葉に柊馬は首を傾げて聞き返した。何故命が妖白華、と名乗りその意味が気になったからである。

 

「妖怪の血により真っ赤に染まった大地の上に、ひっそりと立つ白い装束を着た安倍命の姿が、妖しく咲く白き華の様だった事に由来するんだ」

 

 柊馬の疑問に彩希は腕を組みながら答えた。彼女の言葉の光景を天井を見上げながら想像し柊馬はゾッとした。

 

「憲明、報復だなんて馬鹿な考えはやめ給えよ?」

 

 誰も見れば分かる怒り心頭な憲明に対し彩希は顎に指を当てながら釘を刺した。

 

「報復なんて、しませんよ。ただ……挨拶をしに行ってきます」

 

「おい、待ちたま────」

 

 彩希の制止を遮り憲明は立ち上がり退室した。目的は火を見るよりも明らかで松尾神社に居る命だろう。

 

「って、行ってしまったか」

 

(九条さん、鬼の形相になっていたな)

 

「行かせても大丈夫なの?」

 

 柊馬が彩希に疑問を投げかけると肩を竦めて口を開いた。

 

「彼はね、私の事となると話を聞かなくてね」

 

 彩希は苦笑気味に言うと話を続けた。

 

「まぁ……心配はしてないよ、悪運は強いからね。それに安倍命の力を直に知るだろうし。私にとってプラスの事でしかない」

 

「そうなの?まぁ、その安倍命って人をどうにかしないと……」

 

 柊馬が拝む様に両手を擦り合わせながら心配を口にした。

 

「善良な妖怪の命を奪われてしまう。法で裁かれるべきだった邪悪な妖怪に手を貸した者が彼の手で裁かれてしまう、だろう?」

 

「うん、そうだよ。対策を練らないと……」

 

 彩希の言葉に柊馬は頷いた。柊馬にとって安倍命という人物はよく分からないが、夕方の彼の言動から何とかしなくてはならない、と考えには至った。

 柊馬が怪我の手当ての為、彩希の家を訪れて約五十分が過ぎようとしていた。その時、廊下を歩く音がして戸を叩く音がしたので入室許可を出した。「失礼します」という声は憲明のものだった。

 

「戻ってきたか、のり……あ、き?」

 

 様子がおかしい憲明を見て彩希の言葉は途中で勢いを失い消えそうだった。

 

「……」

 

 消えそうな彩希の言葉に憲明は沈黙したままだった。

 

「九条……さん?」

 

 柊馬も憲明の事が心配になり、やや身を乗り出しながら言葉を投げかけた。

 

「────。何があったのか、簡単に教えてくれないか?」

 

 彩希はフーッ、と息を吐きだし静かな口調で憲明に問うた。それに対して彼は額から汗を流し、「はい……」と首を縦に振った。青ざめた彼の顔はただならぬ事があったのを物語っていた。

 

 

 

6月14日 18時57分 松尾神社

 

「安倍命っていうのはお前か?」

 

 神社の敷地内に殺気立った憲明が白装束を着た命を見据えていた。憲明の後ろには数人の組員が待機しており、全員が殺気立っていた。時間が時間なので参拝客などおらず、目につくのは黒い集団と白い個人、という対照的な光景だった。

 

「えぇ、いかにも」

 

 命は殺気立った憲明と組員たちに怯む事なく、微かに笑みを浮かべ首を縦に振った。

 

「彩希さんの借りを返しにきた。泣いて詫びるんだったら今の内だ」

 

 静かな口調でそう言ったものの内容は憲明の憤りを表していた。それを聞いて命は「あぁ、六条組の……」と両手をポン、と合わせ頷いた。

 

「すみませんでした、これでいいですか……?」

 

 命は軽く頭を下げ心がこもっていない謝罪をした。それは憲明の怒りを爆発させるのには充分であった。命が頭を上げた瞬間に彼は飢えた獣が如く命に襲い掛かり左手で命の胸倉を掴んだ。そして、右手を振り上げた。

 

「お前……舐めて……ん、の────!!」

 

 言葉が途切れたと共に憲明の右手も命に当たる寸前で止まっていた。それを見て命は目を伏せ軽く口角を上げ口を開いた。

 

「殴らないのですか?それよりも……汗と震えが凄いですね。風邪でも引かれたのでは?」

 

 命が言う様に憲明は汗を流し震えていた。いや、彼だけではない。後ろに居る組員たちもそうだった。中には膝を屈してしまった者も居た。

 憲明は悔しそうに命から手を放した。彼が汗を流し震えていたのは、風邪ではない。命は冗談のつもりで言っているが汗や震えの原因を間違いなく知っている。彼が命に右手を振り下ろそうとした瞬間に異様な殺気が場を支配した。それのせいだろう。

 命は胸倉を掴まれ形が崩れた白装束を手で整えた。

 

「お帰りはこちらです。どうかお大事になさって下さいね」

 

 神社の出口である鳥居まで命は憲明と組員たちを見送った。憲明が鳥居を潜ろうとした瞬間に彼は憲明に背を向けたまま、これまで以上ないに冷たく殺意が研ぎ澄まされた口調で一言添えた。

 

「危うく落とす命でしたから」

 

「────!!」

 

 命の言葉に憲明は何も反応せず、ただ足早に鳥居を潜りその場を離れた。異様な量の汗を流し、身体の震えを抑えながら。

 

 

 

6月14日 19時25分 六条宅

 

「という事がありました。すみません、六条組に泥を塗りました」

 

 憲明は土下座をし畳に頭を擦り付けていた。

 

「そうか、君が無事で何よりさ。下がってゆっくり休み給え」

 

 彩希は憲明から報告を受けても怒りもせず、柔らかく微笑み口を開いた。その口調は表情と同じく柔らかいものだった。それを聞いて彼は「失礼します」と退室した。

 

「あの憲明がここまで怯えるとは……」

 

 そう呟くと彩希は右手に視線を落とし右手の親指の腹と中指の腹を擦り合わせていた。

 

「あの、六条さん!」

 

「ん?何かな?」

 

 柊馬に呼ばれ視線を彼に移した。真剣な表情をしており何か言いたげだった。

 

「僕、後日にあの陰陽師と話してみようと思う。もしかしたら……協力を仰げるかも知れない」

 

「オイオイ……それは、危険だと分かって言っているんだよね?」

 

「勿論。でも、話してみれば案外分かり合えるかも知れないし」

 

 柊馬が突拍子もない事を言ったので彩希は目を丸くして肩を竦めた。しかし、彼の返答や眼差しは真剣そのものだった。やがて、彼に根負けしたのか彼女はため息をつき口を開いた。

 

「じゃあ、安倍命は君に任せるとしよう。あぁ、一つ役に立つかも知れない情報があるんだ」

 

「情報?」

 

 彩希が情報、という言葉を出すと柊馬は前のめりになり食いついた。この情報が彼にとって有力な武器になるかも知れないからだ。

 

「そう。柊馬、君はゴンを使った後……疲れたり眠くなったりしないか?」

 

「言われてみれば……疲労感がドッ、と来るね」

 

 彩希の問いに柊馬は顎に右手を当て思い返していた。今までゴンと共に戦い勝った後に疲労感に襲われていた。

 

「式神に限らず、陰陽術、降霊術、除霊術、魔術を使用し限界を超えると人によって様々な症状が発症する」

 

「はぁ……なるほど。それが、どうかしたの?」

 

 ここまでの説明ではイメージが湧かず柊馬は曖昧な返事をしてしまった。命に限界が訪れるまで耐えれば良いのか、と思ったが彼はどの様な症状を発症するのか分からない。だからこそ曖昧な返事になってしまった。

 「気が抜ける返事だな~」と彩希が呆れ気味に言った。しかし、言いたい事は別にある様で両手の指先を軽く合わせ、それを鼻の前に持っていった。

 

「安倍命はあの時、式神を使ったと言った。それで彼が去った後の地面には血痕が残っていた」

 

 彩希は静かに真剣な口調でそう言った。彼女の言葉で柊馬は命の言動を思い返していた。

 

「えぇ、仰る通り。どういう仕掛けなのか一言で申すならば、式神。とでも申せばご理解頂けますか?」

 

 間違いなく式神を使っていた様だった。命の言葉が嘘でなければの話だが。尤も彼があの場で嘘をつく利点がないのだが。彼の得意げな笑みを信じ柊馬は答えを出した。

 

「つまり、あの時は彼は限界だったと?」

 

「まぁ、推測の域だがね。でも、もし戦う事になって……君が傷つける事なく安倍命が血を流していたら、それはチャンスなのかも知れない」

 

 彩希は腕を組んで返事をした。彼女の言う通り推測の域ではあるが、命の限界を超えた症状が血を流す、という有力な武器を手に入れられた事は大きい。

 

「ありがとう、覚えておくよ」

 

 柊馬は柔らかく微笑みそう返した。命との話し合いを成功させる、と強く決心して。




如何だったでしょうか?
安倍命様が大好きな雛罌粟でございます。

過去一番の長さとなってしまいましたが、皆様を楽しませる事が出来たのであれば何よりでございます。

ご感想やご質問は随時受け付けております。此方でもTwitterでも構いません。皆様のお声が私の力になります。

それでは、第陸話までお待ちくださいませ。
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