創也:どこかの学校に通う学生。
ジョニー:全長六十センチの緑色人型生物。鼻が高くいつもピエロみたいな帽子をかぶっている。
前原さん:美人。高身長。細身だが怪力。
(作中では「J」はジョニー、「M」は前原さん、そして「S」は創也のことですぞ)
【一話】 創也「お前ら、いつから一緒だったっけ?」
【S(創也視点)】
そいつらはいつの間にか俺の両隣にいた。いつからかは分からない。二人は隙間でも埋めるように何の変哲もない日常生活に紛れ、もう切り離せないくらいにすっかり溶け込んでいた。
最初に気づいた時は夢だと思った。だったら大丈夫だろうと。
手に握りしめたナイフが震えている。胸に手を当て深呼吸をして、指にあてたナイフを引いた。ひやりと擦れる感覚の直後、鋭い痛みが走痛い痛い痛い!!
「痛ッ! うわ、いっ……痛ててててて!!」
痛みで跳ね回りながら自分の愚かな行為を心底後悔した。ナイフを取り落としたが焼けるような激痛でそれどころではなく「ぎゃんっ!」ナイフは足に刺さった模様である。
そこから数十秒の騒音カーニバルは読者のご想像にお任せする。
「何してるんですか、切ったら痛いでしょうに」ジョニーが悶える俺を見上げ、やれやれと肩をすくめる。
「ほら、手出してください。消毒しますから。ちょっと染みるかもしれませんが」リビングのドアを開けて現れた前原さんは冷静に手際よく救急箱を開き、そこの椅子に座れと顎で命じた。
「ああ、ありがとう……」
勧められた椅子に腰かけ大人しく前原さん様の手当てを受けた。
「で、どうしてこんなことを?」灰色の瞳が詰問してくる。「悩みがあるなら聞くだけであれば聞きますよ?」
「……」何と言えばいいのか。「ええと」
俺の態度が深刻そうに見えないのか、彼女は約7.5度首をかしげる。彼女の背後で大窓から日光が白く差し込んでいる。
怪訝そうにこちらを見つめる前原さん、続いて目下の腕組みするジョニーに視線をやる。心なしか俺は二人に得体の知れない不気味さを感じていた。
ずっと一緒に暮らしていて、もはや家族も同然の二人に対してだ。俺が逆の立場なら訴えて不敬罪を主張するのも辞さない構えである。
……だって、仕方ないだろ?
疑問を抱いてしまったんだ。
ジョニー。チェック柄のTシャツを着てピノキオのように尖った鼻が高く、身長約六十センチで全身緑色の自称妖精。羽が無いので飛べないが足はめっぽう速く時々コメツキムシ級の大ジャンプを見せる。保育園の子供より活発で饒舌だ。今はとんでもない表情で大欠伸をしたところである。
前原さん。目つきの鋭い痩身で長身の女性。可愛らしさと美しさは両立するんだなと初対面の時に思った覚えがある。客観的に見た場合少々胸が寂しいのだがこれは禁句である。命が惜しくば口を塞ぐことだ。時折その細い腕には何が詰まってるんだと問い質したくなるほどの怪力を見せる。今は手鏡で身だしなみをチェックしていたがたいして整えるべき箇所もなかったようで誇らしげに手鏡をしまった。そう言えば年齢を知らない。でも聞かない。命が惜しい。
「あっはっは、いや……そのわっはっははははすいませんっっはっは」笑い転げているのはジョニーだ。
「ジョニーさん、何笑ってるんですか。笑うところはなかったでしょうふふっ」前原さんはこらえ切れていない。
俺はそこまで面白い事を言ったのだろうか。ジョニーは爆笑しながら、
「い、いや、『いつから一緒に暮らしてた?』ってぶはははっはっは最初からに決まってるじゃないですかははっぐっはははひぃ」呼吸困難になりそうなほどの抱腹絶倒ぶりだった。
最初から……?
「そうですよ。最初からです。私たちは最初から、正確には五分前から一緒です」前原さんはたっぷり含みを持たせ、世界五分前仮説みたいな事を告げた。
「つまり俺たちは五分前に生まれたと」しかも、それ以前の記憶を持って。
「そぅ…ふふっ、その通りです。この世界は五分と数十秒前に創造されました。現実世界とは別に、ほとんど同規模に。忘れてしまったんですか? 貴方がやったんですよ?」
「俺が……?」にわかには信じがたい、いや、にわかでなくても信じがたい……。
「ふっふふふぎゃはは最初も最初からっははメタ発言とはぐはははっひぃははやばい苦しいぃ」ジョニーはのたうち回っている。
俺にそんな大それたことができるのか?
「誰にでも可能なことですよ、創造性を持つ人間ならね。あら、全部忘れて入ってきたんですか? ……なるほど」前原さんは何かしら合点がいったようで、「ではあなたのポケットの中にある手帳の存在も知らないと?」
「え、知らないぞ」ごそごそとズボンのポケットを探ると、手のひらサイズの、装丁の整ったメモ帳が出てきた。「……立派だな」
「……なんですかそれ」ジョニーはきょとんとしている。笑い疲れたのか冷えたフローリングの床にぺたりと腰を落ち着けていた。
「それに書いた内容がこの世界では現実になります。覚えておいてくださいね。名称は……ふうむ、何と言いますか、『世界を作り替える手帳』というのはいかかでしょう」あらかじめ用意しておいた答えを披露するように前原さんはピンと人差し指を立てて提案した。その割には少々インパクトに欠ける気がするが。
「今時長文タイトルは流行りませんよ」「お黙り下さい♡」前原さんの一喝でジョニーはフローリングに撃沈した。
俺は手帳をまじまじと凝視した。「『まじまじと凝視』って『腹痛が痛い』と似てますよね」ジョニーが床に突っ伏したまま茶々を入れる。潰れた鼻声になっているのは床で鼻が潰れているせいだろう。
黒い厚紙の表紙に「Notepad(メモ帳)」の語が銀の筆記体で印刷された、デザイン自体はいたって普通のどこにでもあるメモ帳。片手にすっぽりと収まってしまう
「……夢があるでしょう?」上品な笑みと弾んだ声音。
「ありますねぇ!」ジョニーがすっくと立ちあがった。
「……!」
生まれて初めて武者震いというものを経験していた。
書いた全てが叶う便利な手帳。いや、便利なんてものじゃない。一体何ができるだろう? ……何だってできるんだ。信じられない。
「……こ、こんな」こんなことが許されていいのか。
「良いんです。『神は節操あるものに授ける』という言葉があるように、使い方を間違えないであろう者が与えられるものですよ」
「なにをですか」テーブルに乗ったジョニーが尋ねた。
「それは個人個人の解釈次第です。……難しい話は置いておきましょう、創也さん」
唐突に名前を呼ばれ俺はびくりとした。俺の名前は創也だった。その名にはなんだか酷い思い出があるような気がしたが、なんだったっけ。
記憶をひねり出そうと首をぐいぐいひねっていると、
「手帳を使ってしたいことはありますか?」
「そうだなぁ……」
「一通りのことは可能ですが、出来るだけ節操をわきまえたもので頼みますよ」前原さんが付け足した。
「節操のないものとは、例えば?」ジョニーが訊いた。
「
考えてみる。自分がしたいこと。行きたい場所。なりたいもの。欲しいもの。
「うーん……」
カチコチと時計が鳴っている。午後三時三十四分。ジョニーは箪笥の上に移動していて、前原さんは根気よく俺の返答を待っている。
「うーん……」
部屋を見渡してみる。リビングスペースに敷かれたクリーム色のカーペット。薄型テレビ。タンス。本棚。キッチンスペースにはフライパン、箸、フォーク、ナイフ、スプーン。「そしてカタカナだらけのモノローグ、と」本棚の上で頷いている小さな緑色の生物。
「うーん……?」
しびれを切らしたジョニーがカーペットの中央でドラミングを始めたのを横目に、前原さんは静かに言った。
「浮かびませんか?」
「……全く浮かばない。空っぽ。胸にぽっかりと穴が開いている」
「おお、ほんとにあいてますね」ジョニーだ。俺の胸に手を当て中を覗こうとしている。
「本当は開いてないが」「ええ残念」
「きっと疲れているんでしょう。時間はありますから、まずは休んでみてください」俺とジョニーの会話をガン無視する前原さんだった。
「体力や精神を回復してからでも遅くはないです。きっちり八時間寝て、体操して、散歩に行って心身をリフレッシュしてください」
いやに具体的だな。
「休む、か……。でも、平日は学校に行かないと」
俺のつぶやきにジョニー前原さん二人共々吹き出した。
「わはっはははひぃひっはっはあぎゃあはあ」
「ふ…ふふっ……、創也さん、うふふっ」
またしても二人の笑いのツボを刺激してしまったらしい……。だのに自分では全く面白くないとはこれいかに?
「くっ…ふふ、あのですね、ふふふええと、その……、この世界に学校はありません」
「……なんで?」
「そういう世界だからです」
「詳しく」
「……」
前原さんはしばし逡巡していたが、やがて意を決したように息を吐くと、
「分かりました。説明しましょう。初めに
再び自主規制音と銃声が響いた。どうやら禁則事項であるらしい。
とにかく「元気になるまで休め」ということのようだ。
J「……ちなみに『五千兆円欲しい』は節操が無いですか」
M「(節操)ないですね」