S「そのうちジョニー視点とか前原さん目線の話も出てくるらしい」
J「おお楽しみ」
【S】
『昨夜、合コンで場の雰囲気を乱したとして参加者の二十代男性が逮捕されました』
約三十分、文字数にしておよそ三千字の散歩から帰宅後、俺たちはめいめい手持無沙汰に温かいほうじ茶をすすっていた。飛び膝蹴りで破壊できそうな薄型テレビには某ニュース番組が流れており、見覚えのあるニュースキャスターが聞き覚えのある声で原稿を無難に読み上げている。
『昨日午後十時頃、東京品川区のバーで「場の雰囲気が悪くなった」と利用客から通報がありました。警察官が駆けつけたところ、容疑者で、利用客の一人である二十代の男性が店の外で意気消沈しており、その場で出頭し容疑を認めたため、警察はこの男を現行犯逮捕しました』
「へぇ~、合コンで何かやらかしたんでしょうかね」ジョニーが事件現場の映った画面に見入っている。
『捜査関係者によりますと、男性は「つい笑ってしまった。一生の不覚だった」と供述しているとのことです。これまでの調べによりますと、利用者たちは同日の午後八時ごろから男性五人女性五人で五対五の合同コンパを開催しており、女性の一人が職場での悩みを打ち明け、場がしんみりとした励ましムードになっていた際に、被疑者である男性が思い出し笑いをしてしまったため、悩みを打ち明けた女性は泣き出してしまい場の空気が悪くなり、幹事の女性が通報したということです。』
「凶悪ですねぇ。こういう人はいつの時代にもいるもんですねぇ」ジョニーが逆立ちしながら唸っている。
『なお、容疑者男性はその後、合コングループ内での社会的死亡が確認された模様です』
「凶悪かこれ……?」
俺は口をとがらせ座布団の上であぐらをかき、まだ鈍痛の残る右肩をさすりながら、漫然と三月末の月曜午前を過ごしていた。
ジョニーは丸テーブルに乗って逆立ちをしており、ふらふらとバランスを取りながらストローで湯呑から茶をすすっている。
前原さんは窓際でウキウキと日向ぼっこ兼読書にいそしんでいる(今日から某売れ筋新刊ミステリーをひもとくのだとか)。見目麗しい女性が絶妙に表情を緩めている様子は写真を取れば疑いなく高値で売れそうな塩梅であり、窓から差す日光も相まってリアルに後光がさしているかのようだ。まっ眩しい……!
「あれ創也さんどうしたんですか天井に尻張り付けて」ジョニーは地球を持ち上げる姿勢のまま言った。
「お前からはそう見えるだろうよ」
茶がなくなったため俺はココアを作りにキッチンに赴いた。よっ、ほっ、とジョニーが掛け声を発している。
「テレビも天井からぶら下がってるんですが」
「まず自分の体勢を鑑みろ」
適当に返事をしてマグカップにこぽこぽ湯を注ぐ。
「電灯が床についている!」
「分かったから」
茶色い液体をスプーンでぐるぐるかき混ぜながら、粉を最初にコップに入れときゃ良かったなどと反省していると、
「お、おおお! あ、まずい、あ――!!」
ガシャーン。
不吉な音がしたなあと思いつつ湯気立つマグカップを持ってのんきに戻ると、ひっくり返った机とひっくり返ったジョニーが俺を待ち受けていた。
何をしてるんだ。「えー、これまでの調べによりますと、ジョニー氏は逆立ちでバランスを崩し転倒した模様です」とジョニーが答えた。間違いなくそうだな。
「筋トレの必要性を感じますね」カーペットに出来た茶の染みをティッシュでふきふきジョニーがぶつぶつ言っている。
「ガーゼを当てて掃除機で吸うと綺麗に取れるとかなんとか」
「お茶ですし大丈夫ですよガハハ!」
前原さんは時々ジョニーの様子をうかがいつつも我関せずという調子を決め込んでいる。にわかに曇った空の下で強風に窓が揺れ、一気に寒々しい感じとなった。
「バッファローの一頭や二頭はを素手で殴り殺せないと一人前の男とは言えませんねぇ」と、ジョニーは汚れの塊と化したティッシュをごみ箱に思いっくそ放り込んだ。
「バッファローに何の恨みが」ついでにごみ箱にも何の恨みが。
「ないですけど倒せば食えますし」
「ごみ箱が?」
「バッファローが」
「ああ~なるほど」納得。肉はうまい。これ俺の中で常識。
「それで納得しちゃうんですか……」本から顔を上げ前原さんが呆れ口調で言った。
はてさて。
今日は春分。昼と夜の長さが等しい日であり、春一番も吹きおさめ。「自然を称え生物をいつくしむ日」と小学校時代にハゲた校長の長ったらしい朝礼演説で聞いた気がするがよくは覚えていない。いやちょっとは覚えている。むしろあの校長のほうを忘れている。悲しいことに俺の脳内メモリには校長について、俺達に向かって一心に太陽光を跳ね返すハゲ頭しか保存されていない。悲しいことに。
「ちなみに正確には昼の方が少し長いようです」前原さんが春分についてのうんちくをとつとつと語り始めた。さすが、普段本ばかり読んでいるだけに博識だ。
ほほう。
「イランでは今日が元旦らしいですね。農業では重要な日で中央アジアやアフリカではノウルーズと呼ばれる祭日だとか」
ほほう?
「正確にはノウルーズは旧ペルシア帝国の領土だった地域の風習で中央アジアなどがそれにあたりアフリカでは」
なるほど分からん! 誰か話題を変えてジョニー! 俺が座布団上で右に左に揺れながらジョニーに縋るような視線を送ると、
ジョニーは俺の意図を理解してくれたのだろうか、鷹揚に頷き、すっくと立ち上がろうものなら、
「う〇こ!」
堂々と超王道的下ネタをのたまった。
ふむ、懐かしい響きだ……。小学生のころは毎日言ってたな。むしろ叫んでた。物怖じもせずに。いつもそれで大爆笑できたし、仲間と盛り上がれた。純粋だったんだなぁ。あれ、なんだろう涙が出てきた……。
俺が幼き日を回想し、たいそう深く感じ入っていると、
「なぜそこまでしみじみしているんですか……。ツッコむところでしょう」
端正な顔にこれぞ驚愕という表情を浮かべた前原さんが戸惑いを隠せない様子で、分厚いハードカバーをぱたりと閉じた。本に挟まったしおりが二百ページほど移動していることに俺は震撼しつつ再び、排泄物的回想に埋没していく。
「こら。これ以上下品な言葉を並べるのは辞めてください。ラリアットかましますよ」
涼しい顔で血の気が引くこと言うなよな。ちょくちょくこういうこと言うよね。心臓に悪い。擬音にすれば「ぷんすか」程度の軽い怒り口調で「ラリアット」とか止めてくれ本当に暴力反対(早口)。
その異様な発言の数々を舐めてかかって何度痛い目に遭ったと思ってるんだ。もう、「力は脅すためにあるんじゃない、大切な人を守るためにあるんだ」という格言を知らないのか。え? 誰が言ったのかって? うーん…知らない……。
心の中で必死に低レベルな暴言をまくしたてていると、天啓が閃いた。俺の体に神が降臨したのかもしれない。
「分かった。これからは気を付けよう」んこ。
「……? やけに物分かりがいいですね。分かってくれたなら良しとしましょう」んこ。
分厚いミステリに視線を戻す前原さん。
「そうしよう」んこ。
……ヤバイ、楽しい! 幼児退行、楽しい!(語彙力低下)――
飽きた!
四十分も続けてしまった……。一人下ネタ大会、誰も傷つけない上に快楽を得られるの最高じゃありませんか。
前原さんは「う」で終わる文言を延々と繰り出す俺を始終気味悪がり続け、それでも今日読み始めた新刊を読破し満足げにコーヒーに口をつけていた。俄然暇になった俺は側転するジョニーを反復横跳びで避けるという謎の遊びに興じていた。
「飽きましたね」
ジョニーそれさっき俺が言った。
「どういうことですか……ま、いいです。何か面白い遊びはないですか」
タンスの上からジョニーが尋ねてくる。
「……思いつかんなあ」
「あの手帳使いませんか」
「やりたいことが見つからんのよ」
「そうですか……」
眉間にしわを寄せジョニーは本気で考えているようだ。
ニ、三十秒、時計の長針が半周するだけの時間をかけ、緑色の頭に白熱電球がともると、ジョニーはにやりとして
「お、どうしたんですか創也さん、急に逆立ちして」
してないが。やめろ。読者が勘違いするだろ。
「あまりふらふらすると危ないですよ。ちゃんとバランスはとってください」
だから、してないぞ。俺は冷え切ったココアをぐびっと飲む。
「逆立ちしながらストローで飲み物を飲むのはおすすめしませんね」
「それはさっきのお前だろ」
ジョニーは心底楽しそうな顔面をしていやがる。
俺は前原さんに眼差しで救いを求めた。何とか言ってやってよ。
「あれ、どうしたんですか創也さん、急に逆立ちして」
Oh……! 貴方もですか前原さん……。それも文面までジョニーと同じだと……。
「ふらふらしてるじゃないですか。筋トレの必要性を感じますね。バッファローの一頭や二頭殴り殺せないと一人前の男とは言えませんねぇ」
「伏線回収やめろぉ!」
俺は逆立ちなどできぬ!
J「……この世界って昨日作られたんですよね? 創也さんの発言には矛盾があるように見えるんですが」
M「……今語る話ではないような気がしますね」
J「でも」
M「(無言の圧力)」
J「(ゆっくりと目をそらす)」