【M(前原視点)】
窓際のひだまりに、時折ページの擦れる音が耳をくすぐる四月初めの午前十一時くらいのことでした。
かじかむ寒さもようやくほぐれ、春の穏やかなぬくもりに包まれながら、私、前原はまたしても読書に没頭しておりました。あと数行で読み終わるのでお待ちください。
ほう……。
最後の一行を読了し感慨の吐息をつきました。
どうも。一日八時間は本を読み、下の名前は未公表、前原です。
ただいま読んでいたのは近頃話題のこちら、全五二四ページにも及ぶアメリカ産のホラー小説『MAD=G』になります。
以下、あらすじです。(興味の無い方はお読み飛ばし下さい)
ゲルーディオス・マディアンツ、通称ゲルード卿と呼ばれる医学教授は、ある資産家ピーターに風変わりな研究への出資を持ちかけます。
『死者の蘇生に興味はおありかな?』
目の色を変え、出資を快諾したピーター。彼は日頃から慢性的体調不良に悩まされ、必然的に自らの死を意識するようになっていました。
多額の出資と引き換えに、死者蘇生法開発の暁には真っ先に自分を蘇生させるようゲルードと契約を結び、彼は仕事に明け暮れつつ研究の成果を心待ちにします。
そこで事件は起こったのでした。彼の最愛の妻ジェーンが心臓発作で急死してしまうのです。
『私の命などどうなっても構わない。どうか妻を生き返らせてくれ』
不完全な技術を出資者の細君で実験するわけにはいかないと固辞するゲルード教授にピーター氏は必死に懇願し、『何が起こっても責任は取らない』と誓約書を交わし、生体実験を決行することに。
そして待ちに待ったその当日、ゲルード教授は研究データごと失踪してしまいます。ジェーンの亡骸と共に……。
探偵を雇い金にあかせてできる限りの捜査を進めるピーター氏は、『失踪は計画性のあるものであったこと』『ゲルード卿が死者蘇生の研究などしていなかったこと』を知ります。
その後ゲルード卿から届いた一通のビデオメッセージには生き返った妻の姿が……。
教授が本当に研究していたものとは。そして彼の真の目的とは――
……と、精緻な伏線が光り、本格ミステリ的展開そして劇的ホラーエンドが病みつきになる人気作でありました。ざっと聖書くらいの厚みがありますね。
瞑目し本の背表紙に手を置くと、特に印象的だったシーンがダイジェストで回想されました。ジェーンがゲルード教授の逃亡先で生き返ったのには度肝を抜かれましたね。笑いあり感動あり恐怖ありの非常に刺激的で猟奇的かつ情熱的な物語でした。
しかし、いざ読み終わってしまうと若干の喪失感が否めないというのが今の率直な感想です。作品が面白くあればあるほどできるだけ長く作品世界の埋没していたいという気持ちも強まるんですねぇ。
世間には「ホラーは見たり読んだりする人に悪影響をもたらす」との指摘があるそうですが、それはホラーを読まない人の偏見というほかありません。ホラー作品はフィクションでなくては困るのです。自分の身に何の危害も及ばないから面白く読んでいられるのであって、実際に起こったら私は最初の被害者になること請け合い。本気でホラー的世界観を望むはずはありません。
何はともあれ、実にエキサイティングな読書体験でした。次もこのような本に巡り合えることを祈るばかりです。
扉絵をしげしげと眺める作業に移ろうかと思いますので、またも少々お待ちください。
ほう……。
今日の私、息吐いてばかりですね。
んっ、と天井へ伸び上がり(字面を見るとある意味ホラーですが単に伸びをしただけです)、反動をつけて椅子から立ち(決して腰が悪いわけではありません)、抜けるような青空を見ました(雲一つない快晴です。ところでこの文章、括弧書きばかりで見にくいですね。反省します)。
もうすぐ正午。日差しの最も強い時間帯になります。とはいえ春の初めでありますから、夏と比べれば日差しはまだまだ柔らかく、風の弱い日であれば外で本が読めます。春の好きな所の一つですね。
今日は上空の風がいささか激しいようで、雲は細切れに空を漂いながら、刻一刻と移動し形を変えていきます。
「ぶふっ」
そんな目まぐるしい空模様を見つめていると、妙におかしさがこみあげ私はつい吹き出しました。
昨日の光景がまぶたの裏に浮かんでくるようです。
私がお手洗いから戻ると、ジョニーさんが部屋の隅でうずくまって震えていました。私の読書机には先程紹介したハードカバーが投げ出され、ページは折れ机からほとんど落ちかかっており、一発殴ってやろうと私は後ろ手に拳を温めつつ、「どうしましたか?」と優しく殺気をこめて申しますと、
「ななななんでこんな恐ろしい話が読めるんですか」と早口で言い怯えるものですから、私はつい悪ノリし、
「大好物ですが。ぞくぞくしますよね」
最後まで聞かず、拷問される殺されると何やら喚きちらしジョニーさんは逃走しました。
以上です。
読み終わった今にして考えると、ジョニーさんは衝撃のホラーエンドを真っ先に開いてしまったのだと分かります。ご愁傷さまでした。あのシーンはホラー小説を読みなれた私ですら背筋が凍りました。最後から読むのは悪い癖ですね。直した方が良いかと存じます。
本日三度目の思い出し笑いでした。これが合コンなら即刻通報そして逮捕されていたでしょう。危ないところでした。
「おっ」
私の視線は窓の外を豪速で舞う桜の花びらに吸い寄せられました。ここ数日、北風さんが妙に張り切っていらっしゃるようです。春の到来を知らされていないのでしょうか、はたまた最後の悪あがきでしょうか。
「ふむ……桜が散ってしまわないうちに花見をしておきたいですね……」
数分後。私の手元には花見の準備が整っていました。レジャーシート、座布団、リュック、弁当箱(中身は入っていませんが)などなど。
突風がうなりをあげ、窓をカタカタと震わせました。
こんな日にも寒さに耳を傷めることなく室内でぬくぬくと読書ができるとは幸せなことです。
と、尻込みした私。
今日は無理そうですね。明日か明後日か、風の弱まった日にしましょう。何も一日で散りやしませんよ。
あまり桜を舐めてはいけません。……下ネタじゃないですよ。
J「結局、『MAD=G』はどんな話だったんですか?」
M「どうしても聞きたいのであればお話ししましょう。責任は取りませんが」
J「えっ、ちょ」
M「ゲルード卿はピーターの妻であるジェーンを密かに愛していました。
教授は死者蘇生の研究と偽り『人を仮死状態にする薬品』を開発し、それをジェーンに使用。自らが検死を行うことで心臓発作を装って彼女の死を偽装し、ジェーンを手に入れると逃走しました。
ピーターは莫大な資金を投入しゲルード教授を捜索させ、ついに居場所を突き止めます。
山岳地帯にぽつりと佇む廃屋、地下の監禁室へ彼が単身で駆けつけた時には、ジェーンはゲルードに数十回 (ピ―) された後でした。
廃人のように無残な姿の妻を目にし、床に崩れるピーター。
ジェーンが廃人となってもなおうわごとでピーターの名を呼び続けていることに、ゲルード卿は衝撃を受け、ピーターとジェーンを結ぶ真実の愛を悟ります。
そこで回想が入ります。十年以上前、教授がジェーンを見初めた瞬間の甘酸っぱい情動。高鳴る鼓動。夫であるピーターへの激しい嫉妬。『少々美化された青春』との表現がありました。
そう、ゲルード卿は最初からジェーンを手に入れるためにピーターに接近したのです。ピーターの慢性体調不良はゲルードが薬を盛ったためでした。
教授は発狂。血の涙を流しながらピーターを拷問し死に至らしめると、狂い死ぬまでジェーンを (ピ―)……」
J「ヒヤアアアアァァッァァッァァァアアア!!!!!」
M「だからやめておけと言ったのに」
J「言ってません!」ブルブル「前原さんはもう、全くもう……」
M「さて、この作品ですが新刊発行時の帯コメントが秀逸でした。最後に紹介して幕としましょう」
M「『これはたゆまぬ「愛」の物語だ』」