「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」
どれだけ走ったかわからない。でも、この足は止めちゃだめだっていうのはわかる。自分で決めた事だし、なにより香澄との約束を違える事になる。それに山吹さんを放っておけるわけない。あんなに優しくて、あんなに頑張っている子が報われないなんてそんなの嘘だ。だから、絶対彼女は香澄のところまで連れて行ってみせる。山吹さんも本当はバンド、やりたいはずなんだ。
「ここで、3つ目・・・!」
既に2つの病院をあたってみたがいずれもハズレだった。今度こそ、と祈りを込めてエントランスに入ると見慣れたポニーテールの少女が俯いているのが目に入った。
「香澄・・・私だって・・・私だってバンドやりたいよ・・・!でも・・・」
「───────だったらやればいい」
「か、神崎先輩・・・どうしてここに・・・」
「香澄のクラスに行ったら山吹さんのお母さんが倒れたって聞いたから。山吹さん、大丈夫かなって・・・・・・お母さんの容態は?」
「・・・・・・とりあえず大事にはならなかったです。2、3日で良くなるだろうって先生も・・・」
「そっか・・・よかった・・・」
「・・・・・・あの、神崎先輩」
「香澄たち待ってるよ」
山吹さんは苦しそうな表情で目線を逸らす。
「・・・・・・私にはできません。またあの時みたいな事が起きるのは嫌ですから・・・今回だって・・・」
「・・・・・・山吹さんはすごく優しいね。けど、その優しさで傷つく人もいるんだよ?香澄もすごく悩んですごく辛そうだった」
「・・・・・・・・・・・・」
「お母さんの事は確かに軽んじていい問題じゃないと思う。そうやって自分の事を気かけてくれる山吹さんの事をとても誇りに思ってると思う」
「・・・・・・・・・・・・さい」
「でも、それが本当にお母さんが喜ぶ事なのか?」
「・・・・・・・・・・・・てください」
「山吹さんがお母さんを気遣う代わりに何かを我慢する事が本当にお母さんの願う事なのか?」
「やめて!!!!!」
突然の大声にエントランスが一瞬静寂に包まれる。
「あ・・・・・・ご、ごめんなさい・・・」
「・・・・・・とりあえず、一回出よっか」
躊躇いながらも頷いてくれた山吹さんを連れて俺たちはエントランスを出た。
エントランスから出た後、玄関近くにある小さなスペースで向き合う。
「・・・・・・確かに神崎先輩の言う事もわかります。けど、先輩に何がわかるんですか。私だって考えて考えて決めたんです。みんなに迷惑かけないようにって・・・」
「・・・・・・確かに俺には山吹さんにあれこれ言う資格はない。でも、放っておけなかったんだ」
「・・・・・・どうしてそこまで」
「山吹さんが困ってた俺に手を差し伸べてくれたからだ」
「・・・・・・?」
初めて来店して右も左もわからなかった俺に彼女は手取り足取り教えてくれた。このパンはここが美味しくて、とかあのパンは毎日完売するほど人気なんだ、とか・・・
そんな彼女の何気ない優しさが俺にはすごくありがたかった。彼女からしたら俺なんて一客に過ぎないのだろうが、小さい事かもしれないが彼女の優しさは俺にとってはすごく大きな事だった。
「それに・・・俺の友達が困ってるんだ。どうしたら山吹さんがしたい事をできるようになるんだろうって・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「友達が困ってて、なにより俺が自分で
山吹さんは俯いたまま微動だにしない。俺も決して何かを催促するような事はしなかった。
「───────いい子じゃない」
「えっ?」
「か、母さん!!」
幼い男の子と女の子を連れて現れたのは、山吹さんが母と呼ぶ人物だった。
・・・・・・えっ、綺麗すぎない!?山吹さんのお姉さんかと思った・・・
「・・・あのね、沙綾。私たち親にとって子どものやりたい事をさせてあげられないのが一番辛いの。沙綾が私や純、紗南のためにって想ってくれてる事はすごく嬉しいわ。でも、純も紗南ももう沙綾に守られてばかりじゃないわ」
純くんと紗南ちゃんもそれに応えるように胸を張って任せろ、と言っている。
「純・・・紗南・・・」
「だから、いってらっしゃい。貴女の行きたい場所へ」
「母さん・・・!・・・・・・うん、行ってきます!」
ふと、山吹さんのお母さんがこちらを見る。
「沙綾の事、よろしくね♪」
「ちょ、ちょっと母さん!?」
「───────?わかりました!」
「か、神崎先輩!?」
「あらあら、先は長そうね」
こうして、3人に見送られながら俺たち2人は学園に向かった。
少し時間はかかってしまったが、何とか学園まで戻ってこられた。会場に向かうまでに『CHiSPA』のメンバーと出会ったが、彼女たちは戸惑う山吹さんの背中をしっかりと押してくれた・・・・・・本当にいい関係だと思う。
今、俺たちは会場の前に立っている。中はすごい盛り上がりだ。歓声が外にも聴こえてくる。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・不安?」
「・・・久しぶりに叩きますし、それに・・・」
「・・・大丈夫。香澄がそんな事気にすると思う?」
「・・・ふふ、確かに・・・・・・・・・本当にありがとうございます。私がこうしてまたスティックを持っているのはみんなと神崎先輩のおかげです」
「そんな、俺なんて何も・・・」
「先輩がああして迎えに来てくれなかったら今ここに立ってたかわからないでした。だから・・・ありがとうございます」
「・・・・・・うん、どういたしまして」
これ以上お礼を受け取らないのは逆に失礼だと思い、素直にお礼を受け取る事にした。
「じゃあ、行ってきます!かんざ・・・・・・・・・」
途中まで言いかけて、頬を赤らめてからやがて口を開く。
「良哉さん!」
「───────!・・・ああ、いってらっしゃい!沙綾!」
こうして山吹さんは光と歓声の中へ消えていった。
しかし、それだけでは終わらなかった。
中を見渡して花音と千聖を見つけて2人の横に腰掛けて、彼女たち『Poppin'Party』の演奏を聴く。2人と感想を言い合っているうちに曲が終了する。余韻が辺りを支配しているその時に、ボーカルの香澄からとんでもない発言が飛び出す。
「・・・・・・ありがとうございましたっ!・・・・・・でも、まだ終わりじゃありません」
その一声に会場は更に盛り上がる。俺自身も気持ちが昂っていた。それぐらい香澄たちの演奏は良かった。
「良哉先輩ー!!!」
・・・・・・ん?俺の名前が呼ばれたような・・・いや、流石に・・・
「良哉先輩〜!!!どこですか〜!!!いたら、返事してくださ〜い!!!」
・・・・・・どうやら気のせいではなかったようだ。隣の花音と千聖からいろんな意味を含んだ視線が送られる。
「え、えーっと、ここにいまーす・・・」
手を挙げて返事すると、香澄は壇上に上がるよう促す。
え?マジで?めっちゃ見られてるこの状況で?無理じゃない?
しかし、周りはそれを許してくれそうもなく異様な盛り上がりを見せている。この状況で逃げられるはずもなく、大人しく壇上までの道を進んでいく。そして、壇上に登って香澄から衝撃の一言がかけられる。
「良哉先輩!一緒に歌いましょうっ!」
「え、ほんとに?今から?ほんとに?」
「もちろんですっ」
「いやでも俺楽器なんにも───────」
「じゃあ、行きますよ〜!!」
「ちょ、話聞いてー!!!」
最後までドタバタした文化祭になったが、これはこれでいいんじゃないかと思えた。