「あれ、沙綾?」
「えっ」
あてもなく商店街をぶらぶらしていると、やまぶきベーカリー前でエプロン姿の沙綾と出くわす。どうやら店前の掃除をしているらしい。その手には箒が握られている。
「随分楽しそうだったけど何か良い事でもあったのか?」
「〜〜〜っ!き、聴いてたんですか!?」
整った顔を真っ赤にしながら突如大声をあげる沙綾。
実は沙綾に声をかけるまで彼女はハミングをしながら掃除をしていたのだ。
(いやあ、さすが現役バンドマン。鼻歌だけでも歌が上手だってわかる)
「・・・・・・何笑ってるんですか」
どこか不貞腐れたように言う沙綾。
どうやら思っている事が顔に出てしまっていたらしい。
・・・・・・こういう事してるから気持ち悪いんだろうなぁ、俺。気を付けなければ。
軽く自身の悪癖を直そうと決意している間にも沙綾に詰め寄られる。
「だ・か・ら!何で笑ってるんですか!!」
「わ、悪い悪い。ハミングしながら掃除してる沙綾があんまりにも可愛かったもんだから」
「えっ」
「ん?」
本日二度目の硬直である。
そして今俺は何かとんでもない事を言ってしまったのでは?
「・・・・・・・・・」
「あ〜・・・なんかごめん」
「・・・・・・・・・」
よほどお怒りなのか俯いたまま動かない。
内心でやらかしたと反省していると目の前の少女が小さく呟く。
「・・・・・・・・・すか」
「ん?」
「・・・・・・・・・さっきの本当ですか」
そう問いかける彼女の瞳は不安で揺れていた。
なので俺は少しでもその不安がなくなるようにありのままの感情を伝える。
「もちろんほんとだよ。家族や友だちのためにいつも頑張ってる沙綾はすごいって思うし、そんな沙綾が俺は好きだ」
「す、すっ!?」
何やら再び顔を赤くしているが・・・
「────────だけど」
「・・・・・・・・・?」
豊かになった表情が再び不安で彩られる。
「頑張り過ぎる沙綾は見てて悲しくなるし、不安になる。だから、少しでも俺が沙綾の助けになれるならいつでも言ってほしい。いくらでもそばにいるから」
「─────────!・・・・・・・・・なら、約束してください」
そう言って右手の小指をこちらに差し出す彼女。
少し面食らってしまったが、俺も右手の小指を差し出し彼女の小指と解けてしまわないようにしっかりと絡める。
「・・・・・・ああ、約束だ」
指切りを交わした沙綾の表情は今までで一、二を争うくらい綺麗だと思った。
(恥ずかしすぎてもう死にたい・・・)
どうやら隣を歩いている
実はあの後それなりの時間話してしまっていたようで、心配になった沙綾のお母さんとお父さんに店の中から覗かれてしまっていたのだ。それはもう二人の視線の温かさといったら・・・。案の定、一部始終を見ていた二人にからかわれる羽目になった。特に、沙綾のお母さんのイジりがすごかった。
(普通、大事な娘に悪い虫が寄り付いてたら良くないと思うんだけど・・・めちゃめちゃ歓迎されたな、うん。それにあんな沙綾、滅多に見れないし)
からかわれて必死に否定して感情を露わにする沙綾は珍しかったので、すごく新鮮だった。
(と、この雰囲気のままってのはあんまり良くないよな。かと言ってどうすればいいのやら・・・)
こういった時にどうすればいいのか女の子との付き合いが少ないためわからず困っていると、ずっと俯いていた沙綾がすっと顔を上げ、とある提案をする。
「・・・・・・よしっ。じゃあ、良哉さん!」
「は、はい」
「カラオケ行きましょう!」
「へ?」
というわけでやって来ましたカラオケ。部屋の大きさ的には4人部屋といったところだろうか。
お互いにワンドリンク制にして、その飲み物も到着したことで歌う準備は万端だ。・・・・・・なのだが。
「・・・・・・・・・なんか近くない?」
「・・・・・・・・・そんなことないですよ」
「間が気になるんだよなぁ・・・」
最初は沙綾に出入口から遠い場所に座ってもらい、その後に俺が座った流れになるのだが沙綾と俺の間には一人分ぐらいのスペースがあったはずなのだ。しかし、着席から少しの間を空けて沙綾がその距離を詰めてきたのだ。今ではがっつり肩や腕が触れ合っている。なんなら、腕を置く場所によってはセクハラになる可能性すらあった。
(・・・・・・これやばいな。腕を変なとこに置いてるせいでなんか違和感がすごい・・・けど、気を付けないと
始まってまだ数分のはずだが、精神的に疲れてしまっていた。
始まりはどうなる事やらと思っていたが、終わってみればあっという間の二時間だった。二人で流行りの曲や好きなアーティストの歌を歌ったり、たまにはデュエットしたり。いつからか気を遣わずすっかり楽しんでしまった。
(にしてもやっぱ沙綾は歌上手いよな)
そんな感想を改めて抱いていると沙綾が声をかけてくる。
「良哉さん、やっぱり歌上手ですよね。綺麗な声っていうか、思わず聴き入っちゃうっていうか」
「それは褒め過ぎだろうけど、さんきゅ」
「褒め過ぎだなんて。私の素直な感想ですよ。実際、あの日良哉さんの演奏や歌声を聴いたみんな、そう言ってましたもん」
あの日、というのはきっとみんなに背中を押してもらったあのライブの日だろう。
「そうなのか?そりゃ、バンドマンとしては嬉しい限りだな」
「・・・・・・・・・あの、良哉さん」
急に声のトーンを落とす沙綾。
「・・・・・・もう大丈夫なんですか?」
そう問いかける彼女の表情は心配の色で染められていた。
沙綾もこの前の蘭と同じくずっと心配してくれていたのだろう。ほんと、俺は友人に恵まれた。
「・・・・・・ああ、もう大丈夫。みんなからも、あいつらからも揺るがないものをもらったから」
だから、俺のすべき事は少しでもそんな友人に恩を返すことだ。そして今は沙綾の心配を少しでも取り除くことがそれに値すると思う。沙綾の心配が少しでも軽くなるように俺は彼女の目をしっかりと見て答える。
「──────────」
「・・・・・・・・・沙綾?」
「・・・・・・・・・え、あ、ご、ごめんなさい!ちょっとボーッとしちゃって・・・」
「大丈夫ならいいけど・・・」
急にとは考えにくいが、もしかしたら体調でも崩したんだろうか。
「やっぱりかっこいいなぁ・・・」
「ん?」
「あ、いえ!なんでもないです!」
何か言ったようだが、声が小さくて聞き取れなかった。まあ、沙綾がなんでもないと言ってるし大丈夫だろう。
と、そこに部屋に備え付けられている電話が鳴り響く。
「・・・はい。・・・はい、わかりました。ありがとうございます」
「もう時間ですか?」
その問いかけに頷きをもって応える。
そして、軽く片付けを行った後お会計を済ませ店をあとにした。
「良哉さん、今日はありがとうございました」
「いや、こっちこそ。楽しかったよ」
そう答えると沙綾は嬉しそうな顔をしてくれる。
今はもうすっかり陽は沈みかけており、辺りには夜の帳が下り始めている。やまぶきベーカリーも閉店作業が始まっているようだ。
「・・・・・・また付き合ってもらってもいいですか?」
「もちろん。楽しみにしてるよ」
「良哉さんから誘ってくれてもいいんですよ?」
「そ、それはちょっとハードルが高いというか・・・」
「ふふふ、冗談です。また連絡しますね」
「ん、待ってるよ」
そう言って別れの挨拶を済ませ、店に背を向け歩き出す。
しかし、十数歩歩いたところで背後から声がかけられる。
「良哉さん!」
今日一日聴いた声に名を呼ばれ迷わず振り返る。
「私、良哉さんのこと──────────!」
と、その時ちょうど近くの店のシャッターが閉まってしまい肝心の部分は聞き取れなかった。
「・・・・・・・・・なんてー!」
真意を確かめるためにもう一度訊いてみるが、沙綾は急いで店の中に入ってしまった。
「・・・・・・・・・」
取り残された俺の中には