始まりは確かに
「よし、今日の練習はこれくらいにしとくか」
巴の一声が先程まで音がぶつかり合っていたスタジオに投じられる。
「みんな、おつかれー!」
「いや〜今日も良い感じにアツかった」
真剣に演奏していた時とは違い、現在スタジオに流れている空気はすごく穏やかなものだった。
ガルジャムという大きなライブを終えた彼女たち『Afterglow』はまた一段と大きく成長していた。
・・・にしても、ひまりさん。そんなに動くと貴女のアレがですね・・・。
そんな邪な感情を抱いていたのがバレたのか、複数人から殺気のようなものを感じ思わず背中に嫌なものを感じた。
「・・・・・・・・・」
「りょーくんは相変わらずだな〜」
蘭さんや・・・。その視線は人を殺すときに向けるものだよ・・・。モカも口調はいつもと変わらないけど、瞳の色が消えてるんだよなぁ・・・。
だが、申し訳ないがこれは男の性なんだ・・・。仕方・・・ないんだ・・・。
そんな言い訳ともつかない言い訳を心の中で唱える。
「あ、あはは・・・。あ、そういえば蘭ちゃん」
その光景を見ていたつぐみが、ふと何かを思い出したように口にする。
「ん?」
「この前、蘭ちゃんのお父さんに会ったんだけど、最近は都合が合わなくてライブに行けないことを残念がってたよ」
「ほう・・・」
「・・・なにアンタ、そのムカつく顔」
つぐみのその言葉を聞いてニヤニヤしながら蘭の方へ顔を向けると、えげつない暴言という名のボディーブローが飛んできた。
それがかなりのダメージとなり意気消沈していると、ひまりが苦笑しながら励ましに来てくれる。
「大丈夫ですか?」
「・・・ああ、慣れてるから」
もちろん、慣れてなどいない。俺はMではないのだ。暴言を吐き付けられて喜ぶ変態ではない。
ひまりという美少女で目の保養をして蘭に負わされた致命傷の回復に努めている間にも二人の会話は続いている。
「まあ、最近は華道の集まりが多くて忙しいから・・・。って!別にいつも来なくていいし!」
「はは、蘭のお父さんが観に来てくれるのも『いつも通り』だな」
巴がはにかむように言う。
「そういう『いつも通り』はいらないんだけど」
とは言いつつも、心底嫌そうにしている蘭ではなさそうなので、お父さんとの関係は良好みたいだ。
そんな感じで談笑しながら、片付けに勤しんでいるとモカが作業を急かしてくる。
「ちょっと〜みんな急いでよ〜。早くしないとやまぶきベーカリー閉まっちゃうよ〜」
「モカはほんっとにパンのことばっかりだな」
「当たり前じゃ〜ん。モカちゃんからパンを取ったら何も残らないよ〜」
お前の体はパンでできてんのかよ・・・。
「モカは変わらないな〜。そんなに急がなくても大丈夫だって〜」
まあ、確かにひまりの言う通りではある。少しくらい片付けに手間取ったからといって閉店時間まではまだ余裕がある。
「一秒でも早く行ってパンを厳選したいんだよ〜」
「どんだけそれに懸けてんだよ・・・」
モカのパンに懸ける想いに呆れていると、巴がモカの意志を汲み取る。
「仕方ない。それじゃ、手早く片付けるか」
あれから片付けを終えた俺たちはモカの要望通りやまぶきベーカリーへと足を運んだ。
この間の一件から沙綾との距離感がかなり近くなっているような気がしており、それに反応する人物が三名ほど・・・。
だから、それ怖いからやめろって。ハイライト消えてるんだよ。
一悶着あったが、無事に商品を購入し終える。
「・・・買いすぎだろ。食べられるのか、それ」
「もち〜。夕飯の後に食べるでしょ〜。それで、明日の朝食べて〜」
「もういい、わかった。もう十分だ」
「え〜これから良いとこなのに〜」
聞いてるだけで腹一杯になりそうだった。
「まあ、何はともあれ無事パンを買えたのはみんなのおかげだよ〜。ありがと〜」
みんなは気にするな、という反応だったがその表情は千差万別だった。
と、そこに蘭が何かに気づいたような声を出す。
「あ・・・」
「蘭ちゃん?どうしたの?」
「ごめん、ちょっと花屋寄ってもいい?」
どうやら蘭は花が気になったらしい。
「ん〜、どのお花も良い香りだねっ」
「んで、蘭はどの花が気になってるんだ?」
巴が蘭に問いかけると、蘭はしゃがみこみとある花の植木鉢を抱える。つぐみも蘭に習ってしゃがみこんでひとつの植木鉢を拾いあげる。
「あたしは・・・これ」
うーん・・・にしても・・・。美少女二人が並んでキャッキャッウフフしてるのを見るのはなんというか・・・すごく・・・いいです・・・。
バッチリ目の保養をさせていただいていると、蘭が持っている花の解説をしてくれる。
「これ、あんまり花っぽくない花なんだけど一応バラ科なんだ」
「そうなんだっ。なんていう名前なの?」
珍しい花を見て少し興奮したようにつぐみが質問する。
「これはワレモコウ。メインにはなりづらいんだけど、色も濃いしこれが入ると雰囲気も締まっていいんだ。あたしは結構好きな花」
「確かに!これが入ってたらそれだけで大人っぽくなりそう!」
ひまりの言う通りかもしれない。
蘭が持っているワレモコウは見た感じかなり赤が強い。蘭の赤メッシュと同じでどこかにああいうのがあると、見え方が変わるのかもしれない。蘭の場合は、キツそうなイメージが増すとか。
「・・・ねえ、アンタ。なんか失礼なこと考えてない?」
「なんでもないです。いや、マジで。ほんと」
怖かった。超怖かった。あまりの怖さについ反射的に謝ってたわ。
「あ、あはは・・・。にしてもこのお花、蘭ちゃんに教えてもらうまで知らなかったよ。さすが蘭ちゃんっ」
「ま、まあ・・・花に触れる機会は普通の人より多いから・・・」
つぐみに褒められて少し照れくさそうにする蘭。
ごちそうさまです。照れ顔いただきました。
珍しい蘭の表情に満足して脳内保存していると、モカがツッコミを入れる。
「前は普通の人よりお花、避けてたのにね〜」
「まあ、確かに・・・」
言い方はともかく、思わず納得してしまった俺。
「もう〜!二人ともダメだよ!そんな言い方っ」
「蘭ちゃんがお花の話してくれるの嬉しいなっ。他のお花についても教えて、蘭ちゃんっ」
「いいけど・・・」
はい、またまた照れ顔いただきましたー。ごちそうさまです。
「ふふっ、蘭ほんと変わったよね」
「だな。蘭が花屋に寄ったり、お父さんの話してくれたり。前じゃ考えられないよ」
「も、もういいじゃん!やめてよ、さっきから・・・」
蘭は見た目故に怖がられがちだが、付き合っていくうちにこうやって実はいじられキャラだったりすることがわかる。
まあ、許容量超えたり俺がいじったりするとめっちゃ怒るんだけど。
そこからはご愛嬌。
モカやひまり、果ては巴にまでいじられて不機嫌になるが、蘭が本気で怒っているわけではないのは全員わかっているので、みんなから笑顔が溢れていた。
そう、この時の俺はこの光景がずっと続けばいいと思ってたんだ。夕陽に照らされて笑顔のみんながいる、そんな心暖まる光景が・・・。
お気に入り500人到達記念とか何かやりたいな・・・(ボソッ