牙狼〈GARO〉-宿命ノ縁-   作:公男爵

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第一話で書けなかった要素を、ここで書かせていただきました。


第ニ話 因果

十数年前、伊東家が住み着いていた伊豆に、一人の若き武士が流されてきた。

武士の名は右兵衛佐(うひょうえのすけ)源頼朝(みなもとのよりとも)。伊東家が仕える平家と嘗て対立した河内源氏の、嘗ては幼くして次期棟梁と目された人物であった。

平家の当主は、禍根を断つ為に齢十三の頼朝を処刑しようとした。しかし、義母達の懇願により生かし、流刑で済まされたという。

 

祐清の父は伊豆最大の豪族であった為、平家より頼朝の監視役を任された。

それと同時に祐清の妻の母は、その頼朝の乳母であった。その縁から、祐清は元服して間もない時期から、年の差が殆どないこの流人と交流を深めていった。

 

 

やがて、十年以上の時が過ぎていった。

祐清の父・祐親(すけちか)が都を守るために伊豆を留守にしていた時、祐清の妹が頼朝と恋に落ちてしまう。

頼朝は以前よりこの伊東を気に入っており、何度も遊びに来ていたが、妹と出会ってからは何日も泊まる様になっていった。

 

やがて妹と頼朝は、互いの間に一児を授かった。しかし三年後、そこに悲劇は起きた。

京の都から帰ってきた祐親は娘の許されざる恋を知り、烈火の如く憤った。

 

――お願いです父上、どうか佐殿(すけどの)は…佐殿だけは!!

――ならぬと言ったらならぬ!良いか、何度でも言ってやる。商人であれ山伏であれ、貴様が如何なる男に嫁ごうが、私に異見はない。

  ただし、あの男だけは別よ!あの男は源氏の流人、本来ならば斬首されていた所を、御慈悲によってただ生かされているだけの者…!

  その様な輩と貴様が嫁げば、まず間違いなく平家は我等を睨むであろう!

 

妹と頼朝の子供が滝に沈められたのは、つい最近の事であった。

そして、その刃がいよいよ、頼朝へと向けられようとしていた。

 

 

 

 

祐清はそれを頼朝に知らせるべく、馬を奔らせている。

今、頼朝は伊東の屋敷にいる頃であろう、本来いた蛭ヶ小島と比べれば、距離はそう遠くはない。

 

 

祐清の妻の母とは、「何としても佐殿をお守りください」と十年以上前に約束を交わしている。

そして祐清個人としても、年が近く十年以上も親しい関係にあった頼朝に対して情はある。

それを裏切る事は、例え父に背こうと出来ることでは……

 

『馬を止めろ!!』

「っ!!」

 

脳裏に、自分自身の声が大きく反響しだす。

それに驚いた祐清は、その言葉通りに馬を急停止させる。

馬の項と額が密着する直前にまで迫り、離れた後、祐清は訳も分からずただただ混乱するしかなかった。

何故自分の声が響き渡った?何故馬を止めなければならない?馬を止めていたら、佐殿は……

 

『あの男を助けに向かうな!!』

 

反響は止まらない、自分の中から響き渡る自分自身の声は、弛まず祐清を引き留めようとする。

話など聞いていられるかと、祐清は馬を再発進させようとするが……

 

『あの男は、後々お前とその父に災を齎す!!』

(!?)

 

その言葉に、祐清は手綱を引くことを躊躇う。

禍?佐殿が?

 

確かに、頼朝は嘗ては平氏と対立した源氏の子。その誇りの炎が十年の時を経ても鎮まっていないのは、祐清もよく知っている。

平家や、それに仕える伊東家に牙を剥く可能性は、否定できない。しかし、平家と戦う力など、今の佐殿にはないはず……

 

『否、あの男は、大軍を従えて平家を討ち滅ぼすであろう。あの男を生かした、お前自身の手によって!!』

「その様な事…!」

 

その言葉を打ち消すかの如く、祐清の脳裏に本来知らぬはずの出来事が映し出される。

そこにいたのは、囚われの身になった具足姿の父と…自分自身と、それを床几に座りながら見つめる頼朝。

ふと、頼朝の声が聴こえてくる。

 

――祐清、お前には返しても返しきれぬ程の大恩がある。我が軍門に下れ。

(これ、は……)

 

だが、祐清はこの光景を知っていた。これが、未来の自分自身の姿であることを知っていた。

 

『お前とお前が真に仕えるべき者達は、ゆくゆくはこの男に滅ぼされる定めにあるのだ。他ならぬ、お前自身が生かした事によってな!!』

「私の、手によって……!」

 

手綱を握る手が震えるのを止められない。

自分自身の手によって平氏が滅ぼされていくという事実が、あまりにも恐ろしくて仕方がない。

 

『今なら間に合う、直ちに伊東に引き返せ。そして、源頼朝を討て!』

 

 

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 

「ハッ……。」

 

夢から覚めれば、目前にあるのは普段より変化することのない景色。

時刻は寅の刻をわずかに過ぎた頃だろうか。耳を澄ませば、畑を耕す音が聴こえてくる。

未だ夜明けには遠いが、既に周囲の者達は、日々の生活の糧を作り出す仕事を始めていた。

 

祐清も直様起き上がった後、歯を磨き、仏を拝んだ後に山菜を取りに出かけていく。

……最も、今の祐清には山菜を取ることと同等以上に、重要な試練があったが。

 

「九郎殿。」

 

山を登ろうとすれば、嘗ては共に戦った元武士の男が声をかける。

 

「近頃、お主の採集してくる分量が最も少ない。本日はより多くの山菜を集めてくると良い。」

「承知した。」

 

そう言って挨拶を交わした祐清は、再び足を動かし食料探しに向かっていく。

しかし、祐清の背中を追うその眼で、男は彼を睨みつけていた。

彼が源氏の棟梁と親しかった事は人伝に聞いているが、そんな事は最早どうでもいい。

伊豆きっての豪族の子息であり、共に平家の為に戦った彼に対しては、親愛の情や敬意を抱いていない訳ではない。

 

ただ、何故彼の集める山菜が比較的少ないのか、そして、何故常に疲れ果てた顔をして帰ってくるのか。

周りの人間は「山菜集めが取り立てて下手なのであろう」と笑って済ませていた。だがどうしても、男からすると違和感を感じてしょうがなかった。

その勘が当たりだと男が気づくのは、ずっと先の話であった。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

祐清は上空、雲よりも天高くにある柱の上で座禅を組んでいる。

ここは、祐清に修行を課している魔導具ゴルバの作り出した空間。

そこで祐清は、精神修養の修行を課せられている。

 

魔戒騎士は力と技だけではなく、心の強さも極めなければならない。

生半可な精神は魔戒剣の重量を増やすだけでなく、本来の強さを封じる枷になるどころか、火羅に憑かれる隙すら与えてしまう。

故に、己の内にある恐怖を断ち切り、心の平静さを保ち続ける為の鍛錬に今、祐清は励んでいる。

 

この柱は、大量に積み上げられた岩で構成されており、少しでも祐清の心が揺らげば容易く崩れ落ちる様になっている。

そしてここでは、己の内にある恐怖が具象化し襲いかかってくる。

困難な修行ではあるが、それを乗り越えた先に手に入れた勇気は、魔戒剣を軽くさせ、如何なる脅威にも打ち勝つ強力な武器と成りうる。

 

祐清の下に積み上げられた無数の岩は、悲鳴こそ上げているものの辛うじて形は保っている。

しかし、その先に待ち構えていたのは、恐怖との戦いであった。

 

『お前が我等を殺めたのだ…。』

『お前があの男を救っていなければ、平家が滅びることも…。』

 

四方八方を浮遊して祐清を囲むは、鮮血に塗れ矢の刺さった具足に身を包んだ武士達。

その声は、何れも祐清の聞き知っていた、嘗ての同胞たちの物であった。

 

『お前は平家を裏切った、我等を裏切った!』

『父と共に戦えば、忠孝の道に背いた罪を贖えると思ったのか?』

 

亡霊たちの誹りは留まることを知らず、口が耐えること無くこの裏切り者を口々に責め立てる。

祐清の息遣いが荒くなる。全身から汗の滝が出来上がる。魂の均衡が崩れていく。

真下の岩の震動はそれに呼応するかの如く強まっていき、真っ逆様に転落するという恐怖が、更に祐清に襲いかかる。

 

「やめろ……!」

 

遂に、祐清の口から悲鳴の言葉が溢れだす。

 

「止める?止められると思うか?我等の怒りがその程度だとでも思うのか?」

「この憎悪を解せられぬ程心がないとは。なるほど、流石は平家を滅ぼした親不孝者よ。」

 

口からつい漏れてしまった言葉は、殊更に祐清の心を圧迫していく。

それを現象として現している岩の震動は遂に、岩の山を崩し、真上の男を転落させるに至った。

 

「やめろぉぉぉぉぉ!!」

 

絶望をその顔に浮かべて、守りし者を志した落ち武者は遥か真下へと落ちていく。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

「ハッ……ハァッ、ハァッ……!」

 

目が覚めれば、ここはいつも通りの洞窟の中。

そこにあるのは、自分を囲む結界と、魔戒剣、そしてゴルバ。

今祐清は、鍛錬の失敗という結果を土産に、現実世界へと帰還した。

 

あの時、このゴルバに出会った時。確かに祐清は誓った。

藤原南家に伝わる白銀の鎧を受け継ぎ、誇りある第二の道を歩むことを。

しかし、その決意に勝る程、頼朝を救ったことへの罪悪感は大きかった。

 

「惑わされるな。斯様な心持ちでは、火羅に斬られるか火羅に憑かれるかの、何れかの結末が待ち構えておるぞ。」

「っ……ハァッ……ハァッ……。」

 

幾ら精神面の修行とは言え、吸い取られた精神力の量は膨大。

精気をごっそり抜き取られたかのような感覚に陥った祐清は、その内横に倒れ込む。

倒れても尚、息切れは続く。その様を眺めていたゴルバは、休憩の指示を出す。

 

「休息と言えど、一体何を……。」

 

山菜採集の続きを始める程の余力はない。

結果、祐清は札に照らされた天井を眺めつつ、ぼんやりと物思いに耽ることにした。

 

思い浮かぶのは、大抵は頼朝の事ばかりであった。

祐清は確かにここ数年は源氏との戦に明け暮れていたが、その生涯の大半は、伊東にて費やされた。

そして元服し、妻を娶って間もない頃に伊豆にやってきたのが右兵衛佐・源頼朝。

よって、祐清は人生の大半を、今は宿敵となった頼朝と共に過ごしたと言っても過言ではないだろう。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

最初に回想した想い出は、頼朝が伊豆に来て十年が過ぎた頃、頼朝がとある太刀について語った時の事であった。

刀の名は髭切。八幡大菩薩の加護を受けた、源家重代の至宝である。

しかし、今は平家に奪われ、朝廷に献上されてしまったという。

十年経っても、頼朝はその事を未だに悔やんでいた。それ程に髭切は、大事な代物だったのだ。

 

頼朝によれば、髭切の鞘と柄は紅色だったという。

そして目貫は銀の丸と、それに囲まれた"金色の正三角形"だとか。

 

『何故髭切の鞘が紅いか、知りたいか?』

 

その問いを肯定すれば、頼朝は語りだした。

 

『源家は、古より代々大いなる使命を受け継ぐ家柄であった。

しかし、その使命を為すための力が、二百年近く前に失われてしまった。

我が祖先はその代替品として、せめてその伝統を形として残さんと、この髭切を打たせたのだ。』

『大いなる…使命?もしや、"黄金騎士"と何やら関わりが?』

 

黄金騎士・牙狼(ガロ)。金色の鎧をその身に纏う、魔戒騎士の最高位。守りし者ならば誰もが憧れる、希望の光。

影にて火羅を斬る魔戒騎士の身でありながら嘗ては光宮に仕えた事もあり、時の権力者・藤原道長の下で平安京を守護した事があると聞く。

しかし、何時しか黄金騎士は何処へと姿を消したという……。そして清和源氏は、代々黄金騎士の鎧を受け継ぐ家柄にあった。

貴族にして魔戒騎士の一族である南家の後裔たる祐清が、知らぬはずもない。

 

『左様。"赤鞘"とは黄金騎士の印。我が源家に、嘗て黄金の鎧が伝わっていた事を示す物よ。』

 

その頼朝の誇らしげな顔は、祐清の記憶には鮮明に残っていた。

 

『髭切までもを失った今の私は、闇の中にいる。だからこそ、光が眩しい。あの光の尊さを、未だに私は忘れられないのだ。』

 

今思えばこの時点で、頼朝は源氏を、そしてその誇りの結晶たる髭切を何れ取り戻すつもりでいたのだろう。

闇の中に生きる者達は、皆光を求め、手を伸ばそうとする。

それを身を以て理解させられた祐清は、今やっと頼朝の心情をほんの僅かではあるが思い知らされた所である。

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

しかしふと祐清は、黄金騎士と清和源氏について回想した所で、ゴルバが呟いたある言葉を思い出す。

 

――河内源氏…清和源氏か、なるほど皮肉な物よな。

 

(もしや、清和源氏が白蓮騎士と何かしらの関わりがあるのでは?)

 

その様な疑念が思い浮かび、ふとゴルバに問いただしてみる。

すると、実に驚くべき答えが返ってきた。

 

「黄金騎士は、嘗て我が主…保輔と共に戦った仲よ。それも一度ならず、数多くの火羅を、共に討滅した。」

「何と……!」

「保輔が鎧を継いだ時期、都には騎士が殆どおらんかった。保輔が鎧を継いだ時点で都には騎士が一人だけおったが、そやつが黄金騎士であった。」

 

斬牙の鎧の経歴に関しては、以前に祐清はゴルバから聞かされてはいた。

白銀の鎧は、南家家祖の四男・藤原巨勢麻呂(ふじわらのこせまろ)の流れを汲む家によって受け継がれてきたという。

時の白蓮騎士は、『守りし者』として民の困窮を解決せんと奔走していた。

しかし、賤民を慮らんとする心が時の左大臣や他の公卿達から理解されず、出世の道を絶たれたことで絶望し、都を去った。

地方には更に貧困に喘いでいる者達がいるはずだと、貴族を捨て、平安京に最も近い地方である南都に移った。

そこでは多くの力なき者達が、国司や豪族、寺院などによって搾取されており、白蓮騎士は義賊として彼等から奪い、民草に分け与えてきた。

 

しかし、白蓮騎士には最早時が残されておらず、鎧の後継者を見つけられぬまま生を終えようとしていた。

そんな時に現れたのが、京の都一の大義賊・袴垂であった。そして袴垂の正体は、かの藤原保昌の弟として知られる保輔であったという。

藤原南家の血筋、武の心得、人を守らんとする心、これら全てを兼ね備えていた保輔は、彼にとって並ぶ者なき絶好の後継者候補だった。

南都に呼び出され、白蓮騎士とゴルバの下で修行しゴルバを継承した保輔は、新たな斬牙として、騎士の数が足りない京の都を守り抜いたという。

また、一時は九国の管轄で戦ったこともあったが、結局は京の都に戻されたとか。

そしてこの洞窟にゴルバと魔戒剣を眠らせた現状最後の斬牙が、保輔だという。

 

盗賊袴垂の悪名は、幼き頃に祐清も聞かされてはいた。しかし、その正体が藤原保輔だとは聞いていなかった。

保輔は、確かに袴垂に顔が似ているとの事で一度は逮捕されたが、証拠不十分で釈放されたと聞いている。

最もゴルバによれば、光宮に火羅が襲いかかってきた際、投獄中の彼に守ってもらう為に『盗賊稼業から足を洗う』という条件で罪を帳消しにした事が真実らしいが。

 

「しかし、無法者の顔を持つ袴垂が、よもや光宮に仕える黄金騎士と盟友であったとは……」

「あれは道長めの流した出鱈目ぞ。」

「なっ!?真か!?」

 

歴史を大きく覆す真実に、またもや衝撃が走る。

 

「左様、黄金騎士は貴族としての地位を既に喪失しておった……しかし盟友か。保輔がそれを耳にすれば、真っ先に否定するであろうな。」

「……あまり、仲は良い物ではなかったのか?」

「仲は決して悪くはなかった、寧ろ親しいとすら言えよう。だが時の黄金騎士は、どこまでも正しく在らんとする、愚直な男であった。

それ故、保輔が盗賊を続けることに強く反発しておった。その愚直さを、保輔は決して疎ましいとは思わんかった。

だが、信じるべき道を違えた者を友と呼ぶのは、憚られたのであろうな……。」

「左様であったか……。」

 

黄金騎士と白蓮騎士に、それほどまでに深い関係があったとは。

しかしそれを聞いた所で、祐清の悔恨が消え去るわけではない。

 

「お主の内なる恐怖が如何なる物かを、我は見届けていた。」

 

ふと、ゴルバが声を上げる。

 

「お主がその源氏の末裔を救った事の是非は知らぬ。だが、守りし者にしてみれば、この様な日常は有り触れた物ぞ。」

「有り触れた…物。」

「左様、人を救った結果として、より大きな禍を齎す事など、有り触れた事よ。守り抜いた人間が後に火羅化し、多くの人を喰らう経験をした騎士など少なくはない。」

「ならば、如何にして、守りし者は立ち上がる。」

「その答えは、お主自身が見つけることに他あるまい。」

「左様…か。」

 

それから暫くして、祐清は再び立ち上がり、あの亡霊たちとの戦いに挑みかかり、また倒れた。

その後、山菜を取って帰らなければならなくなる時刻まで、それを繰り返し続けた。

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

それから長い月日が経ち、気づけばまた一体の火羅が、新たなる白蓮騎士の刃によって封印された。

腸を斬り裂かれ、最早戦えるだけの力を失ってしまった火羅は、憑依した女の姿を取り戻した後、消滅していった。

火羅が人界より姿を消す様を見届けた後、祐清は鎧を魔界に送還する。

 

祐清が封印した火羅が憑依したのは、以前に火羅の脅威より守り抜いた女性だった。

彼女が喰らった人間の数は、憑依した女性を襲撃した火羅よりも多かったという。

ゴルバがあの時言っていたように、祐清の行いが回り回って平家滅亡に繋がった様に、祐清の救った命がより多くの命を奪う事となってしまった。

 

しかし、今の祐清に後悔という物はなかった。既に解は得ていた。

祐清が頼朝を救ったことは、確かに祐清だけでなく父、そして多くの同胞の生命と尊厳を奪うことに繋がってしまったのかもしれない。

しかし、祐清は頼朝との友情、そして妻の母と交わした約束を果たす為に、頼朝を救った。それ自体は忠孝の道に背いたとは言い切れないであろう。

 

魔戒騎士としてもそれは同様。守りし者の救った人が火羅になり、より多くの生命を奪う事になるのは、この先きっと起こりうるであろう。

しかし、例え救った人間がこの先火羅に成りうるとしても、それ自体は決して間違ってはいない、意味がないわけではない。

そこにあるのは、使命に従って人を救ったという事実。それを積み重ねていくために、守りし者達はただ人を守り続けていくのだ。




読んでくださりありがとうございます。


・頼朝を救った逸話
祐清の最も有名な逸話で、この物語の彼自身のバックボーンにも繋がっており、また頼朝が黄金騎士の血を引いているエピソードも出したかったので、流石にこれだけは外せない、と思って出しました。


・髭切について
黄金騎士の血を引く者であることを示すという意味では、アルフォンソの首飾りにある種近しい意味合いを持つ代物ではありますね。
守りし者としての誇りと伝統を後世に残すための、謂わば牙狼の鎧の代替品の様な物です。

満仲が使っていた魔戒剣の破片を含有しているという設定です。
当然戦には使えないので、ただただ飾り物として源氏当主の側に置いてあるだけです。最早ただの置物でしかないのですが、源氏にとっては命にも勝る大切な代物なのです。
髭切を打たせたのは満仲と記している物語は多いですが、こちらでは頼信が打たせたという設定です。

魔戒剣の素材(ソウルメタル)の含有量は非常に少ないので普通の人間にも持つ事は出来ますが(ただし精神状態に比例して重量は変化する)、清和源氏でなければ抜刀が出来ないよう細工が施されています。一応平家方の源氏が抜いてみせてはくれましたが、即座に納刀した後戦に使うことは戒める様進言したそうです。

兄弟刀の膝丸(薄緑)も無論存在しています。膝丸に蜘蛛切としての逸話を内包させたかったので、土蜘蛛モチーフの火羅と縁の深い雷吼の魔戒剣の破片が含まれている、という設定です。現在は熊野権現に奉納されています。

この物語における髭切と膝丸の名前の由来は不明ですが、何れも伝承とは異なります。仮にも牙狼の後身たる刀にあんなグロいエピソード持たせらんない。

因みに薄緑は、後に祐清の甥が仇討ちに使った逸話があるそうですが、この物語では使われることがないまま頼朝に返還されました。

仮にも魔戒剣なので、伝承の様に担い手の精神に呼応して獣の如く吼えたという逸話は事実です。出世に恵まれなかった頼朝の祖父が刀を振ってみた所、その懊悩に呼応し、咆哮が刀から轟いたそうです。



・黄金騎士が道長に仕えていたという逸話
ご存知かと思われますが、道長が終盤で民衆に語ったデタラメの事です。
体裁を取り繕うために文献にはその様に記されているというだけで、魔戒の者や当時の貴族は嘘だと分かっています。
因みに頼朝を含む頼信の子孫も密やかにそう教えられています。


・火羅が都を取り囲んでいるらしいけど、大丈夫なの?
火羅は主に都の南側(即ち来世門を出て正面)を中心に湧いているという設定にしています。
平家の落人がやってきたのは西側で、火羅の数は(比較的)少ない方です。



<追記>

調べ直してみた所、藤原時忠という人物が藤原南家に実在していたそうです。
ただ、時忠は乙麻呂流ではなく、保輔と同じ巨勢麻呂流でしたので、そちらに変更させていただきました。
因みに元ネタとなった時忠は紅蓮ノ月の時系列(1000年代)よりも100年後の人物で、強盗に殺される形でその生涯を終えたそうです。
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