牙狼〈GARO〉-宿命ノ縁-   作:公男爵

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ガイアの章
第一話 堅魂-IMMORTAL NOBILITY-


「ウンベルト様には剣術において天禀があらせられます。」

 

ヴァリアンテ王国の兵士隊長は、幼き第二王子ウンベルト・サン・ヴァリアンテを指してこう評した。

父王アルフォンソ様の才能を受け継いでおられる、将来はきっと優れた騎士となられるに違いないと、口々に語る者もいた。

だが誰ひとりとして、二つ年上の第一王子ハイメ・サン・ヴァリアンテよりも上達が格段に早い事について、語る者はいなかった。

 

ウンベルトは、早い内から自ずと自然に理解するようになっていった。

例え王族として生を受けたとしても、決して王になれるとは限らないことを。

父の領土を相続して傍系として独立し、時には戦に出て土地と民を守り、本家が断絶した時の控えとして子を成す…。

ウンベルトの将来は、第二王子として生まれた時点でほぼ決定していたと言って良い。

 

別に、父や兄を恨んでいる訳ではない。

寧ろ、聡明で快活な兄は名君としての資質があったし、ウンベルトも両親からの寵愛は十分すぎる程にまで受けて育った。

自分の事を愛してくれた家族を、憎む理由など存在しない。

ただ、城のホールに飾られてある『光の騎士』を称える絵画を眼にする度、未練が浮かぶことは時折ある。

 

 

 

 

 

 

 

父王アルフォンソの武勇伝は国中で有名であり、ハイメもウンベルトも、晩餐の時によく聞かされていた。

今から二十年程前、アルフォンソ王が即位するよりも遥かに以前、この国は、一人の男の手中にあった。

悪魔と契約した奸臣メンドーサの悪名は、今や歴史の教科書にも記されている程にまでこの国に轟き渡っている。

王を呪って病に冒されたと見せかけ、一人の"魔女"を魔女裁判にかけて火刑に処し、更に多くの魔女と疑わしき人間がいると吹いて回った。

メンドーサが用意した詳細な国民の情報を元に、最初の"魔女"が殺されてから一年にして100人の"魔女"と"魔物"が処刑された。

 

更には魔女狩りの名目でヴァリアンテは周辺都市に軍を派遣し、勢力を急速に拡大させた。

何れの戦いも敵軍の動きは完全にメンドーサの予測した通りで、()()()()()()()()()()()()()()圧勝の末、周辺他国は次々とヴァリアンテの領地となっていった。

これもまた悪魔と契約した対価だと言うのが、市井の間で広がっている噂であったが、父はそれが真実である可能性が高いと確信していた。

 

更にメンドーサは、騎士に扮した魔物を"事故死"した兵士隊長の後任に据え、多くの悪魔憑きで構成された騎士団を編成。

市民の間では、騎士団長も含めて皆黒い鎧を纏っていることから『黒の騎士団』と呼ばれていたそうだ。

 

そして、遂にメンドーサの毒牙は王族にまで向けられることとなった。

王妃エスメラルダ…ハイメ達の祖母は時の国王フェルナンドを毒殺しようと目論んだ濡れ衣を着せられ、城に幽閉されてしまう。

更に王の暗殺に関与していたとして、息子のアルフォンソも追われの身となってしまうのだった。

 

やがて、アルフォンソはメンドーサと彼の操る悪魔たちと対峙し、激闘の末に勝利した。

母君を救うことは叶わなかったが、王子は見事にヴァリアンテを救い、民を纏めて国を立て直した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

……と言うのが、国の間で広がっている伝説であった。

しかし、これはあくまでも表向きの話。内容は概ね正解ではあるが、厳密には少し異なっていたのと、話に続きがある。

 

この世には、人の陰我を利用して人を喰らう『ホラー』という魔獣が存在する。

しかし、古より、鎧を纏ってホラーと戦う宿命を背負いし『魔戒騎士』が、人々を陰より守り続けているという。

 

そして驚くべき話であるが、ヴァリアンテの伝説に伝わりし『光の騎士』の正体とは、魔戒騎士であった。

それも、ただの魔戒騎士に非ず。その名は黄金騎士ガロ。如何なる時代において数々の伝説を残してきた、魔戒騎士の最高位である。

 

その光の騎士…黄金騎士の血を、アルフォンソ王子は引いていた。

魔戒騎士は、一子相伝でホラーと戦うための鎧を伝承し、その意思を未来に繋いでいく。

時の黄金騎士は己の血族を絶やさぬべく、長女を鎧の伝承者として自らの手で育て、赤ん坊だった次女を貴族の養子に出した。

その貴族の養子となった赤子の名はエスメラルダ。フェルナンドの后にして、アルフォンソの母親たる女性である。

しかし、これがメンドーサに狙われる理由となってしまう。

 

 

メンドーサの正体は、抜きん出て優れた才覚を有した魔戒法師であった。魔戒法師とは騎士を助ける、錬金術師の仲間の様な存在だという。

ホラーを召還し操る術を身に着けており、悪魔と契約し、その力を利用したという噂は、全てこの術に起因する物だった。

しかし、その禁術を手に入れる過程で罪なき人を生贄に捧げた罪で破門されてしまう。

自らを放逐した騎士や法師を憎んだメンドーサは、知恵ある僧侶を装って王宮に取り入り、ヴァリアンテに多大な貢献を齎したとして王の寵愛を受け、絶大な権力を手にした。

その果てに騎士や法師の血を根絶やしにするべく断行したのが、魔女狩りだった。

 

メンドーサが"魔女"や"魔物"と疑わしき者に関する情報を詳細に持ち合わせていたのは、これが理由であった。

魔女狩りで処刑された者達の大半は、魔戒騎士や魔戒法師であったという。

 

王妃エスメラルダは、自身の素性が分かるようにと、黄金騎士の紋章が刻まれた首飾りを幼い頃から身につけていた。

それを成人を迎えたアルフォンソに与えたのが、メンドーサに目をつけられるきっかけだったのであろう。

 

アルフォンソ王子は追手の騎士達から逃げ切れずに対峙するが、その時騎士たちが突如悪魔に変貌しだす。

黒の騎士団が悪魔憑きによって編成されていたというのは事実であった。騎士達は皆、ホラーに憑依されていたのであった。

 

窮地に陥ったアルフォンソ王子を救ったのは、深紅の鎧に身を纏った魔戒騎士であった。

魔戒騎士は黄金騎士の盟友であり、エスメラルダが貴族の養子となる際の手続きを行った人物でもあった。

故にアルフォンソ王子は、この魔戒騎士によって自身の素性の秘密を知ることとなる。

 

メンドーサがホラーを操っていること、そして多くの罪もない人を苦しめていることを知ったアルフォンソ王子は、この魔戒騎士に弟子入りする。

過酷な修練の末に、アルフォンソ王子は師の鎧を継承した…師の命と引き換えに。

 

鎧を受け継いだアルフォンソは、共にメンドーサ討滅を目指す同胞の騎士や法師と出会い、激闘の末に彼等と共にメンドーサに打ち勝つ。

長いようでほんの一瞬で、過酷で、そして奇妙な戦いだったという。

それが、父とメンドーサとの戦いの真実であった。

 

 

光の騎士の伝説、そしてそれが真実で、父がその意思を受け継いで悪魔と戦った事……。

ウンベルトが剣の修行に熱中したのは、幼き日に聴いた父の武勇伝に憧れを抱いていたからというのも大きい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、父の師が鎧を遺してこの世を去った様に、魔戒騎士とて人間、その命は永遠ではない。

故に魔戒騎士は、子を遺して鎧を継承させることによって、その存在を限りなく永遠に近いものへと確立させていった。

それは父も同じであり、ヴァリアンテ王家は、父王アルフォンソの鎧を継承し次代に繋いでいく使命がある。

 

しかし、ウンベルトは魔戒騎士に憧憬こそ抱いているものの、自分は父の鎧を継ぐことはないと勝手に思い込んでいた。

父王アルフォンソは、昼間は王冠を被って国を守り、夜は鎧を纏って民を守り続ける日々を送ってきた。

故に、鎧は王冠と一緒に継承するもので、即ち鎧を受け継ぐのは次期国王…ハイメに違いないと、自然とそう結論づけていた。

魔戒騎士になることなど、夢のまた夢だと、そう考えていた。

……13歳の誕生日を間近に迎えた、あの日までは。

 

 

 

その日の夜の晩餐も、食堂からは侍従の姿は消え失せ、家族だけの団欒の時間が形作られていた。

ウンベルトの剣の腕前の話をしていた時、ふと、真剣な顔でハイメが切り出す。

 

「父上の鎧を受け継ぐのは、きっとウンベルトに違いないな。」

「えっ……?」

 

目が点になった。

 

「鎧は、てっきり兄上が継承なされるのかと……。」

「ん?何を言っているんだウンベルト。」

 

父が首を傾げる。

 

「私は、一度も鎧を受け継ぐのはハイメだとは言っていないぞ?」

「えっ……?」

「魔戒騎士の息子に、必ずしも騎士としての素養があるとは限らないし、王に守りし者となる義務はない。」

「じゃあ、私の思い違いと……。」

「……そうだな、ふふっ。」

 

父が口を綻ばせ、それに乗じて母や兄もくすくすと笑う。

ウンベルトが恥ずかしさのあまり頭を抱えていると、父はやや真剣な顔で話を続ける。

 

「しかしハイメ、鎧の継承を諦めて本当に構わないのか?まだ修行にも出ていないというのに……。」

「三度の決闘で漸く理解できたのです、私には、ウンベルトに比べて剣の資質がない……。」

 

残念そうにハイメは目をつむった後、目を開いて話を続ける。

 

「……しかし、王にとって重要なのは才に富んでいる事ではなく、才ある者を見定め、信じ、託すこと。

王だからと言って、不相応な力までもを有するべきとは到底思えない。

故に、戦う為の力は、やはり然るべき素養の備わった者に与えられるべきだと、私は考えるのです。

私にしかやり遂げられない事があるように、ウンベルトにしか出来ないこともある。」

「兄上……。」

「なるほど、それがお前なりに考えて、見つけ出した答えなら。」

 

他人の意思を尊重する気質である父は、騎士の継承を諦めたハイメを咎めはしなかった。

 

「ウンベルト、頼む。」

 

整った手付きで食器を皿の上に置き、顔を隣のウンベルトに向けた兄は、思い切って頭を下げる。

 

「……本当に我ながら押し付けがましい話ではあるが、もしお前が、民を想うのなら。

ヴァリアンテの王子として、民を守りたいという心があるのなら、お前が、守りし者となってくれ。

お前なら出来る。お前には、私には持っていない物がある。そしてその力は、民の為に使わなければならないと…私は思っている。」

「民の……為に……。」

 

その言葉に、ウンベルトの心の底から自信が湧いてきた。

次弟として産まれた自分にも、王族として、黄金騎士の血を引く者として、果たせる義務がある事に。

 

「ウンベルト、それはお前が決めることだ。」

 

憂いを帯びた顔と真剣な眼差しで、父が問いただす。

 

「血筋故の宿命と責務は、必ずしも先に産まれた者のみが受け継ぐとは限らない。

母上…お前のお祖母様もそうであった。普通の貴族として、王妃として生きてこられたにも関わらず、その出生故にメンドーサに囚われてしまわれた…。

そして、その子である私もまた、今こうして、魔戒騎士として戦う道を選んだ。

だが、だからと言って、お前に選択の余地がない訳でもない。普通の領主として、ヴァリアンテの血を繋いでいくだけの道も選べるはずだ。

例えお前が何れその宿命を突きつけられる日が来ようとも、ただの人として生きられない理由はない……。

子息を亡くされた師匠は、ご自身が亡くなられた後の鎧の行く末を憂いておられた。以前に語ったように私は、師匠に返しても返しても足りない程の御恩を頂いている。

せめてそれにほんの少しでも報いる為、師匠の想いを無駄にはしたくない、未来に繋げたいと私は想う。

だが、それはお前自身が了承することで初めて成立する…それに、例え鎧を纏う者がいなくとも、次の誰かが来るまで伝承し続けられるのならば、悔いはない。

ウンベルト、お前はどうしたい?」

「ウンベルト、貴方の好きに決めて良いのよ。」

 

母も穏やかに微笑み、しかしどこか不安気な目つきで、息子の答えを待つ。

 

しかし、悩む理由はどこにもなかった。

今までは、父より託された領土と血を守っていけばそれで十分だと満足していた。

しかしウンベルトは託された。他の誰にも出来ない、自分にしか成せない、自分にしか背負えない宿命を。

 

「……約束します、兄上。私は必ず、父上の鎧を継いで、この民を守ると!」

 

その言葉に、兄上が明るい笑みを浮かべる。

 

「ああ、頼むぞウンベルト、約束だ。」

 

二人は握手を交わし、お互いの手を強く握りしめる。

両親も安堵した様な表情で微笑み、二人の決心を優しく見守る。

 

 

 

 

 

 

「……そうと決まれば、早速修行に出る準備をしなければ、な。」

 

アルフォンソ王はそう言いながら、共にヴァリアンテを救った盟友の姿を思い浮かべる。

少々厳しいとは思うが、彼はきっと、ウンベルトを優れた騎士に育ててくれるであろう。

自分や師の意志を受け継ぐに値する、一人前の魔戒騎士に。

 

ふと、アルフォンソ王は自分の手元に置いてある十字状の金色の首飾りに目を向ける。

十字状ではあるが、これはロザリオに非ず。構成する物質は魔戒の金属。

中央の紅い正三角形の紋章が示すのは、黄金騎士ガロの血筋の証。

そして何かを思いついたかのようにウンベルトを見つめ、口を開く。

 

「……そうだ、ウンベルト。まだ少し早いが、出発祝いに渡したいものがある。手を出しなさい。」

 

息子が両手を差し伸べたのを確認した後、アルフォンソ王は手元の首飾りを手渡す。

 

「父上、この首飾りは……。」

「これは、私の母上…お前のお祖母様が赤子の頃より身につけられていた物で、私の20歳の誕生日に与えてくださったお守りだ。

私が師匠の厳しい修行に耐えていた時、ホラーと戦う時、いつもこのお守りに励まされてきた。私の心には、いつでも母上が側に居てくださった。

お前は暫くこの王宮を離れることになる。だが私達の想いは、いつもこの首飾りと共に在る。」

 

想いを自分に託そうと願う者は、兄だけではなかった。

父もまた、死した者の想いを次代に繋げていきたいと願っている。

この首飾りは、その印。人の想いの継承の連鎖の前触れである。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

地図に記された通りの場所に馬を走らせた先に、ウンベルトはとある廃墟へと辿り着く。

ここは父によれば、嘗て父とその師はここで生活しつつ修行し、今はウンベルトの師匠となる人物が預かっているらしいが…。

門を潜り抜け、建物の中に入ってみれば、前方の上にあるステンドグラスが、日光によって煌々と輝いている。

しかしそのステンドグラスに刻まれているのは聖書に記されし物語ではなく、魔戒の物語…光の騎士の勇姿であった。

その真下に、ウンベルトの探している男はいた。

 

「久しぶりだな、ウンベルト。」

 

穏やかに微笑んでウンベルトを出迎えた、白いコートに身を包んだこの男の名はレオン・ルイス。

アルフォンソ王の従兄弟……ウンベルトにとっての従伯父に当たる人物。

そして、エスメラルダの姉を母に持つ、当代の黄金騎士ガロ…真上のステンドグラスに刻まれた光の騎士の正体である。

 

「お久しぶりです、レオン殿。」

 

久々の再会の言葉と共に、ウンベルトはレオンに頭を下げる。

レオンは王族の血を引かないが、親族であることから時偶城に客人として招かれている。

ウンベルトも、何度か顔を合わせたことがある。

挨拶を終えた途端、双方の顔が引き締まる。

 

「お前の親父から話は聞いている。継ぐのだろう、お前の父…アルフォンソの鎧を。」

「はい。」

「早速だが、今からお前を試す。剣を抜け。」

「え?今から…ですか?」

「早くしろ。」

「は…はい!」

 

 

師に言われた通りに、ウンベルトは腰に帯びている鉄の長剣を引き抜く。

それを確認したレオンも、コートから取り出した赤い柄の魔戒剣を引き抜く。

魔戒剣…魔界の金属で鍛え上げられた、ホラーを封印しうる唯一の剣。

その真紅の柄は紛れもなく、彼が黄金騎士ガロの継承者である証。

 

レオンは切っ先を前方に向け、先端の横に左手を添える刺突の構えを取る。

対するウンベルトは、剣を担ぐ様な姿勢を取って大きく地面を踏み込む。

 

「来い!」

 

レオンが合図をかける。

腰に蓄えた力を一気に放出するかのように、ウンベルトは地面を蹴ってレオン目掛けて突っ込む。

しかしレオンは何かを見定めるような目つきと共に、片手でウンベルトの攻撃を裁き続ける。

五回ほど剣閃が響いた後、レオンはとうとう両手で剣を握り、切っ先を大きく滑らせてウンベルトを弾き飛ばす。

ウンベルトは、剣を弾き飛ばされた後に地面を転がり回って倒れる。

レオンは軽く溜息を付いた後、いつもの穏やかな顔つきに戻ってウンベルトの側までやってくる。

 

「筋は悪くない、だがまだまだだな。立てるか?」

「は……はい。」

 

レオンの差し伸ばす手をウンベルトは掴み、立ち上がる。

ウンベルトに才能があるのは確かだ。だが、まだ大人の兵士から一本も取れてはいない。

しかしたった今戦ったこの男は、ウンベルトの知るどの剣士よりも遥かに強いと言いきれた。

膂力の高さが違う。切っ先の鋭さも。そして何より、剣を通して伝わる気力が、剣を手放した後もヒリヒリと伝わってくる。

 

(これが、黄金騎士……魔戒騎士の、力……)

 

父王は、一度レオンと全力で斬り結んだ事があると聞く。しかし、ウンベルトはまだその領域に達していない。

今の自分は、まだ卵の殻にヒビが入った程度の領域にしか入っていないのを、強く実感させられた。

周囲から持て囃されていた時でさえ感じていた壁が、更に大きく積み上がっていった…その様な感覚を味わわされた。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

その壁の高さは、日々修行を重ねていく内に思い知らされる様になっていった。

レオンの課す修行は、王宮での剣術指導とは比べ物にならないほどに過酷であった。

失敗以外の成果を得られない日などざらにあり、次こそは絶対にこの課題を突破すると意気込んでその日の修行を終える。

大抵はそんな事の繰り返しの毎日であった。

 

やがて一ヶ月の時が過ぎた。その日もウンベルトは修行を終えた後、師と共に帰路につく。

しかし、帰る場所はサンタ=バルド城ではなく、城下町にある有り触れた宿屋であった。

ここはレオンの義母…つまりウンベルトの大伯母が経営していた宿屋で、レオンは生活しているという。

ウンベルトは、魔戒騎士としての修行期間はここで住まうこととなっている。

家臣達には、「剣の修行を積ませるために親類の元に預ける」と説明はしてある。

宿屋に到着したレオンは、いつもと変わらぬ様子でドアノブに手をかける。

 

「ただいま。」

「ただいま戻りました。」

 

しかし中に入ってみれば、まだ日が暮れて間もないというのに上から何やら女性の喘ぐ声が聴こえてくる。

これもまた、ウンベルトにとっては最早日常の一部と化していた。

最も、最初は何が起こっているのかレオンから聴いた時には羞恥心で頭が爆発しそうになってしまったが。

 

「ロベルト…またあいつ…っ!!」

 

レオンは上の階を見上げて呆れ気味に眼を手で覆った後、厨房の手伝いに出る。

ウンベルトも一緒に手伝おうと師を追う。

 

ロベルトは大伯母の実子でレオンの弟…つまりウンベルトのもうひとりの従伯父に当たる。

そして彼もまた、代々受け継がれし鎧を纏う魔戒騎士の一人である。

柔和で優しい笑みが特徴的な、飄々としていて掴みどころのない性格の持ち主の青年だった。

女遊びが激しいのは確かに難だが、実際に話してみれば明るくて親しみやすい印象を受けたし、得難い助言を与えてくれた時もある。

ウンベルトにとっては、十分尊敬に値する家族であり、兄弟子である。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

夕食を済ませた後、ウンベルトは用意された個室に入り、寝る支度を済ませた後にベッドで横になり、その日の修行内容を振り返ってみる。

本日の修行も、思ったような成果は出なかった。だがそれでも、初めてレオンと打ち合った頃に比べれば格段に上達している。

レオンもその辺については評価していた。最も、彼の基準は厳しい物で、二言目にはどこが足らないのかを容赦なく指摘してくるが。

 

この日の就寝時にも、思い浮かべるのはやはり兄との約束であった。

兄は父より王冠を受け継ぎ、民を統べる王となる。そして自分は父より鎧を受け継ぎ、陰より民を守りし者となる。

そして二人で力を合わせてこの国を守り、父の想いを繋いでいくと、互いに誓いあった。

 

あの約束が、兄に託された事が、今のウンベルトを突き動かす強い原動力である。

毎日の厳しい修練も、兄との約束があったからこそ、耐えることが出来る。

そして、自分に想いを託そうとしているのは、父も変わらない。枕元にある首飾りが、何よりの証。

修行の過酷さに挫けそうになっても、父兄との約束を胸に浮かべ、首飾りを握りしめることで、こうして立ち上がってきた。

そしてそれは恐らく、これからも変わらない。

明日になれば、また鍛錬に一日を費やし、そしてここに帰って、また寝るのであろう。明後日も、そのまた明々後日も。

自分が今後迎え続ける日々に胸をはせながら、ウンベルトは修行の疲れを癒やすために眠りにつく。

 

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

 

新王ハイメ・サン・ヴァリアンテが即位してから、どれくらいの年月が経ったのだろうか。

魔女狩りも、奸臣メンドーサが引き起こした数多の厄災も、国民の記憶からは徐々に薄れ去って行った。

ヴァリアンテのサンタ=バルド城下町の昼は、とても平穏で、暖かな人の営みが繰り広げられている。

 

 

 

しかし、光があれば闇はある。闇は照らすことは出来ても、完全に消し去ることは出来ない。

現にこの夜の城下町の外れでは、罪なき民が魔獣ホラーによって命を奪われかけた。

細い体躯はよりその醜悪さを際立たせ、両肩に付いている人型のオブジェは目立つほどに大きい。

 

ホラーの魔の手から人を助けたのは、金色のロザリオ…いや首飾りを身に着けた一人の魔戒騎士であった。

魔戒騎士はホラーの両肩のオブジェから伸び、男へと向けられた二つの腕を青柄の魔戒剣で切断する。

隙を見て男が一目散に逃げ出す。無論それを逃がすホラーではない。再び腕が伸びるも、魔戒騎士はそれを弾き返す。

一瞬の隙間を伺って、魔戒騎士は父より受け継いだ首飾りを握りしめ、同じく父より受け継いだ青柄の魔戒剣で上空に紅い円を描く。

 

魔界より顕現するは、堅牢なる深紅の鎧。

それは先王がもうひとりの王子に受け継がせた、守りし者の証。

その血脈に刻まれた、光の騎士の宿命と王族に課せられた義務、これら両方を同時に果たすための術。

これまでもこれからも、人の想いを未来に運び繋ぎ続ける鋼のたすき。

一瞥しただけでは感じ取れない、その紅色の煌き以上の重みを背負いしヴァリアンテの王子は、白銀色の瞳で魔獣を睨み高らかに叫ぶ。

 

 

 

 

 

「堅陣騎士ガイア、参る!」

 




ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。

ガイアの鎧はこの後ヴァリアンテ嫡流へと継承されていくという設定ですが、ウンベルトが子供を作るかどうかまでは考えていません。


『牙狼<GARO>-宿命ノ縁-』は、私が現在構想中の長編二次創作(『炎の刻印』と『VANISHING LINE』の中間の時系列)の前日譚に当たります。

ゾロやガイア、ザンガの未来の継承者や、ルークの新たな鎧を生み出した初代ゼロスの戦いを描くという予定です。

しかし、その作品は設定がやや強引だったり、どの様な物語にしていけば良いのかが思いつかなかったりで構想が現在難航中で、その上今後出てくるであろう続編と設定が食い違わないかという恐れもあり、正直執筆出来るかどうかも怪しいところです。
よって、以前より暖めていた「如何にしてガイアやザンガの鎧がこの物語に至るまで受け継がれたのか」を描いた前日譚を、敢えて先に執筆してみました。

よって、この物語は一旦全二話で区切らせていただきます。
ただし、先代ザンガの正体や清和源氏との関係についてゴルバが祐清に明かす話や、ウンベルトとロベルトが二人きりで会話する話など、構想であれば続きは幾らか思いついているので、気が向いたら書こうと考えています。


設定だけは山程思い浮かんでいるので、気になる点がございましたらドシドシ、ご質問お待ちしております。
勿論、感想もよろしくお願い致します。

<追記>

ウンベルトガイアの瞳の色を橙色から、白(ゴウキやレオと同じ)に変更させていただきました。
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