同盟上院議事録中間星域外伝~双頭の鷲は宇宙に舞う~ 作:SPQR/ロロナ
その理由としてはどちらも己の教義に従っている、というものだ。
故に、銀河ローマ主義政党はそれぞれ違った側面を有するが、自らの寛容さゆえに破綻しない。
銀河ローマ主義は、自由主義と民主主義を結び付ける為の、彼らなりの最適解であったのかもしれない。
――にしても、何故元帝国貴族すらもこの価値観を共有しえたのだろうか?
とある政治学者の日誌
ガラティエ共和国。
そう呼称される同盟構成国はマル・アデッタ星域に程近い場所にあった。
この国は古い構成国の一つにあたり、途中で長征に『耐えきれなくなった』面々により建国され、後に自由惑星同盟に合流した、という経緯がある。
故にハイネセンへの忠誠をある種問われ続ける立場にあった。
そんな彼らも民主主義国家である自由惑星同盟の構成国であるため、民主的な国家運営をしていた。
が、それは我々の想像しうる民主主義国家の構造とは少し異なるものであった――
ガラティエ共和国首都、ルーム。
その中心に位置する両会共同議事堂の民会議場では定例議会が始まらんとしていた。
その演壇に立つ、齢70近くの髭を蓄えた、礼服として紫の糸が織り込まれた緋色のマントを羽織ったトルコ系の男。
彼がこの国の『偉大なるガラティエ属州人民の首席護民官、凱旋将軍、命令権保持者』、ロマン・テュルクであった。
「ローマ共和国の最も偉大で清らかなる属州、ガラティエ属州のローマ市民諸君。民会議員たるローマ市民諸君。
此度も共に有りてここに圧政への抵抗、専制君主への反抗、ローマ市民としての民主主義の護持、それを成さんと思いここに元老院の開会を告げる。
諸君らの理性的な判断に基づき、ここにより素晴らしき国家を形成し、いつの日か
して、昨今はアスターテ……そう、あの地域だ。
で、会戦が起きている。即ち、船団に住まう彼等に今だ安全はない、ということだ。
私が思うに自由惑星同盟第一の課題は、全構成国の本土の維持であると私は考えている。
我が国は彼等を手伝えていないが、他の地には土地を追われて見知らぬ土地で暮らし、そしてそこで産まれたものばかりの構成国の同胞も存在するのだ。
そんな彼等も平和的に祖国の地で暮らせるようにする、そのためには何らかの方法でイゼルローン要塞に栓をせねばならない。
故にだ。仮にバーラトの自由惑星同盟政府がイゼルローンを奪取せんと動くのなら、今度こそは我々も大規模に支援せねばならぬということだ。
それが、我々と同胞らを結ぶ在り方だろう!
そして、我々は同胞らに支援を惜しむべきではなく、我々は自由のためにその富を使うべきであろう!
自由惑星同盟万歳!『ローマ共和国の最も偉大で清らかなる属州、ガラティエ属州』万歳!全自由惑星同盟構成国に安寧あれ!
では、『共同護民官にして同盟首席弁務官』であるクローディア弁務官にここを変わろう。
クローディア首席弁務官」
そして檀上に来たのは銀髪の女性、クローディア・コーネリアス。
このガラティエ共和国におけるNo.2――同盟首席弁務官である。
彼女はバーラトで政治学を学び帰星、ガラティエ共和国民会議員を二期、同盟下院議員を一期務めたのちに同盟弁務官――といってもこの国では首席弁務官の補佐としての地位も混じるのだが――となり、その後与党幹部より「民会に戻って護民官をやらないか」と言われ、今や首席弁務官にまで登り詰めた、比較的若手の議員である。
――相方の老人が70過ぎなのもあり、容姿以上に若く見られるのだが。
「ローマ共和国の最も偉大で清らかなる属州、ガラティエ属州のローマ市民諸君。元老院議員たるローマ市民諸君。
我々ガラティエ共和国は自由惑星同盟の古い一員として彼等と共にある。だが、我々は我々らしく、自由と平等と立憲主義に基づいてあらねばならない。
我々はハイネセンの一団と同じ由来を以ってここに存在するのだから。
きっかけを作ったイオン・ファセガスに万歳を、皆を導いたアーレ・ハイネセンに万歳を、我々の『
『ガラティエ属州』万歳、自由惑星同盟万歳」
簡素な定型文を述べ壇を降りる。あくまで彼女の役割はこの後にあるのだから。
こうきて、多様性に満ちたガラティエ共和国民会が始まるのであった。
「ではこれより、民会の本会議へと移る。
まず議長を選ばんと思う。
だが、あくまで我々護民官は議長その他との兼任が許されぬためこれに投票された場合無効票となるが……まあ諸君なら理解しているであろう。であれば開票の結果、議長は――マルケルス・バズナ議員。彼が議長となる」
議場を埋める「異議なし」の一言。
このマルケルス・バズナ議長は与党である立憲ローマ同盟の主流派議員の一人であり、元警察官僚で清廉潔白なことで有名な人物であるが説明は省略する。
そして議長が席につき、予算審議が始まろうとしていた。
「であれば、財務大臣より今年度予算の割り当てについての説明をしてもらったのち、審議に移りたいと思う。シャヒーン財務大臣」
そうバズナ議長に呼ばれて立ったのは、鷹のような鋭い目に黒い髪に浅黒い肌の、40ばかりの男性――アイザック・シャヒーン財務大臣であった。
彼はその見た目の割に穏健左派として知られ、このロマン・テュルク政権の要とも言うべき人物であった。
「本年度予算案については以下の通りです。
まず防衛費は昨年度と同額とし、設備修繕や装備の更新、兵卒の待遇改善を中心としており、新規部隊の編制等は行わない、となっております。
これについては首席護民官殿に直接説明していただくとして、内閣としてはガラティエにまでそう簡単に帝国軍は来ないだろう、というのは一致しています。
続いて、社会保障予算ですが昨年度予算比で公共事業を削減してそれを割り当てる予定です。
また、教育についても同様で、公共事業を削減して割り当てる予定です。
……数年前より行われていた全国規模のインフラの改修が終了したので、そちらを社会保障と教育に割り当てる、と言うべきでしょうか。
また、内債についても昨年度より増加しておりますが、我が国の経済成長率を踏まえた上での増加であり、問題はありません。
他、国家公務員の給料についても昨年より増加、地方交付金についても同様ですが、これも先のものと同様ですので問題はないと考えております。
以上で、本年度予算案について説明を終わります」
そう言い、席に座るシャヒーン財務大臣。その座る姿は、誇り高き鷹を思わせるものだった。
「では、質疑応答を始める」
そうして、ガラティエ共和国最左翼のガラティエ労働者運動の議員、ルカ・ギュルセルという声と体の大きい、目立つ金髪の男が質問をする。
「一つよろしいだろうか。何故政府は公共事業予算を削らんとするのか!
確かに社会保障の拡充は喜ばしいことである!が、それはそれとして公共事業予算をそこまで削る、というのはやや早計というものであろう!
ここは国債を少しばかり増やしてでも前年比8割に留めていただきたい!」
左翼側の方すらにわかに騒ぎ出す。
「秘書官、彼の立場は?」
そっと、ロマン・テュルクは秘書官に耳打ちする。
秘書官はいくらかページをめくると「彼は労働者運動の中でも最左派の一員とのこと」と返す。
どおりで、今回の予算案に概ね賛同していた党主流派とやや離れた動きをするわけである。そう思いながら再び議場に耳を向ける。
「シャヒーン財務大臣」
「はい。今年度予算案の公共事業予算の比率は、インフラ整備計画以前のソレとほぼ同等であり、むしろ数年の予算の規模を考えれば、間違いなく増えております。
そして、予備費をいくらか削るにしてもどうしても7割に届かないと思われます。
それ以上となれば、それこそ社会保障政策に手を付ける、ということになりかねません。
どうか、再度ご自身の党内で検討し直すように願います」
そう言われて尚ギュルセル議員は引かぬ姿勢を見せたものの、流石に主流派の議員らに窘められて席につかざるを得なかった。
次いで、立憲ローマ同盟の護民派――社会保障等で民衆を護っていこうと考え、同時に社会的矛盾の解決を目指す、立憲ローマ同盟内の最左翼派閥だ――のパトリック・ルルーシュ議員がこう質問した。
「して、大臣殿。私が思うに国防予算はまだ削減の余地があると思うのだが。
特に、兵士の待遇については毎年良くなり続けているし、装備についても更新と称して増強され続けている。
これを許すというのは重要な問題ではないか?」
「ロマン・テュルク護民官」
「国防大臣は不在の為、首席護民官である私が答弁しよう。
まず、装備更新については極力民生に影響を与えぬように、優先度を決めて行っている。
これを無くすということは、他構成国との比較におけるガラティエの軍事力低下を招く。
ただでさえ宇宙軍について我々は輸送艦隊を保有するのみであり、そこで他構成国と大きな差があるのは言うまでもない。
次いで、兵士の待遇についてだが……貴公は彼らを国民であると認識していないのか?」
彼の鋭い目は、一人の議員に向けられていた。
「い、いえ、軍人も一介の国民であるが、それはそれとして公務員であると……」
「左様。つまり労働運動について制限があるわけだ。
故にこれを政府が行うことにより、彼らが訓練に集中できるようにする。
異論は?」
「いえ……」
半ば恫喝のような具合に、質問は退けられた。
そして、キリスト教民主主義を掲げる、ガラティエキリスト教民主党の議員、カルロ・コペルティーニという新米議員がこのようなことを言い出した。
「ひとつよろしいでしょうか。我々キリスト教民主党は、共同体であるガラティエ市民と他の自由惑星同盟の同胞の為に徴兵法の年数を一年増やすために国防予算の拡充を求めます。
これは、ルーム・ガラティエの承認も得ております」
「そうだ!」と右翼側より声が上がる。
ロマン・テュルクが目をやればそこで騒いでいたのはルーム・ガラティエ――ガラティエ共和国の独立と帝政移行を考える極右政党である。
と、よりにもよって立憲ローマ同盟の最右派である帝冠派、アルレスハイムをモデルとした帝冠を元首とする『帝冠共和国』論を唱える派閥が声を同じにしていた。
そして、それに対し護民派が「裏切り者」と叫ぶ。
(――裏切り、か。一応左派である護民派と労働者運動の方はこちらに味方するのは確定だろう。となると、懸念材料は保守党と……更なる造反、か)
そう思いながら、ロマン・テュルクはパイプを咥えて更に考える。
(極論、次回選挙であれば少しばかり予算を調整することで軍拡は可能だろう。だが、彼らはそこまで待つ必要もなく、議会工作でこの『徴兵制拡大』を訴え続けるだろう。
かといって、健全な若者を次々送り出すのはリスクが高い。で、あれば他の方法で彼らの要求を満たしつつ左派を納得させなければならぬ。
今年は厄介な年になりそうだ)
そして、彼は隣にいるコーネリアス共同護民官に声をかける。
「共同弁務官。来年度の我々の軍事費を増やすための予算を、『魔窟』から持ってこれるか?」
「首席護民官。それがお望みなら私はそれをするために努力しましょう。
……この混乱を終わらせるためにも」
「なら任せた、共同護民官」
そう、ロマン・テュルクが言った後に彼の秘書官がバズナ議長に耳打ちする。
そして議長が
「諸君、静粛に!議場は皆が籠に詰められたカナリアのように囀る場所ではないことを留意して欲しい!」
そして、議場を見渡してこう続けた。
「クローディア共同護民官。何か言いたいことがあると聞いたのだが」
「はい。今年度予算案についてはこれ以上国防予算の拡充は出来ない、と考えております」
議場がどよめく。
それを無視し、彼女はさらに続ける。
「ですが、私はこの混乱が鎮まれば、下院議員らと協力して何らかの更なる軍事的増強に対し中央政府の財布から引き出すことが可能である、と考えています。
で、あるからして、貴君らが本予算案に賛同してくれることを願います」
そう言って締めくくったそれの後、議長が採決をすることを宣言した。
特筆すべきことのない投票の後、特に問題なく予算案は可決された。
ガラティエ共和国護民官官邸、通称『アルバ王の城』。
この建物は石造りの宮殿風の建物で、かつて『ガラティエのカエサル』が、自らの資金で建てた城である。
が、ガラティエのカエサルが家族を残さずに亡くなったため、死後この建物は護民官の官邸として扱われていた。
その一室、『
「まさか、この部屋を簡単に開けていいとは思いませんでした。首席護民官、いえ、ロマン翁」
「ん、この部屋が一番盗聴機等の危険がないのでな。――ああ、備品には触れぬように。部屋のソファーとその横のテーブル、カーペット以外は保存するように」
「なぜそれらは問題ないのでしょう?」
「これらは必ず使うため、だろうな」
「つまり」
「会談のため、という訳だ」
そう言いながら、当時のガラティエでは最高級であっただろうソファーにロマン・テュルクは座った。
「クローディア、向かいに座るといい。質はそこそこだが――座る分には充分だ」
そう言われ、クローディアもソファーに座る。
その感触は『比較的』良い椅子であったと彼女は思った。
「なるほど、こういう具合ですか」
「うむ。確かに座るには問題ないが」
「「質はそこそこ」」
二つの声が重なり、部屋に響く。
そして、一呼吸置いてからロマン・テュルクが話し出す。
「して、クローディア。中央はどうなっている?」
「はい。【縦深】はいつも通り、といった感じです。タケミナカタ含めて」
「なるほど。で、あればあのよくわからん国から切り離すために更なる投資が必要やもしれんな。
そのためにも民間企業にタケミナカタへの出資を求めるべきか。設備投資は国が負担すると説明して……
インフラのために我が国自体から送る分もある、か……」
そう言いながら自らの髭を触り、指でそれを縒り合わせる。
「しかし、それをするとデルメルと間違いなく関係が悪くなりますが」
「わかっている。だが、他の【交戦星域】の国もデルメルをよく思っていないのだ。
極論、安全な後ろから売り付ける商人と、何故か家が焼かれぬ商人なら前者が好かれるだろう。
つまり、タケミナカタの権益闘争に我々が更に力をいれても関係が悪くなるのはせいぜいティアマトくらいだろう。
それに、ヴァンフリートやエル・ファシルにも無償の支援を行い、『同盟全体の連帯』を強調する、ということも行おう。
そして、だ。今のデルメルの弁務官には、アエミリウス卿の親族がいたな?彼を介してデルメルを宥めよう」
「はい。セウェルス氏やアエミリウス卿も我々を無下にはできないと思いますので……いけるかもしれません。
あとは、大夏の羅馬万民自由同盟からも圧力をかけさせる他、タケミナカタの『同胞』であるマゴメザワ党首より支援を求められた、という口実も使います」
「うむ。『銀河ローマ主義』の連帯を盾として我々の権益を得るのは少し心が痛むが、これでガラティエとタケミナカタの距離が縮まるのなら双方が得をする。
頼んだぞ、クローディア」
「お任せください。それが私の仕事ですから」
「よし任せた。その為の予算は特に指摘なく通っている。ルームの連中ですら特に何も言わず通すくらい他構成国との関係は大事というのは皆わかっている。
……ああ、一つ大事なことを忘れていた。少し待っててくれ」
そう言いながらロマン・テュルクは部屋を出た。
クローディアは、ようやく部屋を見回す機会を得、それを実行に移した。
何やら土台に金属板がついたラテン系の男性の胸像と、壁に貼られた肖像画。
数百年前の日付が記された資料と、つくのか怪しいくらい古いランプ。
そんな、埃のない部屋をぼんやり見渡すと、そういえば『ガラティエのカエサル』の絵や写真が教科書にないのを思い出した。
となると、あの肖像画の人物が彼なら、自分はようやく国父の顔を見たことになる。
なら、何故?
――そう考えたところで、また扉が開きロマン・テュルクがワインの瓶と、二つのワイングラスを持って戻ってきた。
「待たせてすまなかった、クローディア。ガラティエワインの最高級品を出してきた。
共にこれからのガラティエが良い方向に歩むことを願おうではないか!」
そう言いながら席に戻り、ワインを開けてグラスに注ぐ。
その片方をクローディアが受け取るのを見届け、彼はこう言った。
「ガラティエ共和国と我々の未来に栄光があらんことを願って、乾杯!」
「乾杯!」
時は、まだ流れ始めたばかり。
当該話について言及された各惑星の銀河ローマ主義政党とその所在国、所属人物については
兵部省の小役人氏
kuraisu氏
Kzhiro氏
これら全員の許可を得ております。
また、本作はあくまで個人的な三次創作に過ぎないため本家である『同盟上院議事録~あるいは自由惑星同盟構成国民達の戦争~』他、『同盟上院議事録外伝』、『同盟上院議事録異聞 〜周回遅れの星・タケミナカタ民主共和国〜』と矛盾する可能性があります。
その点についてもご留意ください。