同盟上院議事録中間星域外伝~双頭の鷲は宇宙に舞う~ 作:SPQR/ロロナ
「……陛下、かの国はローマ帝国ではございません。『ローマ共和国』です」
「……はぁ?」
――とある銀河帝国皇帝と臣下
ガラティエ共和国首都、ルーム。
その中でも両会共同議事堂(他国に当たる国会議事堂)に近い、護民官官邸に老人はいた。
――といっても、既に六年はここにいるのだが。
彼は、このガラティエ共和国の元首である『偉大なるガラティエ属州人民の首席護民官、凱旋将軍、命令権保持者』ロマン・テュルクその人であった。
そんな彼は、ガラティエ時間(バーラト時間と同じ)における朝五時にいつも通り起床、年老いて重い身体をほぐすべく室内を歩き始める。
それと同時に、寝てる間にどんなニュースが流れていたのかを電子端末で確認しだす。
「ふむ、アルレスハイムで株価の上昇、パランティア経済は好調、エル・ファシルの復興に関しても各星系資本により好調、か……しかし、だ。こう良いニュースばかり流れてきても彼らが『私漁船』に脅かされている事実は変わらない。
我が方としても駐留軍をいつまでも出すわけにはいかぬしな……せめてイゼルローン要塞でも陥落すればよいのだが」
そう呟きながら時間を確認すると五時三十分、「そろそろか」と思うと同時にドアがノックされる。
「閣下、お食事の用意が出来ました」
「うむ、それでは頼む」
「かしこまりました」
そうして戸が開かれ、食器類を乗せたワゴンと共に、スタッフが入ってくる。
「して、今日の朝食は?」
「ポリッジ、ミルク、鶏肉のタケミナカタ風ソテー、オレンジ、イチジクでございます」
「ふむ、ありがとう」
そう言いながら、私室に備えられたローテーブルに朝食が置かれる。
ガラティエの一般的な朝食は、先日の残りとパン、ミルクやワイン、チーズと果物であるが、彼の場合はパンより粥を好んでいた。
また、タケミナカタ風ソテーについても「タケミナカタへの外遊時」に気に入ったものであり、ほぼ毎日食べるものであった。
この『ガラティエ人の長らしくない』食事を初めて官邸付きのシェフに頼んだ際、彼の困惑した顔を思い出すと悪い笑みが出てくる。
しかしながらこの老政治家にとって、『長らしい食事という概念こそローマ的でない』のであり、何より貿易という観点からも必要なことであった。
ガラティエ共和国は、その立地から【交戦星域】とバーラト共和国、フェザーン自治領を結ぶ要地の一つである。故に、その全ての生産物が入ってくる中継地点でもある。
そのため、双方の食文化も入ってきて多様性が更に広がっている。
故に、首席護民官が【交戦星域文化】たるタケミナカタ風の料理を食べることは「ガラティエは自由貿易を容認している」というアピールにも繋がるのだ。
まあ、それはそれとしてタケミナカタ風ソテーは完全な好みなのだが。
そんなこんなで食事を済ませると、入れ替わりに衣装係がやってくる。
「閣下、本日の衣装はこちらのスーツに緋色のネクタイとなります」
「うむ、任せたぞ」
そのような会話をしながら、本日の予定に気を回す。
その体に合うよう、ガラティエ有数の仕立て屋で作られたスーツは着込むと、自然と威厳あるようにも見えてくる。
勿論威厳をもたらしうる服に着られてる、という訳でもなく、普段隠れるオーラを引き立てる、というべきか。
70近い老人とは思えぬ、程よく筋肉に覆われた肉体が黒いスーツを纏う。
そうして髪を鋤き、髭を少しばかり整えて身支度が終わる。
伸ばした髭は『ローマ的でない』ものではあるが、多文化国家たるガラティエにとって気にするものでもない。
かくて、忙しき公務が始まるのであった。
午前六時三十分、彼は護民官官邸の首席護民官執務室――昔は客室の一つだったらしい、にいた。
「ふ、む。フェザーンとの貿易額は黒字、か」
そう資料を読みながら、淡々と近くにいた秘書官に話しかける。
「ええ。反面、やはり資源関係で赤字の貿易もありますが全体的には黒字です」
ガラティエの主要な産業の一つは他星系の重要資源の加工貿易であり、【交戦星域】から運ばれた資源から民間の船舶を建造したり機械を製造し販売――というプロセスが行われている。
勿論第一次産業を疎かにはしないが。
「……なるほど。やはりバーラトとフェザーンが大きいな」
「はい、やはり我が国にとって最大の貿易先はバーラト、次いでフェザーン、その後ろに他の構成邦ですから」
「六年間でフェザーンとの交易額が増えてるにも関わらず、利益が少し下がってるのは不安だが」
そう言うとロマン・テュルクは資料をめくる。
「閣下、しかしながら貿易額全体で見れば六年前より儲かってます」
「そこはわかっている。だが、フェザーンに我が国の物資やアレコレが流れるのを考えれば……」
「……【交戦星域】への支援で釣り合いは取れてると思いますが」
「それは国民感情だ。我々が考えるべきなのは結果的にフェザーンが肥えることを阻止しなければならぬ、ということだ」
秘書官は少し思案してから話す。
「……尤も、我が国だってバーラトと【交戦星域】からしてみれば、フェザーンのように貿易航路を抑えてる邪魔な国に見える、というものでしょうが」
「……違いないな」
そう呟きながら、ロマン・テュルクは水を飲み、次の仕事へ取りかかった。
次の書類は、経済政策についてのものであった。
午前九時三十分、今日は『ロマン・テュルク政権の六年間の成果』たるアウトストラーダ大改修の落成式の予定が入っていたために、彼はリムジンに乗り込む。
――アウトストラーダ大改修。
その通称と違い、実際は大規模な新規道路の開通も含めたこの改修計画は、ガラティエの居住地域全てを結ぶ広範なものであった。
今までのガラティエの『継ぎ足された』高速道路の効率化、老朽化への対処、新都市開発計画の前提……様々な要素を内包したこの計画を成し遂げたことは、間違いなく成果であり、順調な進捗は政権の二期目を行うために有効に作用した。
兎に角、この計画は立憲ローマ同盟という政党が大衆政党として立脚していることを示していた。
そんな政治的意図を含む落成式は首都から少し離れた場所で行われるために、少し長めの移動時間が必要となっていた。
『ルーム競馬場第12レース、遂にガラティエ杯クアドリガ部門、銀河最強の繋駕競争馬が決まらんとしています!まず一頭立てレースのハーネスを…』
ガラティエで一般的に親しまれる繋駕競争――フリー・プラネッツ・カップや春のハイネセン杯、秋のグエン杯のような平地競争とは異なる、二輪馬車を用いるレース、特にガラティエ杯はその中でも最も格の高い――の実況を聞きながら移動する。
『ロマンローマ速いロマンローマ速い!他の馬に圧倒的大差をつけゴール!
デビューから僅か一年で頂点に登り詰めました!ガラティエ杯クアドリガ部門、ハーネスレース優勝馬はロマンローマ!ロマンローマです!』
車内に、今年デビューの馬がサラブレッドに勝るとも劣らぬ快速を見せつけて勝利、という実況が流れる。
恐らく血統が酷いことになるかもしれないが、その時はその時だろう、とガラティエ競馬界の未来のことに少し想いを巡らせながらも、車は落成式の会場たる『構成邦道ガラティエ1号中央アウトストラーダ』のインターチェンジへと向かっていく。
ガラティエ1号中央アウトストラーダとは、『ガラティエのカエサル』の命により建設された、ガラティエで最初の道路を基軸とした高速道路であり、早い話ガラティエの大動脈であった。
が、近年は老朽化により少しばかり危険が出てきた――となる前に手を打ったのが立憲ローマ同盟とロマン・テュルクであった。
立憲ローマ同盟内部の穏健的右派であった彼は軍事的な理由も兼ねてアウトストラーダ大改修を提言、他派閥も賛同したため、この提言が選挙のキモとなったわけである。
それはそれとして、リムジンは落成式会場へと辿り着いた。
赤い絨毯を踏み、他の関係者のところ――閣僚としてマリウス交通相がいるところへ向かう。
「交通大臣、気分はどうだ?」
そう話しかけると、小太り故かまだ若く見える(実際は40きっちりである。六年前に閣僚となったのを考えると確かに若い)マリウス交通大臣は
「……正直なところ緊張しております、首席護民官殿。6年やって慣れぬというのはお恥ずかしいものではありますが」
そう話すと、ふう、とため息をついた。
「……慣れて貰わねば困る。あと何年その席に座るか、誰にもわからぬのだからな」
「はい。交通大臣の席にある間、全力で国家のために働く所存であります」
そうマリウス交通大臣は返すと、祝辞の原稿を見返し始めた。
それを見たロマン・テュルクも満足そうに頷いたのち、来賓として席に座る。
そして式は粛々と進み、
「えー、この度は、アウトストラーダ大改修が遂に完遂された、ということでまことに喜ばしい日であると思い――」
マリウス交通相の、至って普通の祝辞を聞きながらロマン・テュルクは「やはり実務屋を演説に使うのは微妙だ。だが、それも必要なことなのだ」と思いながら、自分の出番を待つ。
そして、交通相がその祝辞を終えた際、真っ先に拍手するのであった。
「それでは、ロマン・テュルク首席護民官の祝辞です」
そう司会が呼び、彼が立ち上がると、空気が変わる。
空気を支配するのに、緋色のマントも月桂樹の冠も、飾りの剣も不要であった。
ただ、圧倒的な『威厳』こそ空気を支配しうるのだ。
「ガラティエ人民諸君」
いつもより若干低い声。
「私は首席護民官となった後、このプロジェクトに六年の月日と多大な予算を費やしてきた。
その成果がガラティエ始まって以来の歴史の中で、比肩しうる物を探すなら『ガラティエのカエサル』とその後の三頭政治の時代に遡れる程に素晴らしいものである、というのを非常に喜ばしく思う。
六年前はひび割れ、一部では亀裂も入っていたアウトストラーダが見違えるほどに美しく、頑丈になったことは、さながら、元から美しかった者が化粧を覚えて更に自身の美しさを引き立てる術を覚えたようなものだ。
尤も、我々がローマである限り道路は避けて通れぬ――いや、そもそも道路を避けるのはダメだな、うむ。
兎に角、だ。我々立憲ローマ同盟はこれまでの六年の節目としてこの日を喜ぶし、これからの六年を人民のために善くするべく全力を尽くしていきたいと思っている。
だが、今この日は純粋に皆でアウトストラーダの改修が終わったことを喜ぶべきであり、そこに思想や文化、信仰の差異はあってはならぬ!
この計画を考えたマリウス交通大臣に万歳を!このアウトストラーダを構築した全ての人々に賛美を!
ガラティエ属州万歳!」
パチ、パチと小さかった拍手が徐々に大きくなり、やがて会場に響き渡る。
その中でもマリウス交通大臣が最初に拍手をしだしたのを、ロマン・テュルクは見ていた。
そうして、ゆっくりと席に戻った後も式は粛々と進み、テープカットも終わり、取材陣を避けつつリムジンに乗り込む。
クローディア弁務官は今頃議員らと上院での方向の擦り合わせか、と考えながらも、車は走り出すのであった。
午前十二時、或いは午後0時か正午。
ようやく護民官官邸に戻ってきたロマン・テュルクは、ハムやトマト、レタス等が挟まれたサンドウィッチを摂っていた。
サンドウィッチは、執務室でも食べることが出来るという意味では、ほぼ毎日誰かしらが官邸内で食べている物であった。
そんな軽食で腹を満たしながら、彼は来月行われる「銀河ローマ主義総会議」の参加者一覧を見ていた。
「ふむ。デルメルのロイヒテンベルク卿にアルレスハイムのシュラフタ、大夏の羅馬同盟、ルンビーニの万路連帯党も来る……ん?」
そうして、とある部分に目がつく。
そこには『タケミナカタ民主共和国、ローマ自由同盟:出席可』の文字。
「……これは荒れるな……」
そう呟いたロマン・テュルクは秘書官に、当日の警備体制を更に増強するよう伝えてから胃薬を飲んだ。
そもそも、『銀河ローマ主義』という概念はなかなか混沌としている。
一部の者からは『ガラティエ帝国主義』――フェザーン航路近隣の居住可能惑星により構成された、『首都たるガラティエとその属州諸邦構想』を指すこともあれば、単に共同体ハイネセン主義と労農連帯党の系譜として語られるこの思想は、『パンとサーカス』を元とした、国民を餓えさぬための社会福祉と人間らしくある為の娯楽(勿論剣闘士は非合法)を振興する政策、人種差別の完全否定とマイノリティ尊重、積極的な公共事業による雇用の創出を含めた大きな政府志向といった、やはり共同体ハイネセン主義の分派ともみられるこれは、その大半が同盟下院において労農連帯党支持を表明していることでも有名である。
だが、銀河ローマ主義の問題点は肝心なところはその票田である。
とある【交戦星域】で行われた選挙で善戦した銀河ローマ主義政党の、支持者の半数近くが同じ宗教を信仰していたという。
――オリュンポス教ローマ派、もとい単にローマ神話信仰とも称されるそれは、地球時代より連綿と信仰され続けたものであり、銀河連邦時代には彼らの建てた神殿を『町を幾つか歩けば見ないこともない』規模になっていた。
そんな彼等がルドルフの台頭により弾圧され、その生き残りはハイネセンと共に新天地を目指して旅立った果てに大国を形成したのだから運命は複雑である。
ともあれ、銀河ローマ主義政党の支持基盤の一つは宗教勢力であり、その点から共同体ハイネセン主義とのある種の差別化がみられるのだ。
また、銀河ローマ主義内部でも後発である銀河ローマ同盟の系譜と、各政党の元締め的役割の立憲ローマ同盟の対立がみられる。
その中で親デルメル国家であるタケミナカタのローマ自由同盟が訪れる、というのは【交戦星域】への影響力を一定以上保持していたいガラティエからしてみれば凶兆とも取れるのだ。
そんなことを考えたロマン・テュルクは、「ロイヒテンベルク卿と二人で話す機会も必要だ」と思い、どうにか会談の時間を捻出できないか見ていくのであった。
午後三時。
ある程度の仕事を片付けて一旦休憩を、というところでドアを叩く音がする。
「閣下。この時間ですのでスコーンとシロン葉の紅茶をお持ちしました」
「ふむ。では頼んだ」
やけにいいタイミングだ、とも思いながら身体を伸ばす。
肩を回しながら待っているとドアが開き、スコーンと美しい白磁のティーポット、それに似合うティーカップが運び込まれる。
そんなティーポットを執事が持ち、中身を注ぐとふわり、と良い香りが周囲に漂う。
ロマン・テュルクはティーカップの持ち手を掴み、口に含む。
そして一言「うまい」ともらし、スコーンに口をつける。
これもまた美味であり、首席護民官という立場になってよかったと思いながら休憩時間を楽しむ。
「やはり美味い。休憩には何かしら褒美が必要なのもあるが、にしてもこれは役得だ」
と呟きながらもこれを進める。
やがてスコーンも紅茶もなくなり、カップが下げられるとロマン・テュルクは仕事に戻る。
その仕事速度は、端から見れば先程より心なしか早くなっているように思えた。
遅くも更新しました。
とりあえず後編も出せるよう頑張ります。