同盟上院議事録中間星域外伝~双頭の鷲は宇宙に舞う~ 作:SPQR/ロロナ
「そういや、宮中に贈られるワインの中で、何故『反徒のワイン』があるんですか?他にも美味しいワインは沢山あるのに」
「……あんまり疑問を言うと上に怒られるんだが、一つ忠告の代わりをしておこう。昔ガラティエワインを『反徒の三流ワイン』と称した貴族が居てね」
「ほほう。そして、どうなったんですか?」
「そいつは酒好きの貴族たちと皇帝陛下が『反徒の』ワインに目を丸くしている中で言ってしまったがために官職を全て失ったそうだ。「超一流のワインを三流と称すとは何語とか」とね。
まあ、『馬鹿舌と逆張りは黙っておくのが肝心』ってことだ」
――とある帝国官僚の雑談を記した手記。この後この二人は出世したとも書かれている。
午後六時。
ロマン・テュルクは部屋を出て、再びリムジンに――といかず、普通の車に乗り込む。
行き先はルーム市街にある『何故か個室だらけ』のイタリア料理(ガラティエ料理とも)専門店に向かう。
大通りを進み、その店に入ると既に一人の男が軽く、トリュフが乗ったニョッキをつまんでいた。
「ああ、ロマン護民官。お先に少しだけ楽しんでおりました」
そう話す男は50程度の、黒髪と青い目の、筋肉質な身体を持つ男であった。
「ユリウス国防大臣、待たせてすまなかった。だがあと何人か来るのでな。私も何かしら楽しんでおくとしよう」
「それはいい。だが、酒がまだ飲めないのは如何せん面倒ですな」
ユリウス国防大臣と話しかけられた男は、けらけらと笑いながら、メニューを見ていた。
このユリウス・マリネッティという男はロマン・テュルクの最側近にして、主流派の後継者として見られる男であった。
彼は、士官学校卒業から32歳まで同盟宇宙軍で働き、とある会戦で左腕をもってかれて退役すると、しれっと故郷であるガラティエの民会に「軍の代表者」面してデビュー、つい6年前に共同護民官に任命されて、今年戻ってきたばかりであった。
「……全くだ。ここにはとてもよい酒が揃ってるというのに、これではこれから話すことに集中出来ぬかもな」
「ふふっ、そりゃ残念で。でも、クローディア嬢だのあの人が来るまで二人で無言で生ハムをつまむってのは、少し厳しいものがあるでしょう?」
「なら、少しだけ話すか」
「……ですねぇ」
そう、ユリウスが返すと、ロマン・テュルクはそっと一つの資料を出した。
「……『宇宙軍整備計画案』ですか。にしたって、いきなり20年以内に巡洋艦保有を目指すって……」
「ああ。無理だろうとシャヒーン財務大臣に話したら、「この規模であれば、今後のガラティエ経済を考えたら全然問題はないでしょう。大規模軍港の貸与や軍艦の造船により同盟政府からの収益で黒字を見込める、建設邦債の発行は問題ない」と答えてきた」
「……あの鷲もノリノリですか」
「鋭い目が、緩くなってた」
「おお、そりゃおっかない。で、これは3年後にぶちあげるつもりで?」
「……まあ、そうなるだろう」
ふーん、と言いながら、ユリウスが生ハムを一切れ口に放り込む。
「であれば、ルームのアホ連中はともかく、色々な政党がキレますよ?『今のまま』なら」
「ああそうだ、『今のまま』なら労働者運動はNOを突きつけてくる恐れがある。だからこの場がある」
「……だから、この場をねぇ」
ユリウスは、何かを手に取ろうとし、ふと首をかしげてそれがないことに気がついたのち、結局またニョッキを口に放り込んだ。
「まあ、地上軍の説得については護民官の仕事でしょう。バーラト政府からの収益云々の話は同盟弁務官たるクローディア嬢の仕事ですが、まさか私が責任もって宇宙軍の育成をしろと?」
「そこまでの無茶は言わん。ただ、宇宙軍士官学校の設置とその教官を探すくらいはして貰わないといかんだろうな。ほら、あるだろう、アレが」
「まあ、かつての戦友とかの伝手はありますけど。にしたって国防大臣が長い間国内不在とか不味いでしょう」
「だから三年後だ」
「……うわ、この三年間選考しておけと?全く無茶苦茶な人だ」
「その選考が可能な人材が、このガラティエにどれだけいると思ってる?」
ユリウスはふぅ、とため息をつくと、額に手を当てて笑いだした。
「こりゃやられた!確かに選考可能な奴は私くらいだ。
うちの宇宙軍なんてだいたいが兵站局の小間使いなわけだし、そりゃあそうか」
「……納得したか?」
「しなきゃならんでしょう、こんなガラティエの歴史に残る出来事に参画する機会なんて!」
「なら、それは良かっ……おっと」
そう言うが早いか、扉が開きクローディア首席弁務官が入ってくる。
「首席護民官と国防大臣、なんのお話でしょう?」
「お、クローディア弁務官、そこに座るといい」
そうユリウスが席を示し、クローディアがそこに座る。
それを見たロマン・テュルクが話す。
「有り体にいえば宇宙軍の整備計画、だな」
「……本気でやるおつもりですか、首席護民官」
「聞かされてたのか。クローディア弁務官」
ユリウスが意外そうな顔で他の二人を見る。
「ああ。彼女には上院の支持を取り付けて貰わねばならんからな。この計画には、長い期間をかけての事前の根回しがものを言うだろうから、彼女が弁務官になった時には既に話していた」
「……首席護民官殿は流石だ。最初から共犯者作りに余念がない。私もこうありたいものだ」
「……下手にやると密談も露見して大騒ぎになりますけど」
関心するユリウスと呆れたような声で水を飲むクローディア。
ある種対照的な二人をよそに、ロマン・テュルクは続ける。
「そして、だ。クローディア弁務官にはこれに関係する諸邦との交渉も任せたい」
「……少なくとも、ルンビーニは確定ですね。あそことの関係はフェザーン方面の安定に大事ですから」
「ああ。あとはいくつかの構成邦から選んだ教官を雇い入れる可能性もあるから、リストが作成でき次第その構成邦にも一言入れて欲しい」
「となると、バーラトは確定として……他は【中間星域】のあの国々ですか」
「そうなるだろうなぁ……あいつら、故郷で何してるのやら」
「述懐にはまだ早かろう。連れてこれるのかまだ定かでもないというのに」
「……まぁ、そうですが。それはそれとして、艦長クラスの育成なら構成邦宇宙軍の退役将校で賄えますけども、駆逐戦隊の司令官はどこから連れてきましょう?駆逐戦隊なんざ運用出来るところも限ら――あ」
「……ユリウス大臣、何か思い至ったようですが……まさか、バーラト?」
「そのまさかだよ、クローディア弁務官……ああ、果たしてマトモな人残ってるかなあそこ……」
露骨に肩を落とすユリウスと、「これはとんでもない大仕事に違いない」、と考えるクローディア。
そんな二人をよそに、ロマン・テュルクは最後の一人を待つ。
「……そろそろ、だな」
そう誰かが漏らすと同時にまた扉が開き、今度は小太りの中年男性が入ってくる。
「やあやあ首席護民官閣下、首席弁務官閣下、国防大臣閣下。此度はお招き頂きありがとうございます」
「遅かったじゃないか、『ガラティエ労働者の守護神』ジロー党首殿」
「ははは、首席護民官閣下はご冗談がお上手で。私はただのちょっとした政党の党首ですよ」
「なら、その政党が労働大臣の席を持ってるのはどういうことだろうね?」
「国防大臣閣下、そこは疲れると痛いところですからご勘弁を」
そう、笑みを浮かべながらジローは答える。
ジロー・アルベルデという男は、ガラティエ労働者運動――労農連帯党の系譜を主張する、組合主義者やら共産主義者、銀河ローマ主義を好まぬ連中の寄り合い所帯――の党首を務める男であり、彼自身はガラティエのような大構成邦の国政政党の党員を兼務する有力政党党首としては珍しく同盟下院議員の経験はないが、ガラティエ政界において勢力を維持しうるだけの能力でそれを補っている男である。
だが、内部統制が緩みつつあるとも言われていた、とクローディアは思い返す。
それと同時並行でロマン・テュルクが話し出す。
「……雑談はここまでとして、ジロー党首も来たことだし再度皆に説明をしたい。
此度の集まりの理由はこの『宇宙軍整備計画案』。素案だと20年内に巡洋艦の保有を目指すこととなる。
また、一番の敵となるだろう財務省は『予算に問題はなく、むしろ軍港や造船所の建造により、公共事業も増やして経済を活発化させるべき』と、シャヒーン財務大臣が語ったことから不都合はないとみなせる」
「……それで、組合をまとめられる私達をも抱き込むと」
「ああ。我々としては、福祉予算の削減を一切行わなず労働者保護について更なる法案の可決に協力することを確約できる」
そう、ロマン・テュルクが言うとジローは考え込む。
「……我が党としては『軍拡は抑えたい』のと『運輸業の労働者を守りたい』というのが真意ですが。その……『主流派はまとめられる』でしょう」
「……ふむ」
「閣下の提案を飲めるか飲めないか、ですな?待遇と雇用の論点で民会でこちらの質問に対し、条件を譲っていただければ、主流派は飲めるでしょう。支持層に利益をもたらせば我が党が、与党の決定に追従することに違和感はないので。
共産主義派はフォルセティのイカれを考えてこちらにつくでしょう。『間違ってもガラティエを怒らせたくない』のが真意でしょうし。
問題は先日も予算案に殴り込んだ非主流派です」
そう言うと一息置いてから水の入ったコップを飲み干し、更に続ける。
「早い話、非主流派は、現状に満足していません。
労働者共和国たるガラティエの構築を最優先で目指しています。
そんな連中にとって一番邪魔なのが主流派であり、立憲ローマ同盟です。
『邪魔だから』。そんな単純な理由で私と立憲ローマ同盟に対しNOを突きつけるべく離反、という短絡的な行動を、やるかやらないかならやるでしょうよ」
いつの間にか皿が増えていたフライドポテトを口に放り込んでジローの話は終わった。
「ふむ。ありがとう。
……こりゃ、ルーム頼りか?」
ルームもといルーム・ガラティエは極右で軍国主義的側面こそあるが、憂国騎士団とはやや毛色が異なる。
筋金入りの自由惑星同盟嫌いなのだ。
その意味も同盟懐疑派とは異なる。
『自由惑星同盟を離脱したのち』『ローマ帝国を復活させ』『自由惑星同盟と同盟を結び銀河帝国を倒す』ということを主張しているのだ。
そんな彼らは支持率にして7%に満たぬが、ガラティエ政界に混乱を与えるには十分な規模の連中である。
「にしたって、連中と手を組むのはマイナスイメージを与えますよ?保守党が三年かけて進んだ計画を取り止めない連中なのはわかってますが、それにしたってルームは危険です」
「……何も『公然と手を組む必要はない』のだけども、懸念はわかる。奴等の楽観論に下手な実現性を与えるのは不味い」
「で、あれば他政党や労働者運動の非主流派を切り崩す他ないのしょうか?
少なくとも、私はそう思いましたが」
「それについては同意だが、そうも上手く応じてくれるものかな」
ユリウスとクローディアが如何に議員票を集めるか話す。
その内容も中身の薄いものであり、それ自体がこの問題の面倒さを物語る。
「……まあ、その、首席護民官閣下。『労働者運動』としては党を維持するために『自主投票』も考えています」
自主投票、つまるところ『こちらに利益を示せば主流派や共産主義派は手伝える』というサイン。
まあ、そこが落としどころではないかというラインである。
「……ありがとう、わかった。判断はジロー党首の良心に任せよう。して、肝心の話は案外早く終わった訳だが……どうする?」
ジロー党首の『提案』を事実上肯定したロマン・テュルクは、メニューの酒類を見せながら三人を見る。
「生憎、これからの予定はないので、そりゃあ……ねえ?クローディア嬢はこれからの予定は?」
「ここに来る前に事務仕事は片付けてあるので。それよりもジローさんは?」
「大丈夫ですよ。明日まで予定はないので」
「なら決まりだな」
「決まったなぁ」
「決まりましたね」
「決まりですねぇ」
「「「「飲もう、とりあえずワインでも」」」」
――ガラティエは『ジョージ・パームの愛した星』『
そして、ここはそんな惑星の料理店。そして、つまんでたものはだいたい酒の肴になり得るもの……
つまり皆、話をしていくうちに酒が呑みたくなったのである。
そうして、用件が終わった後故に皆、飲むスイッチが入ってしまっていた。
「うむ、やはり我が国の酒といえばこれしかあるまい」
そうロマン・テュルクが言葉を口にするのはガラティエワイン。それをゆっくりと味わうのが酒に見合った飲み方だろう。
「ロマン殿はわかってませんな。この国の酒は全て旨いのですから『全て我が国の酒』でしょう」
そう言ってるジローが手に取ってるのはスパークリングワイン。シャンパーニュという言葉が消え失せて久しいこの時代では、スパークリングワイン全てをシャンパンと呼ぶ場所も少なくはないが、この国ではちゃんとスパークリングワインと呼ぶ。
それはさておき、その黄金色の煌めきはグラスの中に黄金郷を閉じ込めたが如く輝いている。
「帝国人は410年物のワインを有り難がって、フェザーンに置いてある我が国の酒類を無視すると聞きますが、やはり脳が固まっておられるんでしょう。
こんなにも美味しい酒を『410年物ではないから』と呑めないんじゃ人生大損ですよ。
……いや、フェザーンだと高値で取引されるんだったかな?」
そう言うとユリウスは、グラスに入った白ワインを一気に飲み干す。
その頬は少し赤くなってるのが見受けられる。
「フェザーンとの交易品目だとやはり酒類の利益が高い方なので、『帝国貴族』は飲んでるでしょう。恐らく」
「だとしたら、どんな気持ちで飲んでるのやら!」
「……ブリテン人お手製の酒を飲むよりは理解が及びやすい心境でしょうな」
「アレを飲む時は何となく悔しい気持ちになるんだよ、アレは」
「……悔しがる気持ちもわからなくはないですが、伝統の差は埋められませんから」
「クローディア嬢はあいつらの肩を持つつもりか……?」
酔う酔わないは別としても1名危うい方向に向かってるのはともかく、皆楽しめているのだろう、とロマン・テュルクは判断し、しれっと『輸入品』に目をやる。
そこには、『
――基本的にガラティエでは輸入品の酒は珍しいものである。
しかしながら、この店にはその輸入品が置いてある。
即ち、この店が選ばれた理由は個室があることもそうだが、輸入品も(在庫次第で)取り扱ってくれるということだ。
三人がやれ財務大臣の目が怖いだの、やれあの大臣は女遊びしてそうだのという雑談をしてる最中、ことり、と馬乳酒が置かれる。
ウェイターに軽く会釈をし、その匂いを嗅ぐ。
どうやら、比較的発酵が進んでないようだと思いながらそれを口に含む。
すると、強い酸味が口を通るが旨い。それを味わいながら飲み干す。
そして、立ち上がるとこう三人に語りかけた。
「……私はもう行こう。会計はいくらか余分に出しておくが、残りは好きに使ってくれ。
では、よい夜を」
「ええ、よい夜を」
「……また議会で会いましょう、閣下。良い夜を」
「あ、もう行くのですか。ところで――」
しれっと話しかけてくるユリウスの声を無視し、四人分の代金を払っても余る額を置いて個室を出る。
車に戻ると、運転手も同じ店で食事を取っていたらしく、胸ポケットにはカードが入っていた。
そして車に乗り込み、護民官官邸へと戻るべく車は走り出した。
午後九時半。
帰宅したロマン・テュルクはシャワーを浴び、自室にて軽く映画を見ていた。
タイトルは『キャプテンルドルフVSアーレ・ハイネセン G7』。
バーラトで作られたZ級映画で、カルト的人気のB級映画『キャプテンルドルフVSアーレ・ハイネセン』の無許可続編である。
尺は90分だが、その半分近くがチープなCG、残りの三割が全く使えないお色気シーン、残った二割が名作の残骸という、ネタにしかならぬ迷作であった。
因みにガラティエどころか他星系での上映はない。
テルヌーゼンとバーラトでのみ上映された。
開幕全く使えぬお色気シーンが始まったところで、強い眠気と虚無感を感じて歯を磨きに立ち上がる。
裏ではキャプテンルドルフの放ったゲルマンゾンビがカップルを食い荒らすスプラッタとなりつつも、そんなことはお構い無しに歯を磨く。
やがて、シーンはハイネセンがハイネセンポリスで演説をするシーンに移行する頃、ロマン・テュルクはそのあまりにも雑な観衆のCGを見て一言。
「誰だったか、この映画を勧めてきた奴は」
と漏らして、ハイネセンの演説を繋ぎあわせた間接の向きと身体の幅のあってないバラバラ死体を背景に、流行り物の映画を観るべく、無理のない時間を探してスケジュールを調整することにした。
午後十一時。
結局90分丸々流された映画は、ゾンビルドルフ(何故か大昔のサラブレッドのゾンビに騎乗していた)をハイネセンがゼッフル粒子で爆破してフィニッシュとなって終わった。
それと同時に、ロマン・テュルクも二週間程のスケジュールを見返して、偶然起きていた警備担当者と話し合ってギリギリ三時間を確保し終えた。
そして、時間を確認してからコップ一杯の水を飲み、ベッドに入った。
『キャプテンルドルフVSアーレ・ハイネセン G7』のG7に深い意味はありません。