同盟上院議事録中間星域外伝~双頭の鷲は宇宙に舞う~   作:SPQR/ロロナ

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ある人物が新無憂宮の前に訪れて、カイザーの批判をしようとした。
その帝国人は射殺された。

対して、バーラトの議事堂で同盟の体制の批判を行おうとした者がいた。
彼は人民防衛運動の過激派に睨まれたが死ぬことはなかった。

そして、フェザーンで領主批判をしようとした者がいた。
彼は後日、"何故か"地球教団の施設から出てきて体制支持に転じた。

どれがマシかは人によるが、間違いなく"良心的"なのは同盟だろう。


――インターネットの書き込みから抜粋


信仰とロマン

ガラティエ共和国には国教が存在する。

正確には「公的な地位を持つ宗教がある」。

 

それこそがガラティエ人がローマ人であると主張する最大の根拠、ガラティエ・ナショナリズムの根源でもある「ローマ教」とでも呼ぶべき、古代ローマの多神教信仰であった――

 

 

 

アスターテ会戦より少しして、ガラティエにとって最も大事な月が訪れる。

三月。ガラティエの民会と元老院が開かれ、宗教的にも重要な月。

 

そんな時にこそ大事は起こるものであり、それを解決するのもまた仕事であった。

 

 

ガラティエ共和国護民官官邸、その執務室の扉が慌ただしくノックされる。

部屋の主、ロマン・テュルク首席護民官はそれを聞き、軽く咳払いをしてから返答を告げる。

 

「所属は?」

 

「はっ、文化省宗教担当局の者です」

 

「……入ってよろしい」

 

「はっ」

 

そう告げて入ってきたのはまだ若い、ややくたびれたスーツの男だった。

 

「何があった?現在は両会の開会に合わせて演説を練っていたところだが」

 

「それが、首席護民官閣下。祭儀監督官(レクス・サクロルム)が危篤とのことで……」

 

首席護民官が持っていたペンを落とすのは至極当然であった。

 

 

ガラティエにおいて聖王(祭儀監督官)(レクス・サクロルム)は首席護民官が神官らの推薦において任命し、それを元老院が承認するという形式を取る。

これは、最高神祇官の職権を聖王と護民官で分割した際に取り決められたものであり、ガラティエの国父たるガラティエのカエサルが明文化したものである。

しかしながら、神官らにとって現在の首席護民官は"異教徒"であり、その異教徒からの任命を是とするか非とするかは神官らの中でも分かれる。

尤も、現在危篤の聖王(祭儀監督官)はガラティエの宗教的マイノリティとの歩み寄りを重視した人物であり、彼の後継者を任命することが多数派の神官らの望みでもあるのだが。

 

故にロマン翁のやることは簡単であり、元老院も彼の任命をすんなり受け入れることはわかりきっている。

だが、その前の"神官らの推薦"が誰になるか、そして聖王の容態が今の彼の心配であった。

 

「それで、彼の容態は?」

 

何も変わらないように、そう告げてから彼は冷めたコーヒーを一口飲む。

 

「……昨晩何人かの友人とバッカス神に肩入れをしたとのことですが、酔いすぎや中毒ではないと」

 

「ふむ。まあ彼の性格を考えればだが……となると心臓か?」

 

「いえ、脳です」

 

「……脳か、そうか。脳か……」

 

「どうかなされましたか?」

 

「いや。こちらも気を付けねばと、な」

 

「左様ですか。して、神官の代表は明日には推薦できると申しています」

 

「そうか。であれば補佐官と話していくつかの予定を修正して時間を用意する。何時訪れるかを確認してくれ」

 

「わかりました」

 

「後は……」

 

首席護民官その人の発言に、スーツの男は少し驚いた顔をするのだった。

 

 

数時間後、ルーム大学附属病院。

その集中治療室の前に立つ老人が一人、ロマン・テュルクであった。

その視点の先にはいくつかの機器を付けられ、眠る老人――聖王があった。

 

来た理由はなんてこともなく、特に彼と親しいわけでもなかったが、只、彼を見舞おうと思ったのだ。

そんな、動かぬ聖王を数分間眺めた後、翁は踵を返し帰途につくのだった。

 

 

翌日、首席護民官執務室。

ロマン護民官は執務を止め、傍らにユリウス国防大臣を控えながら待っていた。

 

そうして時計の長針がきっちり12時を指した時、扉が叩かれる。

 

「失礼します、首席護民官閣下。ユピテル神の祭司(フラメン・ディアリス)と言えばわかるでしょうか?」

 

「……ホーカー殿か、どうぞ。鍵はかけていないのでな」

 

 

フラメン・ディアリス。ローマの最高神ユピテルに仕える祭司であり、ガラティエの多神教信仰におけるNo.2、そして多大なる権威を持つ存在である。

そして、その地位にある者こそがオルソ・ホーカーという老人であり、同時に宗教保守勢力の主であり、中道政治家を称するロマン・テュルクが悩ましく思う存在でもあった。

 

「失礼します、首席護民官閣下。そして――国防大臣殿。お目にかかれて光栄です」

 

「こちらこそ。ホーカー祭司殿」

 

そうして入室してきたホーカー祭司の姿は伝統と規則に則った衣類であり、その姿は一見珍妙に見える。

が、その白い髭や独特の風格を感じ取ることが出来るならそれは威厳へと変わる。

そんな中、ユリウス国防相はホーカー祭司へとにこやかに語りかけたのだった。

 

「勿論こちらもですとも、国防大臣殿」

 

「……それで、用件はなんだったか、ホーカー殿」

 

「ああ、そうであった。まずはこちら、新たな祭儀監督官――アルトーという神官です。今の聖王の派閥ですな」

 

そう言いながらホーカー祭司は二人に資料を手渡ししてくる。

そこには彼の経歴、これまで勤めたこと等が記されていた。

 

「ふむ。それにしても、少し若い気もするが……」

 

「老人の後に老人が来るのも問題でしょう、少なくとも国防大臣殿のように健康的な50代でなければ、次の祭儀監督官もその座から降りてしまうことでしょうな」

 

「祭司殿の言う通りだ。少なくとも、ガラティエ宗教界の安定に寄与する選択でしょうな」

 

「わかっていただけたなら幸いです」

 

「……成程。ホーカー祭司殿。とても良い候補を選んでくれたことを感謝しましょう」

 

「護民官閣下も納得したようですな。それでは、私がここに来たもう一つの理由についてもお話ししましょう」

 

「……もう一つ?」

 

ユリウス国防相が問い返す。

 

「……ええ、もうひとつあるのです」

 

「……続けてくれ」

 

「勿論です、首席護民官閣下」

 

そうして、ホーカー祭司は咳払いをしてから続ける。

 

「実のところ、私が来た理由はこちらが本題なのです」

 

「と、いうと?」

 

「フェザーンを使って、地球教がサイオキシン麻薬を持ち込んだという事実です」

 

空気が凍る。先ほどまで相槌を打っていたユリウス国防相も凍り付く。

だが、ホーカー祭司は続ける。

 

「ひとまずは。これを見て欲しいのです」

 

「……ほう?」

 

「フェザーン船籍の、地球への巡礼船から押収されたサイオキシン麻薬の資料です」

 

そう言いながら、二人に紙束が渡される。

そこには、ガラティエと近い複数の構成邦にて地球教、フェザーンと関係ある船舶から押収されたサイオキシン麻薬に関する有意義なデータが記されていた。

 

「つまり、フェザーンがサイオキシン麻薬ビジネスの幇助をしていると?」

 

「やはり閣下は聡明な方だ。そうだ、そうであります。私はガラティエの安寧を脅かすのは忌々しき救世主を崇める者でも、同じ神を信ずる豚肉嫌いでもなく、地球教徒とフェザーンだと考えているのです」

 

「……これ、本物ですよ」

 

「本物、か。そこについては疑うつもりはなかったが、そうか……ところでホーカー殿、どこでこれを?」

 

ユリウス国防相が資料を確認した後、ロマン翁が問う。

 

「閣下もご存知である通り、我々の信徒、ひいては国を想う者が多数おりますので」

 

(……軍と治安組織に手の物がいる、そしてそれを零しても問題ない……か)

「成程、流石はユピテル神の祭司だ」

 

「ええ、そうでしょうな。して、私が提案したいのはフェザーン隻の艦艇に対する全面的な、無制限の臨検です」

 

「無制限の臨検?馬鹿な、そんなことをするのはガラティエの信用を捨てるに等しい!」

 

「しかし、結果を出せばそれは正当でしょう!」

 

ユリウスと軽く口論になりかけるホーカー祭司を、ロマン翁がそっと抑える。

 

「……待て。本当に”地球教徒”の犯行か?」

 

「サイオキシン麻薬が地球教徒の船に積まれていたことからも、そうでしょう」

 

「……国防大臣。帝国軍の諜報機関の線はないだろうか?」

 

「……可能性はあるかと」

 

それで臨検の相手が変わるわけでもないが、一応の可能性を提示し、続ける。

 

「仮にそうであったとしても、だ。我が国は信仰の自由を認める国家である、が」

 

「……閣下?」

 

「一先ずはガラティエの諜報部に地球教コミュニティへ探りを入れさせる、今はまだ大胆な行動は控えるべきだ。

"盟主"の顔を立てる必要もあるからな」

 

「成程、成程。確かに"同盟政治家"らしい判断ですな。

そして、閣下自らそう命ずるのであれば、私はそれを認めましょう。

しかし……私は"地球教の脅威"についてそれで払拭できるとは思えませぬ。更なる行動のご検討を願いますな」

 

「ああ。内務大臣や法務大臣、クローディア共同護民官にもこの話は伝えておこう」

 

そうロマン翁がにこやかに告げると、ホーカー祭司は満足そうな笑みを浮かべてこう言った。

 

「ありがとうございます、首席護民官閣下。何時の日か『貴方とその同胞が、また聖地へと至れるよう願っております』とも」

 

「ああ、ありがとう偉大なるユピテル神の祭司(フラメン・ディアリス)殿。貴殿方神官達のお陰でまたガラティエに平穏が訪れるだろう」

 

そうして、ホーカー祭司はちらりと執務室の時計を見た後、こう告げた。

 

「おっと、もうこんな時間ですな。それでは、私はこれから新たな聖王の任命の準備をします。

元老院の開会式の前日にはそれが執り行われるでしょう。それでは首席護民官閣下、よい一日を」

 

「……ああ。よい一日を、ホーカー祭司殿」

 

そうしてホーカー祭司が去った後、ロマン翁が深く座り、椅子がぎしりと音を立てる。

それを聞いたユリウス国防相が話しかける。

 

「なかなかの相手でしたね」

 

「……ああ。しかしあれが宗教保守派の首領であるにも関わらず、明確な"異教徒への害意"は見せないようにしているし、ガラティエのためを思ってやってきたのだ。

あくまでも彼が述べたのは、ガラティエのためにフェザーン船籍の船を臨検をしろ、ということだけだ」

 

「しかし、それをすればバーラトの顔に泥を塗ることになるし、ガラティエ自体の信用も下がる。

そうなれば、困窮するのはガラティエ国民ですからな」

 

「最初に苦しむのはガラティエ国民なのはそうだが、波及の果てに軍予算を維持できねば、苦しむのは交戦星域だ。我々もローマの民であると同時に"同盟市民"であることを忘れるな」

 

「……ガラティエはローマ人と思う方が普通でしょう。

少なくとも、大半が"ローマ人として"それを行っているかと」

 

「普通も、信仰も、人によって変わるのだ。現に私はホーカー祭司が語る神と全く別の神を信じているし、聖地への礼拝をしたいという義務を果たしたくもあるとも」

 

「そういうものですか」

 

「……そういうものだ」

 

「ふぅむ?」

 

首をかしげ、いまいちわかってない"後継者"に続けてこう告げる。

 

「納得が行かないのはわかるが、ひとまずはクローディア弁務官に連絡をすべきだ。

……サイオキシン麻薬の取り締まりをするにあたり、人的資源委員会から根回しをしていこう。ホワン・ルイにとってみればいい迷惑だろうがな」

 

そう言った後、ロマン・テュルクはすっかり冷たくなったコーヒーに口をつけ、バーラトとガラティエのこれからについて軽く思案するのであった。




お待たせしました新話です。

半年以上経ってますが、その間色々とありました。
次は半年以内に出せたら御の字だと思っております。

ともあれ、ガラティエとはローマであるがローマではないのです。
正確には「幻影を追う」国なのでしょう。
しかし、その結果より良い国家が出来るなら良いのでしょう。
突き詰めればアメリカの議会制度だってローマ的な側面がありますし。

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