「ふぅ~……相変わらずヒカリとフリアの料理はおいしいな!」
「いい加減ジュンも料理を覚えたら?」
「ん?覚えているが?」
「油鍋に材料を入れるだけのものを料理だというのなら、わたしは今すぐにあんたに教育をしないといけないのだけど……」
「ウ、ウソデススイマセン……」
「わかればよろしい」
道場の食堂にて響く朝の喧騒。そんな中、ボクのすぐ横で行われるジュンとヒカリのずっと変わらないやり取りに、思わず苦笑いを零しながら朝食をいただく。相変わらず美味しいヒカリの料理は、昨日に続いて道場のみんなの胃袋を掴んで離さず、とても賑やかな雰囲気を醸し出していた。その様子は、昨日の食事会の時と同じとまではいかなくとも、かなりの盛り上がりを見せていた。『美味しい』や『うまい』は勿論のこと、ミツバさんにいたっては、『この道場で厨房担当してもらえないかしら?』と勧誘する気満々の言葉を発するほど。
一方で、別の話題で盛り上がっているグループもあった。そのグループの話の内容は、今日から始まるであろうボクたちという、言ってしまえば部外者を混ぜたメンバーによる特訓についてだ。どんなことをするのか、誰と特訓を行うのか、そして、今話題のジムチャレンジで話題をかっさらっている渦中の人物の、リアルな実力はいかがなものなのか。という点について、厚く語り合っているようにに見える。
昨日のヤドン追いで、ボクたちの大まかな実力は知ることはできただろう。しかし、昨日行ったのはあくまでもゲーム。その人の得意なことや苦手なことはわかっても、実際にその人が闘っている姿をしっかりと確認できたわけではないので、正確な実力というのはまだ肌に感じていない事だろう。使うポケモンやおおまかな戦い方こそ、テレビや雑誌で情報として手にはしているかもしれないけど、情報として知っているだけなのと、実際に戦ってみるのととでは当然だけど全然違うものだ。その違いをもうすぐ体感できると知ったら、楽しみで楽しみで仕方がないみたい。すくなくとも、昨日のヤドン追いのこともあってか、ボクたちはともかく、全く知らないジュンのことも割と好意的に見てくれているようではある。その点についてはよかったと言っていいだろう。ここで変な空気になったり、悪感情を持たれていたらやり辛いもんね。
さて、そんなこんなで今日のこれからのことについて話し合っているみんなだけど、当然ボクも今日何をするのかはとても楽しみだ。マスタードさんからは『一緒に修行して欲しい』というお願いしか聞いていない。それが『講師側に回って』という意味なら、自分の力の見直しになるし、『門下生として』なら、マスタードさんという格上の方から師事を貰えるので、どっちにしろボクにとってはプラスにしかならないんだけど、それはそれとして内容はとても気になる。
「どんな特訓になるのかなぁ……楽しみだねユウリ」
「う、うん!そうだね~」
「?」
そんな未来にワクワクしている思いをヒカリとは逆隣のユウリにぶつけてみると、いつも通りのやり取りをしているヒカリとは正反対の、いつもと違ってよそよそしい対応を取るユウリ。その姿にとても違和感を感じてしまったボクは、つい首をかしげてしまう。
「何か様子が変だけど、どうかしたの?」
「な、何でもないよ!?」
「そうは見えないけど……」
「素直に、『ヒカリと何を話していたの?』って聞けばよかと」
「ちょ、マリィ!?」
「ヒカリと話していたこと?お互いの近況報告というか、ボクたちが分かれた後の、お互いの思い出についてくらいだけど……」
「らしいとよ?ユウリ?」
「う、うぅ……」
「ほんとに大丈夫?」
マリィの言葉に顔を赤くさせながら、しかしどこかすねているような表情を見せながら白米を口に運んでいくユウリの姿。本当にどうしたのだろうか?もしかしたらユウリもヒカリの話、ないし、ポケモンコンテストについてちょっと気になることでもあったのかな?もしそうなら言ってくれれば、ボクが2人のパイプになるくらいならすぐにでもしてあげるのに。
ちなみにヒカリとの話でユウリのことを少し話したことは言わないようにしておく。別に言わなくてもいいかなと思った点がひとつと、……うん。なんか、それをユウリに言うのがちょっと恥ずかしいからというのがもうひとつ。だって、ユウリのことをどう思っているかなんて話を本人に聞かせるのはなんか違うくないかな?違うよね?そんな内心あたふたしているボクと、顔を少し伏せながらもご飯を食べ進めていくユウリの姿に、どこか呆れた表情を浮かべたマリィはため息をひとつ零しながら食事を再開し、一方でヒカリは少しニヤニヤしながらこちらを見てきていた。
「……ふ、2人ともどうしたの?」
「「別に〜?」」
おかしい、同じ言葉のはずなのにどうしてマリィとヒカリの声の聞こえ方が全然違うんだろうか。けど、ここで聞き返してもボクかユウリが火傷する未来しか見えなかったので、ぐっと言葉を飲み込んでボクも食事を再開する。
「なんというか、今日も平和だな!!」
「ホップきゅん。そのままの君でいてねェ……」
「ん?オレはいつだってオレだぞ?」
「ウンウン。そうだったねェ……」
いつもの空気のようでちょっと違う、どこかふわふわとした朝食時間が過ぎ去っていった。
✩
「さてさて、みんな揃ったね〜」
楽しくも変な空気になった朝食を終え、1度貸してもらっている寝室に戻って準備を行い、再び1階に降りたボクは、今度は普段門下生のみんなが集まっている場所へと合流した。そこは道場の扉を開いてすぐの場所に広がっている特訓場で、ボクがその場に辿り着いたころには器具や整備が完了している状態になっており、今すぐにでも特訓を始められるようになっていた。そんな中で、みんなの前に立っているマスタードさんという構図は、昨日のヤドン追いを説明する時と同じようなものとなっていた。今日も昨日と同じように、マスタードさんからまず説明を受けて、そこから特訓開始という流れになるのだろう。
「みんな昨日はお疲れ様だよん。その疲れはちゃんと取れたかな~?」
マスタードさんが一言話すだけでここにいる全員の視線が集中する。あれだけ騒がしかったこの場も一瞬で静かになってしまうあたり、やっぱりマスタードさんのカリスマというのは確かなものがあるというのを感じられる。
「うんうん、みんないい顔してる~。その感じなら安心して今日の特訓に臨めそうだね~」
一通りボクたちの顔を見回したマスタードさんは、みんなのやる気に満ち溢れた身を確認出来たら嬉しそうに頷き、次の言葉を続けていく。
「じゃあ早速、今日から始める特訓を教えちゃうよ~」
ゴクリ。
どこからともなく……いや、ボクの周りのいたるところから喉を鳴らす音が聞こえた。昨日、ゲームとは名ばかりのなかなかにきつい壁に挑むこととなった経験があるため、みんな知らず知らずのうちに覚悟を決めたような雰囲気を醸し出す。その空気は確かに張りつめていて、人によっては居辛い空間のように感じるけど、その場にいるボクたちにとっては程よい緊張感として、体を適度に温めてくれていた。これならすぐに戦闘を命令されても戦うことが出来そうだ。腰につるされた相棒たちもその気配を感じたようで、カタカタと揺れて自分たちのやる気を証明してきていた。そんな中告げられるマスタードさんからの特訓内容。果たしてそれはいかなるものか。
「特訓の内容はずばり~……」
みんなが更に前のめりになる中、マスタードさんの口から放たれる特訓の内容。それは……
「班分けによる集中特訓だよん!!」
「班分けによる……」
「集中特訓……?」
いくつかのグループに分かれてから行う、ジャンルごとの特訓……という事なのだろうか?正直抽象的過ぎて頭の中でちゃんとした像が出来上がらず、あいまいな反応を返すことしかできない。現に、言葉で反応できたのがボクとホップだけというのが証明になっているだろう。昨日のヤドン追いというかなり異例な前例があったため物凄く構えていたんだけど、マスタードさんから言われた特訓の内容が思いのほか普通というか、ひねりがないというか、そのせいで物凄く肩透かしを食らった気分になった。それはボクだけが抱いた感情というわけではなく、周りをちらりと見渡してみれば、ボクと同じように微妙そうな顔をしていた人がたくさんいた。しかし、そんな変な空気の中でもマスタードさんは変わらない微笑みを浮かべながら続きを話していく。
「この集中特訓はね~?実は昨日のヤドン追いの延長なのだ~」
「ヤドン追いの延長?それってどういう事ですか?」
「まあまあ焦らないの焦らないの~。順番に説明していくよん」
マスタードさんの言葉に今度はユウリが疑問の声を上げるが、それに対してマスタードさんのペースはやっぱり変わらない。急かしても、質問をしても、こればかりは何も変わらないと悟ったボクたちは、いちいち反応をしていたら時間がかかりそうだと思ったので、おとなしくマスタードさんの説明を待つことにした。
「チミたちは昨日、ここにいる全員の力を合わせて、見事わしちゃんが手塩にかけて育てたヤドンちゃんを捕まえることに成功しました~。それは凄いことだし、正直わしちゃん、何人かは脱落者がいると思っていたから、全員そろってヤドンちゃんを連れて帰ってきたときはびっくりしちゃったよん」
本当にびっくりしたのだろう。マスタードさんの声は、彼にしては珍しく、嬉しさから少しだけ声のトーンがあがっているような気がした。
「けど、昨日ユウリちんが言ってた通り、多分チミたちは、誰一人として『自分の力だけでクリアできた』って思ってはいないよねん?」
マスタードさんの質問にみんなして少しだけ視線を逸らす。
昨日のヤドン追いは、結果だけ見ればボクたち全員の協力の元課題を達成したという、誰がどう見ても大成功と言っても過言ではない結果となっている。しかし、それはあくまでも『全体を俯瞰してみた時』に限られる。改めて個人個人で振り返ってみたらどうだろうか?護衛班は耐久力に難があるため封鎖班に封鎖をお願いするしかなく、封鎖班はすばやく動くことが出来ないことと、攻めがあまり得意ではないことから防御面を任されていた。特に、門下生の方や、モニンさんなんかはそのことを如実に感じることが出来た事だろう。その証明ではないけど、視線を逸らしたみんなの表情は少しだけ悔しそうにゆがめられていた。それぞれが得意分野で活躍をすることが出来たと言えば聞こえはいいけど、逆に言えば自身に足りない明確な課題もしっかりと浮き彫りになったと言える。みんなそれを理解していたからこその表情だ。
「勿論、得意苦手があるのはどうしても仕方がない。けど、それを理由にないがしろにしていいわけじゃないんだよねん。成長をし、さらに上を目指すというのなら、どうやったって苦手なことも求められる瞬間が来ちゃうからね~」
いくつもの戦いを経験してきたマスタードさんの言葉だからこそ、心にしっかりと刺さって来る説得力のあるその言葉は、悔しさから視線を逸らしていた門下生たちの顔をゆっくりと持ち上げさせた。
「だけど、大体の人は自分の強みと弱みを知ることなく挫折したり~、負けちゃって諦めたりしちゃうんだよねん。でもでもそれって~、わしちゃん的にはすご~くもったいないと思っちゃうんだよねん。だって、自分の強みと弱みを知ることが出来れば、これからどう修行すれば強くなれるかがよ~くわかるよねん?」
「じゃあもしかして、昨日のヤドン追いの一番の目的って……?」
「そうそう、ずばり!改めて自分と他者を比べて、自分はどこが優れていて、逆にどこが劣っているのかを可視化するためのモノだったんだよね~。勿論、フリアちんやジュンちんのような、新しくここに来た人たちがみんなとなじめるようにするためっていう目的もあったけど~、やっぱり一番の目的は自分を見つめ直すことだよねん」
マスタードさんによって伝えられる昨日のヤドン追いの本当の意味に、改めて振り返ってみると思い当たる節がいくつかある。あのゲームは確かにあの場にいる全員が協力し、且つ何人かのグループに分かれることによってはじめて達成できるゲームとなっていた。しかし、今思えばボクたちの手持ちと言い、門下生たちの実力と言い、どれもこれも都合がいいというか、ここにはこの人こそふさわしいという人ばかりが重要なところでちゃんとそろっていた。それはまるで、最初から『グループ分けの配分すらばれているよう』にも聞こえてしまい……
(ほんとこの人は……)
日をまたいでも実感させられるこの人の凄さに、もう何度目かのため息が出そうになる。そして、このマスタードさんの発言でわかったことがもう一つ。
「でも待ってくれ!もし昨日のヤドン追いが今日の特訓のグループ分けのもとになるっていうんだったら、そもそもこのグループ分けを思いつくことを予想してなきゃ不可能だろ!?3人しか報酬を貰えないと最初に説明していたり、みんなに説明する前にクララだけが挑戦していて、誰でもひとりでクリアできるように見せかけていたり、そもそもグループ分けさせるつもりがないように見えるぞ?」
「そこで最後の腕試し相手がボクってわけだよ」
「フリア……?」
ジュンが、みんなが感じた疑問を代弁してマスタードさんに投げつけた言葉に対して、ボクがカットインをして言葉を返す。
「んふふ~、いいねいいね~。やっぱりフリアちんはわしちゃんの考えを余すことなく拾っていくから、わしちゃんもついつい意地悪したくなっちゃうね~」
これがボクが気が付いたもう一つの分かったこと。それはジュンの言った通り、一見誰も気づかないグループ分けという攻略方法に、
「フリアちんのおかげでここにいるみんなはもっともっと強くなるからねん。ありがとうねん」
「えっと……ど、どういたしまして?」
マスタードさんの掌の上で踊らされていただけということが改めてわかってしまったため、どうも素直に感謝を言いづらいんだけど……まぁ、役に立ったのだとしたら、良しとしておこう……かな?
「じゃあ、ちょ~っと話が脱線しちゃったけど~、話を戻して今日やることを改めて話しちゃおう~」
マスタードさんの言葉にはっとして、改めてマスタードさんの方に視線を向ける。忘れてしまいそうになるけど、今日の本題はヤドン追いの理由ではなく、今日から始まる特訓についてだ。ひとまずこれまでの話は一旦おいておいて、マスタードさんの話を聞こう。
「今日行うのは班に分かれてからの特訓だよん。特訓内容は班ごとに違うんだけど、その内容は改めてわしちゃんが班ごとに伝えるから、まずは昨日と同じように6班に分かれようね~」
ヤドン追いの時に6班に別れたことなんて一言も言ってないのに、さも当然のようにそう発言するマスタードさんのことはとりあえず考えないようにしていると、別れ始めていくみんなの姿が目に入る。そんな中で、特にどこかの班にいたというわけではなく、個別の役割を担っていたボクとクララさん、マリィの3人だけは、どこに行けばいいのかわからず迷っていた。すると、そのことについてもマスタードさんからアナウンスが入る。
「マリィちんはユウリちんのいる班に合流してねん。で、クララちんはわしちゃんと、そしてフリアちんはシロナちんと特別レッスンをしてもらうねん」
「「特別レッスン……?」」
ここに来てまさかのボクとクララさんだけ別行動。その理由が特に思い当たらず、首を傾げていると、そのことについての説明をしてくれた。
「フリアちんとクララちんに関しては苦手なことが特にないし、基礎も完璧だからねん。物事に対する考察も、フリアちんは言う必要が無いし、クララちんに関しても、途中で逃がしちゃったとはいえわしちゃんが考えてなかった方法でヤドンちゃん捕まえられるだけの考察力はあるからねん。この2人に関しては特別レッスンだよん」
「そういう事。よろしくね」
いつの間にかマスタードさんの隣に立っているシロナさんが、ボクの方を見ながら手を振っていた。その表情はとても晴れやかで、読み取るのなら『ようやくちゃんと話し合える』と言ったところだろうか。後ろの方にはカトレアさんも控えていたので、多分ヨノワールに関係することで話があるのだろう。
自然と拳に力が入る。
カトレアさんがヨノワールとの現象にどのようにかかわってくるのかはわからないけど、イッシュ地方の四天王の座につく実力のある人が付き合ってくれるというのなら、それはボクにとって大きなプラスでしかないことだ。もしかしたら、この現象の答えに辿り着くかもしれない。そう考えたら、今すぐにでも特訓に取り掛かりたい気持ちになる。
「そして、ユウリちんとマリィちん、ホップちん、ジュンちんの4人にも、ちょっと変わったことをしてもらうよん。ユウリちんとマリィちんを2人で一つとして、それぞれ2班ずつ選び取って、担当した2つの班の班長として、手合わせや指導をしてもらおうかなん」
一方でボクとクララさんと違い、門下生たちと特訓をすることとなったユウリたちも、ジムチャレンジを突破するだけの実力があることをしっかりと認められたみたいで、そのうえでこういった扱いをしているあたり、先ほどのマスタードさんの『考察力』と合わせて考えると、ユウリたち4人には、どのように指導すればみんなが強くなれるかの練習方法を考えることで身につく、洞察力や観察力を鍛えていこうという狙いなのかもしれない。ヤドン追いの時はボクが全部口出ししちゃったしね。そこはちょっと申し訳なかったかな?
「さてさて、ではそれぞれ動いて貰おうかなん?ユウリちんとマリィちんは清涼湿原、ホップちんはチャレンジビーチ、ジュンちんは鍛錬平原に、それぞれ2班ずつ連れてゴ~!クララちんはこの道場へ残ってて、フリアちんは、一礼野原の砂浜へ行って、それぞれがんばろ~!!」
「「「「「「はい!!」」」」」」
それぞれがどこに行き、何をするべきかを教えてもらったところで、ようやく告げられるマスタードさんからの特訓スタートの言葉。その言葉に元気よく返事をしたみんなは、順番に道場を飛び出していく。
「フリア!また後でね!!」
「お互い成長するぞ!!」
まずはユウリとホップが……
「ここでしっかり成長して、今度こそ追いつくけんね」
「オレはむしろお前を置いて先に行くぜ!遅れたら罰金な!!」
続いてマリィとジュンが飛び出していき……
「うちも頑張るぞォ!またね、フリアっちィ」
クララさんも道場の奥へと向かっていった。
そんな気合を入れながら先に進んだみんなの後姿を見送ったボクは、両手で軽く頬を叩き気合を注入。
「さあ、行きましょうか」
「……はい!!」
シロナさんの言葉に返事をしながら、ボクも1歩、足を踏み出した。
ゲームも終わり、それぞれ特訓開始へ。
次回からようやくカトレアさんにも頑張っていただけますね。お待たせしてしまい申し訳ないです。