「はぁ……はぁ……」
強力な衝撃と音を撒き散らしながらぶつかりあったヨノワールとドダイトス。
お互いの全力をぶつけ終わった両者は、バトルフィールドの中心で、頭をぶつけ合っている状態でピタリと止まっていた。
ボクの頭に走る鈍い痛みが、その突撃の本気度合いをこれでもかと伝えてきており、そして今、その衝撃を最後に頭へのフィードバックが何も返ってきていないことが、このバトルの決着が着いていることを教えてくれていた。
「……」
コウキもそれを理解している。だからこそ、何も発することなく、ただじっと、2人を見つめている。
「「……」」
ヨノワールか、はたまたドダイトスか。
先程までの激しさが嘘のように、どちらもピクリとも動かない静寂の時間。
1分、2分と時間が経過する中、それでも動かない両者。
もしかしたら、両方気絶の引き分けなのかもしれない。そんな考えすら浮かび始めたその時。
「ノワ……っ」
ヨノワールの身体が、ぐらついた。
力を使い切ったヨノワールは、そんな自分の身体を抑えることが出来ずに、身体を捻りながら沈み、仰向けに倒れた。
「ヨノワール……」
仰向けになり、宙をじっと見つめるヨノワール。
そんなヨノワールにボクは声を掛けた。すると……
「ノワ……」
ヨノワールの右手がゆっくりと持ち上がる。
「ドダ……」
持ち上がっていく右腕と反比例するように身体を崩していくドダイトスは、ヨノワールの右腕が真っ直ぐ伸ばされたと同時に、ついに目を回して地面に倒れる。
『ドダイトス、戦闘不能』
「……え?」
そして……
「ノワアアアアァァァッ!!」
ヨノワールの大きな勝鬨が、部屋の中を響き渡る。
「……え?あれ……?」
その様子を見て、情報を処理しきれなきボクは、無意識のうちに困惑の声を漏らしていく。
今の状況を、頭が処理しきれない。
(ドダイトスが倒れてて、ヨノワールも倒れてて、でも、ヨノワールが意識があって、ドダイトスは意識がなくて……え?)
「……ノワ」
「あ……ヨノワール……?」
混乱しているうちに、ボクの視界が大きな身体で遮られた。
急に暗くなった視界に驚いて顔を上げれば、そこにはいつの間にか起き上がって、ボクの所まで来ていたヨノワールの姿。
「え、えっと……お……おつかれ、さ━━」
「ノワ」
その姿を見て、何か言わなきゃと思ったボクが、震えた声で放つ労いの言葉。けど、その言葉を言い切る前に、ボクの視界が完全に黒色で塗りつぶされた。
同時に感じる温かさと、頭の中に響く『ありがとう、そしておめでとう』という言葉。
「あ……」
この温もりと言葉を受けて、ようやくボクは今、ヨノワールに抱きしめられているという事を理解した。
「あ……あぁ……」
そして同時に、ようやく実感した。
「ボク……ボク、は……」
『勝者、挑戦者、フリア』
コウキに、勝ったということを。
「……っ!!ヨノワールっ!!」
実感したら、もう止まらない。
最高の相棒を抱きしめて、目から温もりを流し、言葉にならない声を出して、受け止める。
「ノワ……」
そんなボクをずっと撫でてくれるヨノワールの手は、今までで1番暖かかった。
☆
「おめでとう、フリア」
「……ありがとう、コウキ」
一通り感情の処理を仕切ったボクは、ヨノワールをボールに戻しながら、少し赤くなっているであろう目元を少し擦っていた。すると、そんなボクに、ドダイトスをボールに戻して、ボクが落ち着くのを待ってくれていたコウキが声をかけてくる。
何となく、自分の顔を見られるのが少し恥ずかしくて、ちょっと視線を逸らしながら返したボクの返事は、少しだけ素っ気なかったかもしれない。
「はぁ……そっかぁ……負けちゃったかぁ……」
そんなことを考えながら返事をしていたら、ボクの耳に聞こえてくる少し震えた声。
その声につられて少しだけ視線を前に戻してみれば、そこには俯きながら拳を握りしめ、小さく震えながら言葉を漏らすコウキの姿。
「はは……いつぶりだろうなぁ……そうだったな……これが『悔しい』ってやつだったよな」
「コウキ……」
悔しそうに……けど、どこか嬉しそうに言葉を紡ぐコウキの姿は、見ているだけで引き込まれそうなほど輝いて見えた。
それはまるで、夢に向かってまっすぐかけていく純粋な子供のような姿で。
(ああ、そっか……これがボクたちの本来の夢の姿なんだ……)
互角の戦いを演じ、勝ったら喜び、負けたら悔しがり、次も負けない、次は負けないと約束して、さらに上を目指して高め合う。
あの日約束した、まさに理想の姿。
「はは……フリア……今日はおれの負けだけど、次はおれが勝つからな!!」
「……ふふ、負けないよ。ようやく逆転できたんだ。暫くは下でボクたちの気持ちを味わってるといいよ」
気づけば、ボクたちは視線を合わせ、気持ちいいくらいに笑顔を浮かべながら右手を繋いでいた。
固く、強く、がっしりと握られた手は、とても熱く、とても重い。けどこの重さと熱さが心地いい。
そうやってしばらく握手をしたところで、満足したボクたちはどちらからともなく手を離し、これからの話をする。
「ひとまず、おれに勝ったのならまずはこの先の部屋に行くといいよ。そこで殿堂入りの手続きができるからさ」
「うん、わかった」
コウキが指を差しながら喋る先には、チャンピオンを倒した者を記録する部屋があり、今ボクたちがいる部屋の床や壁を走っていく緑色の光が吸い込まれている先にあるその部屋は、コウキを倒したばかりのボクを誘っているように見えた。
その部屋の入口を見ていると、改めてボクがコウキに勝ったんだという実感が湧いてくる。
もっとも、自分がチャンピオンだという自覚はまだ全然なんだけど。
「さぁ、行ってこい」
そう言いながらボクの背中を優しく叩くコウキ。
共有化をしたおかげでとても疲れている重たい身体を労わるように触れてくれたその掌は、背中の中心から温かさを全身に送ってくれた。おかげで、今にも倒れてしまいそうな身体をまだ維持することが出来る。
本当なら今すぐ寝そべって休んでしまいたいけど、この殿堂入りの記録が終わるまでは、ちゃんとした姿でいたいから。
「行ってきます。コウキ」
コウキに返事を返したボクは、ゆっくりと1歩を踏み出していく。
地面を走る緑色の光について行くように進んでいく足は、程なくして光の収束点である黒色の部屋の入口に到達。そこで一瞬立ち止まったボクは、1回深呼吸をした後に、再び前に足を動かした。
「…………」
部屋に入ると同時に、今までとは明らかに違う空気の感覚に、思わずボクの背筋がピンと伸びた。
神聖で、澄んでいて、厳かで、しかしどこか落ち着く空気感を肌で感じたボクは、再び足を止めてしまう。
(ここで、シロナさんやコウキたち、歴代のチャンピオンが色んな思いと一緒に名前を刻んだんだ……)
歴史と栄えあるその地に、これからボクの名前も刻まれることとなる。その事実を前に、少しだけ身体が強ばった。
「……大丈夫。ちゃんと胸を張ろう」
その強ばりをもう一度深い深呼吸をすることで解除し、再またゆっくりと足を進めていく。
どこを見ても黒色で統一されている少し長い通路は、しかし、ボクたちが戦っていた部屋からずっと続いている緑色の光が足元を照らしながら奥へと続いてくれているため暗さは感じない。
「……あ」
そんな緑の光についていって歩くこと数十秒。
黒と緑の光以外何も無かった通路に変化が訪れる。
それは、殿堂入りしたものと、そのポケモンを記録するマシン。
トレーナーとポケモンの名前と旅の思い出、そしてここまでの激しい戦いの記録を残す、全てのトレーナーの最終目標地点。
足元を走る緑の光の終着点であるそのマシンは、新しいチャンピオンを前に、記録が行われるのを今か今かと待ちわびているように見えた。
「……」
そのマシンを前に、ネックレスを握りしめ、目を閉じながらこれまでの思い出を想起する。
フタバタウンから始まって、シンオウ地方を旅して、実力の差に絶望して……けどそこから立ち上がって、ガラル地方で再び旅をして、そしてここまで来ることのできボクの冒険の足跡。
色んな人と、色んなポケモンと出会い、苦しい思いも悲しい思いも楽しい思いも嬉しい思いも沢山してきた長い長い冒険記。
振り返ってみれば、あっという間だった、とても大切で、思い出すだけでつい頬が緩んでしまうような、自慢の軌跡。
その全ての思い出の結果が今、ここに記録される。
「すぅ……はぁ……」
3回目の深呼吸。
万感の思いを込めて行ったその深呼吸は、息を吐くと同時に、ボクの頭をスッキリとさせた。
「……本当に、ありがとう」
今までの思い出に感謝の言葉を告げたボクは、両手にモンスターボールを抱えて1歩前に出る。
先程コウキとの激闘を繰り広げてくれた6人の仲間たちのボールを、マシンのくぼみにひとつずつ置いていく。
「ゴウカザル、ネオラント、グライオン、メガヤンマ、チリーン、インテレオン、エルレイド、マホイップ、ブラッキー、モスノウ……」
今日戦ったメンバーも、そうでなかったメンバーも、誰かひとりでも欠けていれば、ボクはここまで来ることは無かった。
それぞれの仲間たちと出会った瞬間を思い出しながらボールを置き、そして最後のくぼみに彼を置く。
「そして……ヨノワール」
ボクの切り札にして一番の相棒。
ボクの窮地を何度も救ってくれた最高のパートナー。
(ギュア!!)
「っ!?……ふふ。あと、ギラティナもね」
ヨノワールを置いたと同時にかすかに聞こえたギラティナの声に、思わず微笑みを零しながら、身体を1歩マシンから離す。
総勢12人の、かけがえのない仲間たち。
ボクにとってのベストメンバー。
このマシンにセットされている子もされていない子も、等しくボクをここに連れてきてくれた最高のパートナー。
そんな仲間たちとの思い出が記録がされ始める。
あとは、この子たちのトレーナーであるボクが両手をつけて、登録するだけ。
それで本当に、ボクの……ううん、ボクたちの名前がシンオウの歴史に刻まれる。
「改めて、ありがとう。みんな」
改めてお礼の言葉を口にしたボクは、両手を開きながらマシンに掲げる。そして……
「そして……これからも、よろしく!!」
未来に向けた挨拶とともに、元気よく振り下ろした。
☆
某月某日。ニュースサイトにてとある記事が発表された。
内容はシンオウ地方のチャンピオンが変わったという旨。
その知らせは世間に小さくない驚きを産んだ。なぜなら、現シンオウチャンピオンの評判は、歴代シンオウチャンピオンの誰よりも高かったから。
曰く、稀代の天才。
曰く、未来が見える。
曰く、公式戦で負け無し。
曰く、原点にして頂点に引けを取らないのでは。
そんな評価を下されていた人物が、まさかの2年もせずに負けてしまった。
一体誰が下したのか。当然注目はその人物へと移っていくのだが、その人物の名前を聞いてピンとくる人は思いのほか多くはなかった。
それもそうだろう。なぜならその人物は、成績こそはそこそこのところにいたものの、同年代にコウキという天才がいたせいでその影に埋もれてしまっていたから。
しかし、それでも全くの無名という訳では無い。
シンオウ地方で苦い思いをした彼は、翌年にガラル地方にて大きな成績を打ち立てていたから。
故に、この名前を見たものの一部は、嬉しそうな表情を浮かべながら感想を述べていく。
「そうか……遂に上り詰めたか……はは、これは再戦の時が楽しみだ」
頂点で戦った経験のあるものは嬉しそうな声を上げる。
「……そう、勝ったのね。ひとまずおめでと━━」
「だあああ先越されちまった!!くっそぅ、ぜってぇ追いつくぞ!!」
「はぁ、ちょっとは感傷に浸らせなさいよバカ」
彼の苦労を知る幼なじみは、騒がしくその情報を見る。
「ふふ、良かったわね。これでまた1つ、面白くなりそう」
「あの子たちは……本当にあたくしを退屈させない……楽しみ……」
「ですね。これからの動向に注目です」
彼らの成長を見てきたものは、まるで我が子を見守るかのような、柔らかい言葉を落とす。
「お、シンオウチャンピオンがあいつに変わったみたいだぞ。ちゃんと育ってるみたいだな」
「…………」
「ははは、相変わらずだなお前は。とりあえず落ち着けって」
彼とのバトルを望むものは、成長に歓喜しながら震えて待つ。
「おい!!フリアが勝ったみたいだぞ!!」
「みたいとね。これはあたしたちも負けられんね」
「ええ。次に彼がこちらに来た時に、あっと驚かせる必要がありますからね」
彼と旅を共にした親友たちは、この情報を前に対抗心を燃やしていく。
そして……
「そっか……フリアは約束を果たしてくれたんだ……」
彼と大切な約束を交わした彼女は、小さく言葉をこぼす。
「……おめでとう、フリア。……そして、見ててね、……すぐに追いつくから……!!」
その顔に笑みを浮かべ、人差し指で自身の口元に手を当て、頬を少し朱に染めて、想起しながら宣言する。
「次は、私が約束を果たす番だ」
シンオウチャンピオン交代の知らせ。
その知らせは、シンオウ地方以外の場所で強い影響を与えていく。
それは新しいシンオウのチャンピオンが、ここに至るまでに沢山の軌跡を残している証拠になっており、同時にその軌跡たちが、彼をこころから祝福している証左でもあった。
☆
「……」
とある場所のとある家の中、録画されている試合をじっと見つめるボクは、その中で行われている試合から目を離せないでいた。
そのバトルの内容は、ガラル地方のチャンピオンマッチ。
激しい戦闘を繰り広げているチャンピオンとチャレンジャーの試合は、最近の忙しさのせいでリアタイ出来ずに、録画で見ざるを得ない今の状況を加味しても手に汗握る白熱の試合で、『やっぱりリアタイしたかった』という後悔を片隅に起きながらも、それ以上に面白い試合内容のせいで釘付けになってしまっている。
映像の中で暴れるリザードンとエースバーンは、どちらも最高のコンディションなのが見てるだけで伝わり、そして何よりもこのバトルを楽しそうに戦っていた。
見てるだけで楽しく、こちらも速く戦いたいとうずかせてくれるような最高のバトル。
願わくば永遠に見たいと思わせてくれるようなそのバトルも、両者が限界ギリギリになったところで、同時にキョダイマックスを行ったの見た瞬間に理解する。
次の攻撃が最後のやり取りだと。
「頑張れ……」
今見ている映像は録画されたもの故に、既に決着は着いているし、今ここでネット検索しようものならすぐさま結果を知ることができるだろう。けど、そんなことを忘れてしまっているボクは、さらに拳を握りしめながら映像に集中する。
そして……
『キョダイゴクエン!!』
『キョダイカキュウ!!』
両者の中心でぶつかり合う火の鳥と火の球が爆ぜ、爆音と閃光を撒き散らす。
テレビという中継物を挟んでいるのに、その強烈な爆音と閃光は見ている人を少し怯ませる。
実際、こうなるのを予想していなかったボクは、想像以上に大きな音と強い光が発せられたことに驚いて、慌ててテレビの音量と明度を少し下げた。
そうやって何とか突然のことに対処したボクは、そのままテレビに視線を向け続け、結果を祈りながら待つ。
光が収まり、煙が晴れ、ようやく視認出来るようになったバトルフィールド。
『リ……ザ……』
『バ……バァァスッ!!』
するとそこには、地に倒れるリザードンと、ボロボロになりながらも大声を上げて喜ぶエースバーンの姿。そして……
「リザードン、戦闘不能!!」
「よってこのバトル、ユウリ選手の勝ち!!」
「……勝った……やったぁ!!おめでとう!!」
ユウリがダンデさんに勝ち、新しいガラルチャンピオンとして君臨した瞬間が映し出されていた。
両の目に涙を溜めて、キョダイマックスから元に戻ったエースバーンと抱き合いながら飛び跳ねるユウリと、悔しそうな笑顔を浮かべながら被っている帽子のつばを握りしめ、しかし次の瞬間には嬉しそうな笑顔を浮かべた後に、まるでユウリを称えるかのように帽子を天高く放り投げたダンデさんの姿。
ガラル地方……いや、全地方含めても最強との呼び声すらあるダンデさんを下してのチャンピオン交代。
ポケモンの歴史に間違いなく刻まれる瞬間を前に、観客たちは大盛り上がりで、この熱戦を繰り広げた両者に惜しみない拍手が降り注いでいた。
その様子を見たボクも、思わず拍手をしてしまい、そして録画時間が終わって映像がストップしてしまったところで、ようやくこの試合が
「……そっか、もうそんなに過ぎてたのか」
ここ最近忙しすぎて色々動いていたのが災いし、時間感覚が大きくずれてしまっている。そのことを改めて実感してしまったボクは、苦笑いを浮かべながらスマホを手にする。
画面に映し出されるのはユウリの連絡先。
ここでこの番号にアクセスすれば、すぐにでもユウリへと連絡が取れるだろう。もうかなり遅いけど、ダンデさんに勝ったことへの祝辞を言いたいという気持ちに襲われる。
けど、途中まで伸びた指は動きを止め、スマホの画面はホーム画面に移動したのにちブラックアウトする。
「……ここまで来たら、この言葉はいっそ、直接会った時のために取っておいた方がいいかもね」
そう呟いたボクは、スマホをカバンの中にしまいながらテレビを消し、今日の準備に取り掛かる。
服を着替えて顔を洗い、ボクと言えば外せないキャスケット帽子にマフラー、そしてネックレスを装備。
それぞれ1つずつに手を当てて、しっかりつけてあることを確認したボクは、家のことを片付けながら今日の予定を思い出していく。
(今日は新しい事への始まりの日。気合い入れて、ちゃんとしなきゃ)
コウキに勝ち、1度チャンピオンの座について、ある程度経ってから生まれてきたとある目標。それを叶えるための最初の1歩。
今まで経験してきたこととはまた違った新しい道の始まり。
緊張はある。けど、それ以上に楽しみという気持ちが強くて……
「……うん、そうだね。頑張ろう!!」
ボクの腰のホルダーで揺れるみんなを撫でながら、改めて気を引き締めたボクは、目の前にあるドアに手をかけて、外への扉を開けていく。
「さぁ行こう!!」
扉を開けると同時にボクを迎え入れる日差しは、ボクの新しい道への歩みを祝福しているようだった。
フリア
花の名前、フリージアより。
花言葉、親愛の情、友情、感謝。
次回、最終話。
どうぞ最後まで、お付き合いくださいませ。