てなわけで今回も相変わらず見切り発車ですのでお読みの際はご注意を
コンクリートの上には蜃気楼
自身の周囲を囲むように聞こえる蝉の声
「...暑い」
嘆くように呟く男が一人、自室のベッドに倒れこんでいる。
その男こそ俺だ。
名前は別に名乗る必要もないだろう。
天井を見上げながらそんなことを考えつつ、温度計を見れば
「...さ、34℃」
なんて暑さだ。そりゃやる気も何も出ないだろう。
納得して、また枕に頭を乗せる。
やる気が出ない。それ以上に暑くて動こうにも動きたくないという思考がその上を行く。
熱中症ではないのだろう。思考回がショート寸前なわけでもないし、飲み物だって飲んでいる。だが、ただただ暑くて動きたくない。
「あぁぁ」
扇風機に口を近づけて声を発する。
「わぁれぇわぁれぇはぁうぅちぅゅぅうぅじぃんぅだぁ」
懐かしいネタをしたところで暑さは変わらない。雨も降っていないのに蒸し蒸ししていて、それでいて純粋な暑さも尋常なものではない。昔は29℃くらいで夏だと言っていたはずの夏は、気が付けば38℃とか出るらしい。もはや29℃なんて秋の気温だろう。
「はぁ...」
ここでため息を一握り。
扇風機から放たれる生暖かい空気を顔に受けつつ漏れたため息はそのまま顔に帰ってくる。
「暇だな」
ここに引っ越して早数か月、いまだに自分以外の人間が入ってくることは...いやあったわ。引っ越し当日の荷物の持ち運びとか色々あった。
まぁそれ以外には誰一人としてこの部屋には入る人はいない。
それもそうだろう。
一般的な若者とは少しずれているせいか、ツイッターやフェイスブックなんてものもやったことはないし、それどころか自分から他人に話しかけることもそうそうなかった。
それ以上に田舎から比較的街の方に出てきたのだから知り合いなどいる筈もない。
一体何を間違えてこうなってしまったのかと聞かれれば、きっと最初から間違っていたといえる人生だろう。
友達だってそう心から呼べる人はいないし、自身の悩みを打ち明けられる人は家族くらいだ。家族がいるだけ十分なのかもしれないが、それでも全ての悩みを話すことはできなかった。
心の中に溜まっていく悩み。
それがいつ爆発するのか分からないまま、今日も生きている。
「飯、食いに行くか」
ベッドから立ち上がると、蒸し暑い空気が体全体に当たる。
夏だな。
そう思いながら財布と携帯を持って部屋から出た。
_______
外は少し、ほんの少しだけ涼しい。
扇風機とは違う体全体を包み込んでくれる風が吹き、蒸し暑かった部屋とは違い、ただただ暑いだけの太陽がこんにちはしている程度だ。
「...暑い」
それでも熱いことには変わらないのだが、蒸していないだけでこれほど楽になるのだろうか。
「帰ったらエアコン付けるか」
時刻は11時半。
コンクリートから上がる蜃気楼と、これからもっと熱くなるであろう太陽を見上げながら意思を固めた。
メタ的な発言をしよう。
果たしてこの
ただ、何の特異性のない人間の
分からない。
きっと誰にも分からないのだろう。
今、自分が考えていることに意味があるかも分からないのに
俺、そこら中にいる一般人の一人。
脇役にもなることのできない俺の意味は、いったい何なのだろうか?
思考を続ける頭は、まるで熱中症にかかったかのように、眠りに入る一周のように霧がかかったかのように薄れていった。
_____
「こ...こは...?」
見覚えのないどこまでも続く草原に首を傾げる。
こんなに広い場所は地元にもなかった。と、いうよりは日本中どこを探しても見つかる場所ではない。そう思わせるに十分なほど不思議な場所。
不思議で、綺麗で、それなのに何処か終わってしまった___花火が終わった後の消失感というか、美しいはずなのに悲しいという感情が上を行く不思議な場所で
「君は__」
俺は理想に出会った。
昔に出会った遠い
∴ ∵ ∴ ∵ ∴
「__起きたか」
目が覚めた俺を出迎えたのは一人の男だった。
「誰だアンタ」
懐かしい過去の夢を見たせいか、ウマ娘として取り繕うこともなく素の状態の言葉が出てきた。
そんな言い方に少し驚いたのかは分からないが、男は少し目を大きく開いてこちらを見る。
何か間違ったことを言っただろうか?
そんな考えをしながら周囲を見渡す。
白く、清潔感のある部屋。そしてその部屋にいくつか配置されているベッドに寝かされている自分。
「__ハッ!」
そうかこれは間違いないっ!
「くっ、殺せ!」
身体にかけてあったタオルケットを寄せて女騎士のポーズをとりながら言う。
さぁ男の反応は?
そうワクワクしながら表情を見れば
___なん...だと...?
「....?」
意外!それは疑問符っ!
何を言っているんだこいつ、と言わんばかりの表情でこちらを見ているではないか!
この日、自分は初めて敗北を__いやアグネスタキオンに並走で負けてたわ俺。
はっはっはっ、そうだわ普通に負けてたわ。
...うん。落ち着こう。
パット見、男がトレセン学園の関係者であることがついているバッチから推測できるが一応確認しなければならないだろう。
「ゴホン、ところで貴方は?」
「俺はここのトレーナーなんだけど...」
困惑気味に答える男__トレーナーを見ながらなぜこの状況になったのか思い出せば納得した。
「あっ!飛び降りたときにぶっついた人か!」
思い出してみれば、一瞬しか見えなかったが落下地点にいた人の顔にそっくりだ。という多分本人だ。
「あー....ご迷惑をおかけしました」
彼の方に身体を向けて頭を下げる。
ここにいるということは自分をここまで運んでくれたのだろう。彼がトレーナーということを踏まえても迷惑をかけたことは間違いない。
∴ ∵ ∴ ∵ ∴
男__トレーナーは困惑していた。
それもそうだろう。どうに勧誘しようかと考えていた矢先にそのウマ娘が目の前に飛び降りてきて、気絶してたから保健室に運んでみれば、今こうして目を覚ました彼女に謝罪をされている。
文字に起こせば現状の異常さ...いや文字に起こさなくても分かるはずだ。
何なんだこの子は
そう思っても無理もない。
今までいろいろなウマ娘との交流はあったが、彼女はあまり見ないタイプのウマ娘なのだと心の中でメモを取る。
「君は、アグネスタキオンと並走していたウマ娘でいいのか?」
彼女との会話をしよう。
そう思い口から出た言葉は、彼女に対するイメージで最も大きな昨日の出来事だった。
「へっ? あ、あぁ。そうです」
まさか謝罪をした相手から聞かれるとは思ってもいなかったのだろう。
自らの表情を隠すことなく、彼女は驚いていた。
俺はあの並走の後、彼女の練習を遠目で観察していた__待って、ストーカーとか言わないで、どうしても彼女の走りで気になることがあっただけだから。
「君はあの時、何故アグネスタキオンの前を走ったんだ?」
それは並走とトレーニング、その両方を見て覚えた疑問だった。
トレーニング内容はただ走るだけ。毎日毎日ただ走り続けるだけで他には何もしていない。スタートの練習をするわけでもなければスパートの練習もしない。ジョギングのような速度で走ったり、また次の練習では全速力で走る続ける。
言ってしまえば彼女のトレーニングは、トレーニングというよりは基礎をし続けているだけなのだ。
そんな彼女が何故、あの並走でアグネスタキオンの前を走ろうと考えたのか。俺には考えても思いつかなかった。
「差し支えなければ教えてほしい。君があの時、何を思って前を走ったのか」
聞かれた彼女はばつの悪そうな表情をしていて___彼女の口から出てきた言葉に、俺は覚悟を決めた。
「え、何故ってそれは___
____前を走ってた方が気持ちいいじゃないですか」
俺がこの子にレースでの走り方を教えよう。
トレーナー(えっ、この子何も考えてなかったのか...教えなきゃ[使命感])