Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変― 作:ビーサイド・D・アンビシャス
蒼穹の只中に、藤丸はいた。
上昇とも降下ともいえる感覚を全身で味わいながら、藤丸は青空の中を漂っていた。
(っ⁉ ここって……)
夢で見た、法衣の男が座していたあの空間が、再び藤丸を囲んでいる。
どこまでも広く、どこまでも高く。取り囲む青色は見れば見る程、無限の奥行を感じさせ、果てなど無いことを頭でなく心で思い知る。
(レイシフトの最中だったはず……どうして私……まさかレイシフトに失敗した⁉)
特異点に飛ばされてから、異常な空間や場所に放り出されることは幾度となくあった。しかし、レイシフトの最中に別の空間に迷い込むという事態は初めてだった。
(声が出ない……! いつまでも景色が変わらない……まさかずっとこのまま?)
カッ、と藤丸の双眸が開かれる。
それだけはいけない。こんなところで藤丸は立ち止まるわけにはいかない。
何とか状況に変化をもたらそうと、藤丸は四肢を動かそうとするが、吹き荒ぶ風圧に抑えつけられる。飛んでいるとも落ちているとも云える奇妙な感覚が消えないことに、藤丸は憔悴に駆られ―――――――――――――――。
【
五度にわたって繰り返された詠唱が、耳の中に滑り込んできた。
藤丸は目を剥いて、声がした方へ振り向こうとする。
すると視線の先に、藺草の天蓋に覆われ黒漆の法衣を纏うあの男がいた。
男は指先から蒼炎のオーラを出し、虚空に円陣を描いていた。
藤丸は見覚えのある円陣、聞き覚えのある詠唱に驚愕を覚える。
(なんで、どうして、この人が)
【 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ 】
法衣の男は、英霊召喚の詠唱を唱え終える。
瞬間、空に浮かぶ円陣から太陽の如き白い光が放たれ、蒼穹を埋め尽くす。
藤丸は為すすべもなく白光に呑まれる。
消えゆく意識の中、藤丸は法衣の男にかしづく何者かのシルエットを目にする。
そのシルエットが携えし武器は余りに――――――マシュの円盾に似通っていた。
**************
「―――先輩! 起きてください、先輩!」
マシュの呼びかけによって藤丸の意識は一気に目覚め、ガバッと体を起こした。
傍らに座り込んでいたマシュはホッと胸を撫で下ろした様子だった。
「良かった。レイシフトには成功した筈なのに、ずっと目を覚まさなかったんですよ」
「そっ……か。ごめんねマシュ。心配かけさせて…………あ」
ふと目にしたソレに藤丸は息を呑む。
ソレとはマシュが持つ武器のことであり、これまで幾度も自分を守ってくれた
(やっぱり……似てる)
蒼穹の空間で最後に目にした、十字の杭が出た円盾。あの法衣の男の償還に応じた英霊が持っていた円盾とマシュの持つ円盾はやはり酷似していた。
(どう考えても、あの英霊って……)
だとしたら、マシュに影響が無い筈が無い。藤丸はマシュに何らかの変化を尋ねようとしたが、突如入った通信に遮られた。
『あっ! 良かったぁ~~、起きたぁ! これで二人とも無事だね』
「ダヴィンチちゃん」
藤丸は目を丸くした。カルデアとの通信の途絶はそう珍しいことじゃない。だからこそ、今回は意外とすんなり通信できたことに、藤丸は拍子抜けした。
だがすぐに丁度良いと思った。
レイシフト中、カルデアに残っているダヴィンチちゃん達は常にレイシフトした者の状態をチェックし、変質が起きる度に正常な状態に上書きする作業を行っている。この場合、レイシフトした者とは即ち藤丸とマシュだ。つまり藤丸とマシュ本人にすら気づかない変化にも、向こうは気づけるのだ。
「ダヴィンチちゃん。特異点にレイシフトした時点で、マシュに何か変化ってある? 例えば体の調子が凄く良いとか」
『……ほほぅ、さすが。自分と契約したサーヴァントのことはお見通しってことなのかな。うん藤丸ちゃんの言った通り。そちらにレイシフトした途端、マシュの中で彼の霊基が宿ったんだ』
「そうなんです先輩。今もはっきりと感じます。――私の中にギャラハッドさんが戻ってきました」
ギャラハッド。
円卓の騎士の一員にして聖杯探索を成功させた聖者。マシュの命を二度にわたって救ってくれた恩人だ。
人理焼却の原因解決後は、マシュの中にあった彼の霊基・能力は退去したが……今その力が再び戻ってきた。
「けれど、どうして今……まさか今回の特異点と何らかの関係があるのでしょうか?」
「――どうなんだろうね」
藤丸は顔を伏せて、言葉を濁した。
あの蒼穹の空間のこと、法衣の男、そして男が呼び出した盾を持つ英霊のことを伝えるべきか否か迷ったからだ。まだ何にも分かっていないこのタイミングで伝えても、要らない混乱を招くだけかもしれない。打ち明けるならば、もう少し特異点の調査が進んだ時だ。
そう判断した藤丸は、とにかくまず周囲の状況を見回した。
立ち並ぶ寺社仏閣、境内を思わせる石畳、土の匂いが混じった空気と木々がざわめく音。どうやら、どこか山奥の大きな寺院に入り込んでしまったのだろうか。
「ここって……」
『東京郊外に位置する森の中だね。ただデータでは、そこに寺社仏閣なんて無かったと思うんだけどなぁ』
「特異点の性質によって形成された、私達の世界との差異……にあたるのでしょうか。それにしてはなんだか――――とても自然です」
マシュの言う通りだった。
微小、亜種も含めて数多くの特異点を訪れてきたが、探索すれば必ず元の世界とは余りに異なる差異があった(縄文時代に新選組とか)。
そういう差異は明確に把握していなくても、なんとなく違和感として感じ取っているのだが、今回はそういった感覚は起こらなかった。
「うん。普通よりお寺とか多いけど、それ以外は本当に変わったところ無いね」
「周囲に敵性体の反応も無いことですし……もひとまず、このあたり一帯の調査から始めますか?」
マシュの提案に頷いた藤丸は、散策気分でその場から一歩を踏み出した。
「 動くな 」
どこからか飛んできた言霊が、藤丸のその一歩を束縛した。
(な、にこれ、からだ、うごかな)
驚愕に目を見開く……ことも許されず、藤丸は目蓋も指先も爪先も動かせないまま、彫像のように固まった。
「先輩っ‼」
藤丸を襲った異常に、マシュは切迫した声を張り上げて
「あん? ンだよ、利いてねぇのか?」
左斜め後方から聞こえてきた別人の声に、体が反射的に反応した。
身をよじり、声のした方へ盾を構えるマシュ。その円盾目掛けて、振り下ろされる薙刀の一撃に――――デミ・サーヴァントであるマシュは吹き飛ばされた。
「うぅっ⁉」
マシュは予想外の重い衝撃と金属音に呻いた。そして手の痺れを押し殺し、身を覆い隠すほどの大きさの円盾から顔を覗かせる。
そこに立っていたのは、学校の制服らしきものを着た少女だった。マシュ達とそう年は変わらない、黒髪を後ろで一つにまとめた眼鏡の少女。
その意志の強さを湛えた美貌を備えた彼女は、どう見てもマシュをその盾ごと吹き飛ばす膂力を持っているとは思えなかった。
動かなくなった藤丸の横で、少女はブォンッ! と薙刀を一旋。刃先が藤丸の鼻を掠める。
(ひぃゃあ~~~~っ⁉)
瞬間的な恐怖に染め上げられるが、身動きの取れない藤丸はのけ反ることすらできない。
「……こっちは利いてんな。じゃあ、あれか。耳から脳まで呪力で守ったのか? 呆けた見た目の割に抜け目ねぇなぁ、お前!」
少女はニィッと戦意満載の挑発的な笑みを浮かべて、薙刀の切っ先をマシュに向けた。
どうやら何かを認められたらしいが、藤丸とマシュには何のことだか分からない。
「待ってください! 私達に戦闘の意思はありません! 私達は目覚めたらここに……」
「嘘つくんじゃねぇよ。何かしてやろうって思わない限り、高専の結界を越えられる訳ねーだろうが」
薙刀の柄を肩に置いて、少女は鋭くマシュの言葉の粗を指摘する。結界という言葉と口振りから、どうやら一般人が通常立ち寄ることのない場所に来てしまったらしい。
「それじゃあ―――――行くぜ?」
瞬間、マシュの視界いっぱいに少女の戦意と笑みが占有する。
そうして視覚外から振るわれた薙刀の刃が、軌道上の虚空を切り裂きながらマシュへと迫った。
もっと殺陣の描写を特訓せねば。
そういう気持ちで書いている所存。
それにしても……思ったより話が壮大になっていく。書けるのか? 書き切れるのか?
あうー……これからもコツコツ書いていくぞー。