Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変― 作:ビーサイド・D・アンビシャス
――右上段からの袈裟斬り。
マシュは弧を描く薙刀の軌道を、冷静に脳内に描いた。黒髪の少女の腕を見る限り、このまま振り抜いてくる。そう予測したマシュは相手の斬撃が勢いに乗る前に、少しだけ円盾を右斜めに持ち上げた。
元々、普通に持ってるだけでマシュの身体をすっぽり覆い隠す大盾。攻撃の出処さえ把握してしまえば、僅かなモーションだけで攻撃を防げてしまう。
ガギィン! と円盾は薙刀の斬撃を正面から難なく防ぐ。
先の攻撃では不意を突かれてしまったが、来ると分かれば少女の攻撃の重みを、マシュはしっかり受け止めることができた。
「ごめんなさい!」
盾の向こう側から一礼叫んでから、マシュは盾をそのままサーヴァントの膂力で振り上げた。円盾は、下に長い十字架の真ん中が新円に膨らんだような形状をしている。
マシュは十字架の下方向に伸びた、長い杭を振り上げて、下段から少女の身体を打ち付けんとした。
しかし、
「――いやいや」
少女は死角から駆け上った杭のアッパーを、身体を斜めにずらすことであっさり躱した。そして右半身の構えのまま、薙刀を腕一本で振り下ろす!
ウォッ! と薙刀の柄全体が円弧にしなり、上方の空気にうねりを伝える。
杭撃のために盾を振り上げたままだったマシュはそのまま振り下ろしを受け止めて――――足が石畳に沈められた。
「ぐっ⁉」
(さっきより重い⁉)
両手で無ければ、押し潰されそうな程の重撃。
不意の初撃、防げた二撃目。その想定を上回る威力に、マシュは混乱した。
「謝っても聞く耳持つ訳ねーだろ」
薙刀が盾ごと真上からマシュを抑えつけてくる。盾と刃の迫り合いによって生まれた火花が、傘から垂れる雨粒のように降ってくる。
(跳ねのける!)
キッとマシュは目を吊り上げ、足に力を込め、石畳の亀裂を広げた。フッ、と真上からの圧力が減った瞬間――迫る左の回し蹴りに、マシュは瞠目した。
両腕を上げていた、がら空きの腹部に少女の蹴りが叩き込まれる。鈍い音がマシュの口から息の塊を吐き出させ、たたらを踏ませる。
「かっ……」
「そら、どんどん行くぞぉ!」
戦意漲る裂帛が先駆けで飛び、マシュは奥歯を噛み締めて素早く顔を上げる。
すると、少女は薙刀を一旋二旋と振り回しながら迫り、横薙ぎに柄を振る。
右から迫る薙ぎの一撃に供え、マシュは盾を右に構えるが……左耳が捉えた裂音に反応して本能で盾の構えを反転させた。
途端、右から来ていた筈の薙ぎが、左からやって来た。
来たる衝撃は盾を持つ手を痺れさせはするが、三撃目程では無い。だが、一合交える度に可変する攻撃の重みに、マシュは警戒を覚え、飛びずさった。
(一度、距離を取って……っ!)
背中に当たる、土塗の壁の感触。
寺社の壁際を背にしたマシュは、刮目する。
少女が振るう薙刀、その軌道は一度に三度の斬撃を幻視させるほどに鮮やかだった。
************
(――あの人、強い!)
身体も口も動かないまま、二人の立ち合いをただ見ていることしか出来なかった藤丸は、少女の戦闘の運び方に驚愕した。
不意打ちに続く二度目の攻撃でわざと手加減し、『攻撃を受け止められる』と印象づけさせる。そしてマシュの振り上げた盾にあえて三撃目を叩き込んで、マシュの動きを抑えつけたところで、回し蹴り。
マシュが跳ねのけることを察知して一瞬だけ薙刀の力を緩めたのは、跳ねのけられると確信した時の油断について蹴りを入れるため。
更に続く横薙ぎの四撃目とこれまでの威力が変化する斬撃に警戒を抱かせ、マシュに距離を取らせ、壁際に追い込む。
(動きに色んな武術盛り盛り! ベースは中国拳法っぽいけど……)
数多の英霊と契約し、その戦い方を見てきた藤丸は、少女の動きに中国の気を感じる。李書文を連想させる長物の扱いにも、目を見張った。
距離を詰めれば柄を短く持って薙刀を縦に回し、距離を取れば柄を長く持って横に振り回す。遠中近距離に対応可能な技量に、盛んに持ち手を左右入れ替えることで軌道の複雑さが増し、少女の連撃は舞の如く切れ間が無く、留まることを知らなかった。
(マシュに相手を仕留める気が無いからって、ここまで防戦一方になるだなんて)
相手はこれまでの怪物とは違い、現地の人間。敵対することもできず、かといってやられっぱなしにもいかない。その意図が、マシュの盾捌きを鈍らせてることは確かだが……だからといってサーヴァントの力を豊富な技量で完封させられるとは。
一度振るえば、三つの刃に分かれる。そう見えるほど変幻な軌道を繰り出す少女にマシュは圧倒されるばかりだった。
現状を何とかしなければ。静止した体の中で、焦燥に駆られた思考が加速度的に募る。変化を一心に望んでいたからこそ――藤丸は僅かに自分の指がピクリと曲がったことに歓喜した。
(よし! 動き始め)
「 止まれ 」
背中にぶつかった言霊が、僅かな指の動きを再びがっちりと束縛された。
「もぉおっ‼ あとちょっとだったのに……あれ?」
藤丸は瞬きを繰り返す。口が動く。動かなかった口が。
気配を感じて左隣を見やると、口元を隠したおかっぱ頭の少年が佇んでいた。
藤丸はこの少年こそが言霊使いであると見抜いた上で、言葉を掛ける。
「お願い! あの女の子を止めて! 私達はこの場所のこと知らないの! 間違っては言っちゃったのは謝るから! 狙いなんて無いの!」
無駄だと思いつつも、藤丸は自分達の潔白を示そうと言葉を紡ぐ。それに反応して、白髪のおかっぱ少年は藤丸の方を振り向き、言葉を返した。
「――おかか」
「…………え?」
(なんで……おにぎりの、具?)
状況を振り返ってみても、今は別にランチタイムでは無い筈だ。故に藤丸にとって、少年の言葉は不明瞭かつ意味不明だった。
「お、お腹空いてるの?」
「おかか。高菜」
「えぇ~っと……と、とにかく私達に敵意は無いの! あなた達を傷つけたくないし、戦う気なんて更々ない!」
「昆布」
「白旗! 降参! 私が自由になれば、あの盾の子も戦わないから! 二人揃って連行されるから!」
「明太子ぉ」
「なにその、『ホントォ~?』みたいなイントネーション⁉ いや、ほんとほんと。おとなしくする。もう借りてきた猫並みに」
「ツナツナ」
「あっ、猫好きっぽい? そう、私達二人おとなし系美少女! ほら、よく見たら私もあの子も猫目でしょ?」
「おかか」
「腕をバッテンにすな! だんだん意味分かってきた! おかかは否定でしょ⁉ 否定したのが猫目のとこか美少女のとこかで、私の態度変わるぞコラァ⁉」
おにぎりの具を重ねる度に、藤丸は少年とのコミュニケーションを円滑にしていく。元王様とか女王様の英霊にも物怖じしないメンタルが、ここにきて活性化し始めたのだ。
片や薙刀と盾を交わし合い、片や言葉とおにぎりの具を交わし合う。
場に響く音が、言葉がカオスになってきたところに――――ソイツは現れた。
『真希、棘。そろそろ、からかうの止めろよー』
「あぁ?」
「すじこ」
渋みのある間延びした声に、真希と呼ばれた黒髪の少女は片目を吊り上げ、棘と呼ばれた少年は背後を振り返る。
(誰? この二人を止めた?)
振り向けない藤丸は現れた三人目の正体が気になったが、それはすぐに明らかになった。藤丸の右横からヌゥッと現れたのは、見上げる程の巨躯を覆う白黒の体毛。
『言動的に悠仁より根明っぽいし、立ち回り的にも殺る気ゼロじゃん。呪詛師では無いって分かってるだろ? だから遊ぶのもその辺にしとけって』
とても冷静に落ち着きのある言葉で助け船を出してくれた、動物園で人気なソイツの名を、藤丸は声を大にして叫んだ。
「 パンダだーーーーーーーーーっ⁉ 」
喋る馬は見たことあれど、喋るパンダを前にして、藤丸は動揺を隠せなかった。