Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変― 作:ビーサイド・D・アンビシャス
ダム湖から現れた巨大傀儡【
あれだけ忌々しかった肉体は、今や【無為転変】によって完全に修復された。それを担った特級呪霊:真人は舌なめずりして、幸吉の居場所……頭部の操縦席を凝視する。
モニター越しでぶつかる決意と殺意が、互いの立ち位置を明らかにする。
(――出し惜しみはしない)
天与呪縛に拘束され続けた苦しみ、その年月を蓄積した呪力――――実に17年5カ月6日。
その内の一年分の呪力を、究極メカ丸の手の平に凝縮させた。
「チャージ一年!」
年月のカウントが一年分減った。
固めた決意の奥底にいる、少女の笑顔がちらつき、そして消える。
「焼き払え、メカ丸!」
真人の破顔が光に照らされる。
ボバンッッ‼‼ と、凝縮された呪力が爆ぜる。
【大祓砲】の砲火がダムに大穴を穿ち、瓦礫が織りなす轟音が山間に響き渡る。真人はモロに炎に呑み込まれたが……立ち込める砲煙から兎足で飛び出す。
顔の半分が焼け爛れ、眼球が露呈しているが、走っていく内に再生し、真人の顔は再び皮に覆われる。
自らの魂を強固に維持することで、肉体の形を元に戻したのだ。
真人にダメージを与えるには、真人の【魂】を破壊しなければならない。
それが究極メカ丸では不可能であることは、真人にも伝わった。
問題ない。
重ねてきた準備が、劣勢である幸吉に挑戦的な笑みをもたらす。
究極メカ丸の巨躯が腕を振り上げ、拳を固める。
そして真人の背中へ下ろそうとした瞬間――――空けた脇の隙間をジェット噴射する棺桶が通り抜けた。
(なんだ⁉)
幸吉が目を剥く。
通り抜けた棺桶は真人の進行方向上にガゴン‼ と突き刺さる。
戦場に訪れる、数秒の沈黙。
それを棺桶の蓋と一緒に破ったのは、五十代の壮年男性と橙髪の少女だった。
「老体に鞭を打ち過ぎでは無いかね⁉」
「だってあそこから車飛ばしてたら間に合わないじゃん!」
「……なんだあいつら」
勝負に水を差された真人は完全に冷めた様子で攻撃を放つ。
自らの魂の形を変形。腕を長大化させ、鞭のしなりと刃の鋭利さを再現させた。
振るう鞭刃。その先端は音速を越えて、ギャーギャーと言い合う少女と壮年男性を横薙ぎに切り裂かんと迫る。
(――――チャンスだ!)
幸吉はすぐさま切り札である注射型のデバイスを操縦席の接続端子に突き刺す。人工音声が『術式装填』と告げる。
真人の意識があの二人に向いている今、この瞬間が切り札を打ち込む好機だった。
胸に込み上げる罪悪感を、これまで自分が犯して来た裏切りの数々を思い出すことで、押し流す。
「すまない、藤丸立香」
幸吉の脳内に浮かび上がる、京都校の生徒達。
(みんなに会う。そのために――――お前を見捨てる)
究極メカ丸の指先がパカッと二つに分かれる。そこからせり出す短筒の杭。ピピピと狙いを定める電子音が鳴る中で……幸吉は見た。
真人の鞭刃を弾き返す十字杭の円盾を。
「敵性呪霊、仮称『ツギハギ』を確認。マシュ・キリエライト、戦闘を開始します!」
「マシュ」
戦闘開始を告げるマシュの肩に藤丸は手を置いた。
そうして耳元に口を寄せて……静かに、力強く、囁く。
【がんばれ】
途端、ズオッ‼ とマシュの体から蒼炎が立ち昇る。
幸吉は、藤丸の口元に一瞬だけ浮かんだ【蛇の目】と【牙】の紋様に驚愕する。
(狗巻家の呪印⁉ なんで魔術師が呪術を使える⁉)
マシュが身をかがめ、一歩を踏み出す。
ズンッ‼ と踏み込みでダムにヒビが走った。
「ハハッ! 面白い‼」
哄笑する真人にマシュは飛び掛かる。蒼炎の呪力に包まれた英霊を、諸手を上げて真人は歓迎した。
幸吉は呆然と両者の攻防を見つめる。するとマシュが究極メカ丸から真人を遠ざけるように立ちまわっていることを理解する。
そのタイミングを見透かしていたかのように、
「ツギハギはマスター君達が対応する。だからその切り札は取っておきたまえ」
(っ! いつの間に……)
知らず肩の上に乗っていたアラフィフ――モリアーティに警戒の視線を向ける幸吉。
無言を貫く究極メカ丸に、モリアーティは「フム」と整えた口髭を撫でる。
「なるほど、天与呪縛に縛られた年月を呪力に変換しているのかね。だから一時的に特級クラスの出力を可能としていると。しかし無駄遣いが過ぎないかい? 最初の砲撃、私の計算では一年分だと思うのだが、違うかね?」
(この英霊、どこまで……っ⁉)
幸吉が入手した情報はカルデア交流会まで。それ以降の藤丸立香と直接契約を繋いでいる三騎の英霊の概要は把握していない。
故に、幸吉はこの壮年男性を信用し切れなかった。マスター藤丸立香ならば、その人となりをある程度把握しているため、まだ信じられるが……肩に立つこの壮年のうさん臭さが幸吉の顔をしかめさせる。
「……返事なしか、寂しいね。それとも発声機を付けてないかな? では一方的に話すし一方的に協力しよう。まずは君の呪力運用へのアドバイスだ。余り年単位の大技を使うものでは無い。君の敵はツギハギ顔だけでは無いのだから」
余計なお世話だと一蹴したくなるような内容。
しかしそれと同じことを、会いたいと望んだ京都校の先輩が口にしていたことを思い出す幸吉。
『メカ丸。大技を無駄打ちするな。敵が目の前の一体とは限らないぞ』
忘れていたわけでは無い。その存在を念頭に置いた上で、戦況を組み立てていた。だがモリアーティはその幸吉の組み立てを甘いと指摘した。
そう、この場にはもう一人、真人と同列の【特級】がいる。
しかしそれは呪霊ではなく――――術師だ。
「困ったなぁ、ここに辿り着かれたこともだけど」
声が降りてきた。
メカ丸とモリアーティが見上げると、そこには袈裟を纏った額に縫い目のある男が蛇型の呪霊に乗って浮遊していた。
夏油傑。
日本に4人しかいない特級術師がマシュを一瞥し、モリアーティを見下ろす。
「まさか【英霊】が来るとはね」
「おや、お初にお目にかかる! 私はマスター君を支えるしがない英霊、腰痛が悩みのアラフィフさ! 君が一連の黒幕かね?」
仰々しく挨拶するモリアーティに、夏油の平静な表情は崩れない。
だがそんなことは構いもせず、モリアーティは少し大きすぎる独り言を続ける。
「しかし可笑しいな。私の記憶違いでなければ、君は去年、五条君に殺されている筈だ。それにこの一帯に張られた術師を閉じ込める【帳】。資料で見る限り、夏油君にここまで卓越した結界術は無い。
――夏油の目に興味が宿り、細まる。
「やっぱり【英霊】は面白いね。私が目にしたい可能性とはまた別の可能性だけれど」
夏油の手の平から、ポウッ……と何かが零れ落ちる。
それが呪霊だと気づいた瞬間、メカ丸が腕を突き出し【大祓砲】を呪霊目掛けて放とうとする。肩口に立っていたモリアーティは血相を変えて、それを止めた。
「っ! 動いてはいけない‼」
制止の声が操縦席にいる幸吉に届いたのと同時に――――幸吉と究極メカの右腕に矢印が浮かび上がる。
ボキャッ、ゴキッグチッメギャッ‼
「――――は」
脂汗が浮かんだ頬にびちりと血が跳ねる。
手首は時計回り、上腕は反時計回りに、二の腕は時計回り。雑巾を絞ったかのように、幸吉と究極メカ丸の腕が捻じれて、皮が破けて、血が垂れ落ちる。
「がぁぁっぁーーーーーーーっ‼」
「幸吉くん‼」
操縦室から漏れ出る幸吉の悲鳴にモリアーティが駆けつけようとする。
その時には既に……モリアーティの左腕に矢印が浮かび上がっていた。
「道祖神。紀元前中国に祭られていた『道祖』が伝来し、古来日本の邪悪を遮る『みちの神』と融合したものだ」
「っ! 方角を司る術式!」
「ご名答」
腕を組んだままの夏油を、蛇呪霊が宙をくねって、悠々と近づいていく。モリアーティは夏油の肩越しに浮遊する【道祖神】を睨み据える。
その呪霊は、妙に肉感のある風見鶏のような姿だった。頭上に浮かんだ矢印はモリアーティの左腕に浮かんだ矢印と同じ向きをしていた。
「矢印の向きに従わなかったら強制的に捻じる術式。しかもさりげなく情報を開示して、術式対象を拡張したね?」
「随分、術師らしい思考だね。英霊とは思えない」
間近に向かい合って対峙する両者。
夏油は平静に、モリアーティは剣呑に互いを見つめ合う。
「……なるほど、これは五条君とはまた別種の厄介さだ」
「君達、【英霊】ほどじゃないよ。当たりはずれは大きいけれど、君達の【スキル】にはつくづく唆られる。実質、複数の術式を有してるようなものだからね。更には……これは後になって分かったことなんだけど」
夏油がモリアーティの胸元へ腕を伸ばす。袈裟の長い袖から指先が覗き、トンッと軽く触れた。直後、モリアーティの視界に映る夏油の相貌が小さく、遠ざかる。
「なっ……」
胸骨の軋みを覚え、驚愕の息に吐血が混じる。
術師と英霊のフィジカルは基本的に一線を画している。
ベキンッと左腕を捻じられながら、モリアーティはダム湖の水面に叩きつけられた。
「うぐぅぅうああああ‼」
幸吉が咆え、究極メカ丸が拳打を放つ。矢印に従いつつ放った、変則的な軌道の
「無理するなよ」
夏油は悠然と長い袈裟の袖をまくり、軽く腕を回す。今度は呪力を纏った腕で、究極メカ丸の巨拳に真っ向から対抗する。
メカ丸の拳から腕にかけて駆け上る亀裂。
肩から飛び出た拳の衝撃は究極メカ丸の巨躯をも弾き飛ばし、ダム湖に倒れ込む。
盛大な水柱が建ちあがり、飛沫が雨となって降り注ぐ。
「肉体構成的に【英霊】は呪霊操術の術式対象内だ。けれどまさか、こんな使い方が出来るとは思わなかったよ」
呪霊操術の奥義【うずまき】は取り込んだ呪霊を超高密度の呪力に変換して放つ技だが、この際、呪霊の持つ術式は夏油に抽出・還元されるのである。
しかし【英霊】に限って言えば――――体内に取り込んだ時点でその【スキル】を使用可能としたのだ。
「発動したスキルによっては、取り込んだ英霊を推理されるかもしれないからね。特に君の前では無駄に手札を晒す訳には行かない。
夏油の足元に『影』が生じる。
虚空に浮かんでいる筈なのに浮かび上がる色濃い影は、出口。
「更に、駄目押しだ」
取り込まれた呪霊の群れがドパッ‼ と、夏油の影から湧現した。
「 藤丸立香を殺せ 」
1体の1級呪霊を残し、他の呪霊の群れが我先にと藤丸へと押し寄せる。それを見送った後、一騎と一機を打ち沈めたダムの湖面を、夏油は顎を擦って睥睨する。
「さぁ、どう出るかな?」
文字通りの高みの見物を決める夏油。すぐ傍では【道祖神】が風見鶏らしく、からからと八方を見回す。
更に呼び出されたばかりの1級呪霊が不穏な呪力を放ちながら、夏油の傍に控える。
迎撃態勢を固めて、湖上を浮遊する夏油の背後に――――巨大な水柱が突き立った。
水柱の中から現れる巨躯に対し、【道祖神】が反応。すぐさま振り向き、矢印の呪いを掛ける。
けれど夏油は目を見開いて、【道祖神】を残して後退する。
水柱の中にいる究極メカ丸は最初から腕を伸ばした状態で現れていた。胴体に浮かぶ矢印の呪い、しかし既に突きつけられた指先から……呪力の閃光が迸る。
『3デイズチャージ:
道祖神の視界が光に埋め尽くされる。
矢印の呪いが消えた瞬間――――捻じられ破壊された筈のメカ丸の右腕が【道祖神】を捉える。メカ丸の右腕に取り付けられた棺の武装『ライヘンバッハ』から放たれた機関砲が【道祖神】を蜂の巣に穿った。
メカ丸の頭部、その中の操縦席で交わされたやり取りを夏油は知らない。
「さて、幸吉君。それは確かなんだね」
「あぁ、【縛り】に嘘は通じない」
「ならば……良いだろう! 犯罪コンサルタントして! 君の依頼を受注した! さぁ、ならば共に為そうか、『完全犯罪』を‼」
モリアーティの宝具にして武装『ライヘンバッハ』と融合した究極メカ丸、その巨躯が【悪】に染まる。
「今から君は私の『共犯者』だ! 光栄に思いたまえよ、幸吉君!」
「……最低な気分だよ、我ながら」
幸吉は自身の弱さに、醜さに自己嫌悪に至る。けれど、その濁った部分を目の当たりにしても見たいモノがある。叶えたいモノがある。
――――会いたい人がいる。
だから幸吉は間違いを、犯罪を、やり切ると、貫き通すと、心に固く誓う。
その頑強な意志が眼力を増大させ、夏油を捉える。
モニター越しでぶつかる決意と悪意の衝突が、広大な湖面に波紋を起こした。