Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変―   作:ビーサイド・D・アンビシャス

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第42話 宵祭り―本能と願いの祭囃子

 特級呪霊・仮称『ツギハギ』。

 2018年9月、神奈川県川崎市キネマシネマで起きた男子高校生3名の変死体事件によって、その存在を確認。

 今事件を担当した1級術師七海建人の報告によって、該当呪霊の等級を『特級』に認定。以下にその術式の詳細を記載する。

【無為転変】

 魂に干渉することで、他者の肉体を変化・改造する術式。

 

「上の空? 余裕あるね」

 

 資料内容を反芻していたマシュの鼓膜に、穏やかな知性を感じさせる声がするりと入り込んできた。

 

 直後、思索から戻った意識が見たのは、嬉々として巨大化した拳を振るうツギハギだった。バゴォッ‼ と盾で受けた衝撃が肉体にまで走り、マシュは歯を食いしばった。

 

 腕に痺れを覚えつつ、ギュルリと盾を回転。手甲のように持ち変えてからマシュは盾の長杭による刺突を繰り出した。

 

 英霊としての腕力を炸薬代わりにしたパイルバンカーの如き刺突攻撃。

 射出された杭はいとも容易くツギハギの胴を貫くかと思えた。事実、その通りになった。人間のような五体に風穴が空き、長杭が通過する。

 

 しかしその穴は杭によって貫通したものでなく――ツギハギ自身が事前に開けておいた穴だ。ミチィ! と穴が閉じて、盾の長杭が抜けなくなる。

 

 マシュの紫紺の瞳に、頬を持ち上げるツギハギの笑顔が映り込む。

 剥き出しになった歯茎から粘着質な音が鳴り、ツギハギが右腕を振り上げる。瞬間、右腕が長剣状に変形。

 斬撃が地面を抉り、空を裂き、マシュの肩と腕を分かとうとした。

 

 肩口にチリッと走る痺れ――

「ふっ!」 

 ――に構わず放った掌底打がツギハギの顔面にめり込む。

 

 盾から手を離し、とっさに半身の態勢を取ったからこそ放てた攻撃。ツギハギの首がのけ反り、がら空きの胴がマシュの目に入る。

 

 しかしマシュはその隙に食いつかず、素早く飛び退さる。

 瞬間、ボボボボボボンッッッ‼ と降り注ぐ肉槍の雨。

 さっきまでマシュがいた場所に突き立つ、肌色の槍。その一本一本から助けを求める呻き声が聞こえる。

 

 瞳に沈痛な色を残して顔をしかめるマシュ。

(自身の形状は自在に変形可能。そして……生きた人間の形を変えての攻撃)

 

『いぃやああああああああ』

『たす……げてぇ』

『だ、いじょ……ぅぶ?』

『いたぃいたいいたいいたい』

『せんっ……ぱぁぁーーー』

 

「あっ……」

 地面に突き刺さる槍状に改造された犠牲者の、虚ろな言葉。その中に混じる、誰かを案じる声と、自分がよく耳にする……否、口にする言葉が聞こえてきた。

 

『せ、ぱ……い……せん、ぱぁ』

 

何度も何度も同じ言葉を繰り返す、その一本の肉槍から目を離せないマシュ。一滴の涙が槍を伝ったその途端――――無造作に振るわれた巨拳が肉槍の悉くをへし折った。

 

「良いッ! 良いよお前‼ 今まで会って来た英霊より、断ッ然ッ良いっ‼」

 

 歓喜に震えながら、のけ反った上体を起こすツギハギ。

 その鼻面からボタタッと垂れ落ちる血。

 

「なんてことだ‼ 俺の天敵はっ、虎杖悠仁だけじゃなかった‼」

 

 マシュ・キリエライトはデミサーヴァント……その内に【ギャラハッド】の霊基(たましい)を宿している。つまり両面宿儺の器である虎杖悠仁と同じく、マシュの攻撃は真人の魂を直接叩くことを可能としていた。

 

「あぁ~本番前だけど……いっか、別に。ストックなんてどうとでも溜められるしね」

 

 バキバキと肉槍の破片を踏み砕きながら、ツギハギは二本の指を喉に突っ込み、げろりと吐き出す。

 げろ、と。

 げろげろ、と。

 げろげろげろげろげろげろげろげろと吐き出す!

 

「 【多重魂・撥体】 」

 

 数多の人間の魂をぐちゃぐちゃにくっつけ合わせる。同極の磁石をくっつけるかの如く反発し、拒絶し合う魂を力尽くで抑え込む。

 そうして爆発的に膨張する魂の質量に引きずられ……膨大な肉の濁流がマシュ目掛けて放出される。

 

 ダムの堤防上、横幅縦幅いっぱいを埋め尽くす人肉に対して、マシュは手を伸ばす。すると手の平の先が白く瞬き、捨て置いた筈の円盾が戻って来た。

 

いまは遥か(ロード)……」

 

 長杭を地面に突き刺し、盾を固定する。

 真名解放、身体の奥底から湧き上がるかの英霊の魔力が、円盾をかつてそびえ立った白亜の城を構築再現する。

 

理想の城(キャメロット)‼」

 

 歪に歪められた人肉の奔流を城壁が塞き止める。幾つもの剥き出しの歯列が城壁に咬みつき、掘削せんとする。がりがりという振動が伝わる度に、盾を構えるマシュの魔力がごりごり削られていく。

 

 マシュ……ギャラハッドの宝具【いまは遥か理想の城】は、精神力を防御力に変換する防御宝具。使用者の心が折れない限り、この宝具は撃ち破られない。

 

 しかし、攻撃を防ぎつつも、マシュの精神は思考してしまう。想像してしまう。

 ツギハギが行う攻撃の一つ一つが、一人の人間で一つのかけがえのない命だったと。

 

 亀裂が走る。

 

「あなたは……」

 

 マシュの心に、亀裂が走る。

 

 これまで数多の攻撃を、その身を削って受け止めてきたマシュの心が、砕けて―――――

 

「どれだけ命を虚仮にすれば、気が済むんですかっっ‼‼」

 

 身を焦がすほどの赫怒が露になった。

 

 憤怒の心に呼応して、その堅牢さを増す宝具は完全に人肉の濁流を防ぎ止めた。

 城壁が白い粒子となって解ける。マシュはあちこちに人肉がこびりついた、変わり果てた眼前の光景を目にする。

 

 髪や歯が混じった肉塊が転がり、足元からぎょろりと見つめる目玉は潤み、浮き出た血管と脈動が足裏に今なお伝わる。

 そんな地獄同然の景色を、マシュは一直線で駆け抜ける。

 

 腕を広げ、破顔するツギハギへ、駆け出した勢いそのままに長杭を突き出す。

 ツギハギは両腕に呪力を漲らせ、純然な強化でマシュの攻撃を受け止めた。がりがりがりとツギハギの踵が抉れ、地面に電車のレールの如き直線が刻まれる。

 

「――ちょっと勢い弱まってない?」

 

 わずかに押し戻される感覚を覚えた瞬間、マシュは後方に宙返り。間合いを確保してから、盾の状態を確かめる。

 

(っ! 凹んで……)

 盾にはツギハギの指の跡が残されていた。

 認識を改めるマシュ。

 

 人間のような姿、それでもアレは呪霊なのだ。呪力強化した際の膂力は、高ランクの筋力を持つサーヴァントに比肩する。

 

「呪力操作が下手だね。相方が掛けてくれた呪言が消えかけてるよ。知ってる? 呪力は廻らすものなんだ。なんなら教えてあげよっか?」

 

 呪力の蒼炎に包まれた拳をこれ見よがしに掲げるツギハギ。マシュは答えず、盾を振りかぶる。サイドスロー気味に投げられた盾が激しく回転する。

 

 ツギハギは瞬時に頭身を縮め、回転する盾を搔い潜った。小さくなったツギハギの姿が加速。刹那でマシュの足元にたどり着く。

 

(早いっ!)

 

「んばぁ!」

 かがんだツギハギが膝を伸ばしたタイミングで頭身を元に戻す。結果、倍速で迫る足元からの拳がマシュの頬を掠める。

 破ける皮膚、零れる赫玉。

 

「アンタも気の毒だよなぁ! 相方に見捨てられて! 一人残って戦ってさぁ!」

 

 目まぐるしく入れ代わり立ち代わる拳闘の最中、ツギハギが喋りかける。マシュは口を閉ざしたまま、ツギハギの拳をいなす。

 

「言われない? 幸薄そうって! もっと弾けなよ……これみたいにさぁ!」

 

 直後、ツギハギの腹から生える三本目の手がマシュの鼻先に改造人間を投げつける。改造人間は膨らむ間もなく爆散。びちゃちゃちゃ! と血飛沫を浴びるマシュ。

 

 その目くらましに乗じて、ツギハギの蹴りがマシュの腹に放たれる。吹き飛び、堤防の柵に背中を強打するマシュ。

 

「なぁ、知ってるか英霊。命に価値や重さは無いんだよ。ただ水のように廻るだけだ」

 

 なぜか追撃を行わず、立ち止まって話しかけるツギハギ。マシュは俯いたまま、垂れ落ちる前髪がその表情を隠す。

 

「命は無意味だ、魂は無価値だ。だから自由で良いんだ。何をしても良いんだよ。なぜ命を虚仮にするか……だったよね」

 

 ツギハギの右手と左手がぼこぼこと変形する。

 右手は橙色の髪の少女、左手は紫色の髪の少女の顔面に変わる。

 左手は「せんぱいせんぱい」と壊れたレコーダーのように繰り返す。

 

呪霊(おれたち)はこう答えるんだよ、英霊」

 

 ツギハギは手を合わせるように、二つの顔を合わせる。

 するとせんぱいと呼ぶ左手を、右手ががぶがぶと咬みつき引き千切った。

 

「本能だ、ってね」

 

 手慰みの遊興を終えて、ツギハギは手を元の形状に戻す。

 そうして一歩一歩、沈黙を守り続けるマシュに歩み寄る。

 

「なぁ、お前らはどうなんだ英霊? 願いを餌に死んでも何度も呼び出されて殺し合って、最後は令呪で自害させられる。あの相方……あんたのマスターも結局命惜しさにあんたを置いて逃げ」

 

「くだらない」

 

 語るに逸っていたツギハギの口が開いたまま閉じる。マシュは長く、深くため息を吐き出し続け――――顔を上げた。

 

 紫髪の隙間から覗く、その目は……心底、眼前の呪霊を見下げ果てていた。

 

「ツギハギ、あなたは子供です。生まれたばかりで、自己陶酔の果てに世界を勘違いしてる……同情を覚えるほどの哀れな子供です」

 

 蹴りを受け止めた肘を振るって、グッパッと手を握り開く。マシュは言っても分からないだろうなという失望を匂わせながら、立ち上がる。

 

「ただ廻るだけの命なんて無い。水がその先にある海を切望しますか? 見果てぬ大海(きぼう)を、水平線(みらい)を想って流れますか? しないでしょう」

 

 マシュが手を掲げると、白い光の粒子が寄り集まり、投げられた円盾が手元に引き寄せられる。マシュはこの盾であらゆる攻撃を受けて、止めてきた。

 

 だからこそ、その一撃を放った敵の想いを、未熟でも感じ取ってきた。

 その経験が告げる。

 

「ツギハギ。あなたの攻撃には何も籠ってない。正しくなくても誰かを守りたい、何かを得たい、譲れない信念を貫きたい……そういう想いが何も伝わってこない。あなたから感じるのは――――汚らわしくてどす黒い、混沌とした本能」

 

 十字杭の先端が突きつけられる。

 ツギハギの双眸を、純白な眼差しが貫く。

 

「願いを抱いたこともない。叶えようと進んだこともない。……託したこともないあなたみたいな呪霊が――――英霊(わたしたち)を語るな‼」

 

(先輩を、語るな)

 マシュの円らな瞳が鋭利に吊り上がる。

 

 藤丸は逃げてなどいない。自身が狙われることでマシュを不利に導かないよう、別行動を取ったのだ。

 

『帳の外に出て、五条さんに連絡を取る! だからマシュ――――【がんばれ】!』

 

 そうして藤丸はダムを飛び降り、岸まで泳いで、山間の森を駆けている。

 マシュの役割は、それまでツギハギを引き付けること。決して藤丸の元へ行かせないこと。

 

「ツギハギ、あなたはここで確実に祓います‼」

 

 

「 うーわ、あほくさぁ 」

 

 

 戦意を滾らせるマシュを、呪霊が嘲笑に付す。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 背後から肩に手をかけ、耳元に唇を近づけた――――()()()()()()()()()()()()

 

(―――――え)

 

 振り返るマシュの鼻先に突きつけられる、紫の水晶。

 その水晶に映りこむは、眼孔に虚無の闇を嵌め込んだ少女の相貌。

 ……マシュの見知った英霊(かお)だった。

 

『安ん珍んさまぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

 

「時間がかかるんだよ、折り畳んだ英霊を広げるのは」

 

 瞬間、水晶から解き放たれた大蛇が、マシュの体躯を締め付けた。




真人の戦闘書くのたのしぃ~~~~

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