Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変―   作:ビーサイド・D・アンビシャス

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第5話 五里霧中―決

 もうそろそろ寝ようかと、伏黒と虎杖が浴衣に着替えようとしたタイミングで、釘崎が男子部屋に飛び込んできた。

 

「釘崎サン⁉ ノックくらいはしよ」

「窓見ろ、男子共! 霧が出たのよ!」

 

 虎杖の抗議を遮る釘崎の声に反応し、伏黒が部屋の窓を開け放つ。

 月明かりに照らされた山中の一部に立ち込める、真っ白な濃霧が三人の目に映る。

 同心円状に広がり、それ以上拡大せず、渦を巻く霧の様子から、自然現象ではないことは明白だった。

 

 三人の準備は迅速だった。

 もとより、三者三様に怒りに震え、血潮を煮え立たせていたのだ。

 数分も経たずに三人は手馴れた様子で(伊地知さんにバレないよう素早く)旅館を抜け出した。

 

 遠方から木々が倒れ伏す音が轟く。

 

「誰かが戦ってる……⁉」

「釘崎、この任務って俺達だけだよな⁉」

「私に分かる訳ないでしょうが!」

 

 呪力で強化した脚力で三者は木々を駆け抜ける。けれど、素の身体能力がずば抜けてる虎杖が先行するのは自然なことで、立ち込める霧に踏み出したのも虎杖が最初だった。

 

 結果的に、それは正解だった。

 

「二人とも止まれ!」

 

 霧に足を一歩踏み込んだ時点で、虎杖はとっさに後続する二人を押しとどめる。

 切羽詰まった声音に、伏黒と釘崎は土を抉りながら急停止。

 

「この霧、毒だ」

 

 虎杖は自身が体感して気づいたことを端的に述べて、霧の中に入れた足を二人に見せる。呪術高専の制服、そのズボンの裾がジュクジュクと溶けていた。

 

「硫酸の霧……こんなの報告になかったぞ」

「どうすんのよ。これじゃあ入れもしないじゃない」

「吹き飛ばすしかないだろ」

 

 伏黒は手を交差させる掌印で『鳥』の影絵を作る

 十種影法術。禅院家相伝の術式を発動し、影絵を媒介に鳥の式神を呼び出した。

 

「 【(ぬえ)】 」

 

 木々に狭まれた空間で所狭しと、式神:鵺は大翼を振るわせる。山中の霧が風圧で吹き払われていき――――現れた敵影に伏黒は静かに驚愕する。

 

 宿儺の指を宿した呪霊。

 

 3ヶ月前、虎杖を死なせた遠因との邂逅に、伏黒は瞳孔を開く。

 けれど、虎杖と釘崎が注視したのは、そっちとは別の相手方だった。

 

「うっげ⁉」

「女の子⁉ って、その歳で紐パンはまずいって! 風邪ひくよ?」

 

 成人男性のTバック姿(フワーォ)に、釘崎は露骨にドン引きし、虎杖は幼女の露出した下半身を心配した。

 

「っ! 違うもん! わたしたち、好きでこんな恰好してるんじゃないもん! お兄さんのエッチ!」

 

 幼女は羞恥に頬を染め、ナイフを持った手で下半身を隠す。

 虎杖はその光景+幼女にエッチと言われてしまった事実に、かなり心にキてしまったようだ。

 

「あっ、やばい死にたい俺。罪悪感半端ない」

「うわ、あんたうっわ……ちょっといやかなり離れろ私から」

「追い討ちやめて⁉」

「お前らちょっと黙ってろ」

「……呪術師、ですか」

 

 これまで静観していた男がそう呟いたのを、伏黒は見逃さない。

 絵面のTバックが思考を乱すが、男の背から伸びている蝶の羽と漲る呪力の圧から、伏黒は男が『特級』クラスであることを感じ取る。

 

 交流会を襲撃した森の呪霊・花御や少年院の特級仮想怨霊と対峙した経験のおかげともいえる。更には宿儺の指の呪霊。特級が2体。馬鹿げた光景に笑みすら浮かぶ。

 

(五条先生じゃねぇんだぞ、こっちは)

 

 そして……只ならぬ気配を発する未知数の戦力が1人。

 銀髪の幼女。見た目は完全に人間。呪力も感じられない。なのに、宿儺の指の呪霊と同等の悍ましさを放つ幼女が顔を綻ばせる。

 

「人が増えちゃったけど……よかったぁ、女の子がいた。だったら―――おかあさん」

 

 幼女の呼びかけに応えるように、宿儺の指の呪霊は笑いながら己の腹に手を突っ込んだ。位置は下腹部、無遠慮に突っ込まれた五指がグチャグチャと肉をかき混ぜて、取り出す。

 

「前のお部屋は少し冷たくなってきてたからね」

 

 それは、被害者から抜き取られていた子宮。

 呪霊はそれを口に含み、呑み下す。途端、呪霊の体に呪力が沁み込み、横たわっていた体をすっくと立ち上がらせた。

 

「おかあさんも手伝って。女の子の方は、わたしたちが綺麗に解体するから。わたしたちが入るお部屋を傷つけちゃ嫌だも

 

「――――やってみろよ」

 

 ドスン!

 

 幼女の姿をした悍ましき殺人鬼の口を止めたのは、腹部に突き刺さった釘。

 間髪入れずに、釘崎野薔薇は自身の術式を発動。

 突き刺した釘から揺らめく蒼炎のような呪力を流し込む。

 

芻霊呪法(すうれいじゅほう)(かんざし)】 

 

 突き立った釘を媒介に呪力の火柱が顕現、殺人鬼の腹を突き破った。

 

「うっ……っ! わああああああああっぃぎ!」

「わめくな。乳クセェんだよ」

 

 宙に放った釘を呪力で固定させ、そこにすかさず金槌を振るう。

 

 撃ち出された釘は苦悶に喘ぐ殺人鬼へと真っ直ぐ突き進むが、届く前に火花と金属音が生じる。ナイフで弾かれた釘は周囲の木々に刺さる。

 

「ひどいなぁ、もう……!」

 

 口端から吐血しながらも、殺人鬼は何事もなく立ち上がる。腹に開けられた風穴は、いつの間にか手に持っていた血まみれのメスによって縫合されている。

 

 もはや、疑う余地はない。眼前の幼女は、殺人鬼は、尋常の者ではない。

 

「安心しろ。親子共々、送ってやるからよっ!」 

 

(かんざし)】発動!

 

 弾かれ、木々に刺さった釘から呪力が爆ぜる。殺人鬼と呪霊に向かって、大木が一斉に倒れ込んだ。

 開いた花弁が閉じていくように、大木は中心の殺人鬼と呪霊を押し潰さんと迫るが――――ギギュゥッ! と、呪霊が掌に呪力を圧縮させ、開花。

 純粋な呪力の暴威が、倒木の悉くを跳ね返し、土塵が辺りに充満した。

 

「好機」

 

 事態を静観していたTバック男が、動いた。

 

 虎杖と釘崎、殺人鬼と呪霊を包む隠す戦塵目掛けて、Tバック男は背中の蝶の羽から、レーザーのようなものを射出する。

 呪術師と呪霊、二陣営のどちらも狙ったレーザーが無差別に降り注ごうとして、

 

「 【蝦蟇(がま)】 」

 

 伏黒は蛙の式神・蝦蟇を呼び出す。

 蝦蟇の口から伸びたベロがTバック男の腰に巻きつき、遠方へとぶん回す。

 

 漁夫の利に持っていける立場にいるTバック男を、最大限警戒していた伏黒は、レーザーが男の背中を起点に放っているのを看破。

 起点がずれることでレーザーの狙いも乱れ、もうもうと立ち込める戦塵が晴らされることは無かった。

 

「邪魔をするな、術師!」

 

 蝦蟇のベロを引き千切り、宙空から放り出されたTバック男が、背中の蝶の羽で浮遊する。翅からぽたぽたと垂れる雫が、地面や木の根を溶かす様子を目にして、伏黒は確信した。

 

(やっぱ毒か)

 

 土煙で姿も見えなければ狙いも定まらないのに、数撃ちゃ当たると言わんばかりに放たれたレーザー。そこから伏黒はTバック男の術式が『当たれば勝てる』もの=毒に関するものだと気づいた。

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 パシャッ、と水飛沫のような音を立てて、蝦蟇が溶ける。蝦蟇を引っ込めて、伏黒は両手で掌印を結ぶ。

 

(毒の術式。長射程で広範囲。虎杖と釘崎はどっちも短中距離。……こいつに対応できるのは俺だけだ)

 

 過度な強張りを解くために、息を吐き出す。特級と対峙するのは、今年に入って3度目。しかし一人で相手取るのは――――呪いの王に圧倒された、あの時以来だった。

 

(やるしかねぇ)

 

 静かに呪力を捻出し、その身に刻まれた相伝の術式に流し込んだ。

 あの時と同じように。けれど、あの時と同じ結果を迎えないように。

 

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