Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変―   作:ビーサイド・D・アンビシャス

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第50話 噴潮

 少女と老人が、組手を交わしていた。

 老人が技の名を口にし、少女がこれを捌く。

 その繰り返し。  

 

双単鞭(そうたんべん)

 上から横に振り下ろされた両掌の打撃を、少女は退いて躱す。

 

連環腿(れんかんたい)

 退いた体を貫かんと、飛んでくる蹴り。

 手で受けた後、肘へ擦らせる様に当てさせて、真下へ受け流す。

 

冲捶(ちゅうすい)

 真下へ受け流された蹴りを踏み込みに変え、老人が最小限のモーションで突いてきた。

 

 鳩尾に刺さった2重の衝撃が、少女の体をくの字に曲げさせる。

 呪いに縁遠い体躯が折れ曲がったのも、苦痛に歪んだのも、ほんの一瞬のこと。

 けれど、老人にとっても、少女にとっても、その一瞬で十分だった。

 

鉄山靠(てつざんこう)

 老人の背中からの体当たりが少女を吹き飛ばした。

 

 呪術高専のグラウンド場、普段は同学年のパンダや狗巻(と生意気な一年)と共に鍛錬を積んだ場所を、縦断する。

 グラウンド場の端から端まで吹き飛ばされた少女は、体当たりの勢いに逆らわず、あえて転がっていった末、軽やかに態勢を立て直して屹立した。

 ――――が。

 

「づっ!」

 鳩尾に刺さった突きのダメージが響き、少女は膝を地に着かせた。

 骨髄から、否臓腑の深奥から揺さぶってくる激痛に脂汗が噴き出し、少女は歯噛みする。

 

「何が冲捶(ちゅうすい)だ……寸捶(すんすい)だろうが、今のは」

呵呵呵(カカカ)! すまんすまん、手癖でな」

 癖で2連撃なんか出されてたまるか、と文句を浮かべながらも――――禪院真希はそれを喉の上へと通り過ぎさせなかった。

 

 甘えた言葉だと気づき、それをこの老人に聞かせたくなかったからだ。

 五条(バカ)が不意に連れてきた、この老人(サーヴァント)に。

 

「休憩にしよう。立てるか?」

「舐めるのも大概にしろ……李書文」

 こちらを見下ろしてくる丸縁のサングラスを睨み返し、真希は差し出された手に捕まらずに立ち上がった。

 

 朝夕、一日に二度の鍛錬の際に行う組手。

 10月12日に契約し、19日となった現在。

 真希は一度も李書文を地に着けたことが無い。

 

呵呵(カカ)っ! 主の才覚と鍛錬は認めるが、その程度ではまだまだ八極を習得したとは言えぬ。なに焦る必要は無い。主ならいずれ真の意味で八極を習得できるだろう」

「別に八極拳に拘ってるわけじゃねぇよ」

 

 真希は買っておいたミネラルウォーターを喉に流し込む。

真希の動きのベースは八極拳を含めた中国拳法諸々だ。そこから更に合気に薙刀に三節棍と、あらゆる武術を習得している。

 全ては、一つの目的のために。

 そのためには、力が必要だ。

 他者を、あの家を黙らせるほどの、力が。

 

「強くなれたら、それで良いんだ。今の私じゃ……力不足だ」

 手の平を見つめる。

 震える、小さな手の感触が、少しだけ蘇ってきた。

 

『おねえちゃん、手離さないでよ? ぜったいだよ?』

『しつけーなー』

 幼い頃の、姉妹でのやり取りを思い出す。

 妹の手を離した手を、真希は見つめる。『自分を好きになれないから』。そんな理由で離した自分の手を。

 

「――お主は強い。まだまだ強くなる」

 ダサいと思っている眼鏡の奥で、真希は目を見開く。

 

 手の平から掛けられた声の方向へ目を移せば、サングラスの向こうからも届く穏やかな眼差しとぶつかった。

 李書文は静かに語り始めた。

 

「サーヴァントは全盛期の姿で召喚される。だが、儂には全盛期が、姿が二つある。一つは『神槍』と謳われた若き頃。そしてもう一つが、今のこの姿よ」

「力の全盛期と技の全盛期か」

 真希の返答に、李書文が深く頷く。

 

「そうだ。お主はまだまだ強くなれる。だが、それは『技』ではない。むしろ、貴様は少々移り気が過ぎる。唯一つを極め、深めよ。その素質は十二分にある」

「話を逸らすな、じじぃ。あんたはただ、自分と同類になった私と闘り合いたいだけだろ」

「……ばれていたか」

「じじぃのくせに目ギラつかせすぎなんだよ」

 もうずっと前から気付いていたことを、とうとう口に出した真希。

 自らの牙を磨く、強靭な研磨剤。ただ今のままではまだ柔い研磨剤。それが李書文から見た今の禪院真希の価値だ。

 

「まぁ、お主の方は儂が居らずとも、『技の全盛』に辿り着くだろう。問題は……貴様の中に眠る純然たる『力』よ」

 真希は首をひねった。

 純然たる力。そう言われて、咄嗟に思いつくのは――術式と呪力。

 呪いに縁遠いこの体に、その両方は無い。だから『技』の力を得て、強くなろうとしているのだ。

 

 しかし老境の穏やかさと若刃の鋭さを秘めた相貌が頭を振って、真希の考えを否定する。

 

「良いか、真希。時には『捨てる』ことで得られる力があるのだ。それを胸に秘めておけ」

「……じじぃの話は遠回しだからいけねぇ。秘めとけって言われても分かんねーよ」

 用は済んだと言わんばかりに真希は李書分に背を向ける。朝と夕に行う鍛錬以外で、李書分は真希に稽古をつけることは決して無い。

 

(さて時間どうすっか。パンダと棘は任務だし、恵と野薔薇は……悟のお使い手伝わされてんだっけか)

 

 極秘とのことで詳しい内容は伏せられてるが、呪術師の活動に極秘事項は付き物だ。それに最近サーヴァントと契約してから、伏黒と釘崎は忙しそうだった。

 伏黒は荊軻に連れ回され、釘崎と鈴鹿は意気投合してショッピング。サーヴァントが来てから少しだけ変わった日常の形に……取り残されて、寂しそうにしてる後輩を思い出した。

 

(悠仁誘ってなんかやっか。あいつならちょうど良い組手相手になるし。思えば、あんまり構ってなかったしな)

 初対面から馴れ馴れしいというか壁を感じさせない根明な少年だった。だからか既に打ち解けた感が出て、あまり話したことがなかった。

 

 グラウンド場を出たところで早速、携帯で連絡をつけようとした時。

 

「あら、真希じゃない。他のお仲間はいないのね? 落ちこぼれが一人でいたら……いじめられちゃうわよ」

「真衣、真衣。あの人絶対いじめられるような人じゃない。むしろいじめられるの私達の方。真希さん、お久しぶりです。交流会以来ですね」

「三輪に真衣じゃねぇか」

 

 性格悪い真衣と性格良い三輪が並んでやってくる。

 交流会の時は三輪のあまりの性格の良さに真衣と上手くやれているか心配だった真希。しかし、それは無駄な心配だった。

 三輪の頬をつつく真衣を見て、杞憂の溜息を吐く真希。

 

「どうしたんだよお前ら。交流会終わったら、東京(こっち)に来る用事なんてほとんど無いだろ。……誰かの付き添いか?」

 

 高専所属の生徒が、更に単独行動が許されてない3級術師の二人がここに来るのは、大抵高専教師の任務の付き添いだ。

 真希の思った通り、三輪が「歌姫先生の付き添いです」と手早く教えてくれた。隣にいた真衣がわずかに身を強張らせた。

 その身じろぎをなんとなしに一瞥し――――自然な疑問が頭に浮かぶ。

 

(? 肝心の歌姫はどこだ?)

 二人の近くに歌姫はいない。

 首を軽く巡らせてから、談笑のついでの感覚で真希は尋ねてみた。

 

「なんの任務なんだ?」

「あぁ、それは……………あれ?」

 三輪が頭をひねる。ど忘れしたのだろうか、それにしては――――じわじわと絞めつけるような違和感を真希は覚えた。

 真衣の相貌が歪む。

 三輪が「なんでしたっけ?」と照れ臭そうに頬を指で掻く。

 各々でちぐはぐな態度、言いようのない違和感から「おい」と真希が声を発した。

 

「ふふふ、高専忌庫に収納された宿儺の偽指……三つの()()()()()()()()、でしょう?」

「あ、歌姫先生。そうでした、私うっかり忘れちゃっ、て……?」

 

 後ろを振り返った三輪の語気が小さくなっていく。

 真希は三輪の肩越しから、三輪が『歌姫先生』と呼んだ女を目にして――――問う。

 

「……真衣、()()()()()?」

「――()()()()()()

 

 理解の拒絶。

 視認の拒否。

 今の真衣の姿はつい先ほど、グラウンド場で思い返した幼き日の真衣そのままだった。見える呪霊が怖いと言った妹の手を引いて、『見えなきゃいねーのと同じだよ』と真希は返した。

 

 しかし、今、()()()()()()()()()()()

 尼僧服というには、あまりに女体のラインに張り付いた服。スリットから覗く生足の艶やかさは見るだけで指先に感触を覚えるほど肉感的で官能的。

 呪術師の世界とは程遠い『聖職者』が有する徳の高い微笑を浮かべる相貌に――――歌姫の顔に刻まれた傷跡は見られない。

 

「お前、だれだ」

「あれ、え、あれ……あなた誰ですか」

 最初から明らかな異常存在と認識できた真希の口調は毅然としていた。

 今この瞬間まで知己の存在だと認識していた三輪の口調は困惑していた。

 ここまで知己を装う異常存在からずっと目を反らしていた真衣の口は固く閉ざされていた。

 そして尼僧服を纏った、淫乱な異常は微笑みを張りつけたまま、合掌する。

 

「申し遅れました。私は殺生院キアラ」

 

 殺生院キアラと名乗ったソレの足元から、真っ白な手が現れる。

 ソレの影から這い出てきたように、無数の真っ白な手が真希達の四肢を、口を掴む。

 

(なっ――――)

 この白い手による拘束が単純な力ならば、真希は容易く振りほどけただろう。しかし白い手から伝わってきたのは膂力ではなく――――視界が白熱するほどの、快楽。

 

「ふふふ、さぁ、愛らしい貴女達。どうぞ私の胎内へ」

 長く細いソレの指が、自身の下腹部を縦一直線にツゥッ……と撫でる。

 グパァと開かれたソレの子宮(なか)には、この世界にいないはずの高位存在が無限にひしめき合っていた。

 

 それは紅い目。

 それは黒き魔神。

 それは名もなき柱。

【魔神柱】と呼ばれる、人類より高位の存在が、ソレの子宮にみっちりと無限に詰まっていた。その中へ、【魔神柱】蔓延る宇宙へ、三人は招かれた。

 

「……さて」

 開いた子宮の扉を閉じて、一人残された女は……くいっと指を一本、折り曲げた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 まるで人家を侵食する大木の如く、高専中の建造物を蹂躙する【魔神柱】。それだけに留まらず、建造物の無い森からも、次々と【魔神柱】が湧現する。

 その数―――二百七十六本。

 

 建造物が倒壊する振動が膝を震わせる。蹂躙の轟音が、そこかしこに聞こえる悲鳴が、耳膣を隙間なく埋め尽くす。

 

「ンッ」

 ひくりと肩を震わせ、内股になってしばらくすると……女は物足りなそうに目を細めた。

 

「はぁ、やっぱり……接吻の代わりくらいにはなるかと思ったのですが」

 

 刺激不足、と。

 

 誰に聞かせるつもりも、分かってもらうつもりもない独り言をつぶやいて、殺生院キアラは足を一歩踏み出した。

 

 

          「    七孔噴血、撒き死ねぇい!    」

 

 

 天地合一せし老練の暗殺者が、女の懐に突如現れた。

 否、突如ではなく、最初から老人は真正面から距離を詰め、攻撃をする瞬間、【圏境・極】が解除されたのだ。

 柔い腹を穿つは、【宝具】として昇華された『技』。一撃必殺の拳、无二打(にのうちいらず)を喰らったキアラから激しい水音が穴から漏れだした。

 

 ――しかし、噴き出したそれは赤い血ではなく。

 

「金剛界智印拳」

 直後、詠天流の武術(カウンター)が李書文の老体に叩き込まれた。

 返礼の拳の威力は風圧で石畳が剥がれ、5つの寺社を突き抜けるほど李書文を吹き飛ばした。

 

「あ、あぁぁ! いい! ふ、うふふっ私ともあろうものが、なんて恥ずかしい」

 

 今しがた足元にできた透明な水だまりをちらっと見て、頬を上気させたキアラは口元を隠して恥じらった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()……。思えば、あなたと直接お手合わせは致しておりませんでしたね」

 

 キアラは濡らした内腿を広げて、構えを取る。

 それは詠天流の武術の構え。

 生前、生まれながらに所属していた密教に伝わる古武術。

 

「参ります……喝破‼」

 踏み込み、飛び出すキアラ。

 同瞬、寺社を貫通した穴を辿るように――――凶拳が呵々大笑して、駆けていった。

 




来週は更新お休みします。ちょっと忙しくなるからです。
それにしても……キアラさん調べれば調べるほど、頭痛くなってくる……パワーバランス
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