Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変―   作:ビーサイド・D・アンビシャス

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第56話 全てを捨てた天与の暴姫

 潮騒が真希の意識を柔らかに抱き起した。

 背中に当たる砂の感触と仰向けの視界に広がる蒼穹に、真希は目を見開いた。

 

(ここは……)

 

「最悪」

 

 飛んできた声で弾かれて、真希は体を起こす。

 砂浜に座って水平線を見つめる真衣が横にいた。その向こうには、横たわって呻く三輪の姿もあった。

 

「あの女の中に入れられたことも……あんた達を心の中(ここ)に入れたことも」

「真衣……?」

 

「目玉の柱……魔神柱だっけ? 感覚で分かった。あれ【呪力】じゃなくて【魔力】の塊よ。だから生得領域に入れるのにも間に合った。……とりあえず、これ作ったら私逝くから」

「真衣⁉」

 

 一方的に、淡々と言の葉を連ねて、真衣の足が波を掻き割っていく。

 立ち上がった真希の声が海浜に響いた。けれど寄せては返す波のように、その声は静寂に呑まれた。

 

「何言ってんだ……? とにかく、戻れよ」

「嫌よ。――――同じ『死』なら、気持ち良い方が良いじゃない」

 

 真希は一瞬怪訝な顔をして――――自分の方を振り返る真衣の、背後の光景に気付く。

 

 海の遥か向こう。

 白く、眩く染まった水平線の正体は、渦潮だ。その輝きを目にするだけで、否、その存在を知覚しただけで、真希の脳が快楽に焼け付く。

 

「ァッ……がっ⁉」

 

快楽の孔(ヘブンズホール)。あの女の領域が迫ってきてる。私の領域で穴を開けてみるから、出られたら三輪を連れて出なさいよ」

 

 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 遠ざかる妹の背中を追って、砂を蹴る。

 

「戻れよ! いいから、戻れ!」

「まぁ命懸けたとしても、私の領域なんかで穴を開けられると思えないけどね。だって、片割の姉(アンタ)がいるから。効果は大して底上げできないのよ」

 

 真衣の肩を掴んだ。

 真希はそのまま強引に振り向かせて――――。

 

「アンタは私で、私はアンタだから」

 

 細められた冷静な眼差しが、真希の手の力を緩めた。

 真衣の手が真希の指を一本ずつ解いていく。

 

「私、ずいぶん前から知ってたのよ」

 

 呪術において、一卵性双生児は同一人物であること。

 何かを得るために、何かを差し出す【縛り】が、自分達双子の間ではなかなか成立しないこと。

 たとえ、真希に呪力と術式が無くとも――――真衣がそれを有していたら、何も得られないのだと。

 

『良いか、真希。時には『捨てる』ことで得られる力があるのだ。それを胸に秘めておけ』

 

 蘇った李書文の言葉が、真希の脳裏を静かに突き刺す。

 それでも突き刺された言葉を、理解を拒む。

 

「戻ってきて……真衣」

 

 妹の手を掴む。強さを求めて離した手を、しっかりと。

 姉妹の居場所を創る強さを求めた手で。

 

 ――――その手に、妹は【 】を掴ませた。

 

「これだけ渡しておくわ。後は全部捨てなさい……快楽も、知性も」

 

 掴まされたそれを、真希は見る。

 自分の掌に乗った、小さな小さな【 】を。

 

「約束して」

 

 真衣はあどけなく笑った。

 手をつなぎ、手を引いた幼き姿のままで。

 

「全部消して」

 

 姉の額に、自分の額を重ねて。

 願う。呪う。

 

「全部だからね、おねえちゃん」

 

 ざぶ、ざぶ、ざぶ。

 小さな足が、渦潮へ向かう。

 

「           ぃかないで」

 

 残された者の嗚咽が、潮騒に揉まれて、掻き消えた。

 その者の手には      【刃】が握られていた。

 

      *****************

 

「はじめるよ、真衣」

 

 血濡れの大刀に語り掛ける真希。

 たった今、人類悪(キアラ)の胎を搔っ捌いて生まれ出たその少女に、水着のキアラは吐息を吹きかけた。

 

 吐息は神獣【蜃】が作り出す霧に転じて、真希を包み込む。

 その霧はスキル【異界作成】によって作られた【幽世】。

 現実と夢幻の境界を侵し、対象に夢を見せる事で堕落させるスキル。

 

「一度、夢の快楽に屈せば……私が優しく吹き消してあげましょう。更に……重ね掛けです」

 

 水着キアラが笑みに歪めた視線の先には、腹部の再生を終えた王冠(ツノ)のキアラがスキルの発動を完了させていた。

 

「スキル【万色悠滞】」

 

 五感の全てを刺激する、ドラッグを上回る快楽が、幽世に閉じ込められた真希に送り込まれる。

 

 快楽に屈すると幻と同等の存在となって消失する幽世に、五感全てで感じるドラッグ越えの快楽が満たされる。

 

【万色悠滞】

  +

【異界作成】

 

 この合わせ技の前では、どんなに優れたスペックを誇った強者でも抵抗できない。

 そう考えていた二人のキアラの横に―――――刀を振り終えた真希がいた。

 

 

「あ/?」

「え\?」

 

 断面から脳漿をこぼし、斜めに切り裂かれた顔面が宙を舞う。

 水着キアラは喰らった【人魚の肉】による不死性で、王冠(ツノ)のキアラは宿した【魔神柱】によって再生を終えるが……。

 

 ガシンッ‼ と水着キアラの頭部を、真横に立っていた真希が鷲掴みにした。

 

「――――来い、李書文」

 

 暴姫の呼びかけに、老拳士が轟音と共に馳せ参じた。

 捥ぎ取った宿儺の呪霊の頭部を手土産に。

 

呵々(カカッ)!」

 

 魔神柱30体と融合していた宿儺の呪霊との激闘は、老拳士の左腕を奪った。

 けれど李書文は尚、凶悪に頬を歪め笑って――――ドゥン‼ と王冠(ツノ)のキアラに右正拳を叩き込んだ。

 

 同瞬、水着キアラの頭部を床に押し付けて……真希は全力で駆けた。

 

 びちちちちちちちち‼‼‼‼ と、擦り削られた赤い直線が描かれる。

 再生しても再生しても猛然と削られ続ける。

 薨星宮の壁に突き当たる。それでも真希の足は加速を続け……壁を走った。重力を悠々と引き千切り、水着キアラを擦り潰し――――天井を突き破った。

 

 地下空間から地上……壊滅寸前の呪術高専へと、少女と美女が躍り出た。

 

「今のは良い攻めでした。ですが無駄」

 

 擦り潰す床も壁も無くなった空中で、水着キアラの再生が完了する。

 顔面を鷲掴みにされたまま、キアラは再び幻惑の吐息を吹きかけた。

 

 それは五条悟の領域展開すら塗りつぶす、【幽世】。

 呪術の極致を優に超える、【異界作成】が真希を再度、閉じ込めた。

 

 そして。

 

 ギチンと。

 

 ギチギチギチン‼ と。

 

 真希の五指が【幽世】を引き裂いた。

 

 

「――――霞を掴むとは。貴女、仙女でもなっ」

 

 呪力から脱却した、金剛の拳がキアラの言葉を遮った。

 真希は地上へと叩きつけられたキアラの腹部を踏みつける。

 吐息の代わりに吐かれた血が、真希の頬を濡らす。

 

「か、ぃらくを……感じないのですか?」

「あぁ、あいつが全部持って行っちまった」

 

 満たされる心も、幸福を感じる知性も。

 全ては、妹が創り出した大刀の代償として、失っていた。

 

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