Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変― 作:ビーサイド・D・アンビシャス
潮騒が真希の意識を柔らかに抱き起した。
背中に当たる砂の感触と仰向けの視界に広がる蒼穹に、真希は目を見開いた。
(ここは……)
「最悪」
飛んできた声で弾かれて、真希は体を起こす。
砂浜に座って水平線を見つめる真衣が横にいた。その向こうには、横たわって呻く三輪の姿もあった。
「あの女の中に入れられたことも……あんた達を
「真衣……?」
「目玉の柱……魔神柱だっけ? 感覚で分かった。あれ【呪力】じゃなくて【魔力】の塊よ。だから生得領域に入れるのにも間に合った。……とりあえず、これ作ったら私逝くから」
「真衣⁉」
一方的に、淡々と言の葉を連ねて、真衣の足が波を掻き割っていく。
立ち上がった真希の声が海浜に響いた。けれど寄せては返す波のように、その声は静寂に呑まれた。
「何言ってんだ……? とにかく、戻れよ」
「嫌よ。――――同じ『死』なら、気持ち良い方が良いじゃない」
真希は一瞬怪訝な顔をして――――自分の方を振り返る真衣の、背後の光景に気付く。
海の遥か向こう。
白く、眩く染まった水平線の正体は、渦潮だ。その輝きを目にするだけで、否、その存在を知覚しただけで、真希の脳が快楽に焼け付く。
「ァッ……がっ⁉」
「
ざぶ、ざぶ、ざぶ。
遠ざかる妹の背中を追って、砂を蹴る。
「戻れよ! いいから、戻れ!」
「まぁ命懸けたとしても、私の領域なんかで穴を開けられると思えないけどね。だって、
真衣の肩を掴んだ。
真希はそのまま強引に振り向かせて――――。
「アンタは私で、私はアンタだから」
細められた冷静な眼差しが、真希の手の力を緩めた。
真衣の手が真希の指を一本ずつ解いていく。
「私、ずいぶん前から知ってたのよ」
呪術において、一卵性双生児は同一人物であること。
何かを得るために、何かを差し出す【縛り】が、自分達双子の間ではなかなか成立しないこと。
たとえ、真希に呪力と術式が無くとも――――真衣がそれを有していたら、何も得られないのだと。
『良いか、真希。時には『捨てる』ことで得られる力があるのだ。それを胸に秘めておけ』
蘇った李書文の言葉が、真希の脳裏を静かに突き刺す。
それでも突き刺された言葉を、理解を拒む。
「戻ってきて……真衣」
妹の手を掴む。強さを求めて離した手を、しっかりと。
姉妹の居場所を創る強さを求めた手で。
――――その手に、妹は【 】を掴ませた。
「これだけ渡しておくわ。後は全部捨てなさい……快楽も、知性も」
掴まされたそれを、真希は見る。
自分の掌に乗った、小さな小さな【 】を。
「約束して」
真衣はあどけなく笑った。
手をつなぎ、手を引いた幼き姿のままで。
「全部消して」
姉の額に、自分の額を重ねて。
願う。呪う。
「全部だからね、おねえちゃん」
ざぶ、ざぶ、ざぶ。
小さな足が、渦潮へ向かう。
「 ぃかないで」
残された者の嗚咽が、潮騒に揉まれて、掻き消えた。
その者の手には 【刃】が握られていた。
*****************
「はじめるよ、真衣」
血濡れの大刀に語り掛ける真希。
たった今、
吐息は神獣【蜃】が作り出す霧に転じて、真希を包み込む。
その霧はスキル【異界作成】によって作られた【幽世】。
現実と夢幻の境界を侵し、対象に夢を見せる事で堕落させるスキル。
「一度、夢の快楽に屈せば……私が優しく吹き消してあげましょう。更に……重ね掛けです」
水着キアラが笑みに歪めた視線の先には、腹部の再生を終えた
「スキル【万色悠滞】」
五感の全てを刺激する、ドラッグを上回る快楽が、幽世に閉じ込められた真希に送り込まれる。
快楽に屈すると幻と同等の存在となって消失する幽世に、五感全てで感じるドラッグ越えの快楽が満たされる。
【万色悠滞】
+
【異界作成】
この合わせ技の前では、どんなに優れたスペックを誇った強者でも抵抗できない。
そう考えていた二人のキアラの横に―――――刀を振り終えた真希がいた。
「あ/?」
「え\?」
断面から脳漿をこぼし、斜めに切り裂かれた顔面が宙を舞う。
水着キアラは喰らった【人魚の肉】による不死性で、
ガシンッ‼ と水着キアラの頭部を、真横に立っていた真希が鷲掴みにした。
「――――来い、李書文」
暴姫の呼びかけに、老拳士が轟音と共に馳せ参じた。
捥ぎ取った宿儺の呪霊の頭部を手土産に。
「
魔神柱30体と融合していた宿儺の呪霊との激闘は、老拳士の左腕を奪った。
けれど李書文は尚、凶悪に頬を歪め笑って――――ドゥン‼ と
同瞬、水着キアラの頭部を床に押し付けて……真希は全力で駆けた。
びちちちちちちちち‼‼‼‼ と、擦り削られた赤い直線が描かれる。
再生しても再生しても猛然と削られ続ける。
薨星宮の壁に突き当たる。それでも真希の足は加速を続け……壁を走った。重力を悠々と引き千切り、水着キアラを擦り潰し――――天井を突き破った。
地下空間から地上……壊滅寸前の呪術高専へと、少女と美女が躍り出た。
「今のは良い攻めでした。ですが無駄」
擦り潰す床も壁も無くなった空中で、水着キアラの再生が完了する。
顔面を鷲掴みにされたまま、キアラは再び幻惑の吐息を吹きかけた。
それは五条悟の領域展開すら塗りつぶす、【幽世】。
呪術の極致を優に超える、【異界作成】が真希を再度、閉じ込めた。
そして。
ギチンと。
ギチギチギチン‼ と。
真希の五指が【幽世】を引き裂いた。
「――――霞を掴むとは。貴女、仙女でもなっ」
呪力から脱却した、金剛の拳がキアラの言葉を遮った。
真希は地上へと叩きつけられたキアラの腹部を踏みつける。
吐息の代わりに吐かれた血が、真希の頬を濡らす。
「か、ぃらくを……感じないのですか?」
「あぁ、あいつが全部持って行っちまった」
満たされる心も、幸福を感じる知性も。
全ては、妹が創り出した大刀の代償として、失っていた。