Fate/CurseRound ―呪怨天蓋事変―   作:ビーサイド・D・アンビシャス

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お久しぶりです。前回の投稿からものすごく時間がたってしまいました。
生活状況が変わり、慣れないことばかりあって、もう正直筆が折れかけていたけれど、ようやく少し、気持ちが前に向いてきました。
とにかく、自分が思ったことを書き散らかして、ちゃんと終わらせようと思います。
不定期更新になりますが、読んでいただけたら、ほんとにほんとに幸いです。



59話 見るに堪えん死に様

 乙骨憂太。

 呪術高専2年にして、三人の特級術師が一人。呪術高専に入学するまでは只の一般人であり、被呪者ですらあった彼が、三か月で特級へと至った。

 

 その異常を、納得させるために、常人はあらゆる噂を、時に事実を織り交ぜながら、囁き合う。

 

 曰く、彼の血縁は日本最大怨霊が一人【菅原道真】に繋がるとか。

 曰く、彼の呪力量は五条悟をも超えるとか。

 曰く、彼は自他に作用する【反転術式】を有するとか。

 曰く、彼は単独での国家転覆を可能にするとか。

 曰く、彼は【術式】を複数持っているとか、

 曰く、彼が祓除した【折本リカ】はまだ彼の傍に侍っているとか。

 

 曰く……曰く……曰く……。

 

 しかし、そんな尋常じゃない噂と事実よりも前に、認識してもらいたいことは――――乙骨憂太は、元は一般的な家庭で育った、尋常の内に収まっていた男の子だということである。

 

『約束だよ――里香と憂太は大人になったら結婚するの』

 

 11歳の女の子と、将来の約束を交わすまでは。

 その後、その女の子の頭部が車輪で押し潰されるまでは。

 もしくは――――その死を否定し、呪ってしまうまでは。

 

 死んじゃだめだ。

 それが、少年が掛けた、最初の呪い。

 

 ごくごく普通の少年を――――【五条悟】と比肩し得る存在へと押し上げる【呪い】。

 

 【死の否定】

 

 それが今、為されている。

 

 この世に生を受けた瞬間、世界に変革を促した。

 生まれながらにして尋常の外の果てに立ち。

 万物を眼に収めた、脈打つ神性。

 天上天下唯我独尊。

 全を内包する一。

 

 

【五条悟】に――――【死の否定】が、為されている。

 

 

【あらゆる存在(モノ)に、畢竟をもたらす眼】によって。

 

 この【否定】が、五条悟を如何な存在へと押し上げるのか。

 

 それは、わからない、わからない、わからない。

 戯れに足を削り落とされ。

 腹に魔神柱が突き刺さった。

 乙骨憂太では――――わからない。 

 

「ふぅん……やはり、貴方にそこまでの|魅力≪脅威≫は感じませんねぇ」

 

 艶めかしく頬に手を添え、殺生院キアラは色香をふんだんに含んだ息をついた。

 その甘く香る吐息が乙骨の鼻腔を通るなり、脳髄の中枢を快楽が犯し、強制的に生存本能を駆動させられる。

 

 結果、半ば無理やりに捻出させられる【反転術式】。

 

 断絶した右脚から骨が芽生え、それを覆うように赤血滴る肉が【脚】を形作る。

 しかしその再生の動きは緩慢で、キアラはまた溜息をつく。

 

「やはり腹部を潰してからというもの、再生が鈍いですねぇ。反転術式は、呪力を【正のエネルギー】に変換して行うもの……呪力が練れなくなれば再生は鈍化する、と」

 

 ふふふっ、とキアラは婀娜と笑う。

 吹き飛んでいた左半身に正のエネルギーが補填され、みるみる再生し、乙骨とリカがつけた傷は瞬く間に治っていく。

 

 欠けた所に足せば良いだけの英霊・呪霊と違い、人間の再生方法――反転術式は呪力の消費が激しい。

 空間全体に満ちるような大量の呪力も、今やからっきし。

 リカはとうに限界を迎え、消滅している。

 

「リカさん……あの方は呪力の備蓄庫であると同時に、模倣した術式を蓄えるデータベースなのでしょう? 模倣した術式を常に使えないのは――脳の|容量≪メモリ≫が足りなくなるから」

 

 その証拠に、乙骨はリカといる時しか、呪言を使わない。

 キアラは乙骨との戦闘、その後の実験にて、この世界の【術師】という人間の構造を概ね把握した。こちらの呪術で最も重要なのは――【脳】だと。

 

「そうと分かれば……ふふ、やってみたいことが次々増えていきますねぇ♡ 藤丸……マスターが連れてきたお仲間の呪術師さんに試してみましょう」

 

 うっとりと双眸を弛緩し、舌なめずりするキアラ。その顔はこれからやってくる藤丸達へとどんな饗宴を繰り広げようかと目移りしていた。

 

 はっ……と息を呑む乙骨。

 

 キアラは布面積の少ないドレスの裾をつまみ、わざとらしく礼をする。

 

「ありがとうございます。私の調べ事に付き合っていただいて。――もう結構ですよ」

 

 鼻歌交じりに踵を返すキアラ。腹に突き刺さった魔神柱が蠢く。赤い目玉をギョロギョロと動かし、黒い触手を乙骨の体内でずたずたに引き裂こうとして――――

 

「キアラさん……貴女……」

 乙骨は眉を曲げ、心底理解できないといった顔で、

 

「結婚式に呼ばれたこととか……ないでしょ?」

 キアラを、憐れんだ。

 

 キアラの足が、止まる。

 振り返った彼女の顔は、

 

「…………」

 聖女のような微笑みから、悪鬼の如き鬼気を滲ませていた。

 

「お葬式でも良いけど……貴女は、どこまでいっても自分のことだけだ。……だから――人の看取り方もできてないし……分かってない」

 

 人を呪わば穴二つ。

 呪い、呪われるこの世界の廻りは――――一人では成り立たない。

 唯一の人間であるキアラでは――――成り立たないのだ。

 

 今度はキアラが、理解に苦しみ、眉をひそめる。

 

「何を言って……」

「駄目じゃ、ないですか」

 

 乙骨の目は既に光を映さず、紡ぐ言の葉も枯葉の如く微かだった。

 それでも、感じる。

 

 快楽物質……キアラの吐息で覚醒してる脳の意識が、乙骨の苦手な呪力感知を鋭敏にさせる。

 

 英霊は、呪力の塊である呪霊とは真逆の存在。

 目の前に立つキアラも、そこから生み出される魔神柱も……呪霊と違って、正のエネルギーの塊でできている。

 

「術師は――――呪力で止めをささなきゃ」

 

 そう呟いて意識を手放した乙骨の、目の前には。

 残されたキアラの、背後には。

 

 呪力の塊が、立っていた。

【無限】を映す六眼と、【死】を映す魔眼を携えた――――蒼い、呪力の塊。

 

「ごじょ……」

 キアラが振り返る。が、もう、遅い。

 

「≪≪無限は至る所に存在する≫≫」

 

 キアラに、線が見える。

 

「僕の術式は」

 

 赤く、ひび割れた、存在強度の亀裂。

 

「それを現実に持ってくる」

 

 その中心【点】に――――五条悟は、【蒼】を置いた。

 

 畢竟へ、終局へ、死へと引きずり込まれていくキアラは最期に、自身のマスターの言葉を思い出した。

 

『貴女は失敗する』

 

『だって五条さんは、先生だから』

 

 誰かを、教え、導く者が――唯一人であるはずがないから。

 

「あぁ、ほんとに、なんという……」

 

 |王冠≪ツノ≫が、罅割れていく。

 そうして、女は、死んでいく。

 マッチ一本も携えず。

 たった一人、凍える雪夜にいるように、自らを抱きしめ、自らを暖め。

 でもどこか――――安らかで。

 

「駄、作ぶり……」

 

 獣は自らの畢竟を、厭世家のように、毒々しく称した。

 そうして殺生院キアラは蒼い光に呑まれ、滅せられた。

 


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