本間ひまわりと葛葉は姉弟である。
だが二人は人間と吸血鬼であり血は繋がっていない。
でも二人は確かに姉弟であるのだ。

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太陽と月

「はぁ⁉︎ 弾当たんないんだけども!」

「ッスーーーーー。やってんねぇ! でも雑魚!」

 

隣で憤る姉に辛辣な言葉を浴びせかけた葛葉(くずは)は容赦無くダメ押しの射撃を加える。画面は一時スローモーションとなり、ひまわりが操るキャラクターのHPがゼロになる瞬間を映し出した。手にしたコントローラーを投げ出すと隣を振り向くひまわりは葛葉に言い寄る。

 

「違法パーツとか卑怯じゃん!」

「卑怯じゃないです〜。ランダムだから仕方ないんです〜」

「ひまはちゃんとレギレーション守ってるんだよ!」

「それを言うならレギュレーションな」

「む〜」

 

とあるリビングでゲームをするのは姉と弟。

頬を膨らませて睨んでくる姉、ひまわりの視線を受け止めた弟、葛葉はケラケラと笑いながら彼女を揶揄う。

 

「え? ひまわりさん、あれだけイキってたのに負けたんすか?」

「違うもん!」

 

二人がゲームを始めたのは三十分程前のこと。父の古いゲーム機で遊びはじめた彼らは往年のロボットをカスタムして戦う3Dポリゴンゲームで対戦をしていた。

だがあまりに勝ちまくる葛葉に業を煮やしたひまわりは姉権限なる謎の理論を持ち出すと彼のロボカスタムをランダムにする事を強要したのだ。

これには葛葉も難色を示したが、既にここで得意の暴言ラップもかましてしまっていた為に渋々条件を呑んだ。

しかしながら。しっかりと考えてカスタムした彼女のロボは適当に組まれた彼のロボにこてんぱんにされてしまう。

その結果更に調子に乗り、再度煽りに煽りまくる葛葉。

 

「さっきの勢いどうしたんですか? 動き鈍すぎません? やっぱり重すぎたんですかね。何かとは言いませんけど」

「・・・はい許さん、ライン超えたな!」

 

言うが速い彼女の手が葛葉の両頬を左右に引っ張った。

 

「いっへぇ⁉︎」

「もう許さんからな!」

「いへぇって、ねぇひゃん!」

「反省しろ〜」

 

いくら彼が吸血鬼でも痛いものは痛い。容赦なく伸ばされる頬の痛みから抵抗を試みる。そのまま二人はゴロゴロとカーペットを転がっていった。

埃を撒き散らして暴れまわっていると夕飯を作っていた母が現れ、引き離される。

この後仲良く拳骨を喰らうのはこの家庭ではいつも通りの光景だった。

 

 

 

本間ひまわりは人間である。

弟は吸血鬼である葛葉。

 

葛葉は吸血鬼である。

姉は人間である本間ひまわり。

 

二人の血は繋がっていない。

 

 

 

「姉ちゃんのせいだぞ」

「・・・葛葉のせいだもん」

 

散々に暴れまわった挙句、それを母であるドーラに叱られた二人は揃って夕飯抜きを告げられてしまった。部屋に戻る道すがら互いが互いに責任を押し付け合う会話を交わす二人はいがみ合う。

 

「ひま悪くないもんね」

「よく言うぜ」

 

顔を突き合わせ睨み合う両者は一歩も譲らない。

 

「ふんっ!」

「はんっ!」

 

やがて同じタイミングで顔を離す。

そして同じタイミングで腹が鳴る。

 

「うぅ・・・」

「んん・・・」

 

育ち盛りの二人にとって夕飯を抜きにされるのは辛いものがあった。仲の良い双子みたいに揃って腹を押さえるひまわりと葛葉だったが喧嘩中の今は変な意地を張ってしまう。

そのまま其々の部屋に飛び込むのだった。

 

 

「腹減った」

 

時計が深夜を回った頃、葛葉は空腹から寝付けずに何度も何度も寝返りを打っていた。

気分転換にPCを起動してゲームをしようとしたが、こんな時に限って友人はログインしていない。仕方なく横になったのだがこの有様である。

 

「・・・駄目だ。我慢できねぇ」

 

ガバリと起き上がると、こっそりと部屋を出る。キッチンに行けば何かあるはずだ。盗み食いがドーラにバレたら怒られるだろう。でも空腹には勝てなかった。

足音を殺して歩き、リビング兼キッチンへ続く扉をゆっくりと歩み寄る。いざ扉を開こうと取手に手をかけた瞬間。

 

「なにしてるんだ?」

 

突然かけられた声に身を震わせた。

葛葉が後ろを向くとそこには疲れた顔をして、パジャマを着た男性の姿があった。

 

「マジでビビったぁ、親父かよ」

「お前な」

 

安堵からか崩れ落ちそうになる息子の反応に苦笑しながらも近づく。

すると葛葉の腹は正直に鳴る。慌てて腹を押さえる彼だったが、その音を聞きながら笑いを返す社はニヤリと口角を上げた。

 

「聞いたぞ。お前とひまわり、飯抜きにされたんだってな」

「・・・う」

「仕方ない奴だ。全く・・・教育が必要だな」

 

彼の代わりにリビングへの扉を開いた(やしろ)は葛葉を招き入れるとソファに座らせた。

そう言うなり、彼は冷蔵庫を開く。そこから食材を取り出した社は袖を捲る。

 

「ちょっと待ってろ」

 

言いながらネギを刻み出す。トントンとリズム良い音が響いた。

 

「ドーラの性格的に・・・うん。やっぱり冷凍してあるな」

 

独り言を言いながら冷凍飯をレンジで解凍する社は続いてキッチンに立つ。ネギ、ベーコンを刻み終えた彼は卵を割ると、かき混ぜ始めた。

それと並んでゴマ油を垂らしたフライパンを火にかける。火が入ったそこに余ってたキムチを全て放り込んだ。刻んだネギの半分くらいと細かくしたベーコンを入れるのも忘れない。

ジュージューと音を立てる具材を強火で炒めながら、頃合い見て溶いた卵と解凍し終えた白米も叩き込む。

 

「よっ、と」

 

フライパンの中で米と具をあおる。一頻り炒めると残った刻みネギを放り込んで強火で炒め続ける。

そんな父の姿を葛葉はただ眺めていた。

 

 

「お待たせ」

 

暫くして彼の前に置かれたのは赤く染まった米。所々に焼けた卵と香りをあげるネギ。刻まなかった故に、その形を残したキムチの白菜が主張するチャーハンは湯気を立てながら彼の目の前に置かれた。

 

「ほら、冷めないうちに食え」

「あ、はい」

 

最初は僅かに躊躇した。なんせ社が料理をするなんて聞いた事がない。「ちゃんと食えんの、これ?」なんて事も考えてしまう。しかし暴力的な香りの前に空腹の彼は抗えなかった。添えられたレンゲを手にした葛葉は恐る恐ると言った感じで掬ったチャーハンを口に運んだ。

そして目を見開く。

 

「マジ?」

 

ただ一言の感想を告げると次の匙を口に運び出す。炒められたネギとキムチの味がこんなにも香り高いとは。薄らと感じるのはベーコンから滲み出た肉の旨味。そしてそれを優しく包むのは黄色い卵。

飯抜きの身に対して、凶悪なその代物はあっという間に葛葉の腹に収まった。掻き込むように皿を空にした彼に社は呆れた顔で告げた。

 

「よく噛んで食えよ・・・」

「無理。こっちは腹ペコだったんだからさ。あー、生き返ったわ〜」

 

ケフっと息を吐き、そのままグラスの麦茶を一息に飲みほす。

美味かった。

程よく膨れた腹を摩りながら、葛葉は父に向き直る。

 

「親父って料理出来たんだな」

「チャーハンくらいなら誰でも出来るだろ?」

「え? 俺作った事ねぇわ」

「あ〜なるほどなるほど」

 

社はいつの間にやらウイスキーの入ったグラスを手にしている。ちびりちびりと飲みながら、酒のつまみにミックスナッツを食べていた。葛葉もナッツに手を伸ばす。ポリポリと齧りながら息子は父におねだりをする。

 

「ねぇ、それ俺にも頂戴よ」

 

それ、というのは社が飲んでいるものだ。日本においては二十歳を超えないと飲めない酒類。実年齢では百を超えている葛葉なら問題は無いだろう。事実、生家ではよくワインを飲んでいた。

だが社は首を横に振る。

 

「駄目だ。お前にはまだ早い」

「なんでよ⁉︎ この国だと二十歳超えてれば問題ないんだろ? 実際俺、やしきずの数倍年上だぜ?」

「それでも駄目です」

 

頑として首を縦に振らない父は酒を一口含む。そして訴えかける彼を見た。

 

「お前が私の息子である以上、今は許可出来ない。それにこれは・・・」

 

社は酔いから途中まで言いかけた言葉を飲み込んだ。失言をしてしまった彼は横を向くとまた一口ウイスキーを飲み、目を逸らす。

 

「・・・なんでもない」

「いやいや、なんか言いかけたよね⁉︎」

「言ってません」

「言ったでしょ」

「記憶にないな」

「俺にはあるね」

 

しつこく食い下がる葛葉は社を問い詰める。僅かに苛立っている自分がいた。

 

「・・・言ったら何か都合の悪い事でもあんのかよ」

「・・・そうじゃない」

「なら、言ってくれ」

「・・・」

 

社築は手にしたグラスに視線を移す。揺れる水面に自分の顔が映っていた。眉間に皺を作って疲れた顔の男がそこにいた。

自分と彼は、本当の家族ではない。

それどころかこの屋根の下にいる全員が『他人』だ。

 

でも。自分達は・・・。

 

「お前、ウチに来た時のこと覚えてるか?」

 

「葛葉・・・いや、アレクサンドル・ラグーザ」

 

彼の真名を口にした社築は静かに話を始めた。

 

 

お前がウチに来たのは最後だったよな。

最初に来たのはひまわり。次がドーラ、そして最後がお前だ。

布団を干すみたいにベランダに引っかかってるお前を見つけた時は驚いたよ。昔見たアニメみたいだってな。

傷だらけのお前を三人で介抱しながら、追ってくる奴らを何とか追い返した。・・・というかこれは殆どドーラがやってくれたんだけど。

 

・・・でもその時な。

ひまわりがあいつらに言ったんだ。

『何するん! この子はウチの弟なんやぞ!』って。

あいつらに叫ぶひまわりは、腕の中で横になるお前をちゃんと護ろうとしていた。

先にいる者、お前にとっての『姉』として決意に満ちた顔をしていたんだ。

普段の様子からは考えられない程の剣幕で叫ぶあいつを見て、私も腹を括った。

今、この子は私の息子なんだ、守らなきゃって。

 

・・・ひまわりは家の事情で一人になった。

だからこそ『家族』ってものが欲しかったんだろうな。

例えそれが擬似的なものであっても・・・。

 

確かに、私達は本物の家族じゃない。

血は繋がってないし、ましてや種族すら違う。

でも。でもな。

それが理由にはならないと思ったんだ。

そんな些細なことは理由にはならなかった。

一緒に居て、互いにそう思えば、それはきっと家族なんじゃないだろうか。

私はあの時、そう感じたんだ。

 

 

「だから、あいつがお前の事を『弟』と言う限り、ひまわりより年下扱いするって、決めた・・・」

 

語りながら酒量を増やした社は酔いが回ったのか眠そうにしている。

話を聞いた葛葉はその時の事を薄らと覚えていた。辺りが騒がしい中、温かい腕に包まれた彼は確かにその台詞を聞いた覚えがある。

彼女は、本間ひまわりが自分を護ってくれた。

その太陽の様な腕の暖かさを忘れる事は・・・嗚呼、忘れる事など出来ない。

 

月夜に生きる化け物は、日輪の少女に救われたのである。

そこまで聞いて押し黙っていた葛葉は顔を上げた。

 

「・・・なぁ、親父。お願いがあるんだけど」

 

そして。

吸血鬼の少年は、人間の父に一つの頼み事をする。

 

 

「お腹すいたよ〜」

 

鳴る腹を押さえながらひまわりは眠れぬ夜を過ごしていた。明日は休日なので急いで寝る必要はない。

だが、腹が、減った。

こうなったらキッチンに忍び込んで、何か食べるしかない。つまみ食いはバレたら怒られるが、バレなければ問題ないのだ。もしバレても葛葉のせいにしてやろう。そんな悪どい考えを巡らせながら、自室の扉を開くべく抜き足、差し足、忍び足。

静かに扉の前に立った瞬間だった。

 

「姉ちゃん。起きてるか?」

 

ビクリと身を震わせる。

 

「・・・やっぱり寝てんのかな」

 

小さく漏らされる声。

聞き間違えるはずがない。

弟の声だ。

何故か焦りから上擦った声が出た。

 

「お、起きてりゅよ」

「・・・こやつ、噛んでおる」

「なんだよ、もう!」

 

照れから勢いよく扉を開くと、そこにはお盆を手にした葛葉が立っていた。

 

「よう」

「・・・おう」

 

返事を返すと弟はそれ以上何も言わずに手にした盆を差し出した。

そこには一枚の皿が載っている。

チャーハンが、そこにはあった。

 

「腹ペコだと思って、持ってきた」

「え?」

「食えばいいんじゃね」

 

湯気の立つそれを渡すと逃げる様に自室へ入っていく葛葉を見送る。

一方ひまわりは手にした盆と扉を交互に眺めると、最後に良い匂いのするチャーハンを見つめた。

 

「どゆこと?」

 

残された彼女は回れ右して部屋に戻る。

彼が持ってきたのは不思議ではあったが、何はともあれ空腹の彼女には救いの一皿。テーブルについたひまわりは手を合わせて食前の言葉を上げた。

 

「いただきまーす!」

 

そのチャーハンはベーコンとハムとネギだけのとてもとてもシンプルなものだった。

よく見るとネギがちゃんと切れておらず、幾つかは繋がったままだったし、それどころか炒めすぎて少し焦げている。卵も均等に溶かれてはいないからか舌触りが少し悪い。それどころか炒めが甘く、チャーハンの命ともいうパラパラという食感など皆無だ。

 

でも・・・美味しかった。

 

その不器用な不出来さから、作った者が見えてくる。

彼はきっとした事のない料理をしてくれたのだろう。

その事実がただ嬉しかった。

 

「ごちそうさまでした」

 

やがて匙を置き、再び手を合わせる。

食前と食後の感謝の言葉。

食材と、作ってくれた者へ送る感謝の言葉。

弟への言葉を呟くひまわりは輝く太陽の様な笑顔であった。

 

 

翌朝の事である。

休日の社はリビングでのんびりと新聞を読んでいた。同じ時間に起きたドーラはキッチンに立ち、朝食を作っている。

そこに二人の娘がやってきた。

 

「パパ、ママ、おはよう!」

「おう」

「おはよう、ひまわり」

 

挨拶を返すと元気な笑顔を浮かべた彼女は社側にやって来ると小さな声で言う。

 

「ありがとね」

「・・・なんの事だ?」

「とぼけちゃって〜」

「私は何も知らんなぁ」

 

白々しく新聞から目を離さない父。

葛葉が一人で料理をするはずがない。手引きした者がいるはずである。

母ではないだろうから、消去法でひまわりの捜査線上に上がったのは父しかあり得なかった。

新聞で見えない社の表情を見透かした彼女はニシシと笑う。

 

「おはよう・・・」

 

そこに家族で一番の寝坊助がリビングにやってきた。眠そうに目を擦る彼はフラフラと入って来るとソファに座る。

 

「眠ぃ〜」

 

欠伸しながらテレビのリモコンを弄り出す彼はひまわりの方を見ようとしなかった。

そんな弟の横に座る姉は言った。

 

「御馳走様」

 

言葉は返ってこない。

でもいつも白い彼の頬が赤くなっていった。

真っ赤に染まる顔を見られまいとそっぽを向き続ける彼にもう一つ、大事な言葉を送った。

 

「美味しかったよ」

「・・・あっそ」

 

肩を寄せて座る姉と弟。

人間と吸血鬼の姉と弟。

二人の対面に座る社は微笑ましい『家族』のやりとりを見て小さく笑うのだった。

 

 

 

 

おまけ1

 

(きずく)、ちょっといいか?」

 

キッチンの妻が自分を呼ぶ。顔を向けると笑顔で手招きをする彼女。そのあまりの笑顔に社の顔から血の気が引いていった。

 

『ま、まずい。あの顔は・・・』

 

重い腰を上げ、社築はドーラの元へと向かう。ニコニコと笑顔を崩さない妻は開いた冷蔵庫を指差すと続けた。

 

「不思議な事があっての。朝食用のベーコンと卵、味噌汁に使うネギが無くなっとるんじゃよ」

「な、なるほど」

 

滝の様に汗を流しながら彼女の言葉を聞くことしか出来ない。

 

「どうも誰かが食べてしまったみたいなんじゃが・・・」

「スゥーーー。すみません、私です」

 

即答と共に頭を下げる。

 

「このままだと作れんから買ってきてくれるな?」

「勿論でございます」

 

家長の彼はすぐさま走り出す。

 

 

 

おまけ2

 

「姉ちゃんさ」

「ん〜?」

「あれ、全部食べたの?」

「うん」

「あの時間に?」

「美味しかったよ?」

 

葛葉の視線が彼女の上から下へと移る。

 

「あっ・・・(察し)」

「ッ、お前ぇぇぇぇ!!」

「はぁ⁉︎ 何にも言ってねぇし!」

「言ってんだろぉ⁉︎」

「やーいデ・・・」

「はい、ライン超えぇぇ!」

 

今日も二人は笑い合う。

本当の家族のように。




というわけでにじさんじはド葛本社の短編でございました。
作中で捏造した過去についてはまた違う話で触れようと思います。

ご意見、ご感想などありましたらお待ちしております。

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