─真紅の魔瞳─
ディードックの手から放たれたゴールドフェザーはアバンの過去の記憶から召喚されたレイラ、ポップ、ヒュンケル、そしてダイの影人形をその眩い強烈な聖なる光の彼方に消し去っていくと同時にアバンを拘束していたマナルガの影も消し飛ばした。
「いよっしゃぁぁぁーーーーーっ!!!」
ディードックは得意気にガッツポーズを作って喜びを表現する。そして、アバンはそんな彼に笑顔を向けて頭を下げる。
「ヘヘ……っ!いいってコトよ!」
そう言って照れくさそうにディードックも笑顔を返す。
「いやぁ!お見事でしたディードックさん!!」
と、そこへ賛辞を贈るのは傍らにいたベンガーナ王国の兵士だ。
「おうっ!兵士のあんちゃん!俺もなかなかのモンだろ?」
「なかなかどころかアバン様の大ピンチを見事にお救いなされたではないですかっ!!」
「うむっ!本当に見事だったディードック殿!!」
「おおっ!!まさかクルテマッカ国王陛下にまで褒めて貰えるとはっ!!?」
流石のディードックもやはりベンガーナ国王クルテマッカからの賛辞には恐縮の姿勢を見せる。
「お父様…これでアバン様は大丈夫ですわよね……」
すると、アリアはクルテマッカに小さく笑顔を見せながら訊ねる。
「ああ……きっと大丈夫だアリア……アバン殿にはこんなにも頼もしい仲間がおるのだからな……」
その父の言葉にアリアはやや強面のディードックの方を窺う、するとそれに気付いたディードックは振り返りながら親指を立ててニカッと笑顔をみせる。アリアはその笑顔がなんだか可笑しくて満面の笑みをディードックに返した。
パァァァ……
「バ…!バカな……っ!!?暗黒魔力で受けた傷が通常の回復呪文で治癒する筈がない…っ!!?」
マナルガは影人形達に受けたアバンの傷がみるみる回復していく様子にその目を見開いて声を上げる。
「ええ、暗黒闘気で受けた傷がそうであるように暗黒魔力のダメージにも回復呪文は効果がないとみていましたよ……なのでさっきのスカラを込めていたフェザーには破邪の力が含まれた特別性を使用しました…その上で更にもう一つ…リベホイムという呪文も込めておきました……覚えたての呪文でしたが、受けたダメージを後から自然と回復する呪文でしてね…」
アバンはそう説明すると不敵に笑う。
「そういうことか……予め防御力を高めておき、更にフェザーの力で回復呪文の効果も増幅させた……破邪の効果も合わせれば暗黒魔力を退けられると……フンっ!!つくづく忌々しいほど頭の回る男だ……」
「以前に暗黒闘気を使う相手と戦いましてね、回復呪文が効果がないという現状はかなりのリスクでしたから独自に対策を考えていたのがここで役に立ちましたよ……ですがどうやらそちらも…しっかり回復している様ですね…」
アバンは先刻の海波空裂斬のダメージを感じさせないマナルガの様子を見据えて言う。
「暗黒魔力に時の魔力を加えているからな……傷を負う前の身体にいつでも戻せるというコトよ……」
「なるほど…それはまた……」
そうしてアバンとマナルガの二人は再びその視線をぶつけ合う。
だが、暫くの沈黙の後にマナルガがその視線を自ら外し戦闘の構えも解いた。
「……っ!?」
力を抜き完全に隙だらけの姿勢で佇むだけのマナルガ。
「どうしました?まさかもう打つ手なしですか?」
そう言いながらもアバンはマナルガの足元に残されたもう一つの邪悪な魔法陣を一瞥する。しかし、それでもマナルガは少しも戦う素振りもみせずやけに落ち着いた口調でアバンに窺いを立てる。
「………どうだ?アバンよ……少し妾の話を訊いて貰えないだろうか?」
「……っ?お前の話を……?」
すると、マナルガはこれまでその瞳に浮かんでいた紅く禍々しい邪悪な輝きを潜め穏やかな薄い琥珀色の瞳を浮かべた。
「魔界に於ける我々の立場の話だ……」
「立場……?」
アバンはマナルガの様子を油断なく観察していたが、やがて本当に戦闘意欲を感じない事から彼女の話に耳を傾ける事にした。
──今から数千年前のその昔……地上の数十倍の広大さを誇る魔界には数多の種族があった。
純粋な力のみを武器に豪胆かつ蛮行をモノともしない暴虐の限りを尽くす種族。
知性を武器に力ある者も弱き者も利用し謀や裏切りなども日常茶飯時な種族。
圧倒的な魔力や武力をもって破壊や征服という手段で己の領土を確立しその支配権を広げている種族など……その他にも細かくあげれば切りが無い程の多くの種族タイプが乱立していた……
「アバンよお前は魔界についてどれ程知識がある?」
「魔界には数百とも数千ともいわれる様々な種族が存在し、そしてそれは信じ難い話ではありますが日常的に必ずどこかしらの種族が滅びまた新たな種族が生まれると記された古文書を読んだことがあります……」
「ああ、まさにその通りだ…そして我々はそんな魔界の混沌とした環境の中でも更に深い闇の底でその産声を上げた凶神様から直々にその命を与えられたのさ……」
マナルガは淡々と語る。
「魔界の混沌の更に底にある闇……まるで想像がつかないがこの地上とは真逆の世界がそこにはあるのでしょうね……」
そしてアバンも不思議な程に落ち着いた口調で語る。
「日々、当たり前のように魔界では破壊や滅びが繰り返されその度に弱者が踏みつけにされ暴虐の犠牲となる、そうしてやがてその恨み辛み憎しみ嘆き…ひいてはそれらの負のエネルギーがいつしか数千年の時を重ねて極めて濃度の濃い闇を作り出すのさ……」
「その闇の底から生まれし者……それが凶神……」
「そうだ……つまり我等の創造主である凶神様こそ魔界の深き闇そのものなのさ……」
「………」
アバンは改めて己の想像を遥かに凌ぐ世界とその存在の重さに言葉がなかった。
「アバンやはりお前も人の子……恐れを抱くか……」
マナルガはアバンの様子にそう告げる。
「……ええ、全く恐ろしくないと言えば嘘になります……ですがそれ以上に私のこの胸は痛みを覚えています」
「痛み……?」
そうしてアバンはその瞳に僅かな憂いを帯びながら語る。
「私たちの地上世界に於いても全てが清らかな優しい世界が存在しているワケではありません…現に私の知り得る限りではこの地上も二度に渡り魔王軍の脅威に晒されました……そしてそんな中、人間達の中でも誤った道にその足を踏み出してしまった者も少なからずおりました……私の弟子の一人でさえも一度はその誤った道を進んでしまった……いや歩ませてしまった……しかし、魔界という世界ではそれ以上の悲劇が日常的に起きていると聞かされては……」
アバンはその脳裏に最初の弟子でありアバンの使徒の長兄でもあるヒュンケルの顔を思い浮かべていた。
「なるほどな…お前もそれなりに重いものを背負って生きて来たのだな……」
「様々な後悔は数え切れない程にあります……ですが人は皆がそんな生き方の中でも共に他者と手を取り合い支え合って生きているのです……」
そのアバンの瞳の奥に込められた熱を感じマナルガはゆっくりと目を閉じた。
そして……
「甘い戯れ言にしか聴こえんが……我等が凶神様の復活に奮闘するのも同じ事でもあると言えるな……」
「マナルガ……」
「お前達とは如何なることがあろうと理解し合えないことは解っている……だが我々とてただ暴虐の為にお前達やこの地上に侵攻を仕掛けているワケではないのだ……」
淡々と語るマナルガのその言葉にはどこか怒りや嘆き、そして微かな焦りのようなモノが感じられた。
「それはどういうことです?」
そしてアバンはそれらを感じながらも強い視線をマナルガに向ける。
「かの大魔王バーンが倒れ、ヤツの存在が齎していた魔界でのある意味のバランスのようなモノが、かつてない程に不安定な状態にある……簡単に言えば数千年前の混沌の世が魔界に再び訪れようとしているのだ……」
「魔界のバランス?ということは大魔王バーンが魔界に於ける一つの秩序のような役割を果たしていたということですか?」
「いかにも……先刻も告げたとおり魔界にはその類稀なる強大な力でもって支配権を広げる存在があるが、バーンは魔界の長い歴史の中でも一二を争う程に力も統率力もそしてその志に於いても他者を遥かに凌ぐ程の存在だったのだ……」
マナルガはそう言ってそんなバーンを倒したダイやその仲間であるアバン達をまるで非難するような視線を向けて来た。しかし、それはほんの一瞬垣間見せただけで、彼女はすぐにその視線を伏せる。
「つまり魔界は今、大きな柱が一本折れバーンに匹敵するもう一つの大きな柱がその存在感を取り戻しつつある……かつて天界の精霊にその身を封じられたその存在がな」
「……っ!!?その存在とは……っ!!?冥竜王ヴェルザー!!!?」
アバンはその名に戦慄を覚えながらも口にした。
「ホウ……ヴェルザーのことも知っていたか……」
「ええ……大魔王バーンとの最終決戦のその場でその存在感を示していましたよ……まぁその時はバーンの勝利を確信した上で彼に賛辞を贈るつもりだった様ですが……」
「なるほど…その時におそらくは下らぬ賭けの話をしていたのではないか?」
マナルガはあのバーンパレスでのバーンとヴェルザーの邂逅をまるで見ていたかの様に不敵に告げた。
「ええ……我々人間を太陽の光に恵まれた地上に存在させながら魔界という闇に覆われた地に自分達を追いやった神に代わってバーンかヴェルザーどちらがその神に代わる存在になるか……と……」
「下らぬ……まさに下らぬ……我等が神……凶神様が作り上げた闇に満ちた世を捨て太陽の光に憧れを抱くなど……だからこそ我々は許せんのだ……!!」
と、マナルガがその怒りを徐々に顕にしていく……
「マナルガ……っ!!!?」
「魔界には魔界の……闇には闇の秩序というモノがある……だがヤツらは太陽などという闇とは対極の位置にあるモノを求める……我等はそれが理解出来ぬのだ……アバンよ…お前の意見を訊かせて貰いたい…」
「私の…?」
そう言ってマナルガは突然アバンに訊ねる。
「そうですね……私もそのバーンとヴェルザーの話をこの耳で聞いた時、とてつもない世界の話をしている印象を受けました。しかし彼等…特にバーンのその圧倒的な力に彼等が画策してていることは決して夢物語でもなんでもない紛れもない一つの事実であるということを理解しました。ですがその上でやはりそれでも我々地上に住む存在は彼等の野望を…いや暴挙を許すワケにはいかなかった……ですからダイはそんな私達の想いもその背に乗せて大魔王バーンを打ってくれたのだと思います……」
アバンは切々と自分達と大魔王バーンとの熾烈な戦いを思い出しながら最後にバーンとの戦いに勝利を収めて天から帰ってきたダイの笑顔を思い浮かべていた。
(「アバン様……ダイ様……」)
そしてアリアもアバンのそんな話を聞きながら夢の中のダイの事を思っていた。
「ならばお前達にとってもバーンやヴェルザーの悪計は赦せないことなのだろう?」
「当然です……ですがわからない……」
アバンは断言すると共に一つの疑問も抱く。
「なにがだ?」
「彼等が太陽……取り分けあの冥竜王はバーンと違いこの地上を破壊するのではなく手に入れようとしていたと彼の部下にあたる者が言っていましたが……一体なんの為なのか……」
「なるほどな……確かにバーンは倒れ魔界の一柱は崩れたが冥竜王というもう一つの柱は未だ精霊の封印の元にあるとはいえヤツには不死身の身体がある……更に言えばヤツの一族の生き残りも暗躍していると我等はみている……」
「かの竜の騎士バランがヴェルザーとその一族を滅ぼしたと聞いていましたが……」
「確かに一度はな……だが、魔界に於いてヴェルザーほど智謀に優れ油断のならぬ存在はいない……かつては敵対していたあの大魔王バーンでさえもそうそうヤツのテリトリーに近付けない程だったのだ……自分が竜の騎士に破れる可能性を見出し密かに一族の存続の為に何らかの手を打っていことも充分に考えられる」
「なるほど……」
そうして再びアバンとマナルガは押し黙ってしまった。彼等にとってバーンとヴェルザーとはそれ程までに一筋縄ではいかない難儀な存在であったということだが、殊更ヴェルザーはアバンにとってあまりに情報が少なく最も憂慮すべき相手だったからだ。
「アバンよ……お前はどうすべきだと思う?」
と、沈黙を破りマナルガが問う。
「ヴェルザーの事については無論捨て置けません…しかしあまりに情報が不足している状況……もしヴェルザーが動き出した場合を考えてこちらも打つ手を考えなければなりませんが……」
「ならば魔界に来いアバン……」
「……っ!!?」
「魔界に来ればこの地上では得られない情報も必ずある……そうすればこの地上をあの冥竜王の侵略から守ることも出来るだろう」
「マナルガあなたは一体どうして……?」
その言葉にマナルガは目を閉じそしてゆっくりと見開くと真っ直ぐな琥珀色の瞳をアバンに向ける。
「お前のこれまでの知略を巡らせた戦い…更に未だお前の中に秘められている膨大な知識と智慧……妾はお前を嘲るようにみていながらその実……感嘆もしていたのだ……」
「マナルガ……」
「無論、それでもお前達とは敵対する立場であることは変わらない……我等の地上侵略の目的も揺るがない……」
「そ、そんなことっ!!我々とて許さないっ!!!」
「そうですっ!!凶神からこの地上を守ることこそ代々続く私達祈祷師一族の努めなのですからっ!!!?」
ここでオルヴァとそしてその母であるミネルヴァも声を上げる。
「ああ…お前達がそう声を荒げるのも無理はないな……妾に対する怒りもアリアのことがあれば尚更……お前ら脆弱な人間共は魔界の弱者と同じで絆や家族とやらを随分と大事にしているからな……」
「当たり前だ……っ!!!」
オルヴァが更に強い言葉をぶつける。
「ですがマナルガ……それはあなた方とて同じことなのでは?」
マナルガとオルヴァの掛け合いを聞いていたアバンは彼女にそう問い掛ける。
そして……
「自らの主である凶神に我々が家族や友など大切な存在を思う気持ちと同じような思いを抱いているのでしょう?その証拠にあなたの凶神を復活させようと目論むその執念は時を統べる存在の力さえも手に入れさせた……」
「………」
「マナルガ……お前のやり方に私とて許すことは出来ない!!アリア姫やマギサさんにしてきた行為は決して許されることではないっ!!!だが……」
アバンはここでマナルガにかつてない程に強い視線をぶつける。
「お前が主を思う気持ちは私とて理解は出来る!!!」
「……だからなんなのだ……」
「……」
「理解したところで何になる……ならば凶神様の復活を許せる……いや協力をするとでも言ってくれるのか?アバンよ……」
マナルガの瞳には再び血のような紅い彩が徐々に滲んでいる。
「アリアを差し出し、お前の屋敷の地下の封印を解き、妾の宿願を果たす手伝いをしてくれるというのか……っ!!!?」
「いや…そうではない……凶神の復活は絶対にさせない!!だが訊かせて貰いたい!!なぜ凶神の復活にそれほど執着するのだ!!あのヴェルザーとお前達の間には何があるのだっ!!!」
互いに強い言葉をぶつけ合い再びアバンとマナルガは対峙し合う。
「凶神様の復活があのヴェルザーにとっては大きな脅威になり得るからだ……つまり魔界の純粋な闇から生まれし我等が凶神様こそがヴェルザーの野望を打ち砕き再び魔界に君臨するに相応しい方なのだ!!そしてその為にヴェルザーが欲するこの地上をヤツより先に我等が手に入れるのさっ!!!」
「ならば我々はヴェルザーと凶神……この二つの存在からこの地上を守るのみだっ!!!」
「………ククク……ああそうだろうな……ならばやはり我等には殺し合う道しか残されていないというワケだ……」
するとマナルガは再びその両の手に暗黒魔力と時の魔力を発動させる。
「お前のお陰で今、魔界に於ける状況も理解出来だ……だがその上で私はお前達の野望を砕く……」
「フ……出来るかな?」
「ああ……私はこんなところで負けるワケにはいかない!!祖父の事も……我が屋敷の地下にある謎も私は解き明かしこの地上に訪れようとしている危機から必ずこの平和の世を守ってみせるっ!!!」
そうしてアバンも再び奇跡の剣を構える。
「ならばアバン……最後のこの魔法陣から出てくる存在をその奇跡の剣で叩き斬ってみせよ……ならば、お前のその決意を認めてやる……」
マナルガはその手に込めた暗黒魔力と時の魔力を一つにして最後の五つ目の魔法陣にその闇色の力を再び注ぎ込む。
ゴゴゴゴゴゴゴ………
「なんだ……これまでの暗黒魔力のエネルギーとはまるで違う……!!!?」
アバンはその尋常ならざる禍々しい闇のエネルギーを感じて驚愕する。
「ああ、特別製さ……お前とお喋りしている最中に暗黒魔力に更に強大なエネルギーを練り込んでおいた……」
「な……っ!なんだと……っ!!!?」
「暗黒魔力とアリアから奪った時の魔力……そして凶神様から授けられしこの真紅の魔瞳の力を注ぎ込んだっ!!!」
「真紅の魔瞳……っ!!!?」
「この真紅の魔瞳とは、凶神様から選ばれし凶魔の三将にのみ授けられし凶神の核の一つよ……つまり凶神様御自らのその力の一部を妾は与えられた……この意味がわかるか?」
「暗黒魔力と時を統べる存在の力……そして更に凶神自らの力……これはまた…」
「そうだアバン……魔界の闇から生まれし暗黒魔力と神に並ぶ二つの力……ククク…優しいお前に相応しい死を今ここで与えてやろうっ!!出でよっ!!!真の闇を纏いし影の戦士よ……っ!!!」
マナルガが注ぎ込む漆黒の闇のエネルギーにより魔法陣はその禍々しさを増していく。そして膨大な暗黒魔力と混ざり合った時の魔力、更に凶神の真紅の魔瞳の力が魔法陣から吹き荒れるとその中心から一人の男の姿が現れた。
マナルガによって魔界の現状が少し語られました。まだまだ魔界については知られざる情報がたくさんありますが、魔界でも一つのバランスが崩れ混沌とした状況が深まりつつあります。実際は凶神もヴェルザーもまだそれぞれの封印の影響下にあるので今すぐに何かことが起きるワケではないですが、今回のマナルガ達といい、解呪の洞窟のメドゥルザやヒュルトのようにそれでも地上に良からぬ野望を抱いている存在もいますから油断はならないですね。